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番外:復讐を誓う

 ここで番外を挟んでみました。

「――さて、おんしはどうしたい?」

 冷静に語りかける師の声に、私の心は決まりました。

「…復讐します」

「ほぅ、どいつに復讐するかえ?」

 愉しそうな声。実際に、この状況を心の底から楽しんでいると思われる人物の声を聞き、以前から感じていた怒りが恐怖を初めて上回りましたが、それを理性で抑え込みます。

 ここで逆らえば絶対的な死が与えられる――いえ、弟子である私にはそれ以上の苦痛と屈辱が与えられるでしょう。

 苦痛は構いません。

 冒険者に――それも裏ギルドに所属すると決めた瞬間から命を捨てる覚悟はとうにできています。

 ただ、それ以上に屈辱が問題です。




◇◆◇◆◇◆◇




 私の生家はモンヒャーという町で成功した商人の家でした。

 その身1つで商売を軌道に乗せ、町での実権を握るまでに商会を成長させた祖父。そして、そんな祖父に認められるために必死に努力をする父が私の中では印象に残っています。

 父は、良くも悪くも平凡な人でした。

 偉大すぎる祖父の陰に霞み、その存在が掻き消えそうなほどに…。

 ですが、そんな父を私は尊敬しておりました。

 例え圧倒的な存在である祖父を常日頃見ていたとしても一切ひるむことがなく、飽くなき探求心を持っている父。そして、パンプキー商会を自らの家族としてその栄光と発展のためにすべてを投げ打つ覚悟を持っている父。


 そんな父を支えるために私は冒険者になることを決意しました。

 冒険者になって私には嬉しい誤算がありました。それは私が意外と冒険者に向いていたということです。

 本当に意外なところに才能はあるものですが、私は冒険者として成長を遂げ……そして、彼女との出会いが運命を大きく変えました。


『――大丈夫?』

 私の前に現れた――白銀の鎧とそれに負けない輝きを放つ同じような白銀の髪を靡かせた――背中は、モンスターから私を庇うように前に立ちはだかりました。

 そして、当時の私がどう足掻いても勝てない敵に対し、取るに足らないものでも相手取るかのように…まるで無視を払うかのように剣を一閃させることで払いのけました。

 その後ろ姿は冒険者ならば誰でも知っている存在。当時から大陸を背負って立つ存在だと噂されていた、圧倒的な格上『白銀のシーラ』。

 冒険者が同業の冒険者に助けられるのは一種の恥だが、それでも実力差が明確過ぎるとそれは自慢になる。

 なぜならば、自分には助ける価値があるのでは?そう思わせるからだ。

 そんな思いは、時に強い憧憬を抱かせる。

 同じ女性冒険者で、年齢もそう変わらない。それでもこれほどの戦士として戦う先達。憧れるなという方が難しいだろう。だが、彼女の言葉で私は自身を見つけたと言っても過言ではない。


『あ、あのっ!』

 私は、助けられた直後に彼女にお礼を言おうとなけなしの勇気を振り絞って声をかけました。

『…んっ?どうかした?』

 彼女を呼ぶ仲間がいるところに、私のために足を止めてくれたそれが私の心をより一層揺さぶり、そして勇気となって背中を後押ししてくれました。

『助けていただき、ありがとうございます!あなたのお噂はかねがね伺っておりました。私も冒険者として――』

 だが、それ以上の言葉が放たれることはありませんでした。


『気にしなくていいよ。弱い人を助けるのは当たり前のことだからね!』


 そう。彼女のその一言によって。

『っ!?』

 その瞬間、私は驚愕によってすべての言葉を失った。

『……?あっ、呼ばれてるからもう行くね?じゃあね!』

 突然、無言になった私を不審に思いながらも彼女は颯爽と何事もなかったかのように立ち去っていく。

 遠ざかっていくその後ろ姿を見つめながら、私の胸裏には沸々と怒りが湧きあがっていた。

『…そう。助けるのは当たり前、なのですね』

 彼女にとっては本当に当たり前のことを言っただけなのだろう。

 事実、同年代で向かうところ敵なしの存在だ。ランクだってFランクの私と比べると雲泥の差がある。

 だが、納得はできない。

『こんな屈辱は生まれて初めてですわよ…。シーラぁ……』

 呪詛の念を送りながら後ろ姿の消えた場所を睨み付ける。

 いくら当たり前だからと言って、許せるわけがない。

 自分のすべての努力をまるで意味がない様に語る彼女の言葉を!許すものかっ!いずれ貴様を引きずり落とし、すべてを奪い去ってみせますわ。


 この日、私は真っ当な手段を捨てる決意を固めましたわ。



 そんな時に出会ったのが、師匠でした。

 

『ひぇっひぇ!なかなか、面白い小娘じゃ』

 真っ当な道を捨てると決めた瞬間から裏ギルドに入るまではそう難しくなかった。そもそも、裏ギルドとはギルドの表には出せない権力者や非合法な部分の仕事。

 元からの犯罪者が多い分、進んでそちらの道に行く者は限りなく少ない。しかし、その分ギルドとしてはそちらに人員を割きたいという思惑がある。

 裏ギルドでの掟は弱肉強食。

 表の冒険者稼業ではできない妨害や殺人の依頼もそれこそ日常的に受けることになる。

 そして、報酬は莫大な金と表では手に入りにくいレアアイテム。

 特に何が欲しかったわけでもないが、私は力を手に入れるためにレアアイテムを求め続けた。当然、時には手ごわい同業者とぶつかることもあったが、なんとか命を永らえさせてきた。

(やっぱり、私には才能があったんですわ!)

 そう喜んだ矢先、再び私の伸びそうになった鼻っ柱なへし折られることになった。

 いや、今度に至ってはシーラの時と違って、敵対するという考えすら思い浮かばなかった。つまりは何が言いたいかというと……鼻っ柱を粉々にされたのですわ。

 生気が宿らない集団に取り囲まれ、包囲網を突破して本人に一撃を加えようとしたら気付いた時には空を見上げていた。

 何が起こったのかさっぱりわからない中で、私の上に立ち愉快気に顔を歪ませる師匠の印象は強烈でした。

『そうじゃ。おんし、わっしゃの弟子になれ』

 続いて放たれたその言葉に初めこそ驚愕しましたが、よくよく考えれば願ってもないことだと気付きましたわ。自分よりも圧倒的な強者。

 あの女と比べるとどちらが上かは判別できないところにいるほどの高みの存在。その存在が無為に命を奪っても文句を言われない存在が気まぐれとは言え弟子にしてくれるという。もしもこの人の弟子として生き抜けば望む強さを手に入れられるのでは!…そう思い、弟子になることを承諾しました。



◇◆◇◆◇◆◇



 弟子となってからしばらくして私は師匠に殺されかけました。

 いえ、これは正しくありませんわね。正確言えば私以外だったら殺されていた…そう言う方が適切でしょう。

 理由は至極明快――師匠の名を聞いたからです。

 もちろん私だって情報が何よりも大事だということは裏にいた人間として知っています。だからこそ、師匠の名も知っています。それでも師匠本人の口からその名を聞きたかったのです。

 名を教えられていないのは信頼されていない証だと思っていたから。

 師匠は自らの名を呼ばれることをことさら嫌います。もしも誰かに名前を呼ばれたら、その者を殺さずにはおれず、誰かに名を尋ねられればその者を殺す。

 必要以上に名を騙ることを嫌う師匠ですが、1度だけ私に理由を語ってくれたことがございました。

『わっしゃの名はわっしゃの名ではない』

 ただそれだけでした。


 そんなある日、師匠は私に1振りの剣を授けられました。

『ジャマンダ、これをおんしにやろう』

 そう言って渡されたのは黒い剣でした。

『これは欲血の剣といっての、人に仮初の死を与える剣よ』

 かつて自分が作ったというその魔剣。師匠の正体を確信するには十分すぎるほどの代物。それを与えられたにも関わらず名前は教えていただけませんでしたが…。

『……わっしゃの恩人の技を真似てみたが、あまりの出来の悪さにそれを使うことはわっしゃにはできなんだ。便利な物じゃ。いずれはおんしの力になろう』

 師匠が初めて見せた弱々しいお姿でした。



◇◆◇◆◇◆◇



「……これは、仮初ではないのですね?」

 わかっていることなのに、尋ねずにはいられませんでした。

「ああ。わかっておるじゃろう?おんしの父は――死んだ」

 目の前に横たわる父べべロトの変わり果てた姿。その身体からは熱が失われ、閉じた瞳が開くことはもう2度とない。

「すまんのう…助けに行くのが遅れしもうた」

「……師匠」

「さて、これからどうする?おんしは父の要請で生まれ故郷へと戻った。その父が死んでは…」

「まずは父の弔いを」

「もちろんじゃ。わっしゃも死を司る者として最低限の礼儀は弁えておるよ」

 その言葉はあまりにも師匠には似つかわしくない。

 師匠は強い者の死を尊び、弱者の死は当然と考える。そんな人です。その人が父の死に尊厳を与える?ありえませんわ。

 ふいに父の死の真相が見えてきた気がしました。


 父はきっと見殺しに――いえ、師匠によって殺された。


 それに気付いたからと言って師匠に逆らえるわけがない。

 逆らっても目的は達成できない。

 そう、目的。私にはやりたいことがやらなければならないことができた。


「師匠。私はある男を殺したいです」

「……ある男?誰じゃ、それは?」

「冒険者――エボル」

 あいつさえいなければ、父が殺されることはありませんでした。

 それに、あの乳魔族の娘。あいつもいや、あいつこそがすべての元凶!

 この肉体がすべて朽ちようとも、あの2人だけは絶対に許しては置けない。


「よかろう。おんしが望む光景がどのような物か見届けてやろう」

 そう言って師匠はとても良い笑みを浮かべたのです。

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