魔帝の古城 ヴァルシング城
ズルドフは戦慄し、剃りあげた頭から玉状の汗を垂らす。
(な、なんでだっ)
恫喝するように自問する。
汗は額を伝って顎を濡らす。それを腕でしきりに拭っているはずなのに一向に湿り気が取れる気配がない。それに苛立ちながらも、視線は対峙する少年から背けることができない。
(どうしてこうなったなんだっ!?)
先ほど大扉をぶち破るようにして登場した光景を脳裏で知らぬ間に再生しながら、心の中で声を荒げる。
脳裏をよぎるのはこの世界には珍しい黒髪に黒い瞳。着流しのように長くゆったりとした外套を羽織り、その下には全く鎧の類を付けていない。武器は手に持つ剣に似た見慣れぬ武器と腰に携える同じ形状の二振りのみ。
その時はまだ、余裕があった。
それこそ呑気に獲物が釣れたと心の底から悦に入り、烈火の如く燃え盛る復讐心を瞳に宿していた。その復讐心に飲まれるがまま、仲間たちに支持を出すズルドフ。彼の声は盗賊たちを奮い立たせるだけの力があった。
――――うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!
盗賊たちが上げるけたたましい咆哮が玉座の間に響き渡った。それは目の前の少年を血祭りに上げるには十分すぎる確信をズルドフに与えた。
だが、それは不確定すぎるものだった。あるいは相手を見誤っていた。
「っ!?」
一瞬何が起きたか、己の目と耳を疑った。血飛沫を上げる部下、静まり返る空間。そして無慈悲な視線を向ける少年。
そこからズルドフの抱いていた光景は瞬く間に幻想となり、儚く砕け散った。
(これは何の冗談だっ)
自分の見たものを、聞いた音を否定するように何度も己を問う。獣人たちを中心にして、それを避けるかのように真っ赤な雨が降り、鈍い音を上げながら壁に赤い花が咲き描かれる。
「う……そ、だろ」
壁際に力なく座り込む部下たちを見ながら消え入りそうな声で呟く。そこにはさきほどまで誇っていた力強さも、業火の如く燃えていた復讐心もない。
「なんなんだよっ。なんの恨みがあるんだよっ、俺たちが何したんだよっ。どうして俺の部下を殺したんだよっ!?」
大剣を床に何度も叩き付けながら子供のように泣き叫び、無意味に喚き散らす。2mを超える筋肉を纏った肉体は今ではすっかり小さく見える。
隼翔は床を叩く金属音が耳障りだと言わんばかりに眉間にしわを寄せながらそれを静観する。ズルドフにはそれが、下らないと吐き捨てられているかのように思え、さらに声を荒げる。
「無意味に俺の仲間の命を奪って楽しいのかっ!?そんな下賤で無能な獣を助けて何になる!?そんなの守る価値ないだろっ!!」
フーッフーッ、息を荒げながら捲し立てるズルドフ。額には血管が浮き上がらせ、顔を真っ赤に染めあげ、目は血走っている。
その様子を見て隼翔は、はぁと長嘆息を漏らし、刀を肩に担ぐ。
「お前のどこまでも下らない理屈に付き合えと言うのか?」
その言い草にズルドフは余計にぶち切れ、今まで以上に声を荒げる。
「何が下らないっ!?俺の仲間を侮辱するのも大概にしやがれっ!!」
「どこまでも下らないさ。お前は今までこのようなことを弱者に対してしてきたんだろ?奪い、虐げ、殺した……違うのか?」
そのまま、周囲を見渡してみろ、と隼翔は玉座の間に視線を巡らせる。それに追うようにズルドフもまた視線を巡らせる。
視界に入るのは血に染まった床に壁、そして力なく横たわる盗賊たち。
「分かったか?お前が今まで他者に対して行ってきたことが、ここで起きてるだけなんだよ。つまりは因果応報ってやつだ」
まあ言っても四字熟語なんて知らないか、と吐き捨てる隼翔。事実ズルドフにはその言葉が理解できなかった、だ言いたいことは嫌でも伝わった。お前は成す術もなく食われるだけの存在なのだ、と。
ズルドフは怒りで頭が可笑しくなりそうだった。今まで弱者を虐げ、捕まえ、奪い、売る。自分たちは支配する側であり、全ては自分の思い通りになる、そう思い込んでいた。なのに逆に全てを奪われ、蹂躙されている自分。
(そんなことあってはならない、あってはいけない…………)
何度も内心で呟く。呪文のように、あるいは呪詛のように何度も呟く。その姿はどこまでも浅ましく、どこまでも滑稽にしか映らない。
「お前はやりすぎた。てめぇの下らない価値観で俺の大切な者たちを虐げ、傷つけた。コレはその報いであり、俺が戦う理由だ」
「……けるな、……ざけるな、……ふざけるな、ふざけんじゃねぇーーーーーーーっ!!」
怒りに身を任せ、大上段に大剣を振りかぶりながら肉迫するズルドフ。その速度はさすが頭目であるだけあり、その巨体を感じさせないものだった。その速度と剣自体の重さ、加えてズルドフの膂力。それら三位一体になった一撃は並みの人間では防ぎきることができるようなレベルではなく、下手に盾や武器で受けようとすればそれらごと叩き潰すような威力があった。
だが、それはあくまでも並みの人間ではである。
「ぅおらぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
唸り声とともに放たれた一撃。それに対し、隼翔は受ける様に刀を構える。それを見たズルドフの顔が歓喜に歪んだ。そんな細身の武器では俺の攻撃は防げないぞ、と言わんばかりな表情は、今までその大剣が圧し折ってきた武器や盾の数を確かに裏付けている。
しかし――――。
「鈍重なオークよりはマシ、ってレベルだな」
一切の気負いを感じさせないそんな声とともに聴こえてきたのは鼓膜を麻痺させるような破砕音。
耳劈くな破砕音を轟かせたのは、隼翔の立つ場所からすぐ横の床だった。その出来事にあり得ないとばかりに目を見開くズルドフ。
「何を驚いている?その程度の剣速を受け流せないわけないだろう」
そう、隼翔は大剣と刀が接触すると同時にゆっくりと剣線を傾け、衝撃を全て去なして受け流したのである。その為に刀と大剣がぶつかる金属音は発生せずに、さらには大剣が床を破壊するという結果になった。
隼翔にとってこの程度は児戯に等しいものだが、実際はかなり高度な技術が要求される。それこそ相手の迫力に怯えない胆力と冷静さ、刹那の間に相手の力量を正確に把握し、それに合わせるだけの技量が最低でも必要である。
なので本来であればズルドフのような反応は仕方ないと言える。仕方ないのだが、それでも驚愕で動きを止めるべきではなかった。
「あの世で俺を怒らせたことを悔いるんだな」
隼翔は右足を軽く踏み込み、そのまま胴体を横一閃した。そのままヒュンっと空気を斬る音を立てながら血振りをしてゆったりと納刀する。
「「ハヤト……さま?」」
時が止まったかのようにズルドフに何も変化が起こらないことに傍で見ていたフィオナとフィオネは疑問に思った。いつもなら隼翔が刀を振るえば血の華が咲き誇る、という光景を見慣れてしまった二人ならではの疑問だった。
そんな二人を余所に隼翔は踵を返し、二人の下にまで歩み寄ってくる。そのまま床に膝を着き、二人の状態を確認する。
「かなりひどい状態だな……」
その様子を二人はきょとんとしながら見つめるが、ハッと後ろの男に目が行く。そこではズルドフが再び大剣を振りかぶろうとしているところで、思わず二人は大声を上げる。
「ハヤト様っ!!」
「危ないですっ!?」
だが――――。
「安心しろ、問題ない」
見向きもせず、普段通りの声色で淡々と告げる。
そしてそれは正しかった。大剣を振りかぶる直前で、ズルドフの身体がずれた。切断面からは血が噴水のように湧き出し、そのまま崩れるように血の海に沈んだ。
達人と呼ばれる人間はその剣速があまりにも早すぎるために、傷口が開くまでに数秒の時間差があると言う。だが隼翔が見せた光景はその次元を逸脱していた。その圧倒的な剣速は斬られたズルドフ本人ですら自覚できず、傷口は遅れること10秒弱でようやく開かれた。
それはある意味では、隼翔にここまでさせるほど不興を買っていたという事の裏返しとも言える。
「「……っ」」
姉妹は息を飲み、言葉を失った。それはあまりにも現実離れした光景であり、目の前にいる人物は途方も無く優れた人間であることを暗に物語っていた。
「ぼんやりとして、どうした?」
それにも関わらず、当の本人はそれを誇るも無ければ自慢するも無く、当たり前のように振舞う。その姿を見て姉妹は今まで以上に心に固く誓った、ハヤト様に一生お仕えしよう、と。
「いえ、なんでもありません。それよりも助けに来ていただき本当にありがとうござましたっ!!」
「このご恩は一生忘れませんっ!!」
「別に礼などいらない。約束しただろ。この森にいる間は守ってやる、と」
居住まいを正しながら姉妹は、額を床に擦りつけるような勢いで頭を下げる。そんな二人に対し隼翔はバツの悪そうな表情を浮かべた。隼翔としては約束を守れなかったことがネックとなり、正直謝りこそすれ、お礼を言われる立場ではないと感じている。
「いえ、そのような訳にはいけません」
二人は痛む身体に鞭を打ちながら、尚頭を下げようとする。
フィオナとフィオネからすれば、窮地を二度も救われ恩も返せてない。そんな状況とあっては、どうあってもお礼だけは受け取ってもらいたいと言うのが本音であり、引くことはできない。
隼翔もそんな本音を悟ってか、これ以上言っても無駄だと判断し、かぶりを振りながら別のことを口にする。
「分かった。礼は受け取るから、今は怪我を治すことを優先しよう。盗賊たちなら何か薬とか持ってるだろ」
そう言いながら逃げる様に立ち上がる。一応その言葉で良しとしたのか、姉妹もそれ以上言わず隼翔に続いて立ち上がろうとするが、やはり全身が痛み上手く立てない。
「別に無理する必要ない。お前たちはここで待っていればいい」
そう言い含め、玉座の間から出て行こうとする隼翔。だが、その両足を何かがガシッと掴んだ。ん?、と足元に視線を向けると、そこには這いつくばりながら必死に足に掴まる姉妹が視界に映った。
「……なんだ?」
ゾンビみたいだな、と内心でけが人に対して抱くべきではない感想を抱きながら必死な形相を浮かべる二人を眺める。その瞳はともに潤んでおり、何を言いたいかを雄弁に語っていた。つまり――――。
「置いて行かれるのが嫌、なのか?」
隼翔の訝しげな瞳を真剣に見つめながら、コクコクと弱く可愛らしく頷く姉妹。周囲を見渡せば、確かに血だらけでかつ死体の山。少女たちからしてみれば、いかに森のなかで魔物の死体を見たからと言ってこの状況に馴染めと言うのは酷というモノ。
フム、と周囲を見渡す隼翔。彼にとってはある意味では見慣れた光景なため気にはならないし、自分一人で薬を探しに行った方が断然に早いとも思う。
「うーん……」
それでも明らかな意思表示されてしまっては無下には出来ない。かと言って、怪我を負った二人をどう運ぼうか頭を悩ませる。
「連れて行くのはいいが、一人は背中でもう一人は抱えることになるが、いいか?」
抱える、その言葉に耳をピコーンッと反応させるフィオナとフィオネ。そして両者は怪我を感じさせないような目つきで、互いをけん制するように見合う。
「フィオネ、あなたはハヤト様に背負ってもらいなさい。その方が身体に響かないわ」
「何言ってるの、フィオナ。あなたの方が傷が酷いんだから背負ってもらった方がいいわ。ハヤト様、フィオナを背負ってあげてください」
互いにキッと睨み合う両者。互いに相手を心配しているようで、実際のところ抱き抱えてもらいたいという欲望が丸見えである。
それにしてもなぜ彼女たちがこんなにも抱き抱えてもらいたいのか、それは女の子なら誰もが憧れるお姫様抱っこというシチュエーションを、他ならぬ隼翔にしてもらえるからである。まるで童話の中のお姫様になったかのような、そんな甘美なモノを想像し二人は白熱な譲り合いを繰り広げている。
だが、二人はとても重要なことを忘れていた。隼翔は一言もお姫様抱っこするとは口にしていない。つまり――――。
「なら、平等に二人とも抱えるか」
「「へっ?」」
その一言に、二人は見事に双子スキルを発動し、不思議そうな声をハモらせる。どうやって二人同時にお姫様抱っこを、と頭を悩ませる二人をしり目に、隼翔は無造作に二人を持ち上げると、そのままヒョイっと小脇に抱えた。
その突然のことに茫然とする姉妹。そんな二人を余所に隼翔は歩きだす。
「さて、とりあえず一頻り見て回る方が早いか」
「え、えっと……」
「ハヤト様?」
「何だ?」
完全にマイペースな隼翔に姉妹も思考を止めておけない、とばかりに何とか言葉を紡ぎだす。その声には完全に不思議さを通り越し、不信感が宿っていた。
「……コレは一体?」
おずおずと尋ねるフィオナ。反対側ではフィオネも激しく肯定するように強く何度も頷いている。
「お前たちが抱えてほしいと言うから抱えたのだが?」
さも当たり前のように答える隼翔を見て二人は深く後悔した。あそこで譲ってもらったまま背負ってもらえばよかった、と。
両の腕の中でガックリと項垂れる姉妹に訝しげな視線を送りながら、隼翔は玉座の間を後にした。
この城の構造を知っているわけでも無ければ、盗賊たちがどのようにここで暮らしていたか知りもしない。だが、隼翔は何の迷いも見せずに一直線に階段を駆け上がった。その足取りはまるで何かに導かれるように逡巡だった。
そんな隼翔をフィオナとフィオネは青い顔をして見ていた。やはり先ほどまでの元気は空元気だったようで、今は呼吸も浅くなっている。
「待ってろ、もう少しで着く」
そう言ったが、実際自分でもどこに着くか分からない。それでも尚、この脚が導かれる先に何かがあるのは本能が悟っている。だからこそ、少女たちも疑いもせず、ただその言葉を信じた。
そして、隼翔たちはとある部屋の前に着いた。
「ここだ」
力強い声とともに、その部屋への扉を脚を使って器用に開ける。その扉は他の部屋の扉と比べると毛色が少し違う。他と同様に廃れていはいるのだが、他の部屋よりも扉が一回り大きい。もちろん、玉座の間と比べれば小さいのだが、それでも大きいには違いない。
扉の先に広がっていたのは、巨大な空間。棚だったようなものや何かを飾っていたであろう台座などが乱雑に置かれている。その奥に大きな袋や木の箱が乱雑に置かれている。そこからは金や銀の装飾品に加え、金貨や銀貨などが溢れ出ている。
「宝物庫か……」
隼翔の言葉通りここはかつて宝物庫として使われており、盗賊たちもここに盗品などを置いていた。もちろん盗賊たちの財宝は部屋のサイズから考えると、とても微量で雀の涙程度しかない。それでも盗賊としては蓄えられている方だとは思う。
隼翔は視線を部屋中に巡らせながらも、脚は止めずにその盗品の山に向かっていた。そのまま財宝が集められた一角に脚を運ぶと、その場にフィオナとフィオネをゆっくりと降ろす。そして一心不乱に財宝を漁りだす。もちろん財宝が目当てではない、そこにあるであろう何かを探している。
「コレは薬か?」
大きめの白い袋から取り出したのは香水などが入ってそうな小瓶。その中は青色の液体で満たされている。
「……それはポーションだと思います」
それを見たフィオナが弱々しく説明した。"ポーション"その単語を聞いた瞬間、隼翔は効能など一切聞かずにフィオナの小さく開かれた口にその液体を流し入れた。
隼翔の頭の中にはポーションは傷を治すものだと、半ば小説的な知識で刷り込まれていた。なので後さき考えずに行動したのだが、今回はそれが功を奏した。
擦り剝けて血を流していた頬の傷は塞がり、青黒く変化していた腹部は瞬く間に白い柔肌を取り戻した。それを確認した隼翔はすぐさま、袋を漁りもう一本同じ小瓶を探す。それはすぐに見つかり、同じようにフィオネにも飲ませる。するとフィオネもフィオナ同様に傷が治った。
(コレは……すごいな)
空の小瓶を眺めながら思わず感嘆してしまう。
確かに小説なんかでは即効性があったが、アレは空想上のモノで、効果として痛みが緩和する程度だと考えていたのだが、いい意味で裏切られた。
だが、実際この世界の並み程度のポーションはこれほどの効能は見込めない。それこそ隼翔が考えていた程度だと言える。つまり今回のポーションは並ではない、という事である。それを証明するように姉妹は目を見開きながら自分の治った身体を茫然と見つめている。
「ふぃ、フィオナ……これって?」
「え、えーっと……上級回復薬、かな?」
「だよ……ね。ハヤト様、こんな高級なモノを私たちに使ってよろしかったのですか?」
「ん?何の話だ?」
未だに食い入るように小瓶を観察している隼翔にフィオネが遠慮がちに尋ねる。それに対して何を言っているのか理解できず、思わず聞き返してしまう。
「いえ、ですからこのような高級なポーションを私たちなどに使っても……」
「ん?高級なのか、コレ?」
「そうですね。通常の回復薬ではまずここまで回復しませんので」
空の小瓶を指で摘みながら振っている隼翔に対して、二人は遠慮がちに頷く。それを見て手元の小瓶をジーッと眺める。
「まあ、いいんじゃないか。俺のではないし、それに二人が治ったなら安いもんだろ」
「「ハヤトさまぁ~、ありがとうござますぅ~」」
勿体ながる様子も無く、手元の小瓶をポイッと捨てる隼翔。その姿を見て、姉妹は目元に涙を溜めながら謝辞を口にした。その大げさすぎる態度に辟易としたような態度を取りながら、気にするなと言わんばかりに手を、フラフラと振るう。そのままフムッ、と周囲を見渡す。
(何が、俺を呼んだ?)
確信を持つかのように、財宝を見渡す。瞳に映るのは金や銀、見たことも無い装飾品。そのどれもが探している物とは違う。
(どれだ、どれなんだ?あの声を放つのは……)
血眼になって財宝を見つめる隼翔に、さすがの二人も異変を感じ取る。
「あの、ハヤト様?」
「どうしましたか?」
「……この中に、何かがある」
「「どういうことでしょうか?」」
その要領の得ない言葉に姉妹は首を傾げる。しかし、その必死さからは確かに何かを探していると言うのだけは伝わってきた。そのためフィオナとフィオネも隼翔の探す何かが何か分からないまま、一緒に探し出す。
だがやはり何を探していいか全く分からない。そのため手に財宝を取ってもどうしていいか分からずウーン、と唸りながら睨めっこするしかない。そんな二人が眼中に入らないかのように、隼翔は黙々と漁り続ける。
「ハヤト様、地図がありました!」
「分かった。持っておけ」
「ハヤト様、こちらには魔法の小袋がありました」
「よく分からんが、貰っておけ」
時折、フィオナとフィオネが見つけては見せてくる物を良く見ないまま貰っておけとだけ指示を出す。そのまま一心不乱に探し続け……。
「お前……か?」
真っ黒な水晶を手に取ると、それに語りかけるように口を開く。隼翔の瞳はその水晶のようなものに吸い込まれるように一点だけを見つめている。
そのやり取りをへっ?、と言いたげに見つめる姉妹。水晶に話かける少年、傍から見るとかなり怪しすぎる。口を挟むかどうかでオタオタとする二人。そのようなやり取りをしてると――――。
『貴様を見極めてやろう。導かれよ……』
そんな厳かでどこか気品にあふれた声が聞こえた瞬間、水晶がピキッと甲高い音を上げながら割れ、中に詰まっていた闇が放出された。
「ちっ!?」
咄嗟にそれを投げ捨てる隼翔。しかしそれは意味がなかった。
吹き出す闇は隼翔たちごと城をすっぽりと覆う。周囲が視通せないほどの闇、その中で隼翔はフィオナとフィオネを庇うような姿勢を取りながら、腰の刀に手を伸ばす。
(何が起きたんだ?)
周囲に視線を向けて状況を確認する。その闇は徐々に消え始め……思わず目を疑った。
「何?」
「そんなっ!?」
「どうして、外に!?しかも……」
そう隼翔たちはなぜか城の外、ひいては城門前にいた。そして、目の前に聳え立つ城が変貌を遂げていた。
隼翔の記憶ではその城は確かに退廃の一途を辿っていた。だが、今、目の前にある城は違う。堅牢な外壁に、と威圧感を放つ黒塗りの城門。城まで導くように整然と並べられた醜悪な悪魔像と墓標の森。そしてなにより変わったのは、城の持つ禍々しさ。それは先までの廃れた城の比ではない。
「フィオナ、これって……」
「うん。そうかもしれない……」
「お前たち、この城を知っているのか?」
口を手で覆いながら絶句しかけている姉妹に隼翔が尋ねる。
「はい……おそらくですが、これは……」
「かつて魔帝とまで言われた者が住んでいた城。名を……」
「「ヴァルシング城」」
姉妹は互いに言葉を補完し合いながら、月夜に怪しく照らされるその城の名を告げた。
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