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双剣士⑧戦場の宴

 ……だいぶ数が減ってきたようだな。ならば、ここで主力の1体を叩いておけばっ!

「――ライラ!私はこいつを倒すのに全力を注ぐっ。お前は周りの雑魚を頼む!」

 それだけ告げると猛然と駆け出していった。


「ウォォオオオオオオオオッ…!」


「――ちょっ!コミング!!」

 すまんな、ライラ。今は悠長に争っている場合ではないのだ。

 この戦場は嫌な予感がする…!

「……ったく。しょうがないわね。――これは貸しにしとくからね!!」

 背後から聞こえるライラの声に背中を押される形で私は加速を速めていった。

「…わかってるさ」

 聞こえはしないとわかっていてもそう言わずにはいられない。久しぶりに楽しい戦場だ!

「私の戦士としての勘が告げている脅威はお前ではない!――しかし、この力…出し惜しみはせんぞっ!!」 目の前の敵を早々に倒さねば、取り返しの着かない事態に陥ってしまう。

 そんな焦りが私を突き動かしていた。

(……何だ?何をこんなに焦っている!?)

『グオオオオオオッ!!』

「ハァァァアアッッ!!」

 底知れぬ不安が拭いきれないまま、迎え撃つドラゴンと衝突したのだった。



◇◆◇◆◇◆◇



「てやっ、せいっ、だらああああっ!!」

 厄介なっ!

 アンデットのくせに戦法を変えてくるなんて…!

 アタシの戦闘スタイルを見抜いたアンデットドラゴンは先程までのように接近戦で仕掛けてくることを止めたようだ。

 今は奴の身体から溢れるように吹き出してくる岩石雨を凌ぐので精一杯。

 このままでは一向に奴に近付けない。

「……ま、あっ、それが、狙い…だろうがなっ!」

 アタシが接近戦を得意とすると読んだからこそ、これ以上近づけまいとしているのだ。

「そんなに、翼を失ったのがショックだったか…?」

 アタシだけなら、この程度…!

 だが、今アタシの周りには町を守るために雑魚と戦っている冒険者がいる。それに、ここから離れた場所にはその他の冒険者も――そして何よりもモニカがいる!

「――時間稼ぎに乗ってやるつもりはないんだっ!」

 斧技『大地割り』を発動させる。

 ツインリングの先端から放たれた衝撃波は地面を走り、アンデットドラゴンの下へと向かって行く。

 だが、到達するはるか手前で突如として現れた土壁によって阻まれてしまった。

「……まあ、そうなるよな?」

 それを見て、ニヤリと口角を上げる。

 そもそも、アースドラゴンのアンデットに地面を介した攻撃が当たるなんて思っちゃいない。アタシの狙いは初めからあいつではなく、あいつが立っている地面だ。

『!?』

 気付いたか。だが、もう遅い!

「トカゲは飛べない代わりに壁を伝って移動する手段を持っている。だが、飛べることでその進化を置き去りにしたお前には沈みゆく大地で踏ん張ることなんてできねえだろ?」

 飛べないドラゴンは動く岩みたいなものだ。

 邪魔なだけでそれほど慌てるほどの脅威はない。

『グモォォォ…………ォ』

 肉のある上半身が先に地面に飲み込まれていき、なんとか尻尾と後ろ足で踏ん張ろうとしていたようだが、それも無駄だった。

 抵抗虚しく大地にポッカリと空いた穴にアンデットドラゴンは吸い込まれていく。


「やっ、やったぜえええええええ!」

「「「ウォオオオオオオオオオオッ!!」」」


「……ったく、現金な奴らだ」

 先程までもう駄目だと周り全てに助けを求めていたくせに。

 大きな勝鬨に、やれやれと肩を竦める。

「さて、問題はどうやってこいつを倒したという報酬を貰うかということだが…………んっ?」

 何かおかしい。

 あれほどの巨体が落ちたのならば、もっと地面は抉れているはず。それに、もう少し転落の音が聞こえ続けてもいいはずなんだが?

「――まさかっ!?」

 気付いた時には遅かった。

「「「ギャアアアアアッ!?」」」

 背後から上がる悲鳴。振り向いたアタシに奴に咥えられた冒険者達の血が飛び散ってくる。

 ぬかった…!

 奴は、地面に落ちながらも穴を掘り、背後に回り込んだんだ。

 

 本来なら、言い知れぬ悔しさが込み上げてくるところだ。

 だが、そう思うよりも前にアタシの目の前は真っ赤に染まってしまった。



◇◆◇◆◇◆◇



 【狂乱】――それは、狂戦士というジョブの名の由来となった固有スキルである。

 このスキルは同族(あるいは共に戦う仲間)の血を浴びると確率で暴走状態に入るというものだ。と言っても、必ずそうなるとは限らない。確率は戦闘時間に応じる。

 だが、こんなスキルが強制的に発現するため狂戦士は周りから疎まれる。また、本人も基本的に大勢での戦いを好まない。

 何よりもこのスキルの厄介なところは暴走というところ。つまりは、自分の意志では制御できない力であり、なおかつ敵味方の区別がなくなる力でもある。

 ピアが何よりも大事にしている愛娘のハーモニカをエボル達に預けたのもこのためだ。

 では、普段はどうしているのか?

 それはこのスキルの特性として対象1人だけは例外がある。つまりは、普段の戦闘であればピアは理性をもって戦闘を行える。

 だが、一度暴走すれば自分で戻る術はない。


 悪いことに、今回アンデットドラゴンは不意を突いたこともあり、大量の冒険者を殺した。そして、大量の血が飛び散ってしまった。

 その結果――

「ヴオオオオオオ!!!」

 ピアは暴走した。


 暴走によるステータスの大幅な上昇。それが齎したのは一方的な蹂躙だった。

 先程と同じような攻撃であっても、ドラゴンの皮膚は受けきれず、その攻撃によって皮膚が深々と抉られる。

 そしてなりふり構わない攻撃は守るべき町の被害など考慮しない。

「ガアアアアッ!!」

 建物を壊し、目標がいなくても振るわれる攻撃。

「……ヒ、ヒィッ!」

 そして、それは標的も区別しない。

 周りでドラゴンを退治していた冒険者達にも遠慮なく叩き込まれる攻撃。SSランクの冒険者の攻撃は周囲にいる者達から逃走する気力を奪っていく。

 そんな中であっても、ドラゴン達は止まらない。

 彼らはもう既に死んでいるから。感じるべき恐怖がなく、主力の3体と違ってほんの僅かな自我すらも残されていないドラゴンは戦意喪失した者達に次々と襲いかかっていく。

 実力不足な冒険者は格上の冒険者と強者であるモンスターの襲撃を躱さなければならなくなったのだった。

 こうなる可能性を考慮していたから、ピアの戦闘場所には名のあるパーティーメンバーは誰もいない。

 いるのは町を守るために全力を尽くすことしかできない冒険者達だけ。

 そして、守ってくれる存在がなくなった彼らに――希望はなかった。



◇◆◇◆◇◆◇



「ふんぬああああ!!」

 そうか!これは止めるかっ!

「ならば、これでどうだぁあああああっ!!」

 私の相手をしているドラゴンは防御主体らしいな。通常攻撃ではほとんどダメージを与えられん。…いや、こいつにダメージを与えても意味がないだけか。

 だが、こいつを町の中心部であるここへ送り込んだということは……。

「っ!?よもや、時間稼ぎかっ!」

 目的は町ではない。何かもっと別のモノだったということか!

 確信に至ったというのに、嫌な予感が拭いきれない。数々の冒険を経て経験を積み重ねた結果会得した私のスキル【戦場の勘】がこれから起こる最悪の事態を告げている。

「……町の被害などと言っている場合ではないかもしれん」

 騎士団としては苦渋の決断だが、これ以上の停滞はこちらにとって不利になりかねない。

 この戦況を一手で覆せるほどの何かがあるとは思えん。だが、何かが起こってから対処するよりも怒る前に叩く。

「それこそが『白銀の騎士団』だぁーー!」

 あまりにも威力が強すぎるため、市街地の戦闘では使わないようにしている本来の武器である槍を抜き放つ。

「…お前の防御力がいくら優れていようとも、動いている限りどこかに核となる部分が必ず存在する!」

『ギャギャギャギャギャッ!』

 骨のため声帯が存在しないドラゴンは骨を揺らすことで奇怪な音を発し、仲間を呼び寄せる。

 その声に吸い寄せられるように各地で翼をもがれ機動力を失っているはずのドラゴン達がかのドラゴンを守るために行動する。

 その身をドラゴンにまとわりつかせ、少しでもダメージを減らすように。

「くっ!やらせるかっ!!」

 当然、そんなことを他の者が許すはずがない。

 ライラを筆頭に、移動し始めたドラゴンを食い止めるべく行動を開始する。

 これまでならば、立ちはだかる者を倒していてたドラゴン達はそれに構うことなく前進する。まるで、少しでも多くが辿り着けるように自己犠牲をしているようだ。

「…止まらない!?――コミング!早く仕留めなさいよっ!」

「わかってる!」

 あと少しだ。もう少しで奴の核を見つけ出せる。

 今の状態で技を放っても止められない。一撃で仕留めなければっ!

 ――その時、大きな振動が起きた。

「見えたっ!」

 僅かに揺れに気を取られた隙に核となる部分を発見する。


「どうした?仲間が気になるかっ!」

 悪いな。戦場では隙を見せたものに容赦などしておれんのだっ!

「――これで終わりだ」

 研ぎ澄まされた先端を真っ直ぐ構え……貫いていった。

「白銀の穿孔せんこうっ」

 槍の先端から放たれる一筋の光。針の穴のように小さく、目に見えないほどの細さと速さで放たれた光は正確に敵の核を貫いた。

『――ッ!?』

 核を貫かれ、支えを失った身体をさらに攻撃点を中心にするように孔が広がり、呑み込んでいく。

 ドラゴンだけでなく、周辺の土地も呑み込むほどの大きな孔はそのまま弾け飛んだのだった。

「……ふぅ」

 終わった。

 どうやら、他の戦場も終わったようだ。

 先程まで動いていたドラゴン達が一斉に制御を失ったかのように崩れ落ちていく。

 おそらくは司令塔であったドラゴンがいなくなったことでただの死体へと戻ったのだろう。

「…安らかに眠れ」

 強者に対するせめてもの礼儀として冥福を祈り、そしてそんな彼らの死を汚した存在を捕らえることこそが我々がするべきことだ。


「さあ、これからもすることは多いぞっ!皆、気を抜くな!」

 さて、これからは町を復興することに力を捧げねばならんな。

 私は新たな戦場が始まることを感じつつ、今度の戦場は悪い気はしないと胸が高鳴るのを感じていた。



 だが、勝利に浮かれていた私はある事実を見逃していた。

 この時、私が戦闘中に感じた予感をもう少し真剣に原因追求までしておけば、後に起こる悲劇を未然に防げたかもしれない。

 そうすれば――あいつは死なずに済んだのだろうか。



◇◆◇◆◇◆◇



「ウオオオオッ!!」

 コミングが勝利を収める少し前、別の戦場で決着していた。

 地面には大きなクレーターが出来上がり、その中心には下半身が骨で上半身は潰されたドラゴンが。そして、その上で叫び声を上げているのは冒険者の女性だった。

 冒険者の女性――ピアは勝利の雄叫びを上げる。

 だが、その眼は未だに獲物を求めていた。

「…ガァァァァアッ」

「ひぃぃいっ!」

 この混戦極まる戦場でなんとか生き延びていた冒険者はその殺気に当てられ、満足に動くことができない。

 そして、獲物を求める獣の視線はそんな弱者に正確に狙いをつけていた。

「ガアアアアアアアアアッ!!」

 一目散に走りだすピア。

 スキルの効果が切れるまでまだまだ時間はある。

 もはや、冒険者の命は助からないだろう。


「こりゃこりゃ、戦士がそう取り乱してはいかんのう…」


 だが、動き出したピアにそんな声が届く。

 ほんの一瞬、本能に従いピアは意識を獲物から声のした方へと移した。並みの者では知覚できないほどの僅かな時間。それでもその者には十分すぎる時間だった。

 潰したはずのドラゴンから発せられた声は注意が移った隙を正確に突き、彼女に技をかけた。

「死霊魔法――安らぎの眠り」

 死体から発せられた死を誘う香りは、ピアの暴走した戦士としての力を眠りにつかせたのだった。


「やれやれ、今死ぬには惜しくてつい助けてしもうたわ」


 もぞりと潰れた上半身から姿を現す女性。

「今、殺すよりも育ってからの方が有益な存在になろう。……そのためには」

 くるりと振り返ったその姿を見て生き残った者はいない。

「目撃者は消さねばの?」

 こうしてこの戦場における生存者はピア1人だけとなったのだった。



◇◆◇◆◇◆◇



(……何だ?頭がぼーっとする)

 アタシは…、確か……。

 そうだ。戦闘中にまた狂乱に陥って…。それから?……それからどうなったんだっけ?本当にそんなことがあったのか?あれは、夢だったんじゃ……。


『お~い、どうした?』

「……へっ?」

 この声。この、懐かしい声は…?

 ありえない。聞こえるはずがない。そう思いつつも、振り返らずにはいられない。

『よっ!こんなところで気を抜くなんてお前らしくないな』

「あ、ぁぁぁあっ…!」

 そこにいたのは、いつも会いたいと思っている人。アタシが最も愛しいと思う人だった。

 やっぱり、今までのことは夢だったんだ!

「ダナンッ!」

『うぉっ!?どうした?』

 抱き着かれると驚いた顔をする夫。正確には結婚はしていないけれど…。

 顔を真っ赤にしながらも、引き剥がそうとはしない彼に甘えて胸板に顔を埋める。

「……何でもない」

 そう。何でもないの。

『…そうか』

 それだけで何も聞いてくることはない。

 状況が状況だからだろう。

 今、アタシ達は生死をかけた戦いに臨もうとしている。

 大陸を越えてきた凶暴なモンスターを討伐するために自ら立ち上がった傭兵団。その兵隊の1人として。


 それから、既視感を覚えるような日々を過ごしていった。

 まだまだ駆け出しのアタシは、武器に振り回されながらもモンスターを倒していく。そんなアタシをいつも助け、気にかけてくれたのがダナンだった。

 だから、惹かれあうのは自然の成り行きだった。


『……本当にいいのか?』

「うん。あなたと1つになりたいの…」

 まだ14の小娘を気に掛けるダナンだが、そんなことよりも彼といる時間を刻んでほしかった。


 そして、関係を重ねること数か月。

「…うっ!?」

『ピアッ!?』

 突如として体調を崩した私に、傭兵団の医師長は妊娠を告げてきた。

「に、妊娠…?」

『はい。3か月といったところでしょうか。おめでとうございます』

 突如告げられた内容に頭が真っ白になる。

 いや、考えれば当たり前のことだ。命がかかっているから。そんな状況では生物としての生存本能が勝る。元より行軍中で避妊なんてできるわけがない。

『……ピア』

「ダ、ダナン…」

 アタシは不安だった。傭兵であるアタシ達に子供が出来てしまったことが。そして何よりもダナンが受け入れてくれるかどうかが。

 だが、ダナンは純粋に喜んでくれた。

『ピア!やったぞ!オレ達の子供だ!』

 子を授かったことを心の底から喜ぶダナンに、胸に実感と喜びが込み上げてくる。

「…うんっ!うん!!」

 ポロポロと涙を零しながら、痛いぐらいに抱き締め合う。


『それじゃあな。行ってくる!』

「…生きて戻ってね」

 子供が出来たアタシが傭兵団の過酷な行軍に同行できるわけもなく、次の町で別れた。

 生きて帰ってくると約束を交わしたダナンを子供と待つために。

 ……だが、その約束が守られることはなかった。

「…………全、滅?」

 風の噂で流れてきたのは傭兵団全滅の報せだった。

 モニカが生まれた直後でよかった。

 そうでなければあの子は…。

 それからアタシはことの真偽を確かめるために、各地を転々とした。そして、最後に傭兵団が戦闘を行ったという地に辿り着いたのだ。

 そこは時間が取り残されたように荒廃していた。

「…嘘、つき。嘘吐き嘘吐き嘘吐きぃぃぃ!!」

 ここに誰かがいなくてよかった。

 出なければ、醜態を見られていたし、怒りにまかせて襲いかかっていただろう。

「ダナン。アタシはあの子を…ハーモニカを立派に育ててみせるよ」

 生きて帰ってきたら結婚しよう。その約束を胸に秘め旅を続けたのだった。



「……あれ?」

 アタシは何をしていたんだ?

 何か嬉しい夢を見ていたような…。そんな気がする。

「――なっ!?」

 辺りを見渡してそれが幻想だったと気付かされた。

 周囲には食い千切られた死体の数々。

 それを見ただけで現状を理解した。

「…そうか。こいつらの血を浴びて」

 だが、その割には周囲の被害が少ないような気がするが…。

「すまないな。アタシだけが生き残っちまったよ」

 近くにいた冒険者の死体に手を合わせ、繰り返してきた誓いを行う。

「生き残った分、アタシがあんたらの分まで生きてやる。だから、魂はアタシと共に行こう」

 告げたらここにはもう用はない。

 過去を振り返ってなどいられない。アタシには生きる理由がある。

 

 ……とりあえず、モニカを迎えに行くか。



◇◆◇◆◇◆◇



「……ハァッ、ハァ……」

 ピア、コミングの戦闘が終わるのとほぼ同時刻。

 レンデルは切り離されたボーンドラゴンの頭部に剣を突き立て、戦場を見渡していた。

 そのボーンドラゴンは群れを率いていた3体の最後に1体。

 立派に役目を果たしたレンデルあったが、その顔は浮かない様子だった。

「……どこに行った?」

 何かを探し求める視線だけが虚しく周囲を巡っていくのだった。

・ピア Age25 Lv.167

種族:人間(女) ジョブ:狂戦士 ランク:SS

スキル:【チャージ】・【狂乱】

武器:ツインリング(3パターンに変形可能な斧)


次回はレンデルサイドです。一応、本編は最後でその後に番外を入れる予定となっております。

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