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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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エピローグ 2

あと一話でエピローグが終わるか少しだけ心配になってきました。

うん……無理やりにでも詰め込もうかな……

 光が届かない深い闇の中。

 その中心で少女は怯えていた。


 闇が集まり、人の形となる。それが誰なのか少女には分からない。ただ口々に憎悪の籠った言葉を投げかけ、亡者のように腕を伸ばす。

 それらからいくら逃げも、追いかけて或いは別の闇が人を作り出し、同じように憎悪と嫌悪をぶつける。


――――怖い、怖い、やめて


 そんな言葉を出したいのに、口が開いてはくれない。すべては自己責任、だからソレは受け入れないといけない。

 そのありもしない責任感が自然と少女の口を塞ぎ、言葉の暴力に晒させる。


 ひたすらに逃げ、耳を塞ぎ、目を逸らしたまま走り続けると次に闇が作り出したのは巨大な髑髏の化け物。

 ソレは決して言葉を発することはないが、憎悪を燃やす赤い瞳が雄弁に訴えかける――――お前は死ぬべきだ、生きる価値は無い、だから供物となれと。


――――嫌だ、いやだ


 心はそう願っているのに、闇が足を掴み、身体は動かない。

 仕方ないのだ、自分は生まれるべきではなかったのだと、そう死を受け入れようとしている。


 闇は少女にささやき続ける。

 怯えるのは馬鹿らしいだろう、逃げるのは疲れるだろう。抗うのは面倒だろう、と。

 闇は次第に少女の華奢な身体を捉え、ゆっくりと心に触手を伸ばす――――心を折り、壊し、取り込むためにと。


 受け入れれば楽になるのかな、と少女は次第に思い込む。もう疲れた、もう傷を負いたくない、もう耐えられない。

 そう思い、闇を受け入れようとしたとき――――何かが弾けた。


 それは眩い光、少女にとって憧れの姿。


 "抗え、そうして声を出せ。助けを求めろ"


 それは憧憬にもらった、傷ついたけど、とてもとても大切な言葉。

 だからこそ、少女は閉ざされた口を思いっきり開けて――――叫んだ。


「私は生きたい、だから助けてくださいっ!!」


 切実な少女の叫び声は暖かい何かを呼び寄せ、闇を振り払ってくれた。

 それはまさしくあの時と同じ、闇よりも暗い刃が少女の悪夢を断ち切ってくれた時と同じだ。


"任せろ、絶対に助けてやる"


 闇が払われた世界で、少女の背中を何かが優しく包み込んだ。

 それは懐かしい、心地よい、だけど気恥ずかしい温もり。耳元ではそんな声が聞こえた気がした。

 そのまま少女はゆっくりと空から指す、月のような優しい光に向かって手を伸ばし―――――。







「……ん?ここは……」


 体は感じたことがないほど柔らかい何かに包まれる。ふんわりと香るのはお日様の匂い。

 開かれた視界に映るのは見たことも無いほど、豪華な電灯と古めかしく味のある天井。


「あっ、ひさめ!おきたのかっ!?」

「ほんとっ、ひさめちゃん!!大丈夫っ!?」


 ここはどこなのだろう、と視線を彷徨わせていると右側に見慣れた幼馴染二人が椅子に腰掛けながら嬉しそうな表情を浮かべているのが目に入り、思わず安心してしまった。


「……歌竹殿、菜花殿。おはよう、ございます」


 嬉しそうに喜び合う幼馴染たちの横顔を目にしながら、ひさめは改めて寝起きでぼんやりとする頭でここが何処なのかを考える。


 フカフカとしたベッド。お日様の心地よい香りがする枕と布団。普段使用している草臥れたモノとは大違いの快適さだ。

 また部屋にはあまり物が無いようだが、天井から吊るされる電灯や部屋の広さからかなりのお金持ちが住んでいる場所なのかなと鈍い思考が推理する。


 だが、自分ひさめにはお金持ちの知り合いなどいないはず。


(あれ?でも、ここに何となく見覚えがあるような……)


 知り合いがいないはずなのに、どうしてか類似した雰囲気の場所を実際に訪れたことがある気がして、ひさめは頭を悩ませる。

 しかし、どうにも思い出せない。

 それどころか、なぜ自分がこんなにも高級そうなベッドで寝かされているのかすら思い出せない。


「あの、お二人とも。大変起き抜けて恐縮なのですが……ここは……どっ」


 どこなのでしょうか?と訪ねようと身体をベッドから起こそうとして、上手く力が入らずにフラりとよろけた。

 そんなひさめに、あっ!?と思わず声をあげながら、その身体を支えようと勢い良く立ち上がる幼馴染たち。

 だがベッドに叩きつけられる寸前で少女の身体を支えたのは反対から伸ばされた手だった。


「おはよう、という時間には些か遅すぎますが……目が覚めて良かったよ。ひさめちゃん」

「お体の調子はどうかな、ひさめちゃん?」

「えっ?……どうしてお二人がここに?」


 今まで視線を向けることが無かったベッドの左側にいたのは、少女の初めての友達と言うべきフィオナとフィオネの双子姉妹。

 姉妹によって割れ物のように体を支えられるひさめだが、どうして彼女たちがいるのか全くもって理解が追い付かない。

 質問を投げかけたまま茫然と双子姉妹を眺めるひさめだが、その質問の答えは右側で椅子に座る歌竹が家主たちに感謝を込めながら答えた。


「どうしても何も、この場所は彼女たちの拠点ホームだからな。俺たちはお前が目覚めるまでご厄介になってたんだ」

「え?え?……と言うことは、ここは……?」

「そうだよ。分かったと思うけど、ここはハヤト様の屋敷」

「だからって、あまり畏まらなくて大丈夫!ハヤト様もゆっくり英気を養えって言ってたから」


 依然として茫然と座りつくす少女に、フィオナとフィオネは優しく微笑みかける。

 いつかも救われた優しい笑みに少しばかり心が落ち着いたが、それでもやはり少女の思考はグルグルとフル稼働どころかオーバーヒート状態に突入する。

 

 なぜなぜ、どうして、なんでそのような場所で眠っていたのか。

 冷静になることが出来ればまだ思い出すことが出来ただろうが、もう今のひさめは冷静さを完全に欠いている。羞恥や焦燥、その他諸々が起き抜けの頭を無暗にかき回す。


「だからそんなに慌てないで。とりあえずお腹も空いているだろうし、何か持ってくるね?そろそろお昼ですし、皆様もこちらの部屋でお食べになりますか?」

「そうですね……ひさめも目を覚ましたことですし、お言葉に甘えさせて頂きます」

「本当に何から何までご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」


 粛々と申し訳なさそうに頭を下げる歌竹と菜花に、お気になさらないで下さいとすっかりメイドの格好が板についたフィオネが頭を下げ、一階のキッチンへと向かう。

 フィオナもフィオナで、少し外しますねとやはりメイド然とした態度で部屋から退出しどこかへと足早に向かう。

 その結果として残されたのは当然のように幼馴染の三人組だ。


「それにしても、ひさめ。お前は随分とすごい冒険者たちと知遇を得ていたんだな。開いた口が塞がらないぞ」

「私も歌竹と同じ気持ち……驚きすぎて言葉が出ない」


 ふう、と姉妹が出て行ったことによりようやく緊張感から解放されたのか息を吐き出す二人。

 この二日の間にある程度会話や食事を共にした仲とは言え、完全に気心知れた仲に進展したかと問われれば否としか言えない。

 フィオナとフィオネはある程度親し気に接してはいるのだが、歌竹と菜花から見れば二人はこのような屋敷に住んでいる住人だ。どう接するのが正しいのか掴みあぐねている状態と言える。


「でも皆さん、良い人ばかりですよ。自分を邪険にしませんし、何度も助けていただきましたので……」

「それは知ってる。俺たちを以前助けてくれっていうのはこの屋敷の主の方なんだろ?礼を言おうとしたが、なぜか気にするなと断られてしまったが……」


 礼儀と恩を重んじるというどこか日本人に近しい民族意識がある瑞穂人にとって、謝辞すらも受け取ってもらえないのは悩みどころ。ましてや命の恩人で、冒険者なのだ。大抵なら対価として金銭や見麗しい相手なら下手すれば身体すら迫迫られたって可笑しくないはずなのに、何も要求しないどころか、謝辞を述べようにもしち面倒くさそうにあしらわれるだけ。

 歌竹はすっかり困り果て、どうすればいいのだと表情を苦々しく歪める。

 

 しかし、ひさめはと言えばクスッと笑みを漏らした。

 だが歌竹の背中を丸め切った姿が面白かったわけじゃない。お礼をしようと言い寄る歌竹を鬱陶しそうに躱す憧憬の姿が容易に想像できてしまったためだ。


「ふふっ、あの方はそういう人なんです。ですからお礼はどれだけ努力しても受け取ってもらえないと思いますよ?」

「なにっ!?それは非常に困ったな……」


 うむむ、と腕を組み唸る歌竹を菜花とひさめが見て笑う。

 とても穏やかな日常の一幕で、それは故郷で過ごした平穏だった時間を思い出させる。


(童心の頃を思い出しますね……)


 歌竹と菜花と共に、ひっそりと隠れながらも外を駆けずり回り、泥だらけになって同じように笑い合っていた。

 もちろん、楽しい時間よりも明らかに周囲から悪意に晒される時間のが少女にとっては多かったが、それでも二人がいたからこそ笑えていた。

 

 それがいつの頃からか、二人とともにいても笑うことが出来なくなっていた。

 自分が誰かを不幸にする、自分が誰かの命を奪ってしまう。そんな負う必要のない良心の呵責が少女の心を静かに閉ざしていたのだ。

 

 しかし、その閉ざされていた少女の心も少しずつだが、開かれ始めている。

 とある男の言葉と行動が、少女の心をじんわりと溶かし始めたのだ。


(……そうです。ようやく思い出してきました……自分は、助けてもらったんですよね)


 笑い合って冷静になれたのか、それとも他の理由があるのか。どちらにしてもひさめはようやく自分がここで寝かされていた理由ワケを思い出し始めた。


「その表情を見る限り、ようやく思い出したって感じだね、ひさめちゃん」

「ああ。だが、とりあえずお前も分からない部分もあるだろうし、簡単にだが状況を説明しようか」


 決して地下迷宮で経験したことは良いことばかりではなく、少女の幼少の記憶のように辛いことのが圧倒的に多い。

 それでも同じように、少女に喜びを与える経験があった。だからこそ、思い出し始めたひさめの表情は少しばかり晴れやか。

 そんな表情からある程度を悟った幼馴染二人は、念のためとばかりに聞いた事とココに運ばれてからのあらましを簡単にだが教える。


「――――とまあ、気を失ったお前を地上まで運んでくれて、そこでも目覚めないからここで寝かしてくれていたんだ」

「そう。それに目覚めた時に知った顔がいた方が落ち着くだろうって私たちまでご厄介になることを許してくれたの」

「そう、だったんですね。お二人にも、それにここの皆様にも大変ご迷惑をお掛けしてしまったんですね……申し訳ありません。そしてありがとうございます」

「お前が地下迷宮ダンジョンで事件に巻き込まれていると聞いた時は確かに気が気では無かったが、それでも一緒に調査出来なかったのは俺の責任だし、こうして無事に地上へと戻ってきてくれた。だからお相子だ」

「うん……それにひさめちゃんのお世話も私たちはほとんどしてないから。ずっとさっきまでいた双子の姉妹が看ててくれたんだよ?だからお礼はあの二人に言ってあげて」


 頭を低く下げるひさめに歌竹は少しだけ叱るように語気を強めるが、結局は自分にも非があると何よりも生きて再び会えたことを心から喜び、菜花も再会を喜びつつ、ちょっぴり申し訳なさそうに顔を伏せた。


 何度も何度もいらない存在と言われ、自分でもいつしかそうだと思い込んでいたが、少なくとも少女が生きていることを喜んでいくれる存在が二人はいる。

 そのことがとても嬉しく、目端から人知れず涙が溢れる。


「皆さま。お話の途中で申し訳ありませんが、お食事の準備が整いましたよ」


 そんな穏やかな幼馴染同士での会話が終わった頃を見計らったように、台車サービスワゴンを押しながらフィオネが部屋へと戻ってきた。

 台車に乗る料理からは美味しそうな湯気が立ち上り、たちまち部屋いっぱいに食欲をそそる香りが広がる。思わずひさめのお腹が可愛らしくクゥ~と鳴る。

 サッと恥ずかしそうに顔を伏せるが、それも仕方のないことだろう。あの事件以来ずっと起きることなく寝ていたのだ。空腹じゃない方がおかしいと言うモノ。

 

「皆さんの分も含め、たくさん用意してありますので大丈夫ですよ」


 空腹を訴えていたのはひさめだけじゃない、とばかりに笑みを浮かべながら食事の準備を進めるフィオネ。

 どういうことだろうとひさめはゆっくりと視線を横に向けると、どこかバツの悪そうな表情をする幼馴染二人の姿が見えた。

 お腹を鳴らしてしまったのはひさめだけだが、何も空腹だったのは彼女だけでなく横に座る歌竹と菜花も同じで、静かに喉を鳴らしながらじっと食事に見入っていたのだ。

 そのため互いにシンパシーを感じあったのか、三人は目が合うと思わず笑みを溢しあう。


「ん?ちょうど食事時だったのか。タイミングが悪かったな」

「あっ!ハヤト様!問題ありませんよ、まだ準備の段階ですので」


 部屋に食事が運ばれてくるなど、まるで一流ホテルでのサービスを受けているんじゃないと思えるほどの贅沢を味わっていると部屋の扉が控えめにノックされ、ゆっくりと開かれた。

 最初はどこかへ行っていたフィオナが戻ってきたのかと思っていた面々だが、その入ってきた人物を目にして三人は一瞬動きを止めた。

 確かに最初に入ってきたのは予想通りのフィオナ。だがそのあとに続いてやってきたのはこの屋敷の主たる隼翔だ。

 決して偉ぶってる様子も無いし、威圧的な雰囲気も一切ない。それなのにどうしてか歌竹と菜花の背筋はピンと伸びてしまい、姉妹と接する以上にどうするのが正しいのか迷ってしまう。


「それなら良かった。だが、要件を済ませたらすぐに行く。この後にも予定はあるからな」

 

 そう言って準備を頑張るフィオネを労うように頭を撫でる。

 そして言葉通りに要件を済ませようと視線をベッドの近くにいる三人に向けるが、そこで少しだけ苦笑いを浮かべてしまう。

 歌竹と菜花には既に改まった態度は必要ないと告げているのに、どうしてか二人は未だに隼翔と会う時だけは表情を石のように固めているのだ。確かに隼翔としても不愛想と言う自覚はあるし、畏まってしまうのも分からなく無いが、ここまであからさまな態度をされると警戒されているのかと勘ぐってしまう。


「何度も告げるが俺は貴族でもない、ただのいち冒険者にすぎないからな?」

「あ、いえ、でも命の恩人ですし……」

「それに、こう風格みたいなモノがあるのでつい……」


 もう何度目かも分からない説明をしてなお、隼翔に対する態度は緊張したように堅苦しいままだ。

 隼翔としてもこれ以上は無駄かなと、かぶりを振り、無用に緊張感を与えないためにもさっさと要件を済ませようとベッドに寝るひさめの前に立つ。


「顔色も悪くなさそうだし、すっかり疲れは抜けたみたいだな」


 惚けるようにしているひさめをよそに、隼翔は優しい手つきで表情を隠そうとする前髪をかき揚げる。

 病的に白い肌は健在で、いくばくかほっそりとした印象があるが、瞳にも顔にも生気が宿っているのが感じられる。何よりも顔を触られて頬を赤く染めているのが、元気な証拠だ。

 安心したように前髪から優しく手を放して、小さく頷く。


「これならあとは飯を食って栄養を取ればすぐに元気になるな」

「え、っと……あの、その……」


 うんうんと頷くその姿に、ひさめはなんと声をかけていいか分からない。

 お礼をもう一度ちゃんと申すべきなのか、事件の展望について聞けばいいのか、元気だと答えればいいのか。……あるいはあの時の言葉(・・・・・・)についてしっかりと聞き直すべきか。

 結局として何も言葉が出ない少女に、隼翔は何かを察したように言葉を続ける。


「お前も色々聞きたいだろうし、言いたいこともあるだろうが……生憎と俺はこれから少しばかり出掛ける必要があるんだ。だから悪いが、飯を食べて休んでいてくれ。俺が戻ったら話すことと聞きたいことを答えられる範囲で答える」

「わ、分かりました……」

「よし、それじゃあ悪いがフィオナ。着替えを手伝ってくれないか?正直着替えるのが億劫なんだ……」

「了解しましたっ!お任せくださいっ」

「なっ、ずるい!!私もすぐにこちらの準備をしたら向かうので、着替えるのを少しだけ待っていてくださいね、ハヤト様!」


 すると、隼翔は目的を達したのだろう。すぐさまフィオナを共だって部屋を足早に出ていく。

 その後姿に必死に声を掛けながら、手は三人の食事の準備を止めないという器用な真似を見せるフィオネ。そして恐ろしい速度で食事の準備を終えると、サッと一礼をしてから、ダッシュで部屋から立ち去っていく。

 その一部始終を眺め、呆気に取られる三人。だが、空腹には勝てなかったのかすぐさま準備してくれた食事に舌鼓を打つのだった。

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