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魔法使い⑨ピャンピャマナス

 これまでで最長です。前回も⑨が人の名前でしたが、狙っているわけではありません。あと数話程度で魔法使い編は終了です。

「……ほぉ、出て来たか」

 興奮してミルフレンニに襲いかかったバカな使い魔を躾終わり、探し出そうとしたら今度は雨が降り出した。元々、血のニオイの混じった風魔法によって探すのが困難だったところにさらにこの雨だ。さすがに探し出すのに骨が折れそうだと思っていたら、向こうから現れるとは…。

 バカなのか、それとも何か秘策でも思い付いたか。

 まあ、どちらでもいいか。

 ミルフレンニさえ取り戻せるのならば。

『ぐぎゃ!!』

 考え事をしていると、ハニー・ベアーが何かを叩き落とした。

 前足で振り払われるように宙を舞ったソレは、バラバラになりただの水滴として地面に落ちていった。

「…この雨で水魔法を会得でもしたか?だが、風に比べると圧倒的に威力不足だな。それとも、もはやその程度を撃つのでやっとなほどしかMPが残っていないか?」


「さあな。試してみればいいんじゃないか?」

「……ふん。不敵な小僧だ。――やれ!」

 生意気に笑みを浮かべる小僧。そいつに向かって使い魔をけしかけていく。

『ぐがああああああっ!!』

 ハニー・ベアーが駆け出した瞬間、雨に紛れて飛んでくる物がある。

 片手で薙ぎ払うと、それは水の矢だった。

 確か水魔法の初級魔法だったか?それを雨で補給した水を操ることで発動のモーションを抑え、さらにMPの消費も抑えている……そういったところか。

 だが、この程度ならば戦闘職でなくてもダメージにはならない。当たり所が悪くてかすり傷を負う程度だ。

 この程度の奴にミルフレンニを――ニールフィアの娘を託せるものか!

「――ハニー・ベアー。遊びはいらん。さっさと喰い殺せ」

 怒気を含んだ低い声に巨体を震わせながら怯えたようなハニー・ベアーが小僧に襲いかかっていく。



◇◆◇◆◇◆◇



「単細胞だな」

 オレは向かってくるモンスターを見つめながら呟いた。

 野生ならばもう少し考えて行動するのかもしれないが、今のこいつは命じられるままに動くだけの毛玉に過ぎない。

 ならば警戒すべきは調教師であるあの男とこいつの暴走だけ。

 ミルフレンニを襲ったのはどう考えてもあの男の意志ではない。だとすれば、こいつを完璧に制御はできていないってことだ。

 その原因が使い魔にしてから日の浅さか、それとも力量かはわからないが制御できない力などは力とは言えない。


「さあ、大人しく死ぬがいい!その前にミルフレンニの居場所は吐いてもらうがな!」

「…随分自信満々なことで」

 いや、ここまでくると自信過剰だな。

 まだ勝敗が決したわけでもないのにその結果の先を見て話をするなど愚の骨頂。

 こんな奴に一度は手傷を負わされたのかと思うと反吐が出る。

 それに、お前自身バレていないつもりかもしれないが、オレは1つの事実に気付いてるぞ?


 お前自身は大したことはないだろう?


 調教師というジョブのせいかこいつの身体能力はそれほど高くない。まあ、種族的な特性ゆえか通常の人間よりは上だが、その程度。こいつの動きは戦士のそれではないのだ。

 オレの水魔法――水の矢は先程から撃つたびにハニー・ベアーにもピャンピャマナスにも軽々と弾かれている。それはしょうがない。

 覚えたてというのもあるが、それ以上にオレの水の矢は最低限の魔力しか注ぎ込んでいないのだから。雨のおかげで弾の素はそこら中にある。それに魔力を込め、矢の形に形成してから撃ちだしているだけだ。別にこれで仕留めようなどとは思っていないし、当然威力もないに等しい。

 その証拠にハニー・ベアーは眼球などの急所に飛んでこない限りは無視して突き進んできている。

 だが、ピャンピャマナスは違う。

 あいつは威力が低いとわかっているのに関わらず、水の矢を常に全力で薙ぎ払っている。

 まるで力の誇示でもしたいかのように。

 まあ、オレ自身のMPがほとんど底を尽きていればその手段は有効だろうが、あいにくとオレのMPはほぼMAX。その行動はお前の体力を消耗させるだけに過ぎない。


「ちぃっ!うっとうしいわ!!」

 ほらまた。

 徐々にオレも慣れてきたので水の矢の数を増やしていってはいる。だが、威力は相変わらず弱いまま。それを全身を無駄に激しく動かして。まるで身にまとわりついた羽虫を追い払うかのごとく。

 それでは、いつまで経ってもお前の勝利なんて来ないぞ?

「少しはお前を見習うように主人に言ったらどうだ?……まっ、畜生に言ったところで無駄なんだろうがな」

 大口を開けて突っ込んでくるハニー・ベアーを見据えながら肩を竦める。

 そして、それを合図にするかのように、重苦しい空気が流れ始めた。

 先程までの勢いならば数メートルなどほとんど意味をなさなかったはずなのに、今は一歩を踏み出すのも大変そうに…何かに耐えるかのように進んでくる。


「始めたみたいだな」

 それじゃあ、オレも準備を進めるとしよう。



◇◆◇◆◇◆◇



 エボル様が見える範囲の木々の間。そこで私は歌を奏でている。

 ――加重の寵愛。

 徐々にテンポを上げ、そして音程を低くしていくことで周囲に重力負荷の効果をもたらす吟遊詩人の技。その範囲にエボル様を入れることは心苦しいが、きっとわかって下さる。

 その重さは私の有り余るほどのエボル様への愛の証だと!

「……あっ!」

 ちょっとだけ動きが早くなったハニー・ベアーが突進していきました。

 うっかり考え事をしてて歌が疎かになってたみたいですね。

「エボル様……怒ってても素敵です!!」



◇◆◇◆◇◆◇



「うおっとぉおおお」

 ったく、ミルフィーの奴。また集中を切らしやがったな!あいつ【天上の歌】の時もたまに集中を切らしてたんだよな~。おかげで治るのが少し遅かったんだが…。

 何が原因かは知らねえが、歌を歌い続けてないといけないなんて面倒なジョブは勘弁してほしいぜ。せっかくだし、この依頼が終わったら報酬で何か楽器でも買ってやるかね。

「っと、忘れてた」

 先程の一瞬の重力の緩み。それをついて間近に迫っているハニー・ベアー。

 こちらも重力の圏内に入っているので思うように動けないが、オレは動く必要はない。

「魔法使いは動かずに強力な魔法を放てば、それでいいんだ」

 魔力を集中させ、数百に及ぶ水の矢を一斉に斉射する。


『ぐぎゃう!』

「バカなッ!…クソ、俺を守れ!」

 バカはお前だ。

 経験から数が増えても脅威ではないと判断し襲いかかろうとしていたハニー・ベアーとその程度の攻撃に恐れをなして武器を手元に戻すバカ。

 当然ハニー・ベアーは抵抗して襲いかかろうとする構えを見せている。

「『早くしろ!』」

 だが、その時にこれまでの調子とは異なる声で発せられた言葉をかけられた瞬間、自分の意志をなくしたようにピャンピャマナスの下へ飛び退き、を覆い隠すように身を丸める。

 ハニー・ベアーの剛毛に弾かれほとんどの矢が地面に落ちて水滴となるが、数本が刺さりハニー・ベアーが呻き声を上げる。それでもピャンピャマナスを庇い続ける。

 あれが調教師が使うというスキル。【魔言】の効果か。

 聞いた者に絶対的な強制力を発揮する言霊のようなスキル。調教師がモンスターを制御しきれなくても操ることができるのはこのスキルがあるおかげだ。

 だが、それはモンスターの自由度を狭める諸刃の剣でもある。



◇◆◇◆◇◆◇



「ぐおおおおおっ!!」

 使い魔に包まれながら水の矢の雨を耐え忍ぶ。

 まさか、これほどまでの水の矢を放つMPが残っているとは!?

 このままではハニー・ベアーが死んでしまう。

 ミルフレンニと別れた時に使い魔をほとんど使い果たしてしまい、こいつは最近ようやく【テイム】に成功したばかり。だからこそ、命令を聞かず【魔言】に頼らざるを得ないわけだが…。


 少しずつだが、勢いが弱まってきている。あいつももうMPが残っていないのだろう。

 この雨が止んだ時こそが攻勢に打って出るチャンス。

「今だっ!ハニー・ベアー今すぐにあいつを喰い殺せ!!」

『ぐがあああぅん!!』

 猛然と駆け抜け、懐に入る。

 胴を突き上げるように鋭い爪を持つ手先がクリーンヒットし、小僧の身体が宙を舞った。


「勝った!」


 勝利を確信し、叫んだ瞬間だった。

『――!?』

 何かがズドンと当たったような衝撃を受け、ハニー・ベアーの身体がビクッと揺れる。そう思ったら、今度は支えを失ったように巨体が倒れ……そして、その先にはあいつが平然と立っていた。

「…なッ!?な、何故だ!」

 あいつは確かに倒したはずだ。

 だが、あいつ自身を見ても大きな傷は見当たらない。

 唯一変わっていると言えば、先程まで全身を覆い隠していたローブが消えていることぐらいだった。



◇◆◇◆◇◆◇



『ぐがあああぅん!!』

 猛然と駆け込み、懐に入り込んだハニー・ベアーを見ながらオレは勝利のための行動に出る。

 やはり、お前は仕えるべき相手を間違えたんだ。

 もしも、お前に自由な意思があれば先程の身体の不自由さに疑問を抱き突っ込んでくるような真似はしなかったはずだ。それなのに、自由を奪われたお前は突っ込んできた。それがお前の敗因だよ。

 重い一撃によって突き上げを喰らう。

 爪がローブに食い込み、宙を舞う。

(かかった!)

 狙い澄ました一撃を受け、ローブの下で笑みを浮かべる。


 ハニー・ベアーの爪を仕込んでいた剣で受け止め、即座にローブを脱ぎ捨てた。

 そう、宙を舞ったのはローブと剣だけ。

 ハニー・ベアーには当然その光景は見えている。だが、肝心な相手からはオレの姿は一切見えない。ピャンピャマナスにはオレが宙を舞ったように見えているはずだ。

 それともう1つ。ピャンピャマナスにはわからない事情がある。

 戦場にいないあいつにはわからなくて、オレ達にはわかること。それは、空間にかかる重力。

 ローブが宙を舞った瞬間、再び重力がかかってくる。それも先程よりも重く、身動きの取れないほどの重い重い力が。

 当然オレも動けないわけだが、オレは近接戦闘をするわけじゃない。

 今回は【魔拳】を使おうとは思っていないし、そもそも今のオレのジョブは魔法使い。遠距離攻撃をするのがオレの見せ場。

 先程までの水の矢でどの程度雨を操れるかどうかは把握している。


 頭上では微かにキュィィンという硬いモノがぶつかり合うような音が聞こえる。

 オレの水魔法と突き上げられた剣がぶつかり合って生じた音だ。

 魔力を受けて雨粒は小さな小さな球状になり、高速で回転している。それに当たった剣は落ちてくるスピードがどんどん増していく。

(ほら、見えなくても感じるだろ?)

 お互いに重力に縛られて見上げることはできない。それでも、感じるはずだ。お前に迫りくる死の気配を。


 ローブはまるで夜の闇のように。

 そして、それを突き破る剣は夜空を引き裂く一筋の流星の如く。

「――流星雨墜。頭上を見上げることすら叶わずに星の雨によって貫かれてみろ」

 まさに一直線の流星が落ちてきたように、ハニー・ベアーの脳天を超スピードの剣が貫き地面に深く深く突き刺さった。


≪おめでとうございます。Lv.13にアップいたしました≫


 ハニー・ベアーの絶命をオレに教えるように天の声が頭に響く。


・エボル Lv.13/40up

種族:人間(進化種)・男 ジョブ:魔法使い ランク:一人前(C)

HP175/177up MP311/420up 体力75/111up

攻撃力200up 魔法攻撃力289up 防御力104up 魔法防御力185up 知力182up 速度65up 人格50

種族特性:レベル上限・進化の可能性・進化の恩恵 ジョブ適正:魔法使い(中堅)・魔闘士(卵)・剣士(卵)New・アーチャー(卵)New・魔法剣士(卵)New ジョブ補正:魔法習得率アップ

スキル:【念話】・【鑑定】・【世界の流れ】・【一点集中】・【風魔法】・【魔拳】・【水魔法】


 ステータスはそれほど上昇しなかったが、ジョブ適正は一気に増加したな。これで可能性が広がった。

 さて、後はあいつを倒せば終わりだな。

 最後の仕上げのため、顔を上げピャンピャマナスを視界に収めた。



◇◆◇◆◇◆◇



「お前の使い魔は倒した!」

 ハニー・ベアーが倒れたと思ったら、ここまで届く声でハッキリと告げられる。

「……信じられん!あいつがハニー・ベアーに勝てるはずが…!」

 あの小僧は一応Cランク冒険者とはいえ、先程までの攻防でMPはほとんど底を尽きかけていたはず。そこからあれだけの魔法を連発したこともそうだが、何をどうすればあそこからハニー・ベアーを倒せるんだ!?

「クソッ!」

 悪態を吐き、逃げるために振り返る。

 ミルフレンニには後ろ髪を引かれる。だが、今ここで俺が死ぬわけには…!


 ミルフレンニについては俺は実のところそこまでの思い入れがあるわけじゃない。

 ミルフレンニの両親のことはよく知っている。

 父親バファロスは俺の実の兄で、母親のニールフィアは俺が愛した女だった。

 2人とは幼馴染でずっと一緒に村で暮らしていた。常に傍にあり、行動を共にしていた。そんな男と女が惹かれるのは仕方がないことだった。

 だが、俺が彼女に惹かれたように兄も…いや、兄とニールフィアは互いに惹かれていった。

 村一番の戦士であった兄。俺は幼い頃からそんな兄と比べられ続けることに嫌気を感じていた。村では男は戦士として、女は次世代を育てる母としての素養を求められる。そんな村では兄に彼女が惹かれるのはしょうがないことだろう。

 だからこそ、俺は戦士をやめて調教師となった。調教師となった俺は弱者として扱われ、村から追放された。それでも俺はニールフィアを諦めることが出来なかった。

 だからずっと村の傍にいた。

 そんな日だ。ニールフィアの訃報を聞いたのは。

 悲しみに身が引き裂かれる思いだった。あまりの悲しみに慟哭を上げ、俺から彼女を奪い去った世界を恨んだ。同時に神へ感謝もした。

 これで目障りだった兄がいなくなった。俺をバカに出来る奴はもうこの世にはいない。

 それに、ニールフィアの娘はニールフィアに瓜二つだと聞いている。兄がいない今俺に手に入れられない物などない。


 そんな時だ。あいつに会ったのは。

『あなたが調教師のピャンピャマナスですね?』

 その男は、俺が村を恨んでいること。そしてニールフィアの娘を欲していることを知り、ある提案を持ちかけてきた。

 ニールフィアの娘を皮切りに村人を奴隷に落とす手伝いをしろという話だった。報酬はニールフィアの娘。悪くない話だと思い、その話に乗った。

 手始めに両親を喪った悲しみに打ちひしがれていたミルフレンニ近付いた。村人は俺のことを臆病者としてあの娘を近付けないようにしていたが、兄を喪っていることもあって唯一の身内が接することをそこまで厳しくは咎められなかった。

 それからしばらく村人がいない時を見計らっては彼女と接触し続けた。

 ミルフレンニを村から連れ出したのはそんな日だ。

 町へ連れて行き、手筈通りに街中でフードを取り払い乳魔族であることをバラして見せた。

 偽装した追手や本物の追手を追い払っては国境沿いまでやって来た。そこで最後の追手達と戦闘を繰り広げ、国境沿いで彼女を別の追手が捕まえる手筈だった。

 だが、偽装のはずなのにその集団は本気で攻撃をしてきた。


『何のつもりだ!これは偽装のはずじゃないのか』

『偽装?何を言ってんだ。…俺達はここに乳魔族を連れたがいるって聞いてきたんだよ』

 なんだと!?

『乳魔族に比べりゃはした金だが、お前ら種牛もそこそこの値段で売れるからな~』

『ギャハハハ!大人しく牧場にいりゃいいものを人間様の領域にまで出張って来るからこういう目に遭うんだよ!』

 その時になって俺はようやく気付いた。

 俺は騙されていたのだ。あいつは元々ミルフレンニを捕まえる気だった。俺に渡す気などなかったのだ!

『ウ、ウオオオオオオオッ!!』

 使い魔をすべて出し切り、捕らえに来た者達を皆殺しにし、男の居場所を突き止めた時にはミルフレンニは既に売買された後だった。


 俺は彼女を探した。

 彼女は俺の嫁であるべきなのだ!俺の物になるべき女なのだ!

 あいつを誰かに取られて堪るものか。二度と俺の手からニールフィアを奪わせはしない!


「虫どもよ!俺を守れ」

 襲われた時に失った使い魔の代わりに手に入れていた虫型のモンスターが服の下から羽音を響かせながら飛び出していった。



◇◆◇◆◇◆◇



 逃げられる!そう思った時には遅かった。ピャンピャマナスの服の下から一斉に飛び出した虫は奴をオレの視界から隠すように覆い隠し、それが晴れた時には既に姿は消えていた。

「……やられたか」

 最後の最後であいつは獲物に対する執着を捨て、保身を選んだ。そこはあいつの経験がオレの経験に勝った証。

「…エボル様」

「ミルフィー。…大丈夫さ」

 心配そうな表情を浮かべ現れたミルフィーに根拠のない言葉をかける。

「いくらあいつでもここでオレ達を取り逃がしたのは痛いはずだ。今からギルドへ戻ってすぐにあったことを報告すればそう簡単にこちらに向かってくることはできないだろう」

「…そうですね」

「…………」

「…………」

 ピャンピャマナスが消えた方角を見つめるミルフィーも何か思うところがあるのだろうが、それ以上何かを言うこともなく沈黙が訪れる。


「帰ろう」

「はい!」

 それ以上何かを語る事はなく、また必要性も感じない。

 だから今は帰ろう。新しい日常へ。



◇◆◇◆◇◆◇



「……ハァ、ハッ……クッ!」

 まさかあんな小僧によって敗走させられることになろうとは…!こんなことならば、あの時、無理をしてでもミルフレンニを奪還しておくべきだった!

 使い魔をすべて失い、全力で木々の間を駆け抜けつつ後悔を滲ませる。

 俺のレベルは41…これは調教師としてはかなり鍛え上げた方だと自覚している。だが、戦闘職でない俺に直接あの小僧を倒す手段はない。かと言って、倒せるほどの強力なモンスターを今から手に入れるのも時間が足りない。奴は今の俺が使役できる最高ランクであるハニー・ベアーを倒すほどの実力を既に手に入れてしまったのだから。

 それを倒せるほどの実力となると最低でもAランク――無理だ。Aランクモンスターは魔法を使役するものも出始める冒険者の壁。【テイム】が成功する前に容易に殺される未来しか見えない。

 かと言って実力を今から高めようと思っても、その間に奴らは行方を眩ませるだろう。


「おんやぁ~、必死で逃げてどこに行こうというのかえ?」

「!?誰だっ!どこにいる!?」

 突如かけられた女の言葉に慌てて周囲を見渡すが、姿は見えない。

 まさか仲間がいたのか?そんな素振りは一切見受けられなかったはずだが…。

「…どこ、じゃと?そんなこともわからんのかえ?まったく、これだからひよっこは……」

 声には呆れの感情がハッキリと込められていた。

 つまり、わかりやすいところにいるのか?とも思ったが、声から察するに違う。これは絶対的な強者の声。俺を対立するに値する強敵と見るか、それともただ捕食するためのエサと見るかの見定め。

 …そして、結果は後者。

 それを証明するように正面からゆっくりと姿を現す女。

 手には血を思わせるような宝玉の填めこまれた銀の杖を持ち、ネックレスや指輪に腕輪…あらゆる装飾品を身に付けていた。

 外見から魔女…それもかなり高レベルの使い手と判断できる。

「……魔女が何の用だ?」

「おやぁ~ん?わっしゃがいつ『魔女』だと言ったかえ?」

 からかうようなふざけた口調。明らかにこちらの反応を面白がっているようや嗜虐的な笑み。それを見た瞬間、背筋がゾワッとし、全身の毛が逆立つがありありとわかってしまった。


 魔女とは魔法を使役するジョブの最下位。男で言うところの魔法使いがそれだ。

 ここで俺が魔女と言ったのは魔法扱う女を世間一般的に魔女と呼ぶからではなく、そうであって欲しいという願いがあったからだ。


「…まったく、不出来な弟子が素材を寄越すというからわざわざこんなところまで来たというのに…。まさか、お主が素材じゃあるまいな?」

 素材…?何の話をしているんだ?

「弟子ってのは、あの小僧のことか?だとしたら、一緒に連れている乳魔族の女のことじゃ――」

 自分が助かる為にこれまでの最優先にしていたミルフレンニを売り払おうと画策した。

 所詮、あいつはニールフィアではない。ならば、俺が優先すべきは自分の命だ。代わりはまた探せばいいだけの話…そう思った。

 だが、俺の期待は女の上げた嘲笑によって容易く崩されることになる。

「――くくっ、くーっくっ!ひゃははははははっ、小僧?何のことじゃ?わっしゃの弟子は女じゃよ!」

「……女、だと?」

 だとしたら本当に何のことかわからない。こいつは何を目的に、何を言っているんだ?

「ふひゃっ、ひゃひゃひゃ!!これで合点がいったわい!素材とはお主のことじゃ!間違いない!そうか、そうか。目障りな人間をわっしゃに始末させようと利用したということか…!あやつもなかなか成長しておるではないか!」

 弟子の成長を心底嬉しそうに笑いながら「お主もそう思うじゃろう?」と語る彼女の顔を見るのが怖い。

 背中を嫌な汗が流れて止められない。目の前にいる女は狂人だ。狂っていて、自分の目的のためならば他人をそれこそ虫けらのように扱う類の存在。


 だが、それすらも希望的推測だと俺は身をもって知ることになる。

 そう。彼女にとって虫けらの方が人よりも上だった。虫けらならば利用価値を見出したかもしれない。もしかしたら気まぐれに愛でたかもしれない。だが、素材は違う。目的のためにだけ利用し、それ以上の感情は一切持ち込まない。

 彼女はそういうタイプだった。


「んん~?お主…」

 ふと笑いを止め、彼女は何かに気付いたようにこちらをしげしげと眺めてくる。まるで店先に並べられている商品を品定めするような不快な視線。それを受けても文句を言うことさえできない。ただ、ひたすらに興味を失くしてくれることを願いながらじっと待つことしかできなかった。

「ほっほ!お主、牛魔族じゃな!あの引きこもりの戦士族がまさかこんなところにおるとは…!これは僥倖じゃ!こんな掘り出し物を差し出すとはあやつも愛いところがあるではないか!

 もしもわっしゃを始末させるためだけにつかったのならば、あやつに与えていた『欲血の剣』を取り上げねばと思ってしまったが…。それでもこんな物を用意しておったのならばそれも免除でよかろう!」

 何故種族がバレたのか?そんなことを気にする余裕もなく、俺はその化け物に背を向けて走り出した。

 ここにいれば確実に殺される。

 それも想像を絶するような凄惨なやり方で!本能がそう告げ、今まで動かなかった足を意思と反して動かすほどに、その走りは生涯――それも戦士とて鍛えていた頃も含めて最高の走りだった。

 だが、俺の逃走は100歩もいかないうちに終了となる。

 突如、足を何かに取られ、それ以上動かすことができなくなった。

「何だこれはっ!!」

 恐怖から何が足を捕らえたのか確認すると、そこには手があった。それも、ただの手ではない。骨の手だ。一見ただの人の手の骨に見えるようなそれは、様々な種類の骨が組み合わさってできていた。


「放せ!放せぇえええええええええ!!!」


 焦りと恐怖から足を掴んでいる骨を殴りつける。何度も何度も何度も……。

 だが、掴む力は一向に弱まることはなく、地面からさらに複数の手が飛び出してきて俺を這いつくばらせていく。

「うがああああ、やめろぉぉおおお!」

 俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!やっと目障りだったバファロスは死んだんだ!これからは俺の時代なんだ!

「無駄じゃよ。お主ごときにそやつらは振り払えん」

 ――死神がそこにいた。

 生者を死者の都へと連れて行く傍ら、生者を冒涜し続ける死神が。


 その全身が視界に入った時、俺はある人物の名を思い出した。

 村を出てから、ミルフレンニを追いながら俺は少なからず裏ギルドに関わっていた。そんな中で聞こえてきたある名前。元は貴族でありながら、破綻した性格ゆえに追放となった身。その銀の死神の名を。

「お、お前…!まさか…銀の――」

「――それ以上は語らせはせんよ」

 初めて笑みを消し去り、怒りを顕にする。感情をすべて消し去った瞳を見た瞬間、これまでの人生の思い出が視界を駆け巡った。

「…まったく。有名になると貴様のような雑魚にまで名を知られておるから不快じゃ。ああ、まったくもって不愉快極まりない!

 わっしゃの名を呼ぶことを許すのは真の強者のみ。お主はそれには値しておらん。よって死を与えてやろる」

 そして、死神の鎌は無慈悲に俺の命を奪い去っていく。


「腐って死ね。青魔法――デスバッド・ボム」


 指先から放たれたドス黒い塊。それが俺の身体に触れる。それまでが俺が記憶できたすべてだった。



◇◆◇◆◇◆◇



「……ふぅ、やれやれじゃ」

 見下ろした先にあるのは上半身の肉がすべて腐り果て、その下の骨が剥き出しになった死体。頭部には種族を象徴するように角が見えている。

「これを使役するのはもはや不快じゃが…」

 頭蓋骨を蹴り、軽く揺らしてみても何も感じない。先程までの高揚感が嘘のように消えてしまったことに怒りを覚え砕きたくなってしまう。

 それでも牛魔族は珍しい。ここで手放すには少々惜しい素材でもある。その感情が破壊を押し止めた。

 わっしゃは弟子の顔を立てるという建前の下、骨に手を翳す。

 紫色の光が発せられ、空っぽの眼下に光が灯る。次の瞬間には骨が立ち上がった。

 上半身は骨。下半身は肉の付いた身体を持つそれはかかかっと骨と骨と鳴らしながら地面から姿を現した骨達の隊列――その最後尾へと歩いていく。


・ピャンピャマナス Lv.41

種族:アンデット(使役体) ジョブ:モンスター ランク:B

HP1111/1111 MP200/200 体力∞

攻撃力320 魔法攻撃力0 防御力10 魔法防御力1000 知力0 速度300 人格―50

種族特性:無尽蔵体力・服従 ジョブ適正:なし ジョブ補正:ランクアップ

スキル:なし


「……弱いのう。やはり生身でないとただの骨のモンスターに過ぎんか」

 これからどうするか。

 こやつが言っておった乳魔族の女でも狩りに行くか?いや、乳魔族は戦士ではない。そんなものをいたぶることに意味などないか。

「せっかくここまで来たんじゃし、不肖の弟子の様子でも見に行くかの…」

・謎の女 Age??? Lv.???

種族:??? ジョブ:死霊術師 ランク:???

スキル:【青魔法】

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