エピローグ 1
たぶんエピローグが三話ほどになる気がします。
なるべく早く更新するように努力だけはします
アンティーク調の扉を我が物顔で潜り抜ける人影。
漆黒の頭髪はうなじ辺りで適当に結われ、白の七分丈のシャツを少しばかり着崩しており、この屋敷に住む人物とは少しばかりかけ離れた庶民的な格好をしている。
だがこの人物こそ、この屋敷の主である隼翔本人だ。
胸元から覗く肌にはまだ薄っすらと赤く染まる包帯が巻かれ、頬にも大き目の絆創膏が張り付けられている。
かなり痛々しいいで立ちをしているが当の本人は気にした様子も無く、右手には黄色の星形の果実を山盛りにした籠を抱え、左手には四つ折りにされたギルド発刊の情報紙――――日本で言う新聞を持っている。
「ふぁむ……ふぁいひたひょうほうはふぁいな」
口いっぱいに詰め込まれた果実を頬張りつつ、情報紙に書かれた内容に目を通す。
見出しには大きく"邪神教、地下迷宮で暗躍!?"と書かれており、読み進めていくと今回の事件で被害に遭った冒険者の数や捕縛者の人数、押収された証拠品の数々についてつらつらと書き並べられているが、どれも目新しい情報ではない。
まあ仕方ないかと情報紙を脇に器用に挟み込み、新たな果実を口に詰め込む。
外は相変わらずの好天。
まだまだ夏が過ぎ去るのは当分先だと思わせるほどの炎天下だ。
そんな暑さの中でつい先ほど屋敷の前に売りに来た少女から購入した果実だけあって、冷たさはほとんどない。
それでも旬の果物なのか、果汁が豊富でまるで生絞りジュースを飲んだかのようにすぐさま口腔内が潤う。強めの酸味と微かな甘み、しっとりとした舌触り。隼翔は気に入ったように次々と口に果実を運びながら、一階部分に設けた談話室へと向かう。
「おう。相変わらず山のように果物を買ったな、ハヤト」
「いいんだよ、クロード。金は使ってこそ意味がある。そして、娯楽に使うなら尚良しだ」
隼翔が器用に扉を開けながら談話室に入るなり、開口一番に掛けられる親し気な声。
そちらに視線を向けると寛ぐようにL字の巨大ソファーに腰を掛けながら、どこか隼翔の格好を見て苦笑いを浮かべるクロードがいた。
そんな親友に対して隼翔は山積みの果物から一つを掴むと、それを言葉共に無造作に放り投げる。
「まあそれは一理あるが、それにしても買い過ぎだろ?」
「美味いんだし、良いだろ?このステッラって」
「俺はもう少し甘いモノの方が好きだけどなぁ」
山積みの果物籠をテーブルに置き、自分はクロードの対面のソファーに腰かけながら、やはり果物を一つ摘み上げ口に運ぶ。
そんなパクパクと口に入れる隼翔とは対照的に、クロードは文句を漏らしながら渡されたからにはと口に入れる。
クロードは見た目も性格も職人気質なのだが、ソレに反して大の甘党だ。
それこそ珈琲を淹れればコーヒー牛乳へと変貌させるし、紅茶を淹れれば砂糖たっぷりミルクティーへと作り変えるほどだ。
現に彼の目の前には先ほどまで飲んでいたのだろう、グラスに注がれた甘ったるい匂いを漂わせる飲み物が置かれている。
そんな甘党からすればステッラと呼ばれた果物は酸味が強すぎ、逆に甘みは絶望的なまでに足りないに違いない。
「果実の素朴な甘みも良いと思うんだけどな」
「俺には物足りないんだよ。んで、それは別にいいとして……何か追加情報出てたか?」
素朴な甘みを理解してもらえず残念そうに果物を口に運ぶ隼翔に対して、クロードは肩を竦めつつ、視線を果物籠の横に置かれた情報誌に向ける。
「いや、これと言って目ぼしい情報も目新しい情報もないな。冒険者の犠牲者が200名超で確定したくらいか」
「200、か。かなり多いな……」
沈痛そうに表情を歪めるクロード。
今回作戦に参加していたのが1000強としてもその内の2割が犠牲になった計算となり、加えるなら犠牲者の9割が岩窟層を担当していた若い低ランク冒険者たち。
いくら自己責任とはいえ、悼む気持ちになるし、ましてや自分もそこに入ってしまう可能性もあったと考えればゾッとしないはずもない。
そんなクロードとは違い、痛々しい姿をしているはずの隼翔は果物を頬張りながらあっけらかんとした様子で情報紙を手に取りながら言葉を続ける。
「まっ、あれだけの状況になっていたんだ。むしろ被害が少ない方じゃないか?ただ、その被害者に見合った成果を得られたかと言えば間違いなく否だがな」
「だよな……結局冒険者に紛れていた裏切り者も下っ端なんだろ?」
「ああ。まあ正確には下っ端が切り捨てられたという方が正しいとは思うがな。どちらにしてもギルド職員の裏切り者も全てではないだろうし……尻尾を掴んだだけに終わったな」
ポイっと無造作に情報紙をテーブルに投げ置く。
その反動で開かれた紙面には"捕縛者内訳"と書かれており、冒険者20名・民間人3名となり、どこにもギルド職員捕縛とは書かれていない。
「ん?なあハヤト、どこに職員捕縛って書いてあるんだ?どこにもそんな情報ないぞ?」
「書いてあるだろ?ちゃんと3名って」
「いや、3名は民間人だろ?ギルド職員とは書かれてないぞ?」
3名の部分を指差す隼翔に、クロードはなおも不思議そうに疑問をぶつける。
「まあ、確かに直接的には書いてないな。だが、これはギルド側が発刊している情報紙だ。なら、わざわざ身内の汚点を堂々と書き記すこともないだろ」
「おいおい……ってことは、ギルド側は故意に隠蔽してるってことか?」
額に青筋を浮かべ、クロードは声を震わせる。
だが隼翔はと言えば、対照的にそれが当たり前だと納得した様子で果物を口に詰め込みながら、簡単に説明を続ける。
「書き方は故意だが、別に隠蔽とはならないな。現にこうして書いてあるわけかだし……何よりも聡い奴なら気が付いてる」
「だがこうして正確に記してはいないが?」
「そっ。ソレがミソだな。確かに正確じゃないが、虚偽ではない」
冒険者は冒険者と言う身分になるわけだが、ギルド職員はどうなるかと言えば、今回の事件で言えば民間人という扱いになる。
つまり、仮に問い詰められたとしても"我々は民間人である"と言えば追求は逃れられるし、そもそも気が付かない人間にはギルドに対する不信感は抱かせずに済むという遣り口だ。
「だがら誰もその事を追求しない。どうせ躱されて徒労に終わるからな」
「汚ねーやり方だな。というか、良くそんなことわかるな」
不快を顕にして言葉を漏らすクロードだが、隼翔には冗談混じりで、同類だから分かるのか?と茶化すような視線を送る。
そんな彼に対して答えたのは隼翔……ではなく、別の人物だ。
「確かに若様は聡明だけど、クロードはもう少しそういう権謀術数とかについて知った方がいいかなぁ?」
「俺はそういう細々とした謀は嫌いだからいいんだよ、アイリス」
どうぞ、と隼翔の前に氷で冷たく冷やされた珈琲を出したのは恋人であるクロードに少しばかり小言を呈したアイリスだ。
涼しげなワンピースにサロンエプロンを巻く姿はカフェの店員を連想させる格好だが、上級冒険者に給仕の真似事をさせるなど中々に無いだろう。
もちろん無理矢理にではなく、彼女が率先してそのようなことを買って出てくれているだけに隼翔としても何も言えず、ありがとうとグラスを受け取り、珈琲を飲む。
口の中を満たしていたシトラス系の香りはすぐさま珈琲の美味しい苦味へと書き換えられる。
一方で隼翔の目の前には果実のような甘酸っぱい雰囲気が漂い始める。
その理由は言わずもかな、クロードの横に間隔を空けずにアイリスが座ったためだ。
耳にはアイリスの小言とクロードの不貞腐れたような声が聞こえてくるが、ほとんどは恋人同士の甘いやり取りだ。聞いて、感じるだけでも甘味が口を満たしている感じがしてしまう。
だからと言ってソレを邪魔するような無粋な真似をしようとは思わない。ここが地下迷宮なら咳払いの一つも漏らすが、屋敷の中で今日は休みなのだ。
好きなだけ恋人同士の雰囲気を楽しませてあげようと、隼翔は珈琲の苦味でのんびりと耐え続ける。
あの事件から二日が経過した。
この二日間、隼翔たちと言うか主に隼翔は完全療養と言う形でほぼ屋敷に軟禁される格好となった。
何せ腹部には傷的には小さいながらも穿たれ鮮血をまき散らす銃創があり、全身も基本的には小さい生傷だらけだったのだ。
後から合流した姉妹がその姿を見れば――――どれほど声を上げて絶叫し、苛めたのか述べなくとも分かるだろう。
その結果としての軟禁状態。隼翔としても怪我は早く治したいし、何よりも心配をかけてしまったという罪悪感が大いにあるため、現状大人しく屋敷内で過ごしている。
「わーったよ。今度からは少し情報紙とか見るようにするって!!」
「そうそう、それでいいのよぉ!ところで若様、身体の傷とは大丈夫なんでしょうか?」
「そうだぜ、ハヤト。お前結構動き回っているけど、治り具合はどうなんだ?」
「……ん?ああ、怪我か。まあ、日常生活には支障ないな」
空間に漂っていた甘酸っぱさがなくなり、口の中には待ち遠しかった苦みがほのかに香り始める。
そこでようやく現実へと帰還した隼翔は、二人の視線に少しの間惚けながらもペラッとシャツの裾をめくり上げ、怪我の具合を実際に見せる。
そこには細身ながらも極限まで鍛え抜かれた肉体を望むことは出来ず、何重にも巻かれた包帯だけが見ることが出来る。表層の方こそ白さが残っているが、よくよく観察すれば包帯の下の方は赤がじわりと滲んでいるが確認できて、まだ銃創が完全に塞がっていないのが分かる。
それだけの傷なのだ。本来なら痛みで動くのも億劫になるはずなのだが、当の本人は当たり前のように屋敷内を動き回っている。
怪我の具合を聞いたクロードとアイリスはその頑丈さあるいは痛みへの異常な耐性を褒めればいいのか、或いは休めと苛めるべきか悩んでしまう。
「しっかし、凄いよな。飲み薬でここまで治せるんだからよ」
だが本人はと言えば、感心したように腹部の傷を撫でる。
確かに隼翔の感覚からすれば飲み薬と包帯による止血だけで銃創がこんなにも早く塞がるというのは驚き以外の何物でもない。なにせ隼翔の感覚からすれば縫合したりと手術が必要なほどの怪我だったのだから。
しかし、ここは異世界。そのスタンダードな感覚からするとあまりにもその怪我の治りが遅い。
「いや、ハヤトの回復薬なら普通は即座に回復しているレベルだぞ?感心するどころか、むしろ嘆くレベルの問題なんだが……」
「んー、お前たちからすれば俺の身体はかなり不自由だと思うが……俺からすれば当たり前だし、むしろ良くなっている感じだぞ?」
そう、隼翔特製回復薬は上級回復薬に匹敵するほどの効力を有しているのだ。それを一本でも飲めば普通は即座に傷が塞がり、傷跡すらも残らないだろう。
だが隼翔の場合は一日二回飲んで、ようやく傷口が塞がったかどうかという程で、周囲からすれば知っているとはいえ心配になるレベル。
「本当にお前がいたっていう世界が信じられないな、俺たちからすれば」
「本当だよぉ~」
「魔物や魔法なんてない世界だからな……まあ、俺の怪我はいいんだよ。それよりも客人の様子は変化あったのか?」
決していい思い出が多いということはないが、それでもやはりどこか懐かしそうに眼を細める隼翔。
しかしすぐさま過去のことだと切り捨てるように話題を切り替える。
決して怪我のことはどうでも良くはないのだが、それでも隼翔の表情を見て二人は諦めたように嘆息を吐きつつ、あの事件の最大の被害者である少女のことを思い出す。
「俺も詳しくは知らないけどまだ目を覚ましてないんだろ、アイリス?」
「うん、一応幼馴染の方たちとともにフィオナちゃんとフィオネちゃんが付きっ切りで看病しているみたいだけど、やっぱり心身ともに相当疲弊してたんだろうね。今もぐっすりだよ」
「そうか……まあ仕方ないな。あれだけの経験をしたんだからな」
最大の被害者であるひさめは隼翔が矛盾刃ですべてを断ち切った後、フッと緊張の糸が切れてしまったように気を失ってしまったのだ。
そのまま目覚める様子も無かったため、合流した仲間たちとともに隼翔は静かに眠る少女を背負いながら地上へと帰還し、ギルド本部で噂を聞きつけ心配そうにしていた少女の幼馴染たちとも鉢合わせしたのだが、それでも目覚める気配が無く、仕方なしに幼馴染ともども屋敷に客人として滞在してもらっている状態。
目立って怪我も無いことから本当に溜まりに溜まった疲労やストレスで一時的に休眠しているような状態だと分かるのだが、それでも一刻も早く目覚めて欲しいというのが本音。
「……とりあえず、目覚めるのを待つしかないか」
「ですね……それよりも若様。お時間の方は大丈夫でしょうか?お約束があると朝おっしゃっていましたが……」
募る不安や焦燥感を飲み込むように、結露したグラスに手を伸ばしグイッと珈琲を煽る。
だが、やはり普段感じるおいしさがどこか足りない気がしてならない。
そんなどこか惚けたような雰囲気がある隼翔を気遣うようにして、アイリスは話題を変える或いは思い出させるように、そういえばと切り出す。
その細やかな気遣いに隼翔は感謝を心の中でしながら、銀の懐中時計で時間を確認する。
時刻はすっかり月まで差し迫っており、あと数分で昼になる。
もうそんな時間なのかと思いつつ、約束の時間を思い出す。
「月の1時に前と同じカフェで待ち合わせと聞いたから、そろそろ着替えないとな」
山と積まれていた果物はすっかり数を減らし、もう数えられるほどしかない。そのうちの一つを口に含みつつ、隼翔は立ち上がり準備をしなければと面倒くさそうに言葉を漏らす。
隼翔としてはこの格好に愛刀二振りと外套さえ羽織れば問題ないと思っているのだが、それをフィオナとフィオネが許してはくれないのだ。
もちろん今の格好がだらしないとか格好悪いというわけではないが、姉妹としては外出の際は実力に見合った相応の格好をしてほしいと頼んでいる。ましてやこれから会う相手がこの都市最高戦力の一人とあっては尚のことだろう。
そして姉妹に頼まれてしまった以上は隼翔としても嫌とは言えず、仕方なしにと気怠そうな足取りで自室へと向かおうと扉へ足を進めると、ちょうどその扉が開かれた。
「あっ、ハヤト様。それに皆様もここにいたんですねっ!良かった」
「ん?どうしたんだ、フィオナ?」
勢いを殺しながらも、扉を素早く開けるという妙技を発揮して飛び込んできたのは看病をしているはずのフィオナだ。
隼翔は一瞬、自分の着替えのためにわざわざ走ってきたのかと苦笑いを浮かべそうになる。
何せ、姉妹にとって隼翔は何よりも優先すべき事案なのだ。そして怪我をしているとあってはその手伝いをしようと朝から張り切ってしまう程。
今も隼翔が頼んでいるからこそ、ひさめの看病をしているが、それが無ければ付きっ切りで付き人のようなことをしているに違いない。
だからこそ今も隼翔はそのように考えたのだが、その割には全員が揃っていることに安堵しているようだし、心なしか表情も心配事が無くなったように晴れやかだ。
「はい、実は先ほどひさめちゃんが目を覚ましたんですっ!!ですからそのご報告にやってきました」
「本当かっ!?」
「そっか~、良かったよぉ」
目覚めたという喜ばしい報告に声を上げたのはクロードとアイリスだ。
二人は勢いよく立ち上がると、フィオナの表情を見て安どの息を仲良く漏らす。
一方で何も言葉を漏らさず冷静さを繕っている隼翔だが、その表情は穏やかそのもので、雰囲気も軽くなっている。
「どうしますか?もう話せるようですし、少しお会いになりますか?」
「……そうだな、時間もあるし少しだけ顔を合わせようか」
少しだけ思案する隼翔。
本来なら休ませておくべきなのだが、話したいこともあるし、何よりも元気な表情を早く見たい。
だからこそ約束の時間までまだ猶予があることを時計で確認すると、すぐさま少女の寝る部屋への案内をフィオナに頼む。
「相変わらず感情を隠そうとするよな、ハヤトは」
「うん、でも後姿が凄い軽やかで嬉しそうだったねぇ」
何事も無いように出ていくその後ろ姿を眺めながら、クロードとアイリスはクスリと笑みを溢すのだった。




