魔法使い⑧天上の歌声
お待たせしました。
「ぐああああっ!!」
ローブを突き破って肉を切り裂かれ、その痛みに堪らず声を上げる。
「エ、ボ…ルさ……」
困惑と同様から声が出ないらしいミルフレンニを一瞥し、オレはすぐさま最大のMPを練っていく。幸いにも襲撃者も予想外の事態に動揺してこちらへの注意力が散漫になっている。今ならばこの場を逃げ出すことが可能だ。
「うおおおおおおおっ!!」
痛みで朦朧となる意識を保つために雄叫びを上げながら、周囲にストームボックスとエア・バレットを大量に放つ。
エア・バレットで巻き上げた土や砂がストームボックスに捕われ、周囲の視界を覆い隠していく。ついでにオレの血のニオイも混ぜておいたのでこれでハニー・ベアーが血のニオイを頼りに追いかけてくることはないはずだ。
未だ放心しているミルフレンニの手を掴み、強引に発動させた風魔法でその場を離脱した。
◇◆◇◆◇◆◇
「……ぐっ!!」
痛みで声を上げそうになるのを歯を食いしばって堪える。もしここで声を上げてしまえばせっかく身を隠したのが無駄になってしまう。
「エボル様っ!?しっかり、しっかりして下さい!……あぁ、あぁ!!私のせいで私が、私が――!!?」
「うるさい」
あまりに騒がしいので額をぺちっと叩いて静める。
「せっかく逃げられたのに、台無しにするつもりか」
「エボ、様…。えっ?だい、じょう――」
「大丈夫ではない。だが、今すぐに死ぬというほどでもない」
いや、正確には嘘だ。
実はかなりヤバい。それこそ早く治療して背中の傷からの失血を抑えないと大変なことになるレベルだ。幸いにも逃げる時に放った魔法のおかげでレベルが上がったこともあり、HPが増えた分命を長らえているが、それもいつまで保つか…。
・エボル Lv.8/30up
種族:人間(進化種)・男 ジョブ:魔法使い ランク:半人前(C)
HP7/120up MP1/280up 体力3/74up
攻撃力131up 魔法攻撃力189up 防御力81up 魔法防御力120up 知力175up 速度41up 人格50
種族特性:レベル上限・進化の可能性・進化の恩恵 ジョブ適正:魔法使い(一人前)・魔闘士(卵) ジョブ補正:魔法習得率アップ
スキル:【嘘泣き】・【念話】・【鑑定】・【世界の流れ】・【一点集中】・【風魔法】・【魔拳】
ははっ…。笑っちまうぜ。残されたHPが一桁か。
これはあと少しで死ぬな。
傷が塞がってないからまだHPは徐々に減っていっているし、体力もない。 体力が底を突けばHPが代替消耗されていく。つまりは、どうあろうとも助からない。
せめて、こいつだけでも逃がしてやらないとな…。
「…ミルフレンニ。ミルフレンニ、こっちへ」
「はいっ!」
確か契約の解除は…。
「今からお前との契約を解約する。そしたら、お前は自由だ。冒険者として登録もされているから生きていくことはできるはずだ」
上手く逃げ切ってくれればいいが。
「そんなっ!エボル様を置いていくわけにはいきません!」
「……大丈夫だ。解約させしてしまえばお前がオレを捨てて行っても誰にも文句は言えない」
「そうではありません!私を庇って、私のせいでそんな傷を負ったのに…!それなのに、あなたを置いて1人だけ逃げるわけには…」
「それでも、行け。オレだって無駄死にするつもりはない」
ははっ、生き残る可能性のが方が低いのに何を言ってんだか。
「嘘ですっ!」
「…………」
いきなりの大声にさすがにギョッとしてしまった。
「…そんなの、嘘です。エボル様の言い方は私の両親が亡くなった時とよく似ています」
「…………」
そうか。親は死んでたか。
「私の両親も亡くなる直前に今のエボル様のように心配するなと笑っていました。しかし、結局病が良くなることはなくそのまま亡くなりました。
今のエボル様の表情を見ていればわかります。もうご自身で助からないと確信していたのだと。だからこそ、心配をかけないようにしているんじゃありませんか!?」
「…………」
「もう嫌です。人に裏切られるのも、人に捨てられるのも!」
ぶかぶかのローブごとギュッと抱きしめてくるミルフレンニ。
それによって背中に激痛が走るが、不思議と痛みをそんなに感じなかった。むしろ、彼女の涙が隙間から入ってかかることによる心の痛みの方が大きかった。
――オレは、以前にも同じような体験をした。
あの時は、ジェノ父さんとマリア母さんだった。2人はオレが死にそうなのを必死に助けようとしていた。それこそ投げ打てるすべてを投げ打ってでも。
そして、そんな中ボロボロになって駆け寄ってくる2人の声だけを聞きながら醒めない眠りに入ろうとしていた。
あの時、2人の表情が見えていたらこんな風に辛かったんだろうか?
そして、こんな表情をしているということは見送る側はもっと辛いんじゃないのか?
「私は誓います!エボル様にどこまでもついていくと!その向かう先が地獄であるならばその先までついて行きます!心からエボル様にすべてを差し出します!」
そうミルフレンニが呟いた瞬間、聞こえる物があった。
≪スキルの更新が可能です。更新対象:【絶対契約】。更新しますか?≫
空気を読め。
心底そう思ったが、このタイミングで聞こえたということにかけてみようと思った。
「ミルフレンニ」
「はいっ!何でしょうか!」
食い気味にまるで何事も聞き洩らさないようにぐいぐい来る彼女に苦笑しつつも、用件だけを告げる。
「生き残るぞ」
◇◆◇◆◇◆◇
『生き残る』――今にも死にかけていたエボル様の言葉に私はほんの一瞬疑問を抱いてしまった。
先程まで私だけを生かそうとしていたエボル様の姿はもはや存在しない。今目の前にいるのは確実に生きて、そして共に歩もうという意志を見せているお方のみ。
だったら、何を心配することがありましょうか?
「わかりました。私にできることでしたらなんなんりと」
「……当然だ。お前はオレのモノだからな」
「はい!ご自由にお使いください!」
苦笑しつつ、エボル様はそっと呟いた。微かに唇の動きがローブの隙間から見え、そして小さな声は耳にハッキリと届いた。
「――契約更新」
「うっ!あああぁぁ~~んん!!」
まるで全身が燃え盛るような熱気が内側から溢れだしてきて、声が抑えられない。
何とか抑えようと両腕で身体を抱き寄せるが、それでも身体の火照りは増すばかり。
急にどうしたの!?
そんな疑問を抱く余裕すらなく、私は熱気に飲み込まれていった。
◇◆◇◆◇◆◇
(……何だ)
突如として全身を悶えさせ始めたミルフレンニに狼狽えながらも、何が起きているのかを確認すべく【鑑定】を発動させる。
・ミルフレンニ Age18 Lv.37up
種族:乳魔族 ジョブ:吟遊詩人 ランク:GNew
HP521/521up MP580/580up 体力1000/1000uo
攻撃力401up 魔法攻撃力721up 防御力800up 魔法防御力760up 知力20up 速度287up 人格27up
種族特性:恵の授与 ジョブ適正:付与師New・僧侶New ジョブ補正:効果範囲(中)New
スキル:【悪夢の歌声】・【白魔法】New・【従属の喜び】New
なんじゃこりゃ!?
何でステータスがこんな一気に上昇してんの!?意味わからんのですが!
≪ステータスの上昇はスキル【従属の喜び】の効果です≫
≪【従属の喜び】とは、主と決めたただ一人のためにその身のすべてを捧げることであり、主が生きている限りステータスが大幅に上昇、それに加えてスキルの威力も上昇します。また、仕えた期間によってはステータスは主が死んでも維持され、上げ幅は主の潜在能力値に依存します≫
えぇ~。何それ。もう意味が分からんですよ。
そりゃこんなに強くなってくれるのはありがたいが、オレの立場が……。ハッキリ言ってオレよりも遥かに強くね?ただレベルの割に全体的にステータスが低い気がしないでもないが…。
まあ、だけど何でこのタイミングで出たのか、その理由はわかったわ。
スキル【白魔法】。オレが持っている白の魔導書の魔法をすべて習得したってことでいいのかどうかは怪しいが、基本的にそんな感じだろう。
だとしたら、オレの使えなかった治癒系魔法が使えるようになってるんじゃないか?
「…ミルフレンニ?大丈夫か?」
「はいっ!!今なら何でもできる気がします!」
「そ、そうか?」
怖い怖い。
お前のその態度がスキルの暴走のせいだと思いたいぐらいに怖い!
何なの?すんげー目が血走ってんですけど…。
えぇ……。今からこいつに頼るの?本当に?それしか手はないってか?……憂鬱だ。
「お前のステータスを確認した。そしたら――」
「――エボル様、言わなくても大丈夫です。私も自分の力が溢れだしてくるのがわかります。そして、この力を使えばエボル様を助けることも可能だと!」
「…ああ、そう。じゃあ、頼むわ」
「はいっ!お任せください!」
「傷を癒せ――ヒール!」
ミルフレンニの手から発せられる白い光。その温かい光に包まれ、傷が癒されていく。感覚的にだが、HPが回復していっているのがわかる気がする。
あとは回復するまでにこいつのMPが持つかどうか、だが…。まあ、大丈夫だろう。今のこいつなら。
◇◆◇◆◇◆◇
(駄目っ!このままじゃ…)
私は焦りを覚えていた。
確かに傷は塞がっていっている。だけど、エボル様の体力などは回復していない。このままでは、傷が癒えてもそのまま逃げるということはできない。
(何とかして、体力だけでも回復できれば…)
そうは思うものの、今の私の力ではそんなことはできない。
エボル様のおかげで力は格段に跳ね上がった。
それでも私は直接戦闘するスタイルのジョブじゃない。ハニー・ベアーはBランク。いくらステータスが上がってても私1人で勝つのは困難。
どうすればいいんでしょうか?
「……あぁ、そうだ。1ついいか?」
「はい!何でしょうか?」
傷を癒すのに集中すべきだろうが、エボル様に話しかけられて応えないわけがない。ヒールに意識を割きつつもしっかりとエボル様を見つめる。
ローブで隠れていてあまりハッキリとお顔を拝見することはできませんが、それでもエボル様が私を見つめてくれているのを感じます。
……あぁ、濡れちゃいそう。
おそらく、おっぱいを押せばミルクが溢れてくるだろうし、下着も厄介なことになってる。
それを悟られたらどうなってしまうのか?
いやんいやんと首を振りそうになりますが、そこは我慢です!
「せっかく、奴隷から解放されたのに今のままじゃ味気ないだろ?だから、これからは親交の証として――」
「――お前をミルフィーと呼ぶことにするよ」
「!!」
(あああぁぁ~~~ん!!)
エボル様に告げられた言葉のあまりの嬉しさに胸の内から溢れるモノが止められない!
そして、私は知らず知らずのうちにある歌を口ずさんでいた。
その歌は一族で使われている子供にミルクを与える時の歌。
意味は健やかに幸せに。その願いを子供に与え続ける私達乳魔族の喜びの歌。
≪スキル【天上の歌声】を習得。発動します≫
そして、聞こえる神の声。
この世界の創造神の一角である神々がステータスを祝福として告げる声が聞こえました。
◇◆◇◆◇◆◇
(……んっ?)
何か冷たい物が顔に当たったのを感じ上を見上げるが、特に何も見当たらない。
気のせいかな?そう考えた時、変化は起きた。
見れば、ミルフレンニ――いや、ミルフィーが歌を口ずさんでいる。それもかなり上機嫌で。そして、それに合わせるようにオレの身体に力が漲り、戻るのがわかる。
先程まで傷が癒え、HPが回復するだけだったのに。今ではMPと体力まで回復し始めていた。
見れば、ミルフィーに新しいスキルが追加されている。
≪スキル【天上の歌声】とは、使用者の感情に応じてスキルや魔法の効果が上昇するものです≫
何がミルフィーの琴線に触れたのかはわからないが、この分なら戦闘にも支障はない。
「…おっ、雨だ」
まるでミルフィーの歌に合わせるように天から雫が降り注ぐ。
「恵の雨……ってところだな」
今回の話ではミルフィーのステータスを大幅に変更しています。これはこの後の戦闘に合わせて今のままでは無理かな~とか思った結果です。
この話を書いてミルフィーがちょろイン感が強くなってしまい、何故こうなったのか首を傾げながらも書き上げました。
※変異石での候補は石に元々込められている候補であり、適正があればなることができる基礎ジョブだけですからジョブ適正には表示されません。