魔法使い⑥眠気を誘う者
ちょっとした日常パートみたいなお話。嵐の前の静けさです。
「さて、無事に着いたな!」
ギルドを出てから半日歩き通しで着いたのは雄大な自然が広がる牧草地。
そこかしこから聞こえてくる「メェ~メェ~」と聞こえる鳴き声。
「…この鳴き声が依頼に会ったシープーだろう。って言っても姿は見えねえし、数え切るのは大変そうだな」
「そうですね。では、いかがいたしますか?」
「まあ、見かけてすぐに数えてもあんまり意味がないだろうな…」
今回の依頼はこの牧草地にいる羊型のモンスターの数を正確に把握すること。見かけてすぐに数えるなら何かわかるような印を付けなきゃいけないだろうな。
「地道にやっていこう。とりあえず、一か所に集めることかな」
「では、そのように」
それからは一か所に集めるべくシープーの捜索を開始した。
「ミルフレンニ!そいつをこちら側に誘導しろっ!」
「くっ…!かしこまり、ました!!」
息を切らしながら石を投げてオレの正面に移動させるミルフレンニ。
それに合わせて移動したシープーを風魔法で固定する。
「よっし。これで何頭目だ?」
「……4頭目で、す。はぁはぁ…」
「じゃあ、また毛皮に模様を描いていこう」
取り出した剣で毛皮の一部を刈り取り、魔法を解除する。その瞬間、鳴き声を上げながら逃げていくシープーの背中を見送りながら、オレはその場に腰を下した。
ミルフレンニも疲れているだろうに、オレが何も言わないから座りこもうとはしない。
「ミルフレンニ、お前も座れ。立ってたら疲れが取れないだろ?」
「かし、こまり…ました」
ふらふらと腰を下していくミルフレンニ。その姿に嘆息しつつ、1冊の本を取り出した。
「それ、は?」
「あぁ、これは魔導書だよ。白魔法の魔導書。知り合いから借りている本だが、まだ習得できてない魔法も多くてな」
風魔法系列以外は接する機会が少ないのか、なかなか習得できない。
白魔法にはあと光と水魔法があり、さらに白魔法の特徴である治癒魔法も存在する。できれば次にポー・ルゥーに会う前には載っている魔法を全部覚えたいもんだ。
そう言えば、この魔導書は読めば習得できるってタイプじゃない。それなら適性がなくても効果は出るのかね?
「ミルフレンニ、お前もこの本を一緒に読んでみるか?」
「私も、ですか?」
「そうだ。ちょっとした実験も兼てな」
「……実験ですか?」
首を傾げるミルフレンニに有無を言わさず、オレは座っているミルフレンニの膝に座り込む。魔法を解除し、ローブも脱ぎ去ったことで軽くなったオレは弱っているミルフレンニでも十分に支えることができるはずだ。
オレはミルフレンニの胸を頭に感じながら魔導書をペラペラと捲っていく。
◇◆◇◆◇◆◇
「エボル様、少々よろしいでしょうか?」
「ん~?」
少し眠気を感じ始めた頃、ミルフレンニが話しかけてきた。
「どうした?お前から話しかけてくるなんて初めてじゃないか?」
「エボル様は私のミルク以外を欲したりはしないのですか?」
どういうことだ?
「つまり、私の身体を欲したりはしないのですか?」
「…ああ、そういうことか。まあ、この状態ではあまりそういう感情もないしな~」
実年齢はともかく、今は5歳児の身体しか持ってない。
「では、お身体が成長されたら私を欲しますか?」
そう告げて返ってきたのはそんな言葉だった。
それは、考えてもなかったな。
「お前も同意するなら考えないでもないが、無理やりそういうことをしようとは思ってないよ。それに、そんな風になってもすぐにまた赤ん坊に戻るかもしれん。考えたってしょうがないことじゃないか?」
「……わかりました。不躾な質問をして申し訳ございませんでした」
何だったんだか…。
「で、どうだ?お前も何か魔法が使えそうな感覚あったりするか?」
「……ほんの少し、今までにない力を感じるような気がします。しかし、それが本当に魔法の力なのかどうかは…」
ふむ、わからないってことか。
それにしても、意外と魔法適性があったのかな?鑑定した感じだとそんなことはなかったんだが。それに、オレはジョブ補正に魔法習得率アップがあるからわかるが、こいつにはそんなことはないはずなんだが。
「……知らなかっただけで、魔法適性があったってことか?オレはジョブ補正で習得率アップがあるんだが、元々の適性が低いのかもしれねえな」
「それは、私の種族が影響しているのかもしれません。私は乳魔族。そこからわかるように、私の種族には魔族の血が流れています」
「あぁ…。だから魔法の適性があるってことか」
人間の進化種はそれほどいい種族とは言えないのかもな。
強くなろうと思えば本当は別の種族の方がよかったのかも。まあ、考えても詮無いことだな。
◇◆◇◆◇◆◇
休憩も終わり、日が暮れた頃。
光の玉がシープーの周りを飛び回っていた。
暗がりに突如現れた光。それに驚いて逃げ惑うシープーをオレが魔法で留めていく。
「やっぱり、魔法適性はオレよりも圧倒的に上みたいだな!」
「お褒めに預かり、光栄でございます」
ミルフレンニは休憩中に光魔法の習得に成功していた。それを使って暗がりで追いこむことができたのだ。
「さて、数えますか!」
一か所に集められたシープー達。中には毛が刈り取られているものも数頭いるが、そんなのは関係ない。全部一気に数えれば依頼は達成だ。
「じゃあ、数えていくから数えたのは追い出して行ってくれ!」
「かしこまりました」
「いくぞ~、い~ちぃ、にぃ~……」
数えては逃がされていくシープー。
「じゅうよ~ん…、じゅう、ご~……」
うつらうつらとなり、瞼が重たくなっていく。
「エボル様?大丈夫ですか?」
「……あぁ」
駄目だ。眠い。
「あとは数頭だけです。私が数えておきますが?」
「いや、一緒に依頼を受けたんだ。最後まで一緒にやるべきだ」
「かしこまりました。では、せめて私のお傍に…」
軽く抱きしめるミルフレンニの体温が心地いい。
「……ふふっ、眠ってしまいましたね。やはり、見た目通り子供なのですね」
数え終わる頃にはオレは眠気に負けてしまっていたようだった。
「ふんふんふ~ん」
ミルフレンニの鼻歌が牧草地に響き、周囲からも寝息が立てられて、それに紛れるようにオレとミルフレンニも寝息を立てていったのだった。
この話でOVL応募要項である10万字突破です。あとは話を続けていくだけですのでのんびりと書かせていただきます。