見習い③レベル=年齢
本日3話目。
≪おめでとうございます。本日、Lv.2にアップしました≫
朝一番に聞こえてきたそんな声でオレは眠りから目覚めることになる。
「ふあ~、ずいぶん久しぶりだなぁ…」
初めて聞いた時以降、ほとんど声を聞かなかったのに。一体どういう風の吹き回しだ?というか、レベルアップ?なんで、いきなり…。
そういえば、そろそろオレが拾われてから1年経つな。ってことは何か、レベルって年齢のことだったのか!?
まあいいや。久しぶりにステータスの確認をしておくか。
オレは約1年ぶりとなるステータスの確認を行った。
・名前:エボル Lv.2up
種族:人間(???)・男 ジョブ:見習い ランク:なし
HP24/24up MP0/0 体力10/10up
攻撃力7up 魔法攻撃力0 防御力8up 魔法防御力0 知力15up 速度5up 人格50
種族特性:なし ジョブ適正:なし ジョブ補正:なし
スキル:【大泣き】
「レベルが上がったからか、基本的なステータスは軒並み上昇してるな」
まあ、MPとかの上がりようのないステータスはそのまんまだけど…。
「まあ、こんな情報しか得られないんじゃ期待するだけ無駄だな。さてと、もう一眠りするかな~」
期待していたような大幅な上昇があるわけでもなく、本当にただ単にレベルが上がっただけの情報に興味がなくなり、オレはそのまま眠りについた。
◇◆◇◆◇◆◇
「やあ、おはよう」
「おはようエボル。ご飯出来てるわよ~」
「おはよう、ジェノ父さんにマリア母さん」
最後にステータスを確認してから10数年の時が経った。
今では違和感なく、この二人の息子として生活をしている。赤ん坊の頃に感じていた脅迫概念とも取れる危機感はもはや一切感じていなかった。
ジェノ父さん――本名はジェノ・ブラッドリーパー。
マリア母さん――マリアベルを略してマリア。
二人は学者だった。魔物でさえ、まるで聖域であるかのように立ち入ることが滅多にない平原、エボルド平原を調査するのが二人の仕事。正確にはジェノ父さんの仕事であり、マリア母さんはそれについてきただけ。
2人ははここに来る前に子供を身籠っていたのだが、不幸なことにその子供は流れてしまった。
そんな時に拾われたのがオレだ。
2人はオレが物心つく頃にはそのことを話して聞かせてくれた。オレが拾い子であることも含め、知っていることも多かったが子供だからと包み隠すことなく正直に。
だから、オレは胸を張って2人の息子だと名乗ることが出来ている。
そうそう、もうすぐ15になるわけだが、実はLv.2になって以降ステータスは2度しか確認していない。
1度目はLv.3になった時。これは本当にレベルと年齢の関係があるのかを確かめるためだったわけだが…。まあ、結果は予想していた通り身体能力が僅かに上昇している程度だった。
そして、もう1回は……確かLv.5、つまりは5歳になった時だった。
あの時は、いきなりスキルが変化したんだったよな。
≪スキル【大泣き】が【嘘泣き】に変化しました。詳細の説明を求められますか?≫
レベルアップ以外で声が聞こえたのは初めてだったから、聞いてみたけど…。スキルが使い物にならなくなった程度だったんだよな。思い出しても当時のがっかり感で気分が憂鬱に…。
≪スキル【嘘泣き】とは、【大泣き】の性質が変化したものです。童心の純粋さが薄れ、泣くことによる利益を理解したことで変化します。
効果は、泣くことで気を引き、しかし嘘だと気付かれた段階で対象から使用者への好感度と信用が下がります≫
まさかのバッドスキル。
子供ながらも純粋さを失うと、泣いても構ってはもらえないという世界の真理を突きつけられた形だった。しかも、ただ構ってもらえないのではなく感情面でマイナス方向に動くとは。まったくままならない。
さて、そんな平穏無事な日々を過ごしていたわけだが、ここ数日体調が優れない。
力加減が難しくなったり、思考が追い付かなくなったり、感情が不安定になることを多々感じるようになってきた。
これは何かの前兆なのだろうか?
そんなことを考えていたある日、14回目となるレベルアップの報せが届いた。
≪おめでとうございます。本日、Lv.15にアップしました≫
とまあ、ここまではいつも通りだったわけだが、そこから先がいつもと違った。
≪つきましては、成長の限界に達したことをお知らせさせていただきます≫
「…………はっ?」
ステータスの声はオレにしか聞こえないから声には反応しないように心がけていたのに、思わず声が漏れてしまった。
「…どうかしたかい?」
「どうしたの?エボル?朝ごはん美味しくなかった?」
両親に心配をかけてしまった。
「いや、何でもないよ。ご飯はいつも通り美味しいし、ちょっとボーっとしてただけだから…」
「はははっ、まだちょっと寝ぼけているのかもしれないな」
「本当ねぇ~、ボケるには早いんじゃない?」
「かもね。だけど、2人は本当に老けないよね。このままだと本当にオレの方が先に老けそうな気がするよ」
軽いジョークを混ぜながらその場を誤魔化したが、頭は混乱しており、何が何だかわからなくなっていた。
(ちょっと待て!一旦、落ち着こう…)
成長の限界!?たったの15で!
しかも、オレのレベルは年齢と同列。つまりは、オレは15歳でこれ以上成長しないってことか。いやいや、もっと悪いのは……オレってこのまま死ぬんじゃね?
その事実に気付いた時、オレは背筋が寒くなるのを感じていた。
たった15歳。それもこの世界のことなど、ほとんど知らないまま、オレ自身がどういう存在なのかもわからないまま死ぬというのか!
◇◆◇◆◇◆◇
悶々とした気持ちを抱えながらも、日々時間は過ぎていく。
初めこそちょっとした体調不良だったが、今では目に見えて衰弱してきた。
「エボル…!しっかりして」
マリア母さん達にも心配をかけてしまった。
ジェノ父さんはオレの原因不明の症状を改善すべく、知りうる限りの医術を試し、それでも足りず各方面の知り合いの下へと情報を集めに行っている。
(……せめて、この2人にだけは心配をかけたくなかったな)
そんな風に、思ってももう遅いか。
そもそも、寿命なんだ。特効薬なんてあるわけもないし、寿命を引き延ばす方法もあるわけがない。
(だったら…)
「…マリア母さん」
「なあに?どうしたの?」
オレが伸ばした手をぎゅっと握りしめてくれるマリア母さん。握られた手から温かさが伝わってくる。その温かさこそが、オレを想う心。
それを傷つけるような真似をする不幸を許してください。
「今まで、ありがとう」
「何を馬鹿なことをっ!?」
告げられた言葉を拒絶するようにさらに力を込めてオレの手を握るマリア母さん。
痛みを感じながらも、手から伝わる痛み以上にマリア母さんの目に溜まる涙がオレの心を激しく痛ませる。
「まるで今生の別れのようなことを言わないでちょうだい!大丈夫よ、きっとジェノが…父さんがなんとかしてくれるわ!」
まるで自分に言い聞かせるような言葉。
おそらくマリア母さんの脳裏では過去の悲しみが過っているのだろう。…実の子供を喪った時の悲しい記憶が。
だが、ごめん。2人がそれほどまでに思ってくれていても、もう時間はないんだ。自分に残された時間がないのは重々承知している。
「……っ」
何も言わず、ただじっと見つめるオレの態度から何かを察したように、マリア母さんはそのまま家を飛び出していった。
「マリア母さん、ごめん」
その後ろ姿に漏らすように謝罪をする。
◇◆◇◆◇◆◇
なんだか、嫌な予感がする。
マリア母さんが出て行ってから、もう10分以上。未だに戻ってくる気配もない。
「……何かあったのか?」
ここはエボルド平原に隣接する境界線。ここですら滅多に魔物なんて現れないが…。
胸騒ぎしてどうしても落ち着かず、着の身着のまま探しに出る。
「……さて、どこにいるのやら」
探しに出たはいいが、行き先に見当もつかないしな~。
そもそも、最近体力がなくなってあんまり動けないんだよな…。早いとこ、見つけないとこんな場所で死ぬのはごめんだ。
「って言っても…。あっ、そうだ。あそこにいるかも」
最初に出会った場所。もしかしたら、そこにいるかもしれない。いや、そう考えるとそこしかないような気すらしてきたぞ!
「さっさと行くか!」
善は急げってやつだな。
「……エボル?」
オレが探しに出た直後、目元を泣き腫らしたマリア母さんは戻ってきており、空になった布団を見つけた。
「そんな…。一体どこに?」
探さなきゃ!そう思い、飛び出そうとしたマリア母さんの耳に聞きなれた声が届く。
ううん?
「おっかしな~」
ここだと思ったんだが。当てが外れたようだ。
「……それにしても、懐かしいな」
初めて2人と出会った場所。懐かしくなって座り込んでみる。
「初めは大変だったな…」
今でこそ座っていても見渡せるが、赤ん坊のころは草でほとんど何も見えなかった。本当に2人が来なかったら、ここで死んでいてもおかしくなかった。
それにしても、ステータスももう少しいい情報をくれたらよかったのにな。
そうすれば、こんなに追い詰められることもなかったかもしれないのに…。
いや、慢心してレベルが年齢と同調するように上昇することがわかってから、碌に確かめようともしなかったオレの落ち度か。
(……さて、そろそろ別の場所を探しに行こうか)
そんな風に考えた時、背後でガサッと音がする。
「……マリア母さん?」
振り向いたがそこにいたのはマリア母さんではなかった。
『グルルル…』
そこにいたのは牙を剥き出しにしたモンスターだった。
「…まさか!エボルド平原の、それもこんなところにまでモンスターが入って来るなんて…」
信じられない。
たまにジェノ父さんの手伝いでここには来てたが、境界付近でたまに見かけることはあってもここに入っている魔物を見たことなど一度もない。
それが、何故?
もしかしたら、オレと何か関係があるのか?
『グアオッ!』
ちぃっ、いきなりか!もう少し、考えさせろっつーのに!
跳びかかって来たモンスターを横に転がって避け、身を起こす。
モンスターと戦うどころか、2人以外の生物を見たこともほとんどない。そんな状態で戦うとなると……厄介だな。
戦いは避けられそうにないが、一応ステータスを確認しておこう。
・エボル Lv.15(限界値)
種族:人間(???)・男 ジョブ:見習い ランク:なし
HP87/87 MP0/0 体力50/72
攻撃力35 魔法攻撃力0 防御力27 魔法防御力0 知力51 速度33 人格50
種族特性:なし ジョブ適正:なし ジョブ補正:なし
スキル:【嘘泣き】使用不可
本当にどうしようもない。
スキル【嘘泣き】がいつの間にか使用不可になっているのは置いておくとしても、オレの置かれている状況が最悪だと改めて見せつけられた気分だ。
レベルの横に表示されている限界値という文字が絶望を感じさせる。こんな状況で戦う意味があるのか?そうも思うが、ただ無意にこいつの糧になってやるのはごめんだ。
「……どんな命であろうとも、精一杯生き抜いてやる!」
初戦闘だが、こうなってくるとやっぱり相手のステータスが見える方がよかったな。
「今更、遅いけどな」
さて、さっきの動きを見る限り攻撃力か速度に自信ありってタイプか?
ただ、頭以外はあまり防御力高くなさそうだな。知恵を使えば倒せない敵じゃない、かな?まあ、試してみないとわからないけど…。
「とりあえず、っと!」
適当に一発殴りかかってみた。モンスターはオレの動きが遅いと言わんばかりに余裕で拳を躱す。
やっぱり、速度はモンスターの方が上かな?
オレが捉えるのは難しいか。だったら、防御力に頼るしかない!
「さあ、来い!」
手を広げて構えると、そこにすかさず噛み付いてくる魔物。
「……ぐっ!!」
肩に食い込む牙。ズキズキと激痛が走りHPが見る見る減っていく中、外れないようにモンスターの頭を抱きかかえる。
「うおおおおおりゃああああっ!」
胴に膝がめり込み、顎の力が抜ける。
よっし!意外と防御力は低いみたいだ。
抱え込んでいた頭から腕を剥し、前足を掴む。
抵抗しつつ、首下に噛み付こうとしてくるところを足を持つ手に力を込めてバランスを崩させ、崩れたところで首下に蹴りを叩き込む。
『ガッフ…!』
嗚咽が漏れるものの、先程に比べるとダメージが小さい。
(やっぱり弱点は胴体か!)
「ぐあっ…!」
ちっ、油断した。
もう少しダメージがあると思ってたんだが……。
抑えていた腕を振り払った、前足。その鋭い爪がオレの横っ腹を切り裂いた。
「だが、いいぞ!」
今までにないほど、生きているって感じる!
(そうだ!何にもなさずに死ぬのなら、せめて生きた証をオレに寄越せ!)
体力は今までにないほどに減っている。もはや、この身体を動かすのも限界が近付いている。それでも、生涯最高に力が溢れてくる。
お前に恨みはないが、オレの糧となってもらうぞ!
◇◆◇◆◇◆◇
「「エボルッ!」」
オレがモンスターの胴体部分にトドメとなる一撃を叩き込んだ時、背後から2人の声が。
「ジェノ父さん、マリア母さん」
よかった。最期に会うことが出来て…。
ふっとぎこちない笑みを浮かべ、オレはとうとう力尽きる。
ぐらりと視界が歪み、身体を支える力が失われた。
(もう、ここまで…か)
視界の端でこちらに向かってくる2人の姿をしっかりと焼きつけながら暗転する。
≪おめでとうございます。ジョブ格闘家の取得条件を満たしました。ジョブを変更なさいますか?≫
そんな時、聞こえてきた声。
(……ああ、そうなんだ。まあ、どうでもいいか)
もはや力など入らない。そのジョブ変更がオレの生きた証となる、そう考えオレはその声に身を委ねた。
次回、いよいよこの物語の核心となる場面に到達します。