番外:超越する者達
お久しぶりです。番外編を挟んでみました。
薄暗い部屋で円卓のテーブルを囲み座っている。部屋は暗いのに、自分達にはまるで降り注ぐような光が差し込み、存在感を際立たせている。
そんな中、俺は声を荒げた。
「こいつを調査すべきだっ!!」
バンッ!と激しい音を立て、テーブルが揺れる。俺が手を叩き付けた先にあった紙には跡が付き、テーブルに亀裂が走っている。
「わかってるのか、こいつの存在はまるで俺達をコケにしているとしか思えない!」
俺達の配下――正確には情報を提供するだけの関係の『白銀の騎士団』。その団長、シーラから送られてきた報告書に記載されていたある新人の冒険者。こいつは気に食わない。
「……まあ、落ち着きなさいな。そう目くじらを立てることでもあるまい?」
「…なんだと?てめえも耄碌したのか!」
ようやく返答があったかと思えば、期待外れもいいところの内容に俺は怒りが沸点を越えるのを感じていた。
目くじらを立てるほどじゃないだと?馬鹿がっ!!
「こいつは、どうやってか知らんが変異石を使わずにジョブを変更してるんだぞ!それのどこが問題じゃないってんだ!!」
どうせこいつも上の方から言いくるめられた口だろうが、反論しないわけにはいかない。
変異石とは、俺達『超越者』が下等な者達を支配し、管理するために生み出したモノだ。
それはジョブという力を管理することで制御しやすくするという意味がある。
そりゃあ、変異石だって万能じゃない。下位のジョブならば生活の中で自然と身に付く場合もある。だが、今回のケースは全くの別物だ。
「変異石は俺達が管理してることで世界の異変を察知するための代物だぞ!そして、それを使ってジョブを変更することは世界の意志だ!それを、こいつは――このエボルとかいう冒険者は無視してやがる。それのどこが気にすることじゃねえんだ!!」
「……ひよっこがうるさいのう」
「あぁん?爺、何か言ったか?」
「目上には敬意を示せ、クソガキ」
「目上だぁ?確かに俺様よりも序列は上だろうが、序列なんて所詮はある程度まではいつ入ったかを示すだけの数字だろうが!実力で劣ってるくせに偉そうに指図してんじゃねえぞ!!」
「……いい度胸じゃ」
この発言には眉をピクリと反応させ、立てかけてあった剣へと手を伸ばす。
俺もそれを受け、魔力を練り上げていく。
一触即発。そんな雰囲気が会議室を包む中、その声は発せられた。
「――2人共、いい加減にしないか」
俺達よりも高みにいる人物からの声に俺も爺も一瞥の後に戦闘態勢を解除する。
声を上げたのは先程の例外が適用される序列3位のハイエルフ――ジェノ・ブラッドリーだった。
「アースナルの危惧ももっともだが、その冒険者については私が保証する」
「……何だと?てめえ、何を知ってやがる?」
俺は先程よりも剣呑な視線をジェノに向ける。
「エボルは私の息子だ」
俺の殺気交じりの視線を受けてもジェノは一切動揺することもなく、それを軽く受け流しながらそう答えた。
「…息子だと?てめえのガキは死んだんじゃなかったか?」
こいつが、ふらっとここを離れていたのは知っている。てめえの部下の女との間の子供を授かってどこかに行っていたと。そして、そのガキは死産だったとも聞いている。
「確かに私の子供は死んだ。エボルは養子だよ」
それが何だ?そう言わんばかりに視線を向けてくるのが俺はおかしく堪らない。
「はん!てめえの出来損ないが死んだからどこぞのガキを拾ったか。…そんで?そのガキに何を与えたんだ?序列3位様よぉ!!」
「――殺すぞ?」
先程までの穏やかな雰囲気が一変。その怒気が会議室を埋め尽くすと控えていた従者達が一斉に白目を剥いて倒れだす。中には早くしなければこのまま死んでしまう者もいるだろう。
いや、それは従者だけに留まらない。超越者の中にもジェノのあまりの怒りに当てられ顔が青ざめている者が出始めている。
「貴様が、どこでどんな情報を得ようと勝手だが私の子供や愛しい人間についての侮蔑とも取れる発言は許さん」
「はっ!てめえ風情に好かれた売女なんざ知ったことかよ!」
そうだ怒れ。俺はてめえが気に食わねえんだ!
そのどこまでも澄ました面が歪むのならば、この世界を壊しても飽き足らねえ!
「大体、そんな売女と作るからガキを喪ったんじゃねえのか?ひゃっは~だとしたらお笑い草だぜ!てめえが言ったことを思い出せよ!超越者たるもの、すべての見本であるべきじゃなかったか!」
「クズが、いい加減に――」
「――それぐらいで抑えておいた方がいいのではないかの?」
「黙れよ爺!」
今いいところなんだ。
「それとも、てめえもそいつと同類だから庇ってんのかぁ?」
「……何じゃと?」
「同類だって言ってんだよ!てめも、超越者の恥晒しだろうが!てめえの孫娘の死霊使いが超越者の地位を蹴ったって話はここ10年ぐらいじゃ最高に笑える話だったぜぇ?かつての名門貴族が自分の身内すらも制御できねえほどに落ちぶれたってな!」
「あやつは、いずれ殺す。だが、貴様にとやかく言われる筋合いはない」
爺からも殺気が立ち昇ってきた。
「いいじゃねえか、かかって来いよ!今日こそどちらが格上かを思い知らせてやるぜ!」
「そこまで」
今度届いたのは子供の声だった。だが、俺達はその声を聞いて動けなくなってしまった。
「これ以上騒ぎを起こすなら――3人とも消すよ?」
何の気なしに発せられた言葉。幼く舌っ足らずな言葉だが、発した人物がその言葉を実現できるだけの実力を秘めていると知っている以上は笑うことなどできない。
この会議室で唯一円卓に座らず離れた席に腰を掛けている存在。
超越者が誕生してからずっとその座に君臨し続けている序列第1位。
既に勇者にも魔王にも手が届いているにも関わらず、ジョブを変えようとしない変わり者で、その姿は数百年もの間一切変化がない化け物。
俺は戦闘態勢を解きつつ、自分の手に汗が浮かんでいるのを目にした。
(威圧されただけでこれかよ…!)
睨みつけたいが、それをすれば今度は確実に命を落とす。そう確信するからこそ、何もできず大人しく会議へと戻っていくしかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「――では、次の議題に入ろう」
静まり返った会議室に響く声。大した声量ではないが、しんとした会議室では普段以上に響いて聞こえた。
「と言っても、今回もそう大した変化はない。勇者も魔王も自分達の生活圏から動いてはいないようだからな」
超越者の仕事は大きく分けて2つある。
1つは、現存する勇者や魔王を抑える役目。
1つの種族に1人しか存在しない勇者や魔王は超越者を越えるほどの力を有するが、その力をひとたび解放されれば世界なんて簡単に亡びかねない。だからこそ、それに唯一対抗できる力を持つ俺達がそれを防ぐ役目を負っているのだ。
そしてもう1つは超越者になった者達の勧誘だ。これには超越者に迫ろうとする者達を協力者として取り込むことも含まれている。
ただ最近はこちらの方は捗っていない。
そもそも、超越者になるということは勇者や魔王候補であるということであり、ジョブ適正に???が現れた者達を意味するがなかなか現れない。それに加えてそいつらは普通の人間よりも自己主張が強く、利己的な奴らが多い。もしもその力を悪用しようとする馬鹿が現れた場合には強制的に排除するが、それ以外では放置というのが現在の主流だ。
無駄に衝突すればそれに続く馬鹿共が現れないとも限らないということで決められている暗黙の了解だが…。くだらない。そんなことをしているから後手に回ると何故わからん!
長い時間を生きるために数年前のことを忘れる愚か者共がっ!
「…ただ、1つ問題が」
従来ならばここで話が打ち切られるが今回は違った。
重々しく開かれた口からは緊張から漂う内容が告げられる。
「……シッテルペルンの動きが怪しいのです」
「シッテルペルンだと!?」
「あの暴れ竜がっ!?」
会議室が騒然となるのも仕方ない。
シッテルペルン。別名竜魔王。
その名の通り竜族が生んだ魔王だ。
「あいつは暴れ出すと問題が多いが、ここ半世紀ほどは大人しくしていたはずだが?」
「だから今何が原因かを探っているところだ。…今のところは縄張りから出ていない、が……」
「出てきたら、問題があり過ぎるな」
「そうなったら……」
「殺すしかあるまい。できるかどうかは置いておいての…」
「…や、やだなぁ~随分自信なさ気じゃないですか」
こいつは馬鹿か。比較的若い超越者にそんな視線が向けられる。
「……お前は奴の強さを知らんのだ。奴は魔王の中でも最古と言えるほどの長い期間その座を守っておる存在。実力ではトップ3でも油断すれば…」
先程のジェノの殺気、そしてそれを止めた1位の圧を思い出したのかゴクリと聞こえるほどの音を立てて唾を飲みこむ。
「せめて竜族に超越者がいれば話は別なんだがな…」
魔王などを放置するのは、その存在が抑止力になることもあるからだ。強大な力が暴走を抑えている限り世界は見た目上は平穏を保っている。その均衡を壊すのも魔王ならば、保つのも魔王ということ。
「…まあ、いないものはいくら言ってもしょうがないですし、しばらくは様子見というところでしょうね。『白銀の騎士団』をはじめとした複数の勢力に情報提供を呼び掛けておりますので、情報が入り次第また会議を開くということで」
「では、これで今回の会議を終了とする」
こうしていつも通りの退屈な会議が終わった。
今回の議題についてもっと真剣に話していればこれから起こる世界の騒動を止められたかもしれないが、そんなのは後の祭りだ。
俺はその崩壊の時に悠然と笑みを浮かべて崩れゆく世界の行く末を愉しむだけだった。
後半部分を少し変更しました。




