双剣士①新たな騒動の始まり
お待たせしました。
「…随分、冒険者が増えて来たな」
次の町へと続く道を歩いていると道の端々に武装を身に纏った連中がちらほらと現れ出していた。
「そうナリね。次の町で大きな仕事でもあるんナリか?」
オレの独り言に応えたのは魔剣精製の依頼から強引に同行している商人ナリナリだった。そう、幻術系アイテムの材料調達の依頼を出していたあのナリナリだ。
そんなナリナリは自分の身体ほどもあるバックパックを背負っている。
「……早い段階に入れておいてよかったナリね」
そのバックパックには冒険者に見つかると厄介なモノが入っている。
「…エボル様、これだけ冒険者が多いと【鑑定】を使える者もいるかもしれません。次の町では食料などの物資を調達しだい、出発した方がいいのでは?」
「……いや、駄目だ」
ミルフィーの提案を切り捨てる。
「もうそろそろ金の方も不安になってきてる。次の町ではできれば仕事を1つぐらい片付けておきたい」
「…だからナリナリが払ってもいいナリよ?」
ナリナリはこう言っているが、こいつを本当に信用していいのかいまいちわからん。あまり頼りすぎるのは問題だろう。
「パーティーの財政をお前だけに押し付けるわけにもいかん。それはお前が商人としての信頼で勝ち取った財産なんだからな…」
だから、いつもこんな風にもっともなことを言って断っているんだ。これでナリナリも一応納得した姿勢を見せる。単純なやり取りだが、これをしておくことでお互いに歩み寄ろうとしているのだからわかり難いったらありゃしない。
◇◆◇◆◇◆◇
「「「ギャアアア~~~!!」」」
「……何だ?」
もう少しで町が見えてくる。そんな段階になって冒険者の数もいよいよ無視できないほどに増えてきた頃、進行方向から悲鳴が聞こえてきた。
「気にすることないナリよ。どうせ冒険者同士が諍いを起こしているだけナリ」
それもそうか。
冒険者が自分のプライドや実力を示すために別のパーティーと衝突するなんてよくあることだ。いちいち気にするほどのことでもない。
「…おっ、見えてきた」
倒れているのは全部で10、いや11人か。
「相手は……神父、か?」
ゆっくりと倒れている人間に近付く人影がハッキリとしてきたところで何気なく呟いた言葉。だが、それにナリナリが異常に反応した。
「し、神父っ!?ヤバいナリ!!」
「……どうした?知り合いか?」
取り乱し顔を隠そうとするナリナリの様子を怪訝に思いながら尋ねてみる。
「(知り合いじゃないナリ!だけど、会ってはいけない奴ナリよ!というか、ミルフレンニも顔を隠させないとヤバいナリっ!)」
「ミルフィーが?」
ミルフィーに視線を向けるが、何のことかわかっていないのか首を傾げている。少なくともあいつに対して見覚えがあるわけではないらしい。
一体何が問題なんだ?
「(よく見るナリ!倒れているのは全員が獣人ナリよ!!)
小声で喚き立てるナリナリ。
確かに言われてみれば倒れているのは全員が動物のように毛むくじゃらで耳なども持っている奴らだ。しかも、全員が男。……男、だよな?初めて見るからよくわからんのだが…。
獣人は基本的に大陸の反対側にいることが多いので、オレはまだ会ったことがないのだ。
「…で?何が問題なんだ?」
見ても意味がさっぱりわからんぞ。そう告げるとナリナリは一層焦躁を募らせたようで、街道を逸れるように強引に脇へと連れて行く。
「大丈夫ナリね?気付かれてないナリね?」
きょろきょろと辺りを見渡し、挙動不審なナリナリ。一通り見渡した後で、ようやく安心したのか何が問題なのかを語り始めた。
「…さっきの神父はおそらく『敗戦布教』と呼ばれるパーティーの一員で、名前はガーリックナリ」
「……『敗戦布教』?何だそりゃ?」
「知らないのも無理はないナリ。大陸の中央付近を活動拠点にしているナリからね…。本来なら、こんな場所まで出張ってくることは滅多にないんナリが……」
「だから何なんだよ?」
「『敗戦布教』というパーティーはある特徴があるパーティーナリ。まず、構成員は100名を超えているナリが、ほとんどは女性ナリ。……ただし、この女性はほとんどが奴隷のように扱われているナリ」
「……奴隷?同じパーティーメンバーなのにか?」
「私もエボル様の奴隷でしたが、パーティーを組む以上は奴隷のようというのはおかしいのでは?」
ミルフィーがある程度信頼関係がないとパーティーとしては機能しないと告げる。
「そこが問題ナリよ!」
ナリナリが言うには、奴らはパーティーの基本方針に奴隷解放を上げているそうだ。
だったら、奴隷のように扱うのはおかしいんじゃないか?そう思うが、奴隷解放というのはほぼ建前らしい。
「実際には、種族による差別化ナリ。奴らは、人間族以外の種族を下等で自分達に従うべき道具だと思っているナリ。だからこそ、ああして人間族以外の男を排除し、そして女は皆奴隷だと位置付け、無理やりに連れて行くナリ」
「…無理やりって。人間族以外とパーティーを組んでいることだってあるだろう。そういう場合はどうするんだ?」
確かにここら辺は他種族でパーティーを組むことは滅多にないがそれでもゼロでもない。まあ、多くが奴隷だというパタンもあるが…。
「そんなの関係ないナリよ。奴らにとっては同意の上であろうがなかろうが、同じナリ。自分達こそが従えるに相応しいと判断した段階で取り上げる口実になればいいナリ。……逆らえば、潰せばいいナリから」
ようやくナリナリの危惧していることがわかって来たぜ。
奴らに理屈は通用しない。だからこそ、見つかれば終わりってことか。
「……酷い奴らがいたもんだ。何で誰も取り締まらねえんだ」
「仰る通りです!!」
それまで黙っていたミルフィーもオレと同じように…いや、オレ以上に憤慨していた。こいつ自身が狙われる立場であるということと同時に自分達が見下されているように感じればそうなってもしょうがないとは思うが…。
「無理ナリよ。奴らに逆らうことのできる人間なんて極々一部の限られた人間だけナリ。組織としては『白銀の騎士団』がなんとか対抗できるというぐらいナリ」
「『白銀の騎士団』でなんとかかよ!?」
おいおい、どうなってんだ?
オレと妙な縁がある騎士団は人格者の集まりで、しかも実力者揃いだ。中でも隊長クラスは相当なもんだぞ。それでもギリギリって…。
「…俄かには信じ難いな。何であいつらにそこまでの力があるんだ?」
ただ疑問に思ったことを尋ねただけのつもりだったが、ナリナリの答えにオレ達は絶句してしまった。
「『敗戦布教』のリーダーは大陸最強の人間だからナリ」
◇◆◇◆◇◆◇
「……いいナリか?できるだけ穏便に素早く移動するナリよ。誰に声を掛けられても足を止めては駄目ナリ!」
絶対に遵守するようにきつく言い含めるナリナリに黙って頷くことで答える。
現在、オレ達は町に入る為の道――その先に構えている神父を見据えていた。
オレは以前ナリナリから貰ったアイテムで姿を誤魔化し、顔を出している。そして、ナリナリやミルフィーはナリナリの魔法によって姿を変化させ用心のためにフードや布で頭と顔を覆い隠している。
隙間からはただならぬ緊張感が漏れており、ナリナリは終始挙動不審だった。
結構厄介ごとに遭遇しているはずのナリナリの態度に触発され知らず知らずのうちに手に汗が…。ミルフィーも落ち着かない様子だ。
「…町に入れば、あんな真似はできないナリ。つまりは、入るまでが勝負。……失敗は許されないナリ」
「わかってる。最悪の場合はオレが時間を稼ぐからお前とミルフィーは町に入れ」
「そんなっ!エボル様を置いて行くなどっ――」
「――そう言うな。オレは一応人間だ。あいつの粛清対象には入っていないはずだ」
まあ、自分で言っといてなんだけど本当に人間かどうかは怪しいもんだが…。オレはまだ自分のことをほとんど理解しちゃいないんだ。
「ナリナリ、町に入れば本当に安全なんだろうな?」
「…そのはずナリ。一応町にはそこのルールというものがあるナリし、そもそもよほどのことでもない限り街中での乱闘はご法度ナリ」
絶対ではないが、ほぼ安全ということか。
だったらやるしかないな。
「よしっ!じゃあ、行くか!!」
「――そこ行く3人組。止まり、ナッサ~イ!」
結論から言うと、駄目だった。
「……え、ええっとオレ達のこと…だよな?」
ボロを出さないためにオレが答える。
「ええ。アナタ達ですよ」
「…何でしょうか?」
「…フフフッ、隠したって無駄デェ~ス。幻術をかけているだけでも怪しいのに、その上正体は亜人族ではありませぇ~んか!そんな輩を見逃すわけがないでしょう?」
「なっ!?」
一体どうして!
「ふむ、何故わかったかという顔デェ~スね。…いいでしょう。お答えしましょう!ワタ~シのスキル【真実の瞳】に見抜けぬものなどないということを!」
「…【真実の瞳】?」
『【鑑定】の上位スキルナリ!その前にはどんな隠蔽も不可能であり、入手が相当難しいスキルナリよ!!』
何だそれはと首を傾げ、ナリナリに【念話】で確認をするとそんな答えが返ってきた。
(…拙いな。だとしたらオレのことも)
「それにしても奇妙な組み合わせデェ~ス。モンスターもどきの大地の民、それに麗しい囚われの乳魔族の少女。かと思えば、ただの人間までいるなんて」
……オレのことは気付いてない?
進化種っていうのは見抜けないモノなのか?…だが、それだとジェノ父さんはどうやって……?
(いや、今はそんな些末なことを気にしている場合じゃない!)
浮かんだ疑惑を振り払いながら、ナリナリと神父の間に入るように移動する。
先程のモンスターもどきという発言でナリナリの雰囲気に怒気が感じられるようになったからだ。
(落ち着けよ。お前が問題を起こしてどうする)
「……いきなり人を呼びつけて、仲間をモンスターもどきなんて。…バカにしてんのか?」
「おぅ?意味がわかりませぇ~んね。所詮は家畜ほどの価値しかない生物をどう言おうとワタ~シの勝手デェ~ス」
「…こんの、筋肉達磨風情が」
「いけませんね。神に仕えるワタ~シをそのように言っては…」
やれやれと大袈裟に肩を竦める様が余計にイライラする。
「……とりあえず、その少女を解放し、モンスターを駆除しなさぁ~い?であれば、アナタは助けてあげまぁ~すよ?」
「冗談は笑えるように言えっつーの」
「いけませんよ。いけません。先程も言いましたが、ワタ~シは神に仕える存在。そんなことを言っていちゃあ――ノンノンよっ!」
チュバッと音を立てて投げキッスを飛ばしてくる姿に背筋がゾワッとする。
もしも美女がそれをしたのならばふらふらと吸い寄せられただろう。
だが、2mを越える筋骨隆々のハゲ――しかも何を塗ったのか黒光りするような肌をしている奴にやられても恐怖しかない。
「これは神の教えを示す時デェ~スね!!」
「初めからやるつもりだったくせに、偉っそうに…!」
構えを見せる神父に対し、オレも剣を抜き放つ。
「……こうなったらやるしかないナリ」
「私は初めからやるつもりでした。…まったく。エボル様以外にあんな視線を向けられても不快でしかないということを教えて差し上げましょう」
渋々という口調の割に笑みを浮かべやる気満々なナリナリと隠そうともしない戦闘意欲を見せるミルフィー。戦闘態勢を取り始めた2人にギョッとする。
「おいっ、何やってんだ!」
お前らは町に入る手筈だったろう!
そう叫ぶが聞く耳を持たない。
「…無駄ナリよ。厄介なスキルを持っている以上どんなことをしても逃げられないナリ」
「だったら、ここでエボル様と共に戦います!」
「……それに、人を侮辱したこいつには相応の罰を与えないと気が済まないナリよ…!」
「おいおい。燃えてんじゃねえよ…」
計画が台無しじゃねえか…。だが、オレも同感だ。人を見下した態度を取るこいつに頭を下げて見逃してもらおうなんて考えは毛頭ねえ!
◇◆◇◆◇◆◇
「オレが前衛で行く!2人は援護を!」
「了解ナリ!」
「わかりました!」
こうなったらこいつを倒してから中に入ってやる。
・ガーリック Age:42 Lv.98
種族:人間・男 ジョブ:モンク ランク:A
ちっ!鑑定してもわかるのはこの程度か。レベルの割にランクが低いが、そんなことは一切役に立たねえ。逆だったら実力は大したことないと言っているようなもんなんだが…。
・エボル Lv.23/70
種族:人間(進化種)・男 ジョブ:双剣士 ランク:ベテラン(B)
HP1029/1029 MP2008/2008 体力1900/1900
攻撃力2100 魔法攻撃力1600 防御力742 魔法防御力701 知力420 速度1320 人格60
種族特性:レベル上限・進化の可能性・進化の恩恵 ジョブ適正:双剣士(達人)・魔導師(卵)・調教師(卵)New ジョブ補正:攻撃力上昇(大)・魔法攻撃力上昇(中)・速度上昇(大)
スキル:【念話】・【鑑定】・【世界の流れ】・【白系統】・【闘技】・【鷹の眼】・【極点集中】・【暗黒魔法】・【二重行使】
進化を重ねたおかげで大分強くはなったが、まだあいつには届かない。
スキルとタイミングだな。こっちは3人いるんだ上手く隙を突ければなんとかなる!そうやってこの2年の間成長を続けてきたんだ。
・ミルフレンニ Age20 Lv.47
種族:乳魔族 ジョブ:僧侶 ランク:C
HP:1600/1600 MP2901/2901 体力1250/1250
攻撃力602 魔法攻撃力2005 防御力1090 魔法防御力2566 知力84 速度689 人格41
種族特性:恵の授与 ジョブ適正:モンク・調教師 ジョブ補正:魔法威力向上(中)
スキル:【悪夢の歌声】・【従属の喜び】・【天上の歌声】・【闘技】・【聖魔法】
・ナリナリ Age24 Lv.33
種族:大地の民(マシロ族)・男 ジョブ:商人 ランク:E
HP1000/1000 MP1120/1120 体力2009/2009
攻撃力102 魔法攻撃力1091 防御力200 魔法防御力1786 知力500 速度71 人格8
種族特性:野生の力 ジョブ適正:モンスター・妖術師・調教師 ジョブ適正:金運上昇
スキル:【青魔法】・【鑑定】・【魔言】
だが、ナリナリのHPじゃ攻撃を受けるだけでもヤバい。
「さぁ、行きますよっ!!」
「チッ、待っちゃあくれねえか…!」
ぐぐっと巨体を捻り、繰り出される拳。それを躱せば、地面にめり込み大きな土埃が上がる。さらにめり込んだ拳は地面を大きく抉っていた。
「なんっつー威力だっ!」
「エボルッ!!」
「わかってるつーの!」
距離が縮まったのを確認し、不知燃を振るう。
「甘いデェ~ス。そんな遅い攻撃が――ッ!?」
軽々と避けたが、まるで避けた方向を追うように発生した爆発により顔を炎が襲いかかる。
「……まさか、あなたのような低レベルの人間が魔剣を持っていようとは」
「ふん。人は見かけによらないってこったよ」
「……では、油断せずに行きましょうか」
こほーと息を吐くと全身に魔力が漲っていく。
「…まさか、【闘技】か?」
「そんな使いどころの難しいモノではありませんよっ!」
「ッ!?」
ビュンと飛んできた拳を避ける。今度は先程よりも近場だったせいか風圧が凄い。
「んなっ!?」
あまりの風圧に首が自然と後ろを向いていた。だからその光景は自然と視界に入ってきた。視界に入ったのは雲に穴が開いているところだった。
そう。まるでオレの横を通り抜けて行った拳圧が穴を開けたのだと言わんばかりに。
「おいおいおいっ…!」
冗談じゃないぞ!!
「…ふむ。肉体能力的には遥かに劣っているはずなのに辛くも、とはいえ避けますか?アナタにはステータスに見えない何かがあるようデェ~スね。それに、その魔剣。避けたのに爆発したということは魔力を追尾する機能でも付いてるんデェ~スか?」
よく見てやがる。
「……ちょっと大人しくしててもらうナリ」
「ほっ?」
ガーリックの足元に伸びる黒い線。それはナリナリから伸びた影だった。
「青魔法――影噛み付き」
伸びた影は地面からまるで牙の生えた生物のようにガーリックへと襲いかかっていく。
「…小賢しい。聖魔法――シャウト・ウォール!」
ガーリックの影へと襲いかかろうとしていた影はガーリックを中心に上がった光の柱によって弾かれ、消滅する。
「今度はこちらの番デェ~ス。――聖魔法シャイン・シャワー」
身体を縮め、何かを抱え込むような動作を取りそれを解放するように腕を広げる。
「危ないっ!聖魔法――ホーリー・ヴェール!!」
少し離れていたミルフィーが真っ先にそれに気付き、オレ達の前に出て防御魔法を発動する。
「ぐっ、ぐぎぎぃ…!!」
歯を食いしばり必死に耐えるミルフィー。だが、そんなことはお構いなしに降り注ぐ光の弾丸。まるで鉄球でもぶつかっているのではないかと疑いたくなるような音を立てながら徐々に光の幕に大きな穴を開けていく。
「ミルフィー!!」
「ぬぅあああああ……!!キャアアアアッ!!」
破られた瞬間に駆け出していた。
ミルフィーの首根っこを掴み、強引に後ろに下がらせ不知燃を一閃する。
「……はぁ、はぁ」
爆炎で視界が覆われ、我武者羅に剣を振り回したことで大きく肩で息を整える。
「まだまだ終わりませんよ?聖魔法――ガーディアン」
ガーリックの身体を光の鎧が覆い隠していく。全身を光の鎧で余すところなく包み、より一層増した圧を放ち始める。
(あれは…やらせたら拙いな)
「これでも食らっとけ!――陽炎!」
不知燃と炎魔法を合わせた幻術。
不知燃に薄らと炎魔法が絡み、小さな爆発を繰り返して完成する分身。
「――行くぞ!」
分身に合わせて一斉に襲いかかる。
「……ふぅ。その程度は意味がないのだよ」
複数の刃が一斉に振り下ろされる――幻の混ざった攻撃をガーリックは一切の迷いなく正確に実体の2振りを掴み取っていた。
「なっ!?」
「お忘れデェ~スか?ワタ~シには【真実の瞳】があるということを。…その程度の煙では目晦ましにもなりませんよ」
忘れてたっ!!
いや、そんなこと言ってる場合でもないんだけど……あえて言おう。忘れてた!!
「……このような人間の下にあるとはこの魔剣も不幸デェ~ス。ちょうど、仲間が新しい剣を欲しがってたので貰っていきましょう!」
「んなにぃ!」
誰がそんなことをさせるかっ!
「人の魔剣を勝手に奪おうとしてんじゃねえよ!!暗黒魔法――ホール」
「ぬぅ!?」
不知燃を持っていなかった方の手から感触が抜けたことに声を上げるガーリックを無視して不知燃を握っている腕を斬りつける。
ピシッ…そんな不吉な音を立て、斬りつけた剣の方にヒビが入った。
◇◆◇◆◇◆◇
「ママ~、もうすぐ次の町?」
「そうだよ。しかも、次のはかなり報酬がいい依頼があるっていうからねえ…。今から楽しみだよ」
「うん!ワクワクしてるね!でも、あんまりやり過ぎちゃダメだよ?」
「わかってるって!」
「…本当にわかってるのかなぁ。前みたいに熱中しすぎて町まで壊さないでね?」
「大丈夫だって~……んっ?何か騒がしいな」
前方――町の入り口辺りで誰かが…戦闘してる?
「ったく、傍迷惑な。何もあんなところで……」
……ありゃあ、屑どもか。
まあ、そんなことはどうでもいいんだが…。あの黒光り野郎と戦ってる奴が持ってる剣に見覚えが。
「あっ!!思い出した」
あれは私が――って壊れたぁ!!
◇◆◇◆◇◆◇
「効きませんね」
「なんてしぶとさだ!この黒テカリ野郎!!」
「…いやいや。そもそも攻撃力不足なんデェ~ス。この魔法ガーディアンは攻撃力・防御力を向上させる魔法。元々の差が大きいアナタの攻撃でワタ~シがダメージを負うなんてことはありえないのデェ~ス」
むかつくぅ…!
「さて、もういいでしょう。そろそろ疲れました」
「…だったら諦めればいいだろうが!」
「それでは、無駄骨デェ~ス。なので、アナタを殺し彼女を解放してから行きます」
「だから、ふざけんじゃ――」
「――だ、駄目ナリよ!」
ナリナリの慌てたような声。それに釣られて見れば、ナリナリの背負っていたバックパックから赤い液体が這い出ていた。
「やめろっ!!」
『ぴぃっ!!』
制止の声も届くことなく、這い出た液体――先日ランクアップしたばかりのレッドプルン――フレイが吐き出した炎がガーリック目がけて飛んできた。
「…なんと」
それに対してガーリックは感嘆とも取れるような声を漏らした。
「まさかモンスターまで連れているとは…。アナタ達には調教師も召喚師もいません。つまりそれは野生のモンスターということデェ~スね」
飛んできた火の粉を払い、淡々と告げてくる言葉にオレは内心で悪態を吐く。
(口調は残念そうだが、顔は笑ってやがる!)
こいつはオレ達が自分が手を下すまでもなく何らかの処分に値するという結論に至っていた。だからこそ笑みを深めたのだ。
「…さて、これは善良な市民として…彼らを守る冒険者として、何よりも聖職として見過ごすわけにはいきませんねぇ」
目に宿った険。標的がオレからフレイに移ったことがわかった。
「ナリナリ!フレイを逃がせ!!」
「わ、わかったナリ!」
このままではフレイが……!そう思った瞬間、オレの身体は無意識に動いていた。
「お前の相手はオレだろうがっ!」
ヒビの入った剣に魔力を込め、斬りつける。
何も考えずガーリックの息の根を止める気持ちで放たれた斬撃。首下に吸い込まれるように動いた剣筋は、しかしその強固な鎧によって阻まれてしまう。
いや、阻まれたのではない。まるで卵を壁にぶつけるかの如く――そうなる運命であったともで言わんばかりに剣は粉々に砕け散ったのだった。
「なっ…、あぁ……!」
そんな、マーサさんから貰った…剣が。
「鬱陶しいデェ~ス」
標的が再びオレに戻った。いや、言った通り単純に目の前を飛んでいる羽虫が鬱陶しかったから追い払うべく注意を映したに過ぎないのだろう。
そう。こいつにとってオレはその程度の価値しかなかったのだ。
敵対するほどの相手ではないということだ。
「……面倒だから、アナタを先に始末します」
何でもないように殺意を膨らませ、ゆっくりと腕を引く。その動きは緩慢で油断しきっているようにも見える。だが、あれほどの圧倒的な防御力を持っている相手に有効打を与える手段がない以上どうしようもなかった。
(……ここまでか)
どこか達観した様な気持ちで振り下ろされようとしている拳を見つめる。
「エボル様!逃げてください!」
ミルフィーの声が聞こえるが逃げられっこない。
(…フレイは無事に逃げただろうか?)
命が尽きるそんな時にこんなことを考えることに苦笑が漏れてしまった。こんな風に考えるなんて拾った当初は思わなかったが、悪くないな。
満足して目を瞑る。
「おいおい。男が死ぬ時にそんな満足した表情をするんじゃねえよ」
何かがすぐ傍でぶつかり合うような衝撃で髪が揺れる。
目を開けると、そこにはガーリックの拳を受け止めている女性の背中があった。




