番外:負の誘惑
これで連続投稿は最後になります。
「待ちなさいっ!」
「…チッ、しつこいですわね」
僕は一体何をしているんだ?
いくら怪しい黒幕だからといって、安全が確保されていない場所で仲間を置き去りにして単独行動するなんて…!
普段からだったら、信じられないような行動。だが、僕は動かずにはいられない衝動に駆られていた。目の前の人物がこの騒動を引き起こしたからではなく、僕に必要な存在なのでは……と。
(ありえない!犯罪者が必要になる状況なんて…!)
頭に思い浮かんだ考えを否定しようとするが、消しても何度でも浮かび上がる考えを消すことはできなかった。
ならば、せめて敵を捕まえることだけでも!
「もう1度だけ、言います!止まりなさいっ!止まらなければ――」
「――そう言っているからあなたは駄目なのよ。本気で行動を示したいのならば、その段階で何かしておくべきね――私のように」
最後のは警告ではない――そう判断した瞬間、その場を飛びのいていた。
そして、次の瞬間には先程進んでいた地面が爆ぜ土煙を上げる。それを引き起こした張本人はと言うと、悔しそうな舌打ちの音を残して逃亡の一途をたどる。
「警告はしましたよ」
念のため巻き込まれた被害者の可能性を考慮していたが、こちらを殺そうとする相手がか弱い存在だなどと信じるほど僕はお人よしではない。
追跡している間、気配を見失いそうになることがあったことから考えても相手のジョブは暗殺者。これ以上手間取っているわけにもいかない。
ならば、全力を出す。
先程のハート・ブレイドでMPもほとんどないし、体力も限界が近い。だが、やるしかない。もしも、こいつを逃がせば別の町で被害が起き、悲しむ人々が出てくるのだから!
それに、ここまでして目的を達成できなかった相手が今回と同じ策を取るとは考えられない。次はもっと過激な策を取る可能性の方が高いだろう。
暗殺者は隠密行動を得意とする。
気付かないうちに息の根を止められていた…なんて話はよく聞く話だ。
◇◆◇◆◇◆◇
決心がついたらあとは早かった。
見失わないうちに、追いつきトドメを刺すだけだ。
「!!」
突如として背後に現れたことにギョッとした雰囲気が伝わってくるが、問答無用で切り伏せた。
「……ぁぁあっ!」
悲鳴を上げて失速する彼女を追撃する。
一見無作為に木々に当たっているようだが、そうじゃない。当たることで崩れたバランスを取り戻そうとしていた。
地面に降り立つ頃には、崩れたバランスは完璧に立て直されており平然と立っている。ただし、それは見せかけだということはわかっている。
確実に切った。平静を装っていてもダメージを誤魔化すのは無理だ。
「――しっ!!」
ほんの少し遅れて地面に足を着けようかというところを狙い澄ましたかのように襲ってくる。
それを受け止めながら、考える。
暗殺者の手段は正攻法な物の方が少ない。この攻撃だってやみくもな物では決してないはずだ。そこまで考えたところでハッとした。
(…そうかっ!)
この土壇場でわざわざ僕に接近戦を仕掛けてくる。
可能性として考えられるのは2つ。1つは僕を知らないから、そしてもう1つは知っていても何とかなると思っているから。
まず前者はありえない。
先程の会話でこいつが僕を、少なくとも姉さんの弟だと知っていることは明らかだ。そして、そこまで知っていれば僕のジョブだって知っているだろう。自分で言うのもなんだが、姐さんほどではないが有名人だという自負はある。
だったら、この状況で接近戦において最強のジョブと言われる聖騎士に戦闘を仕掛ける理由は――。
「……これか!」
鎧で受けていた攻撃を剣で弾く。
「その剣、魔剣だね」
「……へぇ、よくわかりましたわね」
意外そうな割に、笑みを浮かべた口元がハッキリと見て取れた。
魔剣。それならば、先程のことも頷ける。
おそらくは戦闘力を奪う類の能力を持ったマジックアイテム。だからこそ、ガルガン達がやられたのだ。そして、僕に被害が及んでいないのは僕が全身を鎧で包んでいるからか、レベル差があって攻撃を当てられなかったかだ。
いずれにしろ、何らかの条件を満たしきれなかったことが窺い知れる。
能力はわからないが、手段はわかった。
普段ならば能力がわからない以上距離を取るべき場面だ。だが、それをするわけにはいかない。
相手だって僕に攻撃が当たらないことは重々承知しているはずなんだ。
それなのに、これ見よがしに攻撃を仕掛けてきた。それは僕が警戒して攻撃を仕掛けてこないようにするためのはず…。
確かに、暗殺者で手段がわからない攻撃を取る以上距離を取って戦うのが定石だろう。1対1ではなおさら。それでも引けない理由は相手の目的が戦闘ではなく、逃亡にある為。
戦闘は非常時の最後の手段。
相手はそれほどまでに追い詰められているんだ。
ここで引くのは、騎士団の名折れ!
一足で懐に入り、剣を弾き飛ばす。
「あなたは――っ!?」
「……その顔、私のことを知っているようね」
険を弾き飛ばした時に一緒に払い除けられたフード――晒された顔を見て、僕は動きを止めた。その顔には確かに見覚えがあったからだ。
だが、それだけが理由ではない。
「…本命は」
「そうよこちら」
首筋には針のような武器が突きつけられていた。僕は僕でほんの少し力を入れるだけで彼女の首と銅を切り離せる状況にある。どちらが早いか。また、どちらがより実現のための意志を持っているかで勝負の行く末が別れる。そんな状況だった。
そして、そんな状況で冷静さを欠いていたのは僕だ。まさか、このような事件を起こした黒幕が知人だとは思わなかった。
動揺を悟られてはならない。そう思えば思うほどに動揺は広がり、深みに嵌っていく。どうするのが最善の行動なのか、思考の連鎖に陥った僕に彼女はこの状況が何でもないように声をかけてきた。
「――1つ、聞きたいのですけど」
「……何ですか?」
それに対して、僕は間抜けにも素直に聞き返すことしかできなかった。
もしかしたら、この時に【女神寄せ】が発動してしまっていたのかもしれない――後にそう思うが、この時の僕は未来に引き起こす惨劇についてまったく想像もしていなかった。
「…どうして私の正体に気付きましたの?自分で言うのは何ですが、表で活動していた期間は短かったですし、それほど有名ではなかったと思うのですが?」
「……それは簡単ですよ。ジャマンダさん」
僕が彼女の名を呼ぶと、ジャマンダさんは驚いたように目を見開いていた。おそらく、先程の質問は構駆けの意味もあったのだろう。
だが、僕は彼女のことを本当に知っていた。だからこそ驚いたのだ。
「確かに、あなたはそこまで有名ではありませんでした」
僕が彼女の存在を知ったのは、姉さんと同じように女性でありながら冒険者として活躍している人達のことを調べていた時期があったから。そして、ちょうどその時にジャマンダさんの噂を聞いたのだ。それも姉さんの口から。
『まだまだ粗削りだけど、あの子は将来強くなるね!』
そう嬉しそうに語る姉の表情を覚えていたからこそ、僕は彼女の名を知っていた。
そして、姉さんが一目置く存在がどんな人物か会ってみたいと思っていた。だが、姉さんがそう語ってしばらくすると彼女の噂が流れてくることはなくなっていた。
いや、正確には悪い噂が流れ始めていたのだ。
彼女が裏ギルドへ加入したと。
だからだろうか。町を襲った人物である彼女を人違いだと思うことはなかったのは。もしかしたら、こういう形で出会うと予想していたのかもしれない。
「……では何故?」
「それは、あなたに才能があると思ったからです」
僕は咄嗟に嘘を吐いていた。
彼女が何らかの壁にぶつかり、裏ギルドに参入したのは明白。ならば、ここでその闇を刺激するのは危険だと思ったのだ。
「…くっ、くくっ…」
しかし、それは逆効果だった。
「くはははっははははははっ!!!」
彼女は突如狂ったように笑い始めた。
「その言い方!あんたの姉にそっくりよ!!あの虫唾が走る偽善者にねぇぇぇぇ!!」
偽善者?何を言っているんだ?姉は本当の正義を――。
「私が何故、こんな真似をしたかですって?教えてあげましょうか?あいつを――エボルとかいう冒険者を殺すためよっ!!」
エボル!?
彼女の口から飛び出た名前に衝撃を受けた。エボルがどういう関わりを持っていたのかは知らないが、町1つ滅ぼしてまで殺そうとする恨みとは一体…?
「あいつは、私のお父様を卑怯な手段で殺させたっ!それを復讐するために力を手に入れた!それの何が悪いっ!!」
「バカなッ!」
狂気に満ちた彼女の発言に、思わず声を上げていた。
「……バカ?その言い方、あなたあいつを知ってるのね?」
ぐるんと目玉だけが動き、僕の瞳の奥を見透かそうとしてくる。
気持ち悪い。何だこいつは…?
「ねぇ~」
猫なで声を上げ、僕にすり寄ってくる。
そんなことをすれば突きつけられた剣が自分を傷つけるというのに、それにはお構いなしに。
そして、僕はなぜか彼女を払いのけることができなかった。
「あなたなら、わかるでしょう?」
何がと問い掛けることができなかった。
「私の気持ち。親を失ったあなたならば、親を奪われれば殺したくなるほどの感情を抑えきれないのが…。
私だって初めは抑えようとしたのよ?でも抑えきれない。だって、私はお父様を本当に敬愛していたのですもの」
聞いてはいけない。そう思う度に僕の中に毒が侵入してきた。
「そのために手段も力も手に入れたわ。死に物狂いでね」
彼女は語る。父親を殺されてからの苦労を。
それは想像を絶するものがあった。
彼女はこの2年でレベルを30以上上げたのだという。僕だって、この2年で20上げているだけにその苦労のほどは疑いようがない。
そして、それは僕が渇望する力でもあったのかもしれない。
僕も心のどこかで今のままでは姉さんの役に立てないと自覚していた。
他の隊長や団員が噂するまでもなく、僕が今の地位にいるのは姉さんの弟だからと理解していた。何よりもそこまでして騎士団に僕の居場所を作った姉さんが僕に期待をしていないということも知っていた。
だからこそ、力を求め続けていた。そして、目の前にその可能性がある。
もしも力を手に入れれば、僕を認めない連中も。そして、アイツも殺すことができる。そうだ。姉さんには僕だけがいればいいんだ。
「私を見逃して」
悪魔の囁きだ。聞いてはいけないと思うことすらもやめてしまいたくなるほど甘い負の誘惑。
「そうすれば、あなたの望む強さを上げる。あなただって欲しいでしょう?――が」
最後、彼女は声に出さなかった。
だが、聞くまでもない。
気付いた時には、僕は彼女に突き付けていた剣を引いていた。
「ふふっ。ありがとう」
彼女も妖艶な笑みを浮かべ、針を引いた。――その切っ先に僅かな赤い液体を付けた針を舌で舐めとるその仕草に僕の心は奪われていた。。
◇◆◇◆◇◆◇
「彼女は今日から僕達の仲間になったジャスミンだ。この戦闘でパーティーを全滅してしまったそうなので、僕が面倒を見ようと思う」
皆の所へ還り、僕はそう宣言した。
さすがに本名では拙いだろうと偽名を使って。
「それはいいが、その子は一体どこで…?」
「あぁ、ドラゴンを討伐している時に吹き飛ばされてね。その先にいたんだ」
僕はあの後、遅れた理由をトドメを刺すときに吹き飛ばされて気を失っていたということにしておいた。
今はまだ疑われるわけにはいかない。
僕は強くなるためならば、手段は択ばない。
「皆さん、よろしくお願いいたします」
少し困惑はしているが、彼女は皆に受け入れられそうだ。
よかった。これで僕は彼女との約束を守ればいいだけだ。僕は彼女に安全な居場所ともう1つ、エボルを殺すための機会を提供する。
エボル、君に恨みはないが僕の野望のためだ。
――死んでくれ。
遠く離れていった友に歪んだ思いを抱きながらいつか来る日のことを思い浮かべ笑みを浮かべていた。その頭上にはかつて彼と別れ時と同じような月が輝いていた。




