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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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幕引き

とりあえず、あとはエピローグだけです。 

 地面から次々と蔓のように伸びて、うねうねと動く骨。

 それらの先端にはまるで掌のような花が次々と付き、握り拳を作るように枯れて閉じていく。

 その様子を隼翔は愛刀を構えたまま、険しい表情で眺める。別に何が起こっているか見当がついたわけじゃない。ただ、何やら不穏な雰囲気を目の前の現象から感じるのだ。


(……なんというかこの感覚・・、嫌な懐かしさを感じるのは気のせいか?)


 斬り込むべきか、それとも見守るべきか。思わず足を止めてしまう。

 本来の隼翔なら間違いなく斬り込んだだろう。何せ刀の間合いから髑髏鎧は大きく外れ、攻撃手段が無いような状態なのだ。

 それなのにどうしてか動くのを躊躇ってしまった。何か嫌な記憶(・・・・)を刺激された、そんな感じが動こうとした足を地面へと縫いとめてしまったのだ。

 果たしてその記憶とは何なのか……思い出そうとして微かな目眩に視界が揺らぐ。


「……うぐっ、くそ!最悪だ」


 思わず自分を罵るように言葉を漏らす。

 眩暈と考え事に更けていたのは本当にわずかな時間。

 しかし、その僅かな時間に枯れて握り拳のようになった先端が再び開いていた。一見すればただ開いたようにしか見えない。それこそ白亜色だった骨が本当に枯れたように茶褐色になった程度の違いしか見えない。


 だが隼翔の方は違う。左下腹部が鮮血で真っ赤に染まり、他の部分にも真新しい傷が出来ている。

 慢心、油断、自惚れ。そんな言葉を飲み込むようにしながら、一番深い腹部の傷を空いている手で押さえる。


「だ、大丈夫ですかっ!?」

「ああ、大丈夫だ。それよりも厄介なことになったな……」


 心配そうに声をかけるひさめに短く返答しつつ、瑞紅牙を握る右手は止まることなく動き続ける。

 ギンッ、ギンッ、と硬質な何を刃が斬り裂く音が鼓膜を叩くが、今の隼翔にはそんな音はあまり聞こえず、ひたすらに自分を責め続ける。


 いつもこうだ。

 いつも戦闘中に何かに気を取られたりして、どこかで怪我を負う。その悪癖のせいでさんざっぱら周囲に心配かけたり――――最悪の結末として二度命を落とした。

 直さないといけないとは分かっているのに、どうしても戦いの最中に物思いに更けてしまう。


「――――っ、今は集中だ。反省も考えるもの全て終わってから」


 飲まれかけていた思考を無理やり戻し、今はただ刀を振ることだけに集中しようと隼翔はフーッと息を吐き出すと、止めていた脚を一気に加速させる。

 ブシュと腹部からは血が溢れだし、目まぐるしく風景が変わっていく。

 集中したおかげか、それとも血が足りなくなり始めているのが原因なのか、視界から色が次第に抜け落ちていき、時間の流れが落ちたように世界が遅くなる。

 しかしその中心には必ず骨荊に守られた髑髏鎧が映り、どうにかそこまで斬り込む場所()が無いかを探る。


 跳んだり走ったりと、まさに縦横無尽に駆けながら隼翔は活路を探すが、待てど暮らせどその隙は見当たらない。それどころか、飛来する何かの数が次第に増しているようにすら感じる。


「ちっ。スミレの花みたいに骨を飛ばしやがって……鬱陶しいうえこの上ない」


 花を枯らせ種子を飛ばす菫のように、次々と掌が開くようにしては無数の骨が弾け出して隼翔を穿つように飛び交う。

 それは一種の銃撃戦の最中に飛び込んでしまったような状況。

 現に飛び交う骨の先端は鋭く尖り、まるで銃弾のように回転している。それに速度もかなり速いことから、本当にマシンガンと相対していると錯覚してしまいそうだ。


 そんな状況下を奔り回りながらしっかりと飛来する骨を見極め、避けて、右手に握る刀一本で斬り裂きながら潜り抜けているのだから隼翔も流石と言えよう。

 だが動けば動くほどに穿たれた腹部の傷は広がり、鮮血が抑える手を押しのけるように溢れだす。


「一か八か無理にでも斬り込むべきだな……」


 今でこそ戦闘に影響は出ていないが、これ以上の出血は看過できない。

 選択としては治療するかすぐさま戦闘を終えるかのどちらかしかないが、前者はまず選ばしてはもらえないだろう。

 駆けまわっていても高精度で骨が銃弾のように弾け飛んでくるのだ。コレで足を止めてしまえば、ただ一方的に防ぐしか手段がなくなり、治療どころの騒ぎではない。

 かと言って走りながらの治療も望み薄。普通の人ならただ回復薬を飲むだけでかなりの治療効果を期待できるが、隼翔の場合はどうしてか回復薬の効果が絶望的に低い。それなのに無理して飲んでも、むしろ血を失うというマイナスにしかならないだろう。


 つまるところ選択できるのは一択。速攻でこの状況を打破して、倒す。

 簡単シンプルだからこそ、途轍もなく難しい。

 だが隼翔は早々に覚悟を決めたのか、すぐさまブーツを鳴らし火花を散らせながら急制動をかけると、90°方向転換して骨の荊に斬り込む。


 髑髏鎧との距離は大凡10m弱と言ったところか。

 本来の隼翔なら一足飛びでも十二分に縮めることのできる間合いなのだが、いかんせんうねうねと関節部分を揺らしながら邪魔をする骨が地面から生えているし、骨の銃弾も飛んでくるような状況だ。

 普段感じる間合いよりも遥かに遠く感じてしまう。

 それでも一切怯えも無く、口には笑みを浮かべる。


「せっかくこれだけ出血しているんだ。俺の血を吸え――――瑞紅牙っ」


 骨荊に身を投じる寸前、隼翔は何を思ったのか腹部の傷を抑えていた左手を離す。

 べっとりと鮮血が掌を真っ赤に染め上げ、腹部の傷からはとめどなく血が噴き出し始める。その傷口に愛刀の腹を当て、反対側を真っ赤に染まる左手でなぞる。

 ドクッ、と脈動を打つ瑞紅牙。それは久々の餌を与えられた野獣のように歓喜しているようで、どんどんと脈動が早く強く鳴り響き――――刃が臙脂色に染まる。刃紋は鮮血のように赤く広がり、刀身全体は桜に。そして全体としての雰囲気は髑髏鎧が持つ剣よりも明らかに禍々しさを漂わせる。


「際限なく吸いそうだな……まあこれくらいでいい、だろっ」


 妖刀と化した愛刀を傷口から離し、右手に構える。そして、地面を蹴って一気に加速。


 ザンッ、ザンッ、ザンッ。

 先ほどまで防いでいた時とは打って変わり、鋭さ増した斬撃が地面から生える骨の硬質を一切感じさせずに次々と斬り飛ばしていく。

 右手からは歓喜に震える妖刀の感情が伝わり、身体は羽毛のように軽い。

 

 あとはこのまま突っ込んでいくだけなのだが、残念なことに簡単に物事は進んではくれない。


「……一斉射撃を浴びてる気分だな。本当に最悪な気分(・・・・・)だっ」


 いくら骨を斬り飛ばしても地面から再生するように、次々と新しい腕を伸びてくる。

 加えて、逃げ回るような動きを止めてほとんど直進で突っ込んでいるような状態だ。骨の先端から咲いていた掌も全てが一様に隼翔の方を向き、一斉砲火を浴びせ行く手を阻み身体の末端に傷を負わせていく。

 そしてダメ押しとばかりに地面からは尖端が鋭い骨が一気に伸張して、四方から串刺しにしようとする。


 穿たれた傷こそ腹部の一つだけだが、四方八方から体に穴を開けようと狙われる経験はコレで三度目・・・なだけに、隼翔は思わず口汚く言葉を漏らしてしまう。


 それでも右に避け、左に傾け、軽い足取りで跳びながら隼翔はひたすらに斬り続ける。


 普通ならまず間違いなく、そのまま全身をハチの巣状態にされてお陀仏するのが関の山。

 だが隼翔は足を止めることは無く、骨の銃弾を斬り裂き、地面から伸びる骨を読みと反射だけで躱して最短距離を駆け続ける。


「さあ、もう間合いに入るぞ――――」

「ウ、グルルルルラァアアアアアアアアッ!!!!!」


 骨荊の道をほとんど潜り抜け、髑髏鎧に肉薄する隼翔。

 顔にある傷こそ頬の一つだけだが、外套に隠れていない下半身には小さい傷が無数刻まれ外套の下もシャツは赤く染まっている。何よりもその腹部は特に酷く、凄まじい鉄錆の臭いを放っている。

 そんな状態なのに、隼翔は獰猛に笑って見せる。さあ、追い詰めたぞと表情が雄弁に語りかけてくる。

 その恐ろしさを感じ取ったと言うわけではないだろうが髑髏鎧は獣に似た咆哮を上げて威嚇する。


――――ギンッ

 

 一際大きい金属音が空間に鳴り響き、遅れて空気が弾け飛んだ。

 それが契機となり、再び壮絶な刀と剣の打ち合いが始まった。


 ズン、ズン、と金属同士が打ち合っているはずなのに、その音は先ほどよりも明らかに重く鈍い。それほどまでに刃に――――何よりも打ち込む側である隼翔の刀に重みが乗っている。

 

「これだけ打ち合えば、呼吸や視線が読めなくても間合いと癖は把握できる。それに先にも言ったが、お前のは剣技じゃない。ただ剣に操られているだけだ」


 空中には無数の臙脂色の軌跡が無数に描かれていく。

 斬り上げ、斬り下ろし、横薙ぎ、刺突――――次第にその速さと重さに髑髏鎧は耐えきれなくなり始め、鎧のあちらこちらに斬撃痕が遅れながら刻まれていく。

 斬られ、穿たれた斬撃痕からは鎧が発するのと同じような瘴気が漏れ出し、その奥では闇が蠢いている。そして、予想通り人の姿はない。

 つまりこの鎧は原理は不明だが、操り人形と同じようなモノ。だからこそ呼吸・視線を読むことが出来ずにいたのだが、それでも他の要素は読める。


 何よりも多量の鮮血を吸い、本来の切れ味と化した瑞紅牙と対等に打ち合えていたというのは確かに称賛に値するが、それはあくまでも剣の性能にだ。

 髑髏鎧の動きは本当に操られているような部分が多く、剣を扱うことに長けた動きが無い。いわば反射だけで、剣と鎧が別個に動いて戦っているという印象しかないような戦い方をしているのだ。

 いくら剣の性能が高くても動きが伴わないなら脅威にはならない。そして髑髏鎧の近くで戦っているおかげで骨の銃弾は止んだ。すなわち、現状では隼翔の脅威は多くはない。


 その結果として、一方的なまでに臙脂色の刃が鎧を刻んでいく。


「これが剣技と言うモノだ――――双天開来流 閃華ノ型――星葬セイソウノ太刀」


 無数の刺突が同時に(・・・)緋色の軌跡を描く。

 決して力強さは無い。現に鎧はそれだけの攻撃を受けたのに微動だにすらしていないのだから。だが、決してダメージが無いわけじゃない――――何せ、鎧の胴や腕はハチの巣状に穿たれている。

 つまりたった一点、鋩子にだけ力を集約させ最速の突きを放ったということ。恐ろしいのは速度だけではないのだ。



 風柳ノ型――――それは極限まで柔靱さを追求した"柔"剣

 不知火ノ型――――それは烈火の如く、一撃に特化した"剛"剣


 これらをこのように表現するなら閃華ノ型は――――無数の花びらが舞うような連撃を可能とする"速"剣。

 もちろん、ただ早く振っている訳ではない。あえて遅い剣速を交えることで他をより速く見せるような技もあれば、今のように弱点だけを同時に攻撃するだけの技量も必要とされる必殺の剣。


「が、ガガガ………………―――――――ガァアアアアアアアッ!!」

「まだ足掻けるとは……哀れだな」


 その必殺を受け、鎧は動きを鈍らせる。

 禍々しい剣を握る手をだらりと下げ、天を仰ぐようにして弱々しい声が鎧甲冑奥から漏れている。

 穿った場所からはどんどんと鎧の中を満たしていたであろう瘴気が血のように漏れていき、中で蠢いていた闇も心なしか弱くなったように感じる。


 その様子を突きの構えのまま残心するように眺めていた隼翔だが、再び鎧から力強い声を漏れ始めたことにより思わず嘆息を吐き出す。

 何せ髑髏鎧は禍々しい剣を振り上げているのだが動作は緩慢、おまけに今にも腕は落ちそうで、足を踏み出そうとすればガクガクと金属が崩れる音が鳴り響くような状態なのだ。


 それなのに、どうしてか隼翔は嘆息とは裏腹に少しばかり距離を開ける。


「追い詰められた鼠ほど怖いモノは無いからな……何よりも殺気と圧力が増した気もする」


 明らかに満身創痍。それなのにその放たれる殺気と圧は幾分か増したように思える。

 それほどまでに肌がヒリつき、空気が重い。

 経験が、本能が危険だと告げる。

 だからこそ油断だけは出来ない、気を抜くこともしない。

 不用意に近づくことも斬り込むこともしせず、全身全霊、極限にまで集中力を高め観察する。


「ガ、ルララララララララララァアアアアアアアアアッ!!!!」

「っ。何をするつもりだよっ」


 柄を握りしめ、いつでも戦えるようにと臨戦態勢を崩していなかったが、突然の大咆哮の音圧とでも言うべきものに身体を弾き飛ばされる。

 突風に身体を持ち上げられたよな浮遊感が身体を包む。対して背中は骨荊にどんどんと傷つけられ痛みを訴えてくるが、そんなもの今は気にしている暇はない。

 何せ外さぬようにとしていた視線の先では髑髏鎧からきのこ雲のようにして多量の瘴気が溢れだし、視界を遮っているだ。

 そして、瘴気の霧の中には、何かが厭らしく蠢いている。まるで手を拱かれているようにすら思える。


「……本当に窮鼠に喉元噛まれた気分だな」


 ドスッと重苦しい音を上げながら、壁にぶつかったことでようやく身体に重力が戻る。

 背中は焼けるようにヒリヒリと傷を訴えるが、この程度は慣れているせいか隼翔は気にした様子も無く立ち上がると刀を構え、ジッと見据える。

 

 本音としては"星葬ノ太刀"で幕引きに出来なかったことが悔やまれる。

 だが、隼翔が口にする剣技は全てが必殺の一撃。必殺が故に口にしているのだが、それで決めきれなかったのなら正直どう足掻いてもこの段階になってしまっていただろう。


 隼翔はそう思い、仕方なしに意識を切り替える。

 動かないで観察している間にもその瘴気は次第に勢いを増し、その中に蠢く影も増えている。恐らく鎧自体も崩壊寸前だったから、ここから立ち去るあるいは逃げ続ければいつかは止まるだろう。

 だが、そのいつか(・・・)が何時なのか不明だからこそ逃げ出すことが出来ない。


(完全にコレを片付けないとダメだな。それは俺の仕事だ)


 先ほど消えた首謀者と思われる陰の目論見を完全に潰すためにも、ここにあれを残しておきたくない。

 何よりも少女を救うと言ったのだ。だったら、ここで立ち去るのは悪夢を絶つという意味でも選べない。


「正直何が起きたのか俺にもよく分からない。ただ、アレを完全に潰すために俺はここに残る。……最悪お前だけでもこの場所から逃げても良いぞ?このまま通路を進めば俺の仲間がいるはずだからな」


 へたりと唯一の出入り口である通路の前に座り込む少女の場所に隼翔はゆっくりと近づくと、そう問いかけた。

 この通路は非常に長いが、恐らくそれなりに時間が経過した今ならフィオナやフィオネ、クロードとアイリスが戦闘を終えてこちらに向かっているに違いない。

 彼らと合流さえできれば、ひさめは一応逃げ出すことは出来るだろう。何よりもここに残ってこれ以上怖い思いをしなくても済む。

 そういう優しさから隼翔は提案したのだが、ひさめは迷いながらも意を決したように口を開いた。


「え、えっと……確かに自分はここに残ってもお荷物にしかなれません……。そ、それでもここに残ってはいけないでしょうか?最後まで、そのた、助けてもらいたいんですっ!あなたに……」


 きゅーっと顔を真っ赤に染め、少女は俯く。

 確かに自分が邪魔にしか、枷にしかなれないのは分かっている。ここで立ち去れば憂いなく戦えるということも分かっている。

――――それでも少女としては最後まで、憧憬に、恋心を抱いた相手に助けてほしいのだ。まるでおとぎ話もお姫様のように。

 

 そんな少女の、この場に似使わないお願いを聞いて、隼翔は思わず噴き出した。


「――――は、ハハハハッ。まさか俺が王子様役を頼まれるとはな。だが、残念ながら俺は王子様にはなれないな」

「そ、そう……ですよね。す、すいません……すぐに逃げますので……」


 恥ずかしさと残念さを滲ませながら、立ち去ろうとする少女の腕を、しかし隼翔は力強く握り、あろうことか抱き寄せた。


「……え?」

 

 頼りがいのある力強さに抱かれ、身体から力が抜ける。

 凄まじい血の匂いがするが、それでも今は気にならないし、何よりも憧憬の血のせいなのか安心すらしてしまう。



「生憎と俺は勇者とか柄じゃないんだ。どちらかと言えば魔王のがしっくりくるだろう。だから、な?」


 抱き寄せる少女の温もりを感じながら、隼翔は思った。

 自分にはやはり勇者とか王子さまは似合わない。何せ、助けようとした相手だけを先に逃がそうとしてしまうのだから。

 それじゃあ物語はハッピーエンドは迎えられない。だから自分には向かない。だけど――――。


「欲しいモノは強引にでも救う(攫う)んだよ。それが美しい姫ならなおさらだな」


 ニッ、と口の端に笑みを浮かべながら少女に語りかける。

 この世界で幸せをつかむために自分は好きなように生きると決めたではないか。自分のために、自分が護りたいものために力を振るうと。

 何よりも自分は冥界の女神の使徒。つまり魔王なのだ。ならば救うでは正しくない。ここから少女を立ち去らせるのも正しくない――――最後までしっかりと攫わなけらば魔王じゃない。


「そういうわけだ。お前にはこのままここにいてもらうぞ」

「は、はぃ………」


 か細い声で返事をするひさめをさらに強く抱き寄せながら、隼翔は緋色に染まる瑞紅牙を地面に突き刺した。

 目の前では瘴気が津波となり押し寄せ、その中を蠢くようにして白骨化した腕が伸びてくる。

 

 だが武器を手放したからと言って隼翔は諦めたわけじゃない。ただ、今は瑞紅牙こいつの出番じゃないと、そう悟ったのだ。

 なにせ先ほどから、少女を攫うと宣言した時から腰に佩するもう一振りが疼くように熱を発している。今こそ、今こそ力を貸そうと。今がその時だと訴えかけられているように感じるほど熱いのだ。

 だからこそ愛刀から手を離し、もう一振りの愛刀へと手を掛けた。

  

 今までは抜こうと濃い口に手を掛けても微動だにすらしなかったのに、今は簡単に抜き放つことが出来た。

 どこまでも真黒な刀身。それは夜空のように深く、果てなど感じさせないような黒さ。対して刃はと言えば空恐ろしいほど薄く、向こうが透けて見えるほどだ。

 果たしてなんで抜けたのか、そもそも切れ味や耐久性は大丈夫なのかと疑ってしまいそうな見た目だが、それらを気にした様子も無く隼翔は静かに正中に構え、振り下ろした。


――――スッ


 そんな小さな音が鳴った。ただ、それだけなのに――――瘴気は消え去り、蠢いていた骨も藻屑と化した。そして中心にあったであろう鎧の残骸は跡形も無く風化した。


"矛盾刃――――それは全てを断ち切る慈しみの刃。そう、全てを斬り裂き、消し去るけど……生命だけは決して奪わない。神が与えし護刀"


 その光景を目にしながら、女神のその言葉を思い出していた。 

 果たして抜けた理由は良く分からない。だけど、そんなものは今はどうでもいい。

 隼翔は抱きしめる少女の温もりを感じながら、そう思っていた。

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