表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/53

格闘家⑤労働と対価…そして襲撃

 顔を隠せるような物…それで真っ先に思い付いたのが兜だったわけだが……。

「……高い」

 防具を扱う店を何件か回ってみたが、兜はどれも銀貨1枚近くする。というよりも武器などは結構それぐらいだ。

「おいおい、あんちゃん。高いっていうが、これでも良心的な値段だぜ?」

 オレの呟きを聞きつけた店の親父が話しかけてくる。ちょっと今考えてるから黙っててほしいのだが。

「兜や鎧といった防具、それに剣なんかの武器はどうしても高くなる。これは使い手の命を預かるんだから仕方ないってわけさ。まあ、材料が高いっていうのもあるがな」

 命を預かる値段。

 確かにそういう点で見れば破格と言ってもいい値段なのかもしれない。ただし、今のオレにとっては高級品で手が出ないわけだけど。

「それに俺の見立てだが、あんちゃん武器は使わねえだろう?それに防具も」

「…!へぇ、わかるんだ」

「あったりめぇよ!こちとらそれでおまんま食ってるわけだからな!」

 粗雑そうに見えるが、意外と見るところはしっかりと見ている。それだけこの仕事に誇りと自信を持っているってことか。


「…で?そんなあんちゃんがなんでわざわざ兜なんて買おうと思ったんだ?言っておくが、今まで着けてなかった物を急に着けると、いざという時に動けなくなるぜ?」

 先程までの鋭さとは打って変わって、今度は興味本位という態度を前面に押し出してくる。

 調子に乗りやすいタイプの典型的な人物。こりゃあんまり出世しねえな。どうりでこの店、あんまり繁盛してるようには見えないわけだ。

 店内を軽く見渡しても客は数えるほど。それも、まるでこの親父を避けるように売り物を見ている。いつもこんな感じで絡んでいくからウザがられているのだろう。

「……別に。ただなんとなくだよ」

 そんな相手にわざわざ真実を語る必要もない。それに、嘘を語るのも面倒だ。だったら適当にあしらっておくに限る。

「おいおいおい!そりゃないぜ~。こっちは聞きたくてうずうずしてるんだ。なぁ、ちょっとでいいから聞かせてくれって!」

 どんだけ暇人なんだよ。仕事しろ仕事。


「なぁ、いいだろう?」

「父ちゃん!!」

「――がぺすっ!!」

 馴れ馴れしく肩に腕を回してくるので払いのけようと思った時、おっさんの後頭部に何かが直撃した。

 飛んできた方向に視線を向けると、そこにはオレと同い年ぐらいの女の子が腰に手を当ておっさんを睨みつけていた。

 おっさんの足元には先程飛んできた物体だと思われるフライパンが――ひしゃげた状態で転がっていた。

(どんだけの石頭だよ。いや、鉄頭か?)


「まったく!いっつもそうやってお客さんに突っかかって!邪魔になるから裏で作業でもしててよ!」

「おいおいおい!邪魔はないだろう!俺はこうやって客に直に接することで客にあった道具をだな…」

「いいから、引っ込めー!!」

「ちょっ、バカ押すなって!」

 ギャーと言いつつ奥に追いやられてしまった。そんな様子を見ていた俺に、彼女はぺこりと頭を下げてくる。

「すいませんお客様!父は悪気があってやってるわけじゃないんです!」

 先程まで、父親を叱りつけていたのと同一人物とは思えないほど低姿勢でぺこぺこと何度も頭を下げてくる。あまりに不憫になってもういいとだけ伝えると、ぱぁぁっと明るくなり、他の客へも頭を下げていった。


「本当にすいませんでしたね。お客さん」

 一通り謝罪が終われば、こちらに戻ってきて接客してくれる。なるほど、この娘が実質この店を仕切ってることなのかな?

「だけど、父が言うことも一理あるんですよ?使い慣れていない物はいざという時に役に立ちませんから。…よろしければ何故探しているのかお聞きしてもよろしいですか?」

 そう言って上目づかいで見つめてくる。

 そんな目をされたら答えないわけにはいかないか。

 自分でも現金だなと思いつつ、用意しておいた理由を話すことにした。


「――実は、今日ギルドに登録してきたばかりなんですけど…」

 それから語るのは真実の中に虚実を混ぜた理由。

 オレがギルドに登録したばかりなのも事実、そして絡まれたのも事実。だが、顔を隠したい理由だけは虚実。

「――というわけで、絡んできた人たちがもう一度来ないように顔を隠したいんですよ。気休めですけどね」

「それは大変でしたね」

 一応、信じてもらえたかな?

「ですけど、お金はないんですよね?」

「そうですね。基本的に冒険者になってからお金を稼いでいこうと思ってたので最低限のお金しか持ってないですね」

「だったら、うちにしばらく滞在しませんか?」

 ……へっ?

「うちに滞在している間、お店のことを少し任せます。その代りと言っては何ですが…こちらからはこの兜をお渡しします」

 そう言って棚から取り外したのは一番安い兜。オレが望んでいるような顔全体を覆い隠すタイプだった。


 好意は嬉しい。だが、本当にいいのか?

 もし滞在中にレベルが上がれば厄介なことになる。

「もちろん、いつまでもというわけではありません」

 思案顔のオレの様子に何か感づいたのか、彼女はオレを安心させるように言葉を紡ぐ。

「…そうですね、3日。3日間限定というのはどうでしょうか?」

「3日、ですか…」

 これは破格だな。

 3日。つまり手持ちで宿泊できる宿屋の最大日数分の寝床が確保できて、さらには3日後には兜も手に入る。たった3日で銀貨4枚分も得をするというのはあまりにも魅力的だ。

 だが、話がうますぎるような気もする。

「実は、3日後にはこの店を取り仕切ってる母が帰ってくる予定なんです。母がいないと父はああやってすぐにサボってしまって…」

 あぁ、なるほど。

 この娘が仕切っているというわけではなかったのか。

「母が帰ってくれば店も元通りになるんですが、それまで父がサボらないようにする人手が欲しかったんです。ダメ、ですか…?」

 しょうがない。乗りかかった船だ。いや、乗せられた船、かな?

「……わかりました。オレにも損はない話みたいですからね」

 むしろ、得なんじゃないかな。

「その話、喜んで引き受けさせていただきます」



◇◆◇◆◇◆◇



「よいしょー!!」

 掛け声を上げて拳を振り下ろす。眼下では薪がパカッと音を立てて割れていった。

 娘さんの話に乗せられる形で武器屋オッソロで働き出してから3日。つまり、今日で約束の期日となる。オレの仕事は基本的に鍛冶師であり、この店の店主オッソロの監視と手伝い。今もこうやって薪割りをしている最中だ。

 初めの方こそ斧を使っていたのだが、格闘家としての鍛錬にもなると拳でやっている。

 おかげでまた1つレベルが上がってしまった。幸いにも働いたことで精悍な顔つきになったとポジティブ解釈をしてもらったので誤魔化せたが、これはいよいよ早急に顔を隠す手段を探さなければならない。


「たっだいまー!」

 そんなことを考えていると突如開く裏戸。

 そこから入ってきた女性と目が合う。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 お互いに沈黙を保っている中、最初に動いたのは相手だった。

「だ、誰じゃー!?」

 間抜けな声とは裏腹に、彼女の行動は速かった。すぐさま腰に差していた剣を抜き放ち、オレに斬りかかってくる。

「ぬぅおぉおっ!!」

 オレは咄嗟に薪用の丸太を抱え、刃を受け止めようとした。…が、スパーンとまるで枝でも斬るかのように丸太は真っ二つにされしまった。それだけでなく、その切っ先は僅かにオレに届き、服が前開きになってしまう。

「チィッ!」

 斬られた丸太を放り投げながらなんとか距離を取ろうとするが、いかんせん既に相手の間合いに入ってしまっている。

(せめて話を聞いてくれれば…!)

 そうすれば誤解は解けると思うのだが、まったくそんな隙間がない。


「やめてっ!!」


 もう駄目か。そう思った時、救世主が舞い降りた。

 オレと女性の間に割り込み、手を広げてオレを庇うのはこの家の娘マルガ、

 マルガが間に入ったことにギョッとした女性だったが、すぐに振り上げていた剣の軌道を変えることでマルガに刃が当たることはなく、地面に突き刺さる形となった。



◇◆◇◆◇◆◇



「母がいきなりすいませんでした!」

「いやぁ~、ごめんねぇ。ちょっとばかし早とちりしちゃったよ」

(……ちょっと?)

 ペコペコ謝る娘とは対照的に、笑い飛ばす母親。

(というか、この人。いっつも謝ってるような…)

 似てない親子だなと思いつつ、マルガの苦労を思ってほんの少しだけ同情してしまった。

「まっさか、家に帰ったらいきなり知らない男がいるとは思わないじゃん?だったら、攻撃するじゃん?当然じゃん?」

 どんな理屈だ!

「どんな理屈よ!まったく、昔馴染みと依頼をこなしてくるって言って急に出ていくわ。帰って早々問題を起こすわ、いい加減にしてよね!そもそも、家なのに裏口から入って来るのやめてくれる」

「はっはっは、この子は相変わらず厳しいわね~」

 笑い飛ばしているが、オレもその通りだと思う。

「……で、結局この人はどなた?」

「この人は、お母さんが留守にしてる間お父さんの監視役を頼んだ冒険者のエボルさんよ」

「へぇ~、結構できそうなのに聞いたことない名前だね。私が前線を離れてから結構経ってるっていうのもあるかもしれないけど」

「…いえ、新人なもので」

「あぁ~、道理で。だけど、なかなかの腕前だったよ!将来性があるね!」

 豪快に笑い飛ばしながら肩をバシバシ叩いてくる。どこにそんな力があるんだと思わせるほどの力で叩かれているせいで結構な痛みに思わず顔を歪めてしまう。

「もうっ!すいません、エボルさん。母は冒険者をしていたことがあって…」

 それからはマルガによる謝罪のオンパレードだった。


「よ~し、それじゃあ、久しぶりに帰ってきた俺の妻マーサに乾杯だ!」

「「かんぱ~い」」

「ありがとー!」

 おっさんの声に合わせてオレとマルガもコップを掲げる。それを笑顔で受け止めるマーサさんだった。

「それにしても、色々大変だったわ!やっぱり、現役を長く退いてるとこういう時駄目だね~」

 食事中の話題はもっぱらマーサさんの冒険譚。どんなところに行って、どんなことをしてきたのか。どんなモンスターに遭遇し、その時の対処法などを聞かされた。

 その日はジェノ父さん、マリア母さんと別れてから最も笑った楽しい日になった。



◇◆◇◆◇◆◇



 そして、翌日。

「では、3日間お世話になりました」

 報酬として兜を貰ったオレは早速シルバーバックの討伐に赴くことにした。金がない以上準備に時間をかけても無駄だと判断したためだ。

「…気を付けてくださいね」

「生きていたら、またウチに来な!祝いに格安で売ってやるから!」

「いいかい?シルバーバックを倒せばウッドエイプ達は動きを止める。つまり、シルバーバックを倒すことに全力を注げば可能性はあるよ」

 シルバーバック討伐依頼を受けたことは昨日の夜うっかり口を滑らせてしまった。迂闊だったかなとも思ったが、それほど楽しい時間だったのだ。

 その話をしてからというもの、3人ともとても不安そうだ。

 まあ、単独で受けるような依頼じゃないんだからしょうがないか。

「……ああっ、そうだ!」

 そして、出立前にマーサさんから一振りの剣を差し出された。

「……これは?」

「これをあんたにやるよ」

「いや、受け取れませんよ!兜をもう頂いてるんですから!」

 それに、今はまだ剣士じゃない。それを持って行っても邪魔になる可能性だってあるんだ。

「まあ、いいじゃないか。護身用さ。あんたは剣士じゃないけど、剣士以外が剣を使えないっていうわけでもない。何かあった時にはほんの少し時間を稼ぐ効果ぐらいならあるってもんさ!」

 強引に押し付けられてしまった。

 オッソロとマルガにも視線を向けるが、受け取ってやってくれと言わんばかりの表情を浮かべている。

「……本当にいいんですか?」

 最後にもう一度マーサさんに確認を取るが、彼女はくどいと言われてしまった。

「…わかりました。ありがたく頂戴します」

「そうそう。子供は素直じゃなきゃね!」

「子供って…」

 思わず苦笑してしまう。もう成人しているし、赤ん坊に戻る前の時間も合わせれば世間的には立派な大人なんだが。

「実は、その剣は私の友人の物でね。そいつも子持ちだが、今でも現役で冒険者をしてる。剣は使えないからって押し付けられたが、子供好きなあいつの剣ならあんたを守ってくれる。私はそう思ってるんだよ」

「そんな大事な剣だったんですか…」

 なら、無暗に扱うわけにはいかないな。

 マーサさんがその人から託された思いの分までこの剣には込められているのだから。

「そんな話を聞いたら、乱暴に扱えませんね」

「それが目的だからね」

 からかうような調子で告げられた言葉に、思わず笑いがこぼれる。


「それじゃあ、今度こそ行ってきます。無事に戻ってきたらしばらくの間ここを拠点にするつもりなので贔屓にさせてもらいますよ!」

「おう、行って来い!駄目だったら、ウチで雑用として使ってやるさ!」

 不吉なことを…。

「気を付けてくださいね!」

「頑張っといで!」

 こうして3人に見送られ、オレは3日間の労働と引き換えに信頼できる繋がりを手に入れた。

 そんな胸が温まる想いを持つ今ならば、例え強敵であろうとも負ける気がしない!

 次回はいよいよ討伐に行かせますよ~。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ