番外:受付嬢の災難(モンヒャー支部)・前編
モンヒャーで起こる騒動。そのきっかけと裏話に当たる場面。
「エボル様、ミルフレンニ様のジョブ変更は無事に完了となりました」
「…んっ?あぁ、どうも。ついでにこの依頼をパーティー登録用に受けたいんですけど」
ミルフレンニ様のジョブ変更を終え、部屋を出るとエボル様は1枚の依頼書を差し出してきました。
「ええっと、シープーの生態調査ですね。ランクはDランク、報酬は銀貨8枚。お間違いありませんか?」
「問題ない」
「では、これで依頼の受理は完了となります」
大した問題のある内容でもなかったのでサッと目を通して認印を押す。
「それじゃあ」
「お世話になりました」
そのまま去っていくお二方の背中を見送ったところまでは平凡な日だったと思うのですが……。まさか、これから私をとんだ災難が襲うなんて想像もできませんでしたよ…。
「行ったみたいだな。やはり、ギルドで張っていた甲斐があったというもの。……さっさとあの魔法使いを仕留めて女を攫うぞ!」
◇◆◇◆◇◆◇
それは、エボル様を見送ってから数時間が経過した頃。
大きな音を立ててギルド会館の扉が開かれたかと思うと、大股で真っ直ぐに受付に向かってくる人物。その人物はこの町ではとても有名な人でした。
「これはっ!パンプキー商会会長べべロト様!!ようこそいらっしゃいました」
私は目の前で足を止めたべべロト様にぺこりと礼をしました。しかし、いつもならばこちらのことを労ってくださるべべロト様の様子が今日に限っては違っていました。
「…ここに、乳魔族の奴隷を登録に来た者はいなかったか?」
「き、来ましたが…?あの、いかがなさいましたか?」
低く、ドスの利いた声で告げられた言葉に一瞬ビクッとしましたが、なんとか笑顔を取り繕ってお答えすることが出来たと思います。
「そいつは、どんな装いだった?」
興奮をまだ抑えきれておらず、荒い息を立て肩が大きく上下に揺らしながら問われ、私はどう答えるべきか一瞬判断に詰まってしまいました。
これは、ギルドが機密性を重視している点とギルドのお得意様でありこの町の重要人物であるべべロト様に問われ答えるべきかを迷ったからです。
「……その者は犯罪者の可能性があります。そして、私共はその被害者。知る権利があると思いますが、それともギルドは犯罪者を庇われるおつもりですか?」
一度、ギルド長を呼んできます。
そう言おうとした私を牽制するように声をかけてきたのは、確か先代の葬儀に合わせて戻ってきたというべべロト様の娘でした。
犯罪者についてはギルドが法務部門を所有していることもあり、国内の方に則り協力する義務があります。もし、ここで教えるのを渋ればギルドに不満が募るだけでなく、大手商会を敵に回してしまうことでしょう。
私はまるで追い詰められた獣のように震えながら乳魔族の奴隷を連れていた人物――エボル様の情報をお話したのです。
◇◆◇◆◇◆◇
「……なるほど、魔法使いで名はエボルですか」
私がエボル様の名を告げると、何やら思案顔を浮かべるべべロト様。疑問に思って問おうとしたのですが、娘さんがあまりに怖い目つきで睨んでいたのでしずしずと引っ込みました。一応、冒険者に対してはギルド側の方が優位なのですが、逆らっちゃいけない威圧感を感じます。
「ジャマンダ、間違いないようだな」
「そのようですわねお父様」
しばし考え込んでいたべべロト様が娘さんに振り向き、何やら確認したようです。
「ギルド長を呼んでくれたまえ。その人物こそが犯罪者だ」
「へっ!?」
告げられた言葉に私は驚きが隠せません。エボル様はミルフレンニ様が決めたジョブに付いて文句をつけるどころか何も聞かなかった人物。それは彼女を信頼している証。
そんな人が犯罪者だとは到底思えなかったのです。これでも受付嬢になってから5年以上。色々な人を見てきたからこそ、鑑識眼は人よりも養われているという自負があります。そんな私が見間違うなんて…。
「どうしたね?早く呼んで来てくれないか」
「…失礼ですが、何をもってあの人を犯罪者と断ずるのか。それを教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「……何?」
「無礼な。お父様の言う言葉が信じられないということですか?たかが、受付の分際で?」
ぐっ…!
確かに私以上に人を見て来たであろう大手商会会長、それもこの町の重役の1人に文句を言うつけるなどそう断じられても仕方がない所業だというのはわかっていますが、それ以上に私は自分の見る目を信じたいのです。
私は意を決してべべロト様に挑むことを決めました。
「例え、相手がどこのどなた様であろうとも、片方の話だけを聞いて信じたとあってはギルド受付嬢の名折れ。それを信ずるに値する情報がない限りは、このお話を上に伝えるわけにはいきません」
「いい度胸です。ならば、その態度に相応しい罰を――」
「――やめよ」
剣呑な雰囲気を放ち始めたジャマンダ様。彼女が腰の剣に手をかけ、今にも抜き放とうとしたまさにその時、べべロト様が声をかけました。
それだけでピタッと動きを止めたジャマンダ様。彼女は疑問符を浮かべながら、父親に詰め寄りました。
「何故ですっ!?この者はお父様を侮辱したのですよ!」
「…だが、彼女が言うことももっともだ。確かに何の証拠もなければ話を上にあげるわけにもいかん。それに、私がパンプキー商会会長という立場を押して無理を通したという噂が立つのを防いでくれてもいたのさ」
そうだろう?と有無を言わさぬ口調で告げられた言葉に、私は呼吸が苦しくなり必死で首を縦に振り続けることを余儀なくされました。
まるでそうすることが存在意義だと言わんばかりに首を振り続けた結果、やっとジャマンダ様は剣にかけていた手を離してくださいました。
(た、助かりました。本当に死ぬかと思いましたよ!)
「さて、証拠が必要ということだったな」
「べべロト様っ!?そ、その傷は…」
べべロト様が徐に上着を脱ぎ捨てるとそこには痛々しいお姿が。服の下には血が滲んだ包帯が巻かれていたのです。
「……これは、君の言うことろのエボルという冒険者にやられた傷だよ」
べべロト様の言葉を合図にするかのように周囲にいた護衛の方々も防具の下の傷跡を晒し出しました。
「で、ですがっ、それをエボル様がやったという証拠が…!」
それでも信じることが出来ず言い返そうとしましたが、それすらも織り込み済みだと手で制されてしまいました。そして、護衛の方の1人がボードから1枚の依頼書を剥して持ってきました。
「……これは」
「そう、私の商会が発注した依頼だ」
それは、エボル様がキャンセルされたばかりの依頼でした。確かに依頼者にはパンプキー商会と明記されています。
ですが、これが一体どうしたというのでしょうか?
「この依頼だが、キャンセルされたものではないかね?」
「そうですが…」
「では、やはり間違いない。これを見てくれたまえ」
何か確信し、袋を広げました。その中には……。
「これは…!」
「そう。君ならわかると思うがピュアホーネットの眼と針。つまりは私が依頼したものだ。これはエボルという冒険者が私に寄越したものだよ」
「ど、どういうことですか!?」
ギルドを介さずに依頼品の受け渡しが行われたことに驚きが隠せません。これでは、ギルドとしての立場が…。
「私達の現状は知っていよう?先代が亡くなり、私達は追い詰められたのだよ。だからこそ、元冒険者である娘を呼び戻し、自分達で材料を集めることにしたのさ」
「そのために私達は森に入ったのです。そこでモンスターに襲われていたところに現れたのが、エボルという全身をローブで覆い隠していた冒険者でした」
「彼は、私達を助け、そして私がパンプキー商会の人間だとわかるとこう告げたのだよ。『この場で依頼よりも高額で購入しろ。でなければこれは渡さない』」
「なっ!?」
「そこで断ったところ、護衛達は倒され私は負傷したのだよ」
そんなっ!?
「そして、私達は規定されていた報酬よりも高い金貨10枚を支払いました。しかし、それだけでは終わらなかったのです」
「そう。彼は馬車の中に押し入り、私達に同行していた商品を奪っていったのだよ」
続けられた内容は到底信じることができませんでした。
ですが、彼が依頼をキャンセルしたにも関わらず依頼品が届けられているということ。それに負傷したパンプキー商会の皆様を見ると…。
「彼は乳魔族の少女の値段を聞き出し、その3倍の値段。白金貨30枚で売り払うと宣言していた。これは由々しき事態だ。奴隷を強奪することだけでなく、転売することは許されない。それぐらい、君ならば知っているだろう?」
確かにそうです。
奴隷を販売するのは限られた許可を与えられた方々のみ。しかも、奪うというのは立派な犯罪行為。これを見過ごすわけにはいきません。
私は信じたくない気持ちを抑え込むように唇を噛みしめ、受付嬢としての職務を全うすることを決めたのです。
「…わかりました。依頼の突然のキャンセル、それに合わせて新規の奴隷登録……ここまでの状況証拠が揃っていては動かないわけにはいきません」
「わかってくれたかね」
嬉しそうに降格を吊り上げるべべロト様。その様子に違和感を覚えますが、彼らだけに有利に動くことはできません。
「ですが!エボル様が本当に奪っていったという証拠がない以上、まずは事実確認を優先させていただきます」
今度はこちらこそ有無を言わさないという態度で堂々と言い放つ。ここで負けてはギルドの立場が危うくなるだけでなく所属しているすべての人が被害を被る可能性があります。
「もちろん構わないとも。これは、乳魔族の少女の身元保証書であり、売買契約書の写しだ。有効に使ってくれたまえ」
そこには容姿や年齢。さらには購入価格の書かれた正式な内容が記載されていました。購入者は先代会長ということは先代がなくなり、所有権が移った商品ということになりますね。
これは奴隷売買業者やギルドなど以外では見られることのない重要書類。これが偽物ということはまず有りえません。
「それでは、ギルド長とも相談してまいりますので応接室でしばしお待ちください」
応接室に案内すべく立ち上がった私でしたが、この時もっと注意深く人を見ていれば彼らが笑みを浮かべていたこと。それに、護衛の方が1人いなくなっていたということに気付いたはずでしょう。
パンプキー商会がやろうとしていること、さらにはそれに巻き込まれつつある冒険者。その陰謀に気付くことができたのは私だけでした。つまりは、私だけがこれから先に起こる騒動を未然に防ぐことができたのです。
しかし、私はパンプキー商会という大手商会の圧力に屈し、大切な確認を怠ったのでした。
次回以降エボルに降りかかる災難をどう逃げ切るのか。ちなみに、受付嬢の名前はアミスです。
本編で出るかわからないのでここで。