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魔剣士④魔剣貴族シルヴァアス

『ぐぎょおええぇえええっ!!』

 じゅぽん!そんな音を立てて、放り出されたモノを見て、私はすぐさま駆け出しました。

「付与魔法――脚力強化、瞬足」

 視界が乱れるほどのスピードを感じながらも、目標だけは決して見失わない。

「――エボル様っ!!」

 弧を描くようにして放り出されたエボル様に両腕を伸ばし、がっしりとキャッチする。もう二度と離さない――そんな思いを表現するようにしっかりと。


 粘液のせいで若干のすべりこそあるものの、エボル様は無事でした。


「……ぐっ!?」

「エボル様!?」

 苦しそうな声を上げるエボル様に慌てて治癒魔法を展開しようとしますが、それを遮るように命令が。

「…ミル、フィー。や……れ」

 何を、そんなことは聞く必要もありません。

 この状況でエボル様がご自身を無視してでもやらせようとすることなど、1つしかありません!

「…くっ!わかりました!!」

 エボル様の治療をすぐに開始できないことに歯痒さを覚えますが、エボル様の言葉には従わねば。ただし、終わればすぐに治療を開始いたしますからね!


「そうと決まれば…」

 エボル様をしっかりと抱きしめた状態で未だに苦しんでいる邪魔者――もといモンスターへと振り向く。

「そんなに苦しいのならば、今楽にして上げます」

 これは慈悲ではない。

 慈悲なんて言葉で私の怒りが呑み込まれることはない。

 ただ、視界に入ったゴミが鬱陶しいから払うだけです。

「――ホワイトスピア」

 一刻も早い解決を。ただそれだけの想いを宿し、私の放てる最速の魔法がネムルワーの口へ入り、頭部を爆発四散させたのでした。



◇◆◇◆◇◆◇



「ここか…」

 ネムルワーとの戦闘を経て、なんとか期限ギリギリに依頼を達成したオレは本命の依頼『魔剣精製』を受けるためにこの町、ギンノーンを取り仕切る大貴族シルヴァアス家の邸宅を訪れていた。

「…では、エボル様。私はここで」

「あぁ、終わったら念話を飛ばすからお前も気を付けて行け」

「ありがたきお言葉です」

 ……ふぅ。

 内心安堵しつつ、ミルフィーを見送る。

 ネムルワーに喰われかけてからしばらくの間というものミルフィーのオレへの対応は明らかに過干渉だった。

 それは仕方ないとも思ったのだが、さすがにあまりに干渉してくるので面倒でならなかった。

 そんなミルフィーがオレの傍を離れる理由、それは…。


「あなたが、冒険者エボル様ですね?」

 依頼を受理すると、シルヴァアス家の使いという人がやって来て説明を受けたことが原因だった。

「私、シルヴァアス家で執事をさせていただいております。この度は当家の依頼を受理していただき、ありがとうございました。つきましては、当主様より依頼に関する注意点をお伝えしに参りました」

「これは、ご丁寧に…」

「まず、シルヴァアス家についてはご存じだと思いますが…、シルヴァアス家は魔剣貴族と呼ばれる貴族であり、魔剣精製の代表的な家でございます。当然、その家には部外秘の情報もございますことをご了承ください」

 有名な貴族だからな。

 納得できることではある。

「その前に1つだけ、ご質問をさせていただきたいのですがよろしいですか?」

「……?構いませんが…」

 何だろうと首を傾げるが、まだ受理しただけの依頼でそんな大したことは聞かれないだろう。

「今回の依頼にあたりエボル様のことを調べさせていただきました。…その際、2人組で行動しているとのことでしたが?」

「はい。それは間違いありません」

 何が言いたいのかわからなかったが、流れでミルフィーの紹介をする。

「こちらが、一緒に行動している女性。ミルフレンニです」

「ご紹介にあずかりましたミルフレンニです」

 オレが紹介すると、ミルフィーが恭しく礼を取る。

「……ふむ、窺っていた通りの方のようですな」

 執事さんもミルフィーの態度に満足したように頷き、そして…。

「ですが、今回の依頼ではミルフレンニ様の同行を認めるわけにはいきません」

 そうきっぱりと言い切ったのだった。


「……へっ?」

「な、何故ですかっ!?」

 いきなり何を言われたのかわからず呆けてしまうオレと、驚愕と動揺を隠すことのないミルフィーが執事さんに詰め寄る。

「わ、私が乳魔族だからですか!?そんな理由で同行を断ってもいいと…!」

「もちろんそんな理由ではありませんとも」

 即座の否定にオレは安堵する。

 種族を理由に依頼を拒否することはギルドとの決まりで禁止されている。しかし、中にはそれを知っていても種族を理由に依頼を受けることを拒否することはあるのだ。

 そんな理由で拒否されることは納得できないが、大貴族ともなると外聞もあるだろうからそんな最悪のこともあるかもしれないと考えてしまった。

 だが、でなければどういう理由なんだ?

 普通はパーティーの人間の同行を拒否することはないんだが…。

「ミルフレンニ様のジョブは付与師とのこと、つまりは今回の依頼に関して言えばミルフレンニ様自身は参加なされない……それは間違いありませんね?」

「え、ええ。そうです」

 確かにミルフィーは今回の依頼には参加しない。

 まあ、オレの世話や正体がバレないようにするために同行するのが主な目的となるだろう。

「その場合、ミルフレンニ様を敷地内に入れるわけにはいかないのです」

「「??」」

 …どういうことだ?

「その理由をお伺いしても…?」

 瞳に剣呑な光を宿しつつミルフィーが尋ねる。その声は普段よりも低く、隠し切れない怒りを漂わせていた。

 しかし、執事さんはそんな雰囲気に気圧されることなく淡々と事情を告げていく。

 ミルフィーも実力はともかくとして一応はCランク相当の冒険者。そのミルフィーの明らかに敵意の篭もった視線を受けて平然と対応する姿にオレは執事さんの底力を垣間見た気がした。

「まず、依頼の間は当家の方でお過ごしいただくとになることを念頭に置いていただきます」

 依頼中はシルヴァアス家に滞在し、その間の衣食住はすべてシルヴァアス家が負担するという。

「当然、当方は貴族の中でも指折りの大貴族。仮にお供が10人以上でも満足の行く生活を送っていただけることは確実です」

 だったら――そう言おうと口を開きかけたが、声にはならなかった。

「ですが、魔剣に関わることはシルヴァアス家の秘中の秘であります。できうる限り情報漏洩の可能性を減らすこと。それは義務ともいえる事柄です。ですので、依頼に関与しないお方を魔剣精製に携わらせることはできないのです」

 ご理解くださいと頭を下げられては、これに関しては何も言えないな。

 依頼に関して依頼主が要望を出すことは珍しくない。

「……ミルフィー」

「…はぃ」

 こればっかりはミルフィーには申し訳ないが、この依頼は受けておきたい。

 オレの意志を察したようにミルフィーが項垂れる。それを確認し、執事さんに了承を告げたのだった。



◇◆◇◆◇◆◇



「失礼します」

 豪勢な装飾が施されている扉の前に立ちながら、オレは服の下に忍ばせているペンダントを服の上から触ってあることを確認する。

 これはナリナリの依頼で手に入れた幻術系のアイテムだった。


『おおっ!待っていたナリよ!』

 依頼を達成して来たオレ達をナリナリは満面の笑みを浮かべていた。

『ふむふむ。大きさ、質、内包されている花粉の量どれも問題はないナリ』

 花粉袋を1つ1つ手に取って確認していくナリナリを見ながら、オレとしてはどこに違いあるのかわからないと思いつつ、ジッと待つ。

『では、こちらが報酬の幻術系マジックアイテムナリよ』

 鑑定を終えたナリナリから差し出されたのが今も身に付けているペンダントだった。

『これは身に付け、発動させることで幻術を発動するペンダントナリ。見せる幻術は使用者のイメージしだいナリのでその力は自分で体験するのがいいナリよ。

 ただし、これに内包される魔力では連続使用できるのはは10日と言ったところナリ』

 それだけは注意するナリよ。

 そんな注意を受け、魔剣精製の依頼を受けることになった日の朝から幻術を発動させている。一応、ミルフィーに確認したが、今は顔や皮膚の部分だけに幻術を掛けている。

 掛けていると言っても、レベルアップによって変化が見られそうなところを隠しているだけだが…。このアイテムを入手する依頼の間にレベルが18まで上がっていたおかげで身長まで誤魔化す必要がなくなったのは儲け物だった。


 その時、扉が重厚な音を立てながらゆっくりと開いた。

「よく来てくれたね。私が、この屋敷の主ジャスティ・シルヴァアスだ」

 扉から姿を現したのは、銀髪の壮年の男性だった。

 いよいよ次回から①に時系列が追い付き始めます。

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