魔剣士③夢うつつ
お待たせしました。
(……ここ、は?)
真っ暗で、生暖かいような。それでいてどこか懐かしいような…そんな感じ。
オレは誰だ?
オレは何だ?
ひたすらに暗い道を歩き続ける。
目的もなく、当てもない。それでも歩かなければいけない。そんな気がする。
「あれは…」
見えてきたのは一筋の光。
当てのない世界から抜け出すための脱出への光明か、それとも絶望へと至る地獄の入り口か。
どちらかはわからない。どちらともという可能性もある。
矛盾した考えこそが正解だと言わんばかりに光は強くなり、知らず知らずのうちに進む足も早まっていく。
◇◆◇◆◇◆◇
「おかえりなさいませ!――様」
出迎えたのは、美しい者達。一様に輝かしい笑みを見せ、傅く者達。
「出迎えご苦労……と言いたいところだが、その仰々しい態度はやめろと言ってるだろ?」
オレは彼らを知らないはずなのに、口から出たのはまさに慣れ親しんだ者達に告げるような柔らかい声だった。
(……知らない?いや、オレは……『オレ』?そんな風に自分のことを言っていたか?)
「何をおっしゃいます。あなた様は――。そのあなた様に礼儀や忠義を尽くすのは我らにとっては当たり前のこと。この世界が生まれるよりも前からそうやって過ごしてきたのですから、そろそろ慣れてくださいませ」
先頭で傅いていた男が眉を吊り上げ、ほんの少しの怒りを滲ませる。誰が見てもわかるほどの、それでいて不快にさせない程度の怒りに肩を竦め、了承の意を示してみせる。
(……男なのに、見蕩れるような美貌だ。おかしいな?同性愛の類ではなかったと思うんだが…?)
いくら美しくても同性にここまで心惹かれることがあるのだろうか?
首を傾げたのをどのように取ったのか、男が尋ねてくる。
「…いかがなさいましたか?酷くお疲れのご様子ですが……」
「んっ?そうか?……大したことはない。ただ最近の世界の流れを見ていることに少々、飽きているだけだろう」
ほんの少し視線をずらして気まずさを誤魔化す。
(……それにしても)
そしてずらしたことで視界に映る光景に再び思考を囚われる。
(こいつらの背中に生えている羽……本物、だよな?)
美男美女たちが背中から生やす羽は枚数こそ異なるものの、まるでガラス細工のように光を集め、彼らの美しさを増大させている。念のため何気なく視線を自分の背後に向けるが、羽のような物は一切見当たらない。
もしかしたら、自分と目の前の者達は別の生き物なのかもしれない。
だが、だとしたら他種族にここまで傅くこいつらは本当に何なんだろう?
◇◆◇◆◇◆◇
「おかえりなさいませ。――様」
再び外出先から帰還していつものように出迎えを受ける。だが、この日はいつもと違った。
「――ああ、ただいま。今すぐに全員を集めろ。大事な話がある」
「かしこまりました」
何故?彼らがそんな疑問を抱かないことはもはや百も承知している。
だが、それにしてもここまで厳命するのは見てきた中では初めてのことだった。
「良く集まった」
跪く羽の生えた美男美女――優に千を超える数を見渡し、労いの言葉をかける。それだけで一斉に集まっている者達の頭が深く下がる光景はそうあるようにあらかじめ設定された機械のようでもあった。
「今日、下界を見てきて決めたことをここで発表する」
その言葉に対する反応はない。
皆がただ沈黙を持って聞く姿勢を見せるのみ。
「この世界に『勇者』と『魔王』を誕生させる」
当然この言葉にも反応はない…はずだった。だが、結果としては僅かなざわめきがあった。
「……失礼ですが、勇者と魔王を誕生させるとはどういう意味でしょうか?」
皆の疑問を代表するように問い掛ける人物がいた。
それは――を出迎える際、常に先頭に立っている男だった。
それに対して不快さなど一切なく、むしろ嬉しそうに答える。
「今日見ていたんだが、まさに種族の枠を超越したような存在が世界に誕生し始めていたんだ!これは数百年ぶりの進歩だ!!」
身振り手振りを交え、興奮したように語る主を不思議そうに見つめる視線が大半な中、質問を投げかけた者と数人が何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべていた。
「そ、それは…つまりかつて世界にいた進化種に当たる者達が誕生したということでしょうか?」
「そうだ」
断言してから、いやと頭を振る。
「……『存在していた』は間違いだな。今もまだ存在している」
たった1人だけだが。
続く言葉を呑み込む。それは彼らにとっては悪しき記憶でもあるがゆえに呼び起こさないようにという配慮だった。彼らもそれを察したからこそこの場では何も言わない。それを知らない者達には知っている者が後から告げればいいのだから。
「それに、進化種に比べると性能は低い。だからこそ生み出す必要があると判断した」
「この世界を管理してからどれほどの時が経ったか。……始まりの時を過ごした者達は両手の指で足りるほどにまで数を減らしてしまった。そんなことをしてまで世界を見守り続けてきたが、生物の進化の歩みは遅すぎる」
それほどまでにかつていた進化種という種族は異常性を持っていたということだ。
だが、滅ぼしたのも自分達だ。彼らはその高みに至る性質故に創造主――神すらも併呑しようとしたのだから。そして、世界のバランスを保つためには神は複数いてはならない。だからこそ壮絶――そんな言葉では言い表せないほどの争いが起きた。
「――果てに、進化種はその姿を消した」
進化の果てまで行き着き、それ以上の可能性を世界から消失させてしまったのだ。
「進化種がいなくなったことで世界には平穏を望む声が上がった。そこで与えることになったのがジョブとスキルの力」
「…はい。その力のおかげで生物は自分達の可能性で以て成長することを可能としました」
「そうだ。だが、その力を高め明らかに種としての限界を超えるような者達が現れた」
そこまで言えば彼らも何を言いたのかは伝わって来るだろう。
「……つまり、進化種の二の舞にならぬように絶対的な支配者的な存在を用意するということでしょうか?」
「その通りだ」
神よりも下に支配者をおけば、欲に駆られた連中はまずはそこを目指すだろう。
「さらに、そこにはもう1つの利点もある。進化種が神に挑んだのは、自分達よりも上がいなかったからだ。だが、もしも神と自分達の間にさらに上がいれば…」
「神よりも先に目の上のたんこぶを排除しようとするのは自明の理。そういうことでございますね?」
今度は黙って頷くことで肯定の意を示す。
それを受け、所々で感嘆の声が上がる。
「そして、勇者と魔王という存在を生み出すことには別のメリットもある」
「……別の。それは一体…?」
「まあ、話は最後まで聞け。まず勇者と魔王だが、それぞれが1種族に1組以上は誕生できないように設定する」
そうすることで彼らが徒党を組んで神に挑もうという考えを潰す。
「さらに、これは無意識下においてだが……。その2つには対立するような性質を設ける」
「おおっ!そうすれば、種の頂点同士が争いを続け、他所に構っている余裕はなくなりますな!」
「それだけではない。勇者と魔王が対立する…そうは言っても2人では、と思うだろう?そこが狙い目だ。実際は2人ではなく、その地位に就いた者が常に対立するのだ。
つまり、竜族の組の対立にエルフや人間といった種族の勇者、魔王も介入してくるというわけだ」
「なんと…!?つまりは、種族の垣根を越え絶対的強者同士の潰し合いが起こるということですか!」
「そうなる」
もちろんメリットはそれだけではない。
「ですが…」
そこで初めて2人以外の声が上がった。
声を上げたのは比較的若い存在だった。
一斉に視線が集まったことで言葉の続きを発することはなく、俯いて視線から逃れようと小さな体をさらに縮こまらせている。
「――どうした?その先を言ってもよいぞ?」
そんなところに声をかけるのは逆効果だと思ったが、できるだけ優しげな口調で問い掛ける。
案の定、ビクッとまるで宙に浮いたのではないかというぐらいに身体を浮き上がらせおそるおそる顔を上げるのが見えた。
そして、眼をキョロキョロと泳がせ、周囲からの視線を一通り見渡すと意を決したように言葉を発する。
「――ですが、それだとかの世界に甚大な被害が及ぶのではない…かなぁって……」
尻すぼみで、自信なさげな声だった。
言い終わるやいなや、申し訳ございませんと顔を隠すほどに。
その勇気には内心で喝采しつつ、元々決まっていた答えを返す。
「当然だ。それが狙いなのだから」
「…………?」
先程疑問を発した者も、ただ聞いているだけだった者も一様に首を傾げる。
その顔に浮かぶのは疑問。何を言っているのだろう?と言った表情だ。
「聞くが、お前達が家の中で誰かが暴れ出したらどうする?ちなみに相手はお前個人よりは上だが、家の中にいるのは強者達だという仮定で、だ」
問い掛ければやっと気付いた者も出てくる。彼らは優秀なのだが、考えることをあまりしようとしないのが難点かもしれない。
次代の教育課題が浮き彫りになった瞬間だった。
「何人かは気付いただろうが、当然止めるだろう。しかも、個人では敵わずとも複数いれば抑えられる可能性の方が高いのだからな。
狙いというのはそこだよ。超越者の中から1組の勇者と魔王が誕生する。だが、種族の中で超越者になっている者が他にもいた場合――あるいは超越者に相当するレベルの者がいた場合は同族同士で睨み合いが起こり、事態は拮抗する。つまりは、互いで互いを監視し合うように仕向ける」
それこそが計画の最大の狙いだと告げる。
「「「おおぉ……!!」」」
どよめきが広がる中、言いたいことを言って満足したので早速行動に移すとしよう。
「では、これより勇者と魔王を誕生させる!各員は不測の事態に備えよ!」
◇◆◇◆◇◆◇
(……んっ?)
いつものように過ごしていたが、今日はやけに騒がしい。なんというか全体的にドタバタそわそわしているような…。
「どうした?」
とりあえず適当なのを捕まえて聞いてみるか。
「うわっ!?――様!!大変です。非常事態が起きています!」
「…非常事態?」
「はい!今すぐに――」
「――ここから先はまだ見るには早い」
「はぇっ!?」
こ、ここ…は?
気が付けばオレは暗い空間に戻されていた。
それまで何をしていたのかも思い出せない。ただ、何やら胸騒ぎが…。
「…ってか、くっせえええ!!」
何だこのニオイ!鼻が曲がるわ!!
暗く、身動きもとれない状況なので手当たり次第に手足を動かしてみる。
「――ぶわっ!?」
そんな中、偶然ぶつかった場所から粉のような物が…。
というか、ニオイの原因これだ!
オレは手を伸ばし、ニオイの原因を鷲掴みにする。
「出て来いっ!」
力任せに引っ張ると思ったよりも簡単にブチィッという音を立て、すっぽ抜ける。
「これは…!?」
手に握られていたのは……ネムルワーの花粉袋だった。
何故手を伸ばしてこれが引っ張れるんだ?
そう思うよりも早く、事態は動く。
「うぉおおおっ?!」
オレがいる場所がぐらぐらと揺れ始めた。
一体どうなってんだ!?
『――ミルフィー!ミルフィー、聞こえるか!!』
『エボル様っ!?』
状況を確認するために【念話】を使えば、反応はすぐさま返ってきた。
よかった。【念話】が通じないほど離されているわけではなかったようだ。
『ミルフィー、無事だな?今どこにいる?』
『突然暴れ出したネムルワーの前です。エボル様、ご無事なんですかっ?』
(……無事?)
何だろう?凄く嫌な予感がする。
『…まあ、無事と言えば無事だ。ただ、周りがすんげー臭え。…一応聞くが、オレは今どういう状況かわかるか?』
『エボル様は、ネムルワーに食べられてしまいました!』
(ああ…。やっぱりか)
ミルフィーから告げられた言葉に頭を抱えたくなる。抱えたくても、手を頭に持ってくることができないのだが…。
『……わかった。わかりたくはなかったが、わかった。…で?お前は今何やってんだ?』
ネムルワーの前にいるってことは逃げてはいないようだが…。
『何って…エボル様を助けるためにネムルワーに攻撃してますが?』
それが何か?そんな風に聞いてくるのはある意味新鮮だな。というか、暴れ出したのはそれが原因か?
『…ちなみに、いつからだ?』
『エボル様が食べられた10分前からずっとです』
…あれっ?じゃあ、ミルフィーの攻撃が暴れ出した原因じゃないのか?
「……もしかして」
先程引き抜いた花粉袋は未だに手に持っている。
ネムルワーの暴れ方からすると、花粉袋が弱点なんじゃねえのか?
『ミルフィー、こいつの弱点は花粉袋だ』
『えっ!?そうなんですか』
『おそらくとしか、言えんがな。…さっき、引っこ抜いたら突然暴れ出したんだ』
『ですが、それでも倒せていないということは…』
『ああ、その先に本当の弱点がある』
ただ、問題はそこに攻撃を当てることができるかということだ。
先程は偶然当たったから引っこ抜いたが、その先となると…。
『…そう言えば、ミルフィーお前どうやって攻撃してるんだ?』
ミルフィーの攻撃力じゃこいつに対してダメージを与えられるとは思えないんだが…。かと言って、弱点の口の中を攻撃しようにもオレがいるしな。
消化する前に口開けるかな…?
『魔法も効果が薄いですし、私の攻撃力ではダメージは与えられません。かと言ってエボル様のように魔法剣を使えるわけでもありませんので、適当に【闘技】で杖先に魔法を発動して槍代わりに使ってます』
「ふ~ん。そういう使い方ならダメージがあるのかね?……!!」
そうだ!
オレも杖を持ってるわ。
MPはほとんど空だが、杖には元々魔法の発動を補助する効果がある。それを使えば小さ目の魔法ぐらいなら使えるかも…。
花粉袋を掴んでいる手とは逆の手をカバンに突っ込み、ソレを握る。
「ここなら、あれを使っても問題ないよな」
ほとんど空のMPを振り絞り、杖先に魔法を集中させる。
「灯れ!――ランプ!!」
杖先にポッと火が付き――耳をつんざくような音と、吹き出す風に押し出された。
思いがけず世界事情が語られる回になりましたが、これが本当なのかどうかはこれからの展開で明らかになります。
次回以降はいよいよ魔剣の方へ話を持って行きます。




