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双剣士⑥先達者

「せあああああっ!!」

 一太刀で切り伏せる。それがアンデットには効果がない。アンデットは痛みを感じず、また制に執着しない。それでも行動力をほんの僅かに奪うことはできる。

「――ライラ!手足と翼を切り落としたら後は部下に任せろ!この数だ、いちいち対応していれば後手に回ってしまう」

「わかってます!」

 第4部隊隊長ライラはこういうところは要領がいい。彼女は私怨で行動することはあっても、()()()ことはない。あいつと違って。

(それにしても、この数…!)

 空を覆い尽くさんばかりに現れたアンデットドラゴン。今は騎士団を中心に退けているが、少しでも均衡が崩れれば…。


「――ねぇ、コミング」

 思考に耽っていると、ライラから声を掛けられた。

「……何だ?」

「何でこの依頼にあいつを連れて来たの?」

 ライラがこのように辛辣な口調で呼ぶ相手は1人しかいない。同じく『白銀の騎士団』で隊長職に就いている第2部隊隊長レンデルだ。

 ライラは団長であるシーラに憧れてこの騎士団に入団した者。彼女と同じような理由で騎士団に入った者は総じてレンデルを嫌っている。

 レンデルが団長シーラの弟だからだ。……まあ、それ以外にも理由はあるが、それが最も大きな理由であるのは間違いない。

「団長はあいつに甘いし、あんたもあいつに甘い。それはわかってるけど、そのうち死ぬわよ?」

 弟だからと何かと優遇されるレンデル。それ以上に幹部連中から嫌われている理由は実力だ。

 レンデルは幼い頃から姉のためにと鍛錬を積んできた。それこそ、何段も飛ばしながら今の地位についたと言ってもいい。

 あいつには聖騎士でありながら、それに相応しいだけの経験が圧倒的に足りないのだ。

「そんなことは私が1番わかっている」

 騎士団を設立する以前からあの2人のことはよく知っている。シーラは幼くも頭角を見せていた時分から共に戦ってきたし、レンデルはそんなシーラに追いつくために私に師事してきたほどだ。

「……レンデルはひたすらに強さだけを追求してきたために心が追い付かなかった。その余裕のない心を作り上げてしまったのは私達だ」

「…………」

「シーラは家族と共にありたいがためにそれを見過ごした。私は強さを願うレンデルに少しでも望みを与えてやりたかった」

 それが結果として悪い方向へと転じてしまった。

「私は――私達は団長の願いを叶えるために騎士団に集ったわ」

 あなたとは違って――そう語るライラの表情は真剣そのものだった。

「あんたや副団長と違って私達は活躍した後の団長しか知らない。それまでの苦労も、どうしてそうなるに至ったかも」

「……そうだな」

 それを知っているのは私と副団長……それに弟であるレンデルだけだろう。

「だからこそ、あいつが嫌いなのよ。あいつは私達が知らない団長を知っている。そしてそれだけで自分が役に立たないといけないって思ってる。……それが1番腹立たしいわ」

 斬りつけたドラゴンが地に落ちる中、一顧だにせずライラはこちらに向き直った。

「私達だって理想に賛同してここにいるの。生半可な覚悟じゃないわ。甘い人間が団長の理想を語って、それを踏み躙ろうとしている。それが1番許せない」

 真摯に告げるその表情を見て、何を言うべきか。

 ――仲間なのだから信じてやれ?

 ――シーラを信じろ?

 どれも違うだろう。

 そして、彼女だけが変わってもこの場合は意味がない。むしろ変わらなければいけないのはレンデルの報なのだ。

「弟子だから肩を持ちたい気持ちはわかるけど、そこんとこをしっかりしてくれないとこちらは手助けできない」

 よく考えておきなさい。

 1回りも年下の人間にそう言われても何を言い返せない私に人を導く資格があるのだろうか?


 だが、ここで言うべきことは決まっている。

「それでも、あいつにはあいつの正義がある。今はそれを信じるだけだ」

 最も脆いのがその正義であろうとも今は信じることしかできない。

「そしてここで最初の質問に答えよう。――あいつを連れて来た理由を」

「……聞きましょう」

「あいつは共に戦う者を信じることはあっても、それ以外に注意を割くのが苦手だ。だが、騎士団の目的は弱者救済だ。そのためにはあいつは守るべき対象がいる戦いを経験しておく必要もある。そのための1歩だと理解してほしい」

 今回は守るべき人はいない。だが、彼らが帰るべき『家』がある。

「守るべきを見失うようならば、看過しない。あいつにとっての試練でもあると理解してくれ」

 あいつの味方だからこそ、あいつが間違う術を失くす。

 それが私にできる精一杯だ。



◇◆◇◆◇◆◇



「――ところで、気付いているか?」

「敵の不自然さについてかしら?」

 当然でしょう?そう告げるライラは先程までのやり取りであった神経質な苛立ちは消え去り、目標しか見ていない。

「…これだけのアンデットドラゴンが自然発生したとは考えにくい。つまりは――首謀者がいる」

「……問題はそいつがどこにいるのかということね」

「そうだ。そして、目的も重要になってくる」

 これだけの大規模侵攻を行う人物の目的。

 報告では町々を転々と巡ってきたとあった。もしかしたらその目的を追って行動を重ねているのでは?

「それに、数体いる異常な強さのモンスター」

 未だに飛んでいる強敵を見据えると、武器に力が入ってしまう。

「倒せないことはないけど、倒そうとすると雑兵が邪魔をしてくるし!」

 鬱陶しい呟きながら飛びかかってきたアンデットドラゴンを再び切り落とすライラの表情に徐々に疲労の色が見え始めている。

 これ以上長引くと面倒なことになるな。

「……仕方ない。ライラは落ちた雑魚の討伐を任せる」

「…コミングはどうするの?」

「知れたこと。あいつらを討つ」

 最も強力なアンデットドラゴンは姿を消している。つまりは、首謀者もそこにいるはずだろう。そいつを見つけるためには邪魔をするモノを早々に退場させるしかないな。

 一応、レンデルに後を追わせてはいるが……何か嫌な予感もする。

「いいなぁ~。私も大物狩りに専念したい~」

「ふっ、今回は我慢しろ。敵の数が足りないのだからな」

 3体いる中でボスはレンデルが、もう1体は私が。そして最後は――。

「……ムッ、あちらは始まっているようだな」

 大きな土埃が少し離れた地点で上がる。

「……ピアさんか。あの人も対外規格外だよね~」

 この町で再会した冒険者ピア。シーラが数年前から熱心に勧誘している冒険者。その彼女が戦っているのだ。

「……負けてはいられないな」

 普段は冷静に抑え込んでいる戦士としての本能が刺激される。

 これだから戦場から離れるのは難しい。

「ではな!任せるぞ!!」

 抑えきれない衝動に身を任せ、唯一浮いている強敵に全身全霊でぶつかる。


『グィィィオオオオオオ!!!』


「ガハハハッ、貴様らも悲鳴を上げるのか!ならば、襲われて命を奪われた者達の怨嗟をその身で感じておけっ!!」

 最近は若い世代を育てるのに力を割いているからな!

 血沸き肉躍る戦闘を魂が欲している。

「さあ、楽しませてくれ!!」

 戦場にいる間だけは私は1人の戦士に戻れるのだ。

 そう。かつて、幼き少女を守るだけの盾として行動を共にしていた情けない戦士に。


(シーラ。お前を守る事しかできなかった私はお前の理想を守る為ならば死ねるぞ!!)


 幼い少女に負け、その身を守るという言い訳で共にいた私。そんな私に最も失いたくない家族モノを預けてくれた少女。その想いに応えるために過保護になっていた私が、今のお前にはどう映っているのか。

 情けない父親のような心境を勝手に抱く。

 ならば、息子を守るのは父親の仕事だろう!!

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