双剣士⑦凶暴な足音
「「「ぎゃああああっ!!」」」
「おいおい。面倒臭えな」
目の前で吹き飛んでいく冒険者。それを一通り眺め――一切の助力はせず――ボロボロの状態で横たわる傍らを通り過ぎていく。
時折、助けを求めるように伸ばされる手をすべて無視しながら。
「…冒険者なんだ。死ぬことを恐れてんじゃねえよ」
みっともない。隠すことなく悪態を吐きながら、アタシはそいつらを倒したモンスターの首を斬り落としていく。
別に助けているわけではない。ただ進行方向にいて邪魔だっただけだ。
「標的以外をやるつもりはない。退くなら――って無駄か」
どうせ脳みそも死んでいる動く物体だ。
「じゃあ、気楽に暴れるとするかね」
町のことはそこら辺の冒険者に任せておけばいいだろう。アタシはアタシの仕事をする。
「――誰もアタシに近づくなよ」
ぼそりと警告にも似た呟きをして、大物へと歩みを進めるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
『グオオオオオッ!!』
「うるさい!」
ドラゴンの咆哮は厄介だ。音だけでも弱い者はその身を竦ませてしまうというのに、まるで風の魔法のように身体にもダメージがある。
普通のパーティーならば、壁役や魔法で結界を張って凌ぎそこから攻勢に打って出るところだろう。
だが、あいにくとアタシにパーティーはいない。
いや、いないのではなく、いる方が足手纏いになる。
「【チャージ】」
咆哮を浴びる前にすかさずスキルを発動する。
スキル【チャージ】は一定時間の間ステータスを貯め、その後上昇させることが出来る。戦士職でも上位にならないと使えないこのスキルは魔法を使えないアタシにとっては一種の命綱のようなものだ。
「「「うわああああぁぁあああっ!」」」
咆哮に晒され、吹き飛ぶ冒険者が多い中、アタシは踏ん張る。
そして威力が弱まってきた頃を見計らい少しずつ前へと進む。
「ぬぅんん!!」
ブレスを薙ぎ払い、一気に距離を――!
『!!』
「――チッ!面倒な」
こちらが攻撃に出たのを察知して先にこちらを潰そうと尻尾が襲いかかってくる。
(これだからアンデットは…!)
歯ぎしりして受け止めるが、悪態は止まらない。
そもそも野生のモンスターならば通常は攻撃を避けようとするか防ごうとするものだ。実力差があり過ぎるのならば確かにこいつのように敵を潰そうとするものもいるが、アタシとこいつの実力にそこまでの差はない。
なのに、こいつは攻撃してきた。
舐めているわけではない。単純に、こいつにとっての恐怖心がないからだ。こいつ自身はアンデット。しかも、本来のアンデットではなくおそらく誰かに使役されている個体。だからこそ、自分の身を守る事よりも命令を優先している。
アンデットもダメージを感じにくい体質だからこのような行動を取ることもあるが、それがアタシには我慢ならん。
「まずは自分のことを考えろよっ!」
骨が剥き出しの尻尾を受け流し、構うことなく頭に振り下ろす。
『グギャォォオオオン!!』
悲鳴を上げることはできるんじゃねえか。だったら、なぜ自分のことを大事にしねえ!!
怒りで目の前が真っ赤になる。
拙い!冷静にならなければ――その時、アンデットドラゴンの身体が茶色から赤く変色した。
「――――!!」
変化を見届けるとすぐに身体中からトゲが飛び出し、襲いかかってくる。
『ガアアアアアッ!!』
今度のは咆哮ではない。怒りに任せた叫びだ。
「……プライドを刺激されたか?死んでなお生物としてこの世界に生きる者としての頂点に君臨する種族としての本能は残されていたか」
先程までの虚ろな瞳ではない。
見る物に恐怖を与える強者の瞳でこちらを見つめてくる。
「赤い皮膚に、土系統の魔法。……そうなる前はSSランクのアースドラゴンだったのか」
いかんな。
気持ちが高ぶってしまう。
これほどの強敵は久しぶりだ。いつもはモニカがいるから安全な依頼を優先して選んできた。あの子にアタシの戦いを見せるのは忍びなかった。
『グゥルルル…!』
「……?何笑ってやがる?お前の戦うのが楽しいってことを思い出したのか?」
いや、そんな笑い方じゃない。
この笑い方は絶対的優位に立っていると思った時に浮かべる余裕の笑みだ。
一体何が…?
視線を辿るとその意味が分かってきた。
「……もしかして、これを見て笑ってるのか?」
だとしたらなんてバカバカしい。
あのドラゴンが見ているのはアタシの武器だ。
その武器の真ん中に走っている亀裂――それを見て笑っていたのだ。
つまりは、武器を壊した……と。
(さっきの魔法とその前の尻尾…2回も受けるとさすがに保たないか)
ふぅ、と息を吐きやれやれと肩を竦める。
それを降伏宣言と捉えたのか、ドラゴンはさらに笑みを深める。
……こいつ、アンデットのくせにやけに表情豊かだな。
生前の性格か?それとも、こいつを使役している人間の性格が悪いのか?
…どちらもありそうだが。
もしかしたら……そんな考えも浮かんでくる。
「……笑ってるっていうのは甚振る楽しみを知っている下衆野郎だってことだろう?」
目の前にいるドラゴンではなく、ここにはいない誰かに向かって伝える。
もしも、ドラゴンを通じてこちらを窺っているのだとすれば……。
そんな期待もあったが、反応は返ってこなかった。
「……それほど迂闊じゃねえか」
操っている人間の力量が窺える行動に嫌気が刺す。
だが、それ以上にここらで余裕を壊しておかないと……アタシのプライドが汚されている気がするんでね!
「…随分余裕の笑みを浮かべてるじゃねえか?そんなにアタシの武器を壊したことが嬉しいか?」
『グッルル、グッルル!』
本当に性格が悪いこって。
その笑みが崩れるのが今から楽しみだよ。
「……期待に応えられなくて悪いが、これは元からこういう武器なんだよ!」
亀裂の入った部分を強引に引き千切るように分離させる。
パキッ!そんな軽い音で2つに分かれる武器。そう。これは本来は2本の斧を1本に組み合わせている武器なのだ。
「変幻自在にして自由奔放。この武器と使い手の名をその身に刻み込んでおきな!」
たんっと跳躍して先程下がらされた分の距離を一気に詰める。
『!?』
お前にはアタシが消えたように見えたかい?
「……悪いね。【チャージ】をしている間はそれに回すステータスが落ちるようになってるんだ」
背後で鈍い音が2つ。
遅れて発せられる悲鳴。
「おいおい、そう喚くなよ。――高が翼を落とされた程度でよ」
軽く振ったつもりだったんだが、腐ってるからかすんなり斬れちまったな。
「…言っただろ?武器とアタシの名を刻んでやるって。――改めて自己紹介だ。この武器の名はツインリング。そして、その使い手狂戦士のピア様だ!!」
左右に1本ずつ斧を持ち、堂々と宣言する。
「――さあ、愉しませてくれ!」
◇◆◇◆◇◆◇
「……うぅ~む。厄介な奴がちらほらとおるのう」
水晶の中で繰り広げられる映像。
女戦士の名乗りを聞きながら、わっしゃは気分が高揚してくるのを感じておった。
町を襲っているアンデットの内、主力の3体には映像を送れるように仕掛けを施しておる。そして、映し出された光景には主力を抑えるに相応しい面子が揃っておった。
「『白銀の騎士団』からは第1、第2、第4の隊長。それに『敗戦布教』と子連れか」
その他にも名を聞く冒険者がちらほらと。これだけ揃っておるとさすがのわっしゃでも手を焼く面々じゃ。
そして、こやつらは弁えておる。すぐさま裏で糸を引く存在――わっしゃに気付いたこと言い、子連れに至ってはわっしゃが見ておることも看破しおったわ。
まあ、愉しくなって感情が伝わってしまったのが悪かったのじゃが。
「……今回、わっしゃは出るつもりがないのじゃが」
出た方がよいかのう?
あやつだけでは絶対に勝てんじゃろうし…。
「…それにしても、あやつの標的は一体どこにおるんじゃ?」
騒動が起きればそこにいるはずと何の根拠もなく言うておったが、本当にこの町におるのか?
「……しょうがない。不肖の弟子の後始末じゃ。わっしゃが動いてやるかの」
もしも面白い素材ならば、わっしゃの人形にしてやってもよいしの。
「さあ、行こうかえ?」
背後で動く気配を感じながら、悠然と戦場へと歩みを進め行く。
あぁ、この感覚。
死が間近にある感覚はいつ感じても良いものじゃ…!
「滾るのぅ…!!」
おっといかんいかん。わっしゃが殺してはあやつの成長にならんわ。
「……標的は、確か……エボルとかいったかの?」
朧気な記憶を引き出しながら、わっしゃは戦場に死を届けるべく歩みを進めるのじゃった。
もう少し続けようと思っていたのですが、長くなり過ぎそうなのでここら辺で。さて、いよいよ戦場に主役たちが揃い始めましたのであと少しお付き合い下さい。




