魔剣士⑤魔剣シャルドゥネイル
シルヴァアス家に招き入れられたオレは、絢爛豪華とでもいうべき廊下を依頼の説明に来た執事とその雇い主であり、今回の依頼主でもあるシルヴァアス家当主ジャスティ・シルヴァアスの後に続いて歩いていく。
廊下には3人分の足音だけが響き渡り、誰1人として一言も発しない状況が続く中、時折廊下に置いてある壺などの装飾品に目を奪われるのだった。
「着きました」
先頭を歩いていた執事がある扉の前で足を止め、ゆっくりとその扉を開いていく。
そこには自然が広がっていた。
「さあ、エボル様どうぞ」
執事に言われハッとなると既に当主はその自然の中に足を踏み入れていた。
慌てて後を追い、オレが入ったのを確認すると背後で扉のしまる音がした。
「ここが、君が魔剣精製を行う作業場になる。本来だったら、中庭ではなく別に敷地を用意するものだが、それは当家の秘密に関わる場所なのでご遠慮願おう」
(これが中庭だと!?)
言われて周囲を見渡してもまるで大森林に立ち入ったかのような鬱蒼と生い茂る木々が現実味を全く感じさせなかった。
「さて、作業場はここだが、魔剣を置いてあるのは別の場所なので今しばらく散歩に付き合ってもらうよ」
再び歩み始めた当主を追うのに、今度は慌てることはなかった。
もはや何があろうとも驚かないというように驚きすぎてしまっただけだったが…。
そして、中庭への扉を潜ってからさらに数分歩いた先に小さな――本邸に対しては小さい――建物が見えてきた。
「お越しになられたようですな」
「ほんとうっ!じゃあ、はやくいこー」
「着きましたよ。ここが――」
当主が説明をしようとしたまさにその時、建物の扉が勢いよく開いた。
「おとうさまっ!」
中から飛び出した少年は勢いを殺すことなく、当主に抱き着き、当主はまるでそれを予期していたかのように慌てる素振りを見せることなく受け止めて見せた。
「待たせてしまったかな?」
「いいえっ、そんなことはありません!」
オレに対して見せていた貴族としての顔ではなく、優しげな父親としての顔を見せながら優しく微笑んだその姿にオレはジェノ父さんの面影を見た気がした。
「……ジャスティ様。そちらが、今回の依頼をお受けになった冒険者ですかな?」
親子の対面を邪魔しないように気遣うように姿を現したのは、腰が曲がったのか小柄な老人だった。
「ああ、エボル殿だ。エボル殿、こちらが魔剣を作っている鍛冶師のカーシだ」
「お若いの、よろしく頼みますよ」
「…こ、こちらこそっ!」
元から低い位置にあった頭がさらに下げられ、オレも慌てて頭を下げる。
それにしてもこうして見ると、本当に小さいな…。
「ふふっ、エボル殿はドワーフを見るのは初めてかな?」
「……ドワーフ?」
どこかで聞いたような…?
「ドワーフはあまり街中にはおりませんからの。町に居るのは、私のように変わり種ぐらいですし、知らなくても無理はないのではありませんかな?」
「そうか。私にとっては昔から馴染みのある存在だからそういうことはわかり難いな…」
「エボル殿、ドワーフとは異業種の1種ですよ」
異業種――人間とは異なる種族でさらに人間並みの知能を持っている種族をそう呼ぶと聞く。あるいは亜人とも呼ぶことがあるが、あまりこの呼び方を好む存在はいないらしい。そのため、彼らを呼ぶときは異業種あるいは本来の種族で呼ぶのが暗黙の了解とされている。
ただし、たまに自分達の立場を勘違いした人間が亜人と呼んで諍いに発展した歴史もあったとか…。そんな風な話をジェノ父さんから聞いた覚えがあるような…。
ちなみに、その時マリア母さんは家事をするフリをして出て行ったのだが。どうやら勉強は苦手らしいと苦笑した記多くが未だに新しいな。
「私らの種族は鍛冶を得意とする種族でしてな。先祖代々シルヴァアス家とは懇意にさせていただいておりますよ」
「はははっ、先祖代々とは言うが、寿命が違い過ぎるだろう?」
何でもシルヴァアス家は当主を入れて今現在40代を越えているのに対して、カーシさんはまだ5代目だという。これはシルヴァアス家の代替わりが早いわけではなくドワーフの寿命が人間の倍はあるからだという。
だが、この話を聞いていてオレはある疑問を抱いた。
「…あの、シルヴァアス家が魔剣を精製しているわけではないのですか?」
王家などにも収めた功績で貴族位を授かったはずなのに、今の話を聞くと魔剣を作っているのはカーシさん達ドワーフであると聞こえてしまう。
「それは実物を見てもらった方がわかりよいでしょうから」
そう言ってオレは2人が出てきた建物へと案内される。
「こ、これは…!」
そこには山のように剣が置いてあった。
「これはすべて魔剣でもあり、魔剣ではないと呼べる代物です」
「……?」
どういうことだろう。
「これはすべて魔剣になり得る可能性を秘めているということですよ」
カーシさんも説明してくれるが、ますますわからん。
「実際に見てもらう方が早いでしょう」
そう言って当主は山の中から1本無造作に抜き取る。
「例えば、これを水属性の魔剣にしたい場合ですが……」
そう言って剣に水魔法を発動させていく。
ただ、その光景は本当に剣に水魔法を纏わせているだけに思える。
そして、じっと見ていると魔剣に変化が生じてきた。
「なっ!?」
僅かにヒビが入ったかと思うと、そのまま音を立てて砕け散ってしまったのだ。
「…とまあ、単純に魔法を纏わせたところで魔剣にはなりません。つまり、魔剣としての機能を持っていないのです」
「……すいません。仰っている意味がよく…」
正確にはさっぱりわからない。
「ジャスティ様は説明が下手すぎますな…」
やれやれといった調子で、カーシさんが説明を引き継いでくれた。
「つまり、ここにあるのは魔剣というマジックアイテムになる前段階の、ただ魔法を通しやすい剣なのです。…エボル殿のジョブは魔剣士ということでしたが、よろしければ剣に魔法を纏わせていただけますかな?」
腰に差している剣に視線を送りながらの言葉に戸惑いつつもオレはこれまで通りに魔法を纏わせていく。
「……ふむ。素晴らしいですな。ジャスティ様も魔剣士として優秀ですが、エボル殿も鍛え方次第ではジャスティ様に追い付ける可能性を秘めておると言っても過言ではありません」
納得するように頷いたカーシさんはそのまま剣の山に近付き、当主と同じく無造作に1本抜き取るとそれを差し出してくる。
「では、今度はこちらに先程と同じようにしていただけますかな?」
「…わかりました」
この作業の意味がわからなかったが、言われるがままに剣に魔法を込めていく。
「!!」
「お気付きですかな?」
「何だこれはっ!?」
同じようにやったはずなのに、まるで魔法が吸い込まれるようにスッと纏わされていった。
「どうです?発動までに必要な魔力、それに時間…ともにそちらの方がやりやすく感じたのではありませんか?」
「……ええ、仰る通りです」
凄いですね。そう言おうとした時、剣から何やら違和感を感じた。
ぶわっと剣に込められていた魔力が急激に膨れ上がり、そして当主の時と同じように剣が粉々に砕け散ってしまった。
「こ、これは…!?」
「魔剣として作られた剣と普通の剣では大きく異なる点があります」
「それは、魔力を内包するか否かということ」
「…魔力を内包?」
「そうです。魔剣とは魔力を内包することで通常からは考えられないような特殊な力を持つ剣のマジックアイテムの総称です」
「そして、ここにあるのは魔力を内包する前の魔剣もどきといったところですかな。製法はジャスティ様しか知らず、私達の一族は造形などの仕上げを担当しているに過ぎません」
「当家、シルヴァアス家は当主を継ぐまでの間は鍛冶師として、当主を継いでからは魔剣士として魔剣精製に携わる。それが伝統となっているのです。では、次に本物の魔剣という物をお見せしましょう」
◇◆◇◆◇◆◇
中庭に出ると、当主が腰に差していた剣を抜き放った。
「……なんと」
その剣は一言で言うならば美しかった。汚れが付くことを一切許さない――そういう風に作られたかのように純白の輝きを放ち、無駄な装飾がないにも関わらず作りは超一流の芸術品をも思わせる雰囲気を放っている。
いや、オレなんかは芸術品に詳しくないのでこの程度のことしか言えないが、見る人が見ればそれこそ全財産を投げ打ってでも……そう考えてもおかしくないほどの美しさ。
いや、あそこまでいくともはやあれは『美』そのものだ。
「どうです?美しいでしょう?あれこそが、ジャスティ様がお作りになられた魔剣の中でも最高峰。シルヴァアス家歴代最高傑作とも謳われる魔剣『シャルドゥネイル』です」
「…シャルドゥネイル」
「はい。なんでも黒き闇の如き世界をイメージしてお付けになられたとか」
「ははっ」
それはなんて皮肉だ。
あの純白の剣から見れば、確かに世界のすべてが黒く塗り潰されたように見えるだろう。
「さて、いよいよ魔剣の力が発現しますよ。これから起こることは一切偽りがありません。その眼でしっかりと見極めてくださいね」
ごくりと唾を呑み込み、その時を待つ。
当主はオレの緊張など感じることもなく、まるで恋人に語りかけるように囁きかけた。
「――発動」
その瞬間、世界から色が、光が消えた。
「!!?」
比喩でもなく、一寸先すらも見えないほどいや、自分の身体すらも見えないほどの闇が広がった。
(そこに身体があるのを疑うほどの黒さ!)
何が起きたのか、それを考え尽くには時間が足りなかった。
動転していた時間は僅か5秒。
そして、5秒後には白い光が世界を埋め尽くしてた。
「うわああああああああっ!!」
まるで光の奔流に飲み込まれたかのような錯覚を覚え、悲鳴を上げて尻餅をついていた。
だが、世界に変化は見られない。
オレ以外の人間はまるで何事もなかったかのように不動の姿勢を貫いていた。
(一体何が!?)
困惑と理解できないことによる恐怖で足が竦む中、目の前に手が差し伸べられた。
「……?」
それは離れた場所にいたはずの当主の手だった。
「大丈夫ですか?」
心から気遣ったその声音が今は恐ろしい。
無言で差し出された手を掴むが、手汗と震えが止まらなかった。
「今のがシャルドゥネイルの力です。…さて、エボル殿は何が起きたか理解できましたかな?」
尋ねられてもオレは呼吸を整えるのがやっとで答えることが出来ず、失礼ではあろうが首を横に振るだけだった。いや、失礼にあたるということを考える余裕すらなかった。
「まあ仕方ありません。というよりも初見で看破されては私も自信を失くしてしまいますよ」
穏やかに告げる当主だが、その言葉が今は恐ろしい。
この人が生み出した物に対する圧倒的な自信。それがこの発言と態度に繋がっているのだとしたら…。
(……恐ろしい人だ)
「さて、では謎解きといきますか」
まるで何事もなかったように話が進んでいく。それは仕方がない。ここまで来て何もせずに帰るわけにもいかない。依頼の不達成に終わるかもしれないがやれるだけはやってみよう。
「このシャルドゥネイルの能力。それは――」
「――光の吸収だよ」
「…光の吸収?」
言葉だけではいまいちピンとこないな。
「そう。我々は物を見る時に光を目で集めてそれが映像となって見えている。つまりは、この魔剣の力を発動させることで一定範囲の光をすべてこの剣が吸い取ってしまう」
「……ああ、だから」
それでさっきは自分の身体すらも見えなかったのか。
「この魔剣の利点は暗闇を作れるということだけではない。そもそも、普通の暗闇では時間はかかっても目が慣れさえすればある程度は見える。だが、シャルドゥネイルは眼に届く僅かな光さえも吸収してしまう」
つまりは力を発動させている間は視覚を失ってしまうということか。
「さらに、もう1つ」
ビシッと人差し指を立て、得意げな顔を浮かべている。
この人、こんな顔もするんだな。
「君はもしかしたら発動する前と後で変化が起きていないように感じているかもしれないが、そんなことはない」
よく周りを見渡してご覧?と言われて見渡してみるが、特にこれと言って変化は見受けられなかった。
「違う違う。上だよ上」
「……上?」
言われて見上げてみるが、特にこれと言っておかしなところは…。
強いて言うならば一か所だけ雲に大きな穴が開いていることぐらいだろうか。雲のど真ん中に開いた穴が正解の丸を表しているように見えないこともない…のか?
「ほら、あそこの雲。大きく穴が開いているだろう?」
ああ、やっぱりあの雲が正解だったか。
「先程、闇から光が満たされた時に私が攻撃して開けたんだよ」
「ハアッ!?」
あっけらかんと何を言ってるんだこの人!
「これこそがシャルドゥネイルの真の力。吸収した光をすべて攻撃魔法へと転換することができるんだよ」
それはなんとも厄介な力だ。
視覚を奪われた状態でそんな攻撃を受けたら…。そう考えるとゾッとする。
「放たれる攻撃はまさに光速。闇の世界とそれを切り裂く爪こそがシャルドゥネイルの真骨頂というわけですか」
「そうだ」
「…魔剣はすべてそれほどの力を秘めているのですか?」
「まさか。これは私の最高傑作だからこそこれほどの力を引き出せるんだ。そうでなければここまでの力は出ないよ」
それを聞いて少し安心した。
そんなものがごろごろといかないまでも存在していたらこれから先どうすればいいかわからなくなるところところだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「さて、では依頼内容の説明に入る。まず君には君なりのやり方で魔剣を作ってもらう。これは依頼に魔剣精製と書いてあったことからわかるだろう」
魔剣精製……先程の威力を見ると自信はない。
「魔剣を作ってもらうことに関しての注意事項は後から説明するが、ただ1点。魔剣は息子の前で作ってもらう」
「はぃ?」
「この子は私の跡取り息子で名をペンデュラという。今回の依頼は私だけの製法を見ているといつか自分で作る時に似通った物、悪く言えば劣化版しか作れない可能性をなくすための作業だ。ペンデュラ、しっかりと彼の魔剣を見極めなさい」
「はいっ!おとうさま!」
微笑ましい親子の会話だが、オレはますますもってどうしたらいいのかわからなくなってきた。
先程の光景を見て、それと同等の物を作れるとは考えてはいないが、もしも暴発などしたら目も当てられないような被害が出るのでは?そう考え、尻込みするのは仕方がないんだ。




