表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/53

魔法使い④乳魔族の少女

 お待たせしました。

 おどおどと姿を現したのは一言で言い表すならば、美少女だった。

 整った顔立ち、肩で切り揃えられた綺麗な黒髪に白い肌。そして、人間とは違うことを実感させられる頭部にある短い巻き角と尻尾。何よりも目を見張るほどの巨乳!!

 そう、美少女は乳魔族だった。

 それも、オレがカタログで見たどの乳魔族よりも遥かに美しい存在だった。


「お前は、今日からこの方の所有物となることが決まった。ご挨拶なさい」

「は、ひゃい!」

 告げられて初めてオレに向き直る少女。改めて向かい合うとその美しさは目を奪われるほどだった。

 だが、ちょっと待ってほしい。

「ま、待ってください!さすがにこのような方をいただくわけには…!」

 一体、いくらするんだよ!払えねえっつーの!

「おや?何かお気に召しませんでしたか?」

「お父様、一般の方の中には奴隷制度を疑問視あるいは否定的な方がいらっしゃいます。おそらくは…」

「おぉっ、そうであったか。では、この話はなかったことに――」

「――待ってください!別に奴隷が嫌というわけではないのです!」

 目の前で消えていきそうな大きすぎるチャンスに思わず声を荒げてしまった。これではもう後には引けないじゃないか…!

「元々、私はあなた方パンプキー商会の依頼を受けていた身です」

 そう言って、依頼品であるピュアホーネットの眼と針を見せる。すると、親子は大層喜んでくれた。それこそ、小躍りしだすほどに。

「…そして、幻滅されるかもしれませんが私はある目的のためにこの依頼を受けました。その目的というのは、依頼を通じてあなた方と接点を持ち、通常よりも安価に奴隷を購入できないかというものです」

 奴隷を欲する目的以外は正直に話そう。

「奴隷を求めている理由は、私の知り合いの世話役という形にはなりますが…、何分私はしがない冒険者。カタログに載っているような金貨50枚もする最高級な奴隷には手が出ません」

 ピュアホーネットの依頼でも報酬は金貨1枚だ。正当な手段で手に入れようと思ったら、一体何年先になるのやら。

「それに、そちらの方はどう考えて見てもそれ以上の価値があると考えます。そんな奴隷を譲り受けるわけには…」

 実際は喉から手が出るほどに欲しいけどな!


「それでしたら、問題はございませんわ。ねぇ、お父様?」

「…そうだな。元々、奴隷販売からは手を引こうと考えていた身、それなのにこれほど高価な奴隷を養っていく余裕もないのです」

 どうやら、奴隷を雑に扱えば売値が下がってしまうので、本当にそれを商売として考える場合は奴隷を大切に扱い、身の回りの世話などもするらしい。奴隷として身に付けておくべき所作などは教え込むがその生活は下手をすれば下級貴族令嬢以上の環境になるそうだ。

 ただし、これはあくまで売れる奴隷に対して行われること。奴隷は品評会があり、そこのランクで受けれる扱いが変わってくるのだという。

「この奴隷は、先代が死の間際に連れてきた新入りですが、その分我々が世話をしたのはまだ数日。この奴隷にかけた費用は本当に微々たるものです」

 だから、貰ってやってください。そう会長に告げられ、オレは視線を再び奴隷の少女に移す。少女は事の成り行きを見守っており、沈黙を保っている。ただ、その表情からは不安が読み取れる。

 そりゃそうだろう。自分が今まさに売られようとしているのだから。

 しかも、オレのようなその日の生活もどうなるか怪しい冒険者に。

 ただ、もしかしたら主人が奴隷販売から手を引くと知り、劣悪な環境に移されるという恐怖もあるのかもしれない。まあ、彼女にしてみればこの交渉は百害あって一利なしといったところか。

 やれやれ。不安なところ悪いが、オレにとっての良すぎる話。断る理由はないな。

「ちなみに、この奴隷は正規のルート買おうとすればおいくらぐらいなのでしょうか?」


「そうですね……ざっと白金貨30枚ぐらいですかね」

「是非、譲ってください!」

 即決でした。



◇◆◇◆◇◆◇



 いやぁ~、得した得した。

 ほくほく顔で歩く(といっても浮いている)オレの後をついてくる少女。こんな美少女を無料で手にいられるなんて、超ラッキーだ。

 ちなみに、オレの今の所持金は銀貨11枚。通貨は鉄貨から白金貨まであり、基本的に100枚で次の通貨1枚という計算になる。鉄貨と銅貨だけは10枚で1枚だが…。つまりは、白金貨30枚は銀貨で言うと銀貨30万枚ということになる。今のままでは一生働いても稼ぎだせないだろう金額だ。


「さてっと」

 ある程度彼らから離れたところで足を止め、振り返る。当然、少女もオレに合わせて足を止めている。

「それじゃあ、互いに自己紹介をしておこう。オレの名はエボル。冒険者で、ランクはCだ」

「わたくしの名はミルフレンニと申しますご主人様」

 オレが名乗ると、少女は綺麗なお辞儀をして名乗りを上げた。

「あぁ~、ご主人様なんて呼ばなくてもいいよ?オレのことはエボルと呼べ」

「かしこまりましたエボル様」

 様はいらないんだけどなぁ…。

「じゃあ、ミルフレンニ…契約を結ぼうか」

 奴隷とは契約を結ぶのが当たり前だ。主人を殺して自由を手に入れようと考える奴隷がいないとも限らないからな。

「と言っても、難しい契約じゃない。絶対に守るべき内容は2つだけ。それを守ってくれれば問題ない

 1つ、オレの秘密を他人に漏らさないこと。秘密っていうのは後から教える。

 1つ、オレに危害を加えないこと。

 この2つを守ってくれるならば大抵自由にしてもらっても構わない」

「かしこまりました」

 頷いたのを確認して、1枚の紙を取り出す。その紙こそが契約の証。

 先程の契約内容を記入し、ミルフレンニに差し出す。

 ミルフレンニは無言で指を切り、契約書に血を染み込ませる。それを見届けたオレも紙を手に取り、ローブの中で血を付ける。

「おっ!」

 契約が完了した合図に契約書が光を放ち、文字が浮き上がっていく。その文字はぐるぐるとオレとミルフレンニの間を飛び回り、つま先から頭の先まで回り終わると何事もなかったように契約書に戻っていった。

「……これで契約完了、か」

 いまいち実感が湧かないな。

「それじゃあ、今からオレの秘密を見せる」

「!?」

 バサッとローブを脱ぎ捨てると、ミルフレンニは驚愕で目を見開いていた。



◇◆◇◆◇◆◇



 ――少し時間は進む。

「あの娘をどこにやった?」

「た、助けてくれ……!金なら払うっ!だ、だから…」

「いいから質問に答えろ!」

「ひぃぃぃ…!」

 あの魔法使いと離れてからすぐに私達は再び先程のハニー・ベアーに襲われた。しかし、先程とは様子が違う。今度は人を連れていたのだ。

 調教師――モンスターを使役するジョブ。

 私達は嵌められていたのだ。

 馬車の周りには護衛の死体が転がり、娘のジャマンダは男によって抑えられ、私はというと刃を突きつけられている。

 そして、男はしきりにあの奴隷の娘のことを聞いてくる。


「あ、あの娘が何だと言うのだっ!?わ、私は何も…ギャアアアアアッ!!」

「お父様!」

 否定しようとした途端、男は私の肩に刃を突き刺した。

「御託はいいんだよ…!さっさとどこにやったか言え。そうすれば、命は助けてやる」

「わ、わかった!言う!言うからっ!」

 娘が私の態度に僅かに目を逸らしたのがわかる。だが、仕方がないんだ。こうしなければお前も私も…。


「……なるほど。突然現れた魔法使いか。ここら辺に来たってことは依頼を受けてだろう。おい!」

 男は控えていた仲間に何やら囁く。

「かしこまりました」

 仲間もそれに反応し、すぐさま離脱していく。

「…一応、約束だからな。見逃してやる。ただし、このことを誰かに話せば殺す。そう遠からず誰かが差し向けられるだろうがな」

 精々地盤を固めておけ。男はそう言い残し、姿を消したのだった。


「ふぅ…」

 男が完璧に消えたのを確認し、私は大きく息を吐く。

「…お父様、ご無事ですか?」

 ジャマンダが肩の傷を心配して駆け寄ってくるが、私はそれを手で制する。早くここを離れた方がよさそうだからな。

「怪我のことはいい。今は一刻も早くここを離れるべきだ」

「わかりました。()()()もいい加減に起きなさい!」

 ジャマンダが声を張り上げると、むくむくと起き上がる者が。それは死んだと思われていた護衛達だった。

「上手く騙せましたね。お嬢」

 立ち上がった内の1人がジャマンダに軽薄な笑みを見せる。

「ええ。上手くやったわ。あとは勝手に向こうが処理するでしょ。まったく、これもすべてあの色ボケ爺のせいですわっ!!」

 怒りを撒き散らし、ジャマンダは剣を振るう。それだけで周りの木々が数本薙ぎ倒されていく。

「…ジャマンダ、やめなさい。誰かがいたらどうする?面倒なことにしかならん。我々は身内が突如として死んだ不幸な商会として行動しているのだからな」

「わかっております。しかし、あの爺のことを考えると腸が煮えくり返って来るのが抑えられないのです!」

「それは私も同じだよ。あれが実の父だと思うと吐き気がする」

 魔法使いには見せなかった獰猛な一面を見せつつ、語り合う。そんな中、思い出されるのはほんのひと月ほど前のことだ。


 私は父の寝室を訪れていた。ある噂を聞いたからだ。

『かいちょ――いえ、父上。もう一度お聞きしてもよろしいですか?』

 会長としてではなく息子として聞きださねばならぬことだ。そう確信し、父にもう一度問い掛ける。その瞳には憤怒が宿っており、おそらく睨みつけていることだろう。

『…………』

 傍らでは娘も同じような視線を向けていることを気付かれぬように目を伏せているのがわかる。それほどまでの憤怒の気配が漂ってくるからだ。ただし、そこは冒険者としての実績もある娘。悟られても問題がない相手にしかその気配はわからない。

『言った通りじゃ。奴隷を買った。それだけの話じゃよ』

 何でもないように言ってのけ、こちらを振り向きもしない。

(これが全盛期には国すらも自在に操ると言われた男か!)

 あまりの落ちぶれ振りに私は言葉を紡ぐことも出来なかった。

『その奴隷というのが、問題なのです。白金貨10枚もする奴隷を買った。別にそれは構いません』

 大金ではあるが、商会にとっては微々たる出費に過ぎないのだから。問題はその購入理由だ。

『ですが、その奴隷を平民に下げ渡すために購入したというのは到底納得できるものではありません!!』

『――平民、だと?』

 それまでこちらを見向きもしなかった父はその言葉にはピクリと震え、怒りのオーラを立ち昇らせる。

『べべロト、貴様…言うに事欠いて儂が愛した者の孫を平民とのたまったのか!!』

『!!』

 あまりの気迫にそれまで突けば倒れそうだった印象が払拭される。これは、まさしく傑物だ。

 だが、今回ばかりは話が違う。私も次の商会の担い手として引くわけにはいかんのだ!

『お言葉ですが、父上。例え、商人として大成する前に惚れていた女の孫であろうとも平民は平民。我々パンプキー商会は国では貴族に並ぶ家柄。平民にそのような過分な施しをしたとあっては、周りに示しがつきませぬぞ!』

 かつて愛していた女――その女との結婚を夢見ていた父だったが、当時有数の権力者を背後に持つ商人に横から掻っ攫われたのは聞いている。その後は、母と知り合うまで死に物狂いで働き今の地位を築き上げたことも。そして、その相手の家を潰したことも。

 その女自身はもう既に死んでいるが、それでも血は残っていることも。

『黙れ黙れ黙れっ!彼女の孫の子が、ひ孫が!死にかけておるのだ!ここで何もせねば儂は何のために財を築いたというのか!!』

『…だからこそ、貴重な奴隷――乳魔族を宛がうというのですか?』

『そうじゃ!乳魔族のミルクには飲んだ者を健康にし、生涯の安寧を与える効能があると聞く。彼女のためならばたかだが白金貨10枚程度痛くもないわ!』

 愚かだ。

 この人はいつからここまで耄碌したのだ?

『わかったら出ていけ!もう既に金も払っておる!文句を言っても遅いわ!』

 わかってないのだ。その奴隷は元々敵対している商会が購入を予定していたのだ。それを無理やりに黙らせ、手に入れた。報復はパンプキー商会に向くぞ。

 私は未だに目を伏せている娘に視線を向け、軽く足を鳴らす。

『わかりました。出ていきましょう。そう言えば、父上――』

『なん――』

 放たれようとしていた言葉は最後まで放たれることなく、父の心臓には刃が突き立てられていた。

『――あなたはもう不要です』


 倒れた父をベッドに移し、その場をあとにすると翌日何事もなかったように死体を発見して見せたのだ。父が死んだおかげで私に不信感を抱いている不穏分子の一層も完了し、また今回の襲撃で相手方を潰す口実もできた。

「それにしても、お父様。あの奴隷をただでくれてやったのは少々もったいなかったのでは?」

 娘が自らの愛剣――欲血の剣を握りながら言った言葉に思わず苦笑してしまう。

 欲血の剣。黒い刀身のその剣はマジックアイテムであり、斬った者の血を吸うことでその相手を仮死状態へとする武器だった。

 だからこそ、護衛達は死んだように見え、父は生きたまま地面に埋められた。

 最も苦しんで死ねばいいのだ。

 この可愛い娘が持つには似つかわしくない武器だが、ジョブが暗殺者ではしょうがないか。

「まあ、そう言うな。先程の襲撃者を見ただろう?」

「…ああ、さっきの。あれで襲撃者って言われても、ねぇ?」

 ジャマンダが振り返ると、起き上がった護衛達は失笑を堪えていた。

「お前から見てどれほどの実力だ?」

「レベルは…40前後といったところでしょうか。所詮は雑魚ですね。リーダー格がよくてBランクと言ったところじゃありません?」

「40で雑魚か…」

 まったく、頼もしいな。

「だが、あの魔法使いはそれよりも雑魚なのは私から見ても明らかだ。つまり、あいつは殺される。そして、殺されたのならばどうせあちらに行くのだろう?つまりは、後で奪い返せばいいだけのことさ」

 もしも失敗しても今度は奪われたとでも言って殺して奪えばいいのだからな。

「まあ!そうでしたの。私ったらとんだ早とちりを」

「よいのだ。お前はそれでいい。さて、それでは帰って反撃の準備を整えるとしよう」

 これからは楽しい搾取の時間だ。



◇◆◇◆◇◆◇



「こ…ども?」

 ローブが落ちて現れたのはまだ小さな子供でした。

「ん?どうかしたのか?」

「あっ、いえ」

 何と言えばいいのか。それに、この子供――いえ、この人は私のご主人様。逆らえば何をされてしまうのか。あまり恐ろしい人には見えませんが、外見だけではわからない。だからこそ、私はこうして奴隷に身を落としたのだから。

「…ただ、思ったよりもお年がお若いのだなと思いまして。どうりで声がお若いと思いました」

「そう見えるか?こう見えても覚えてる限りでは17歳だけどな!」

「17!?」

 そんな風には全然…。

 驚愕しましたが、それ以上に私は自らの失態に気付きました。

「も、申し訳ありませんっ!」

「別に気にしなくていいよ。これはオレの秘密にも関することだ」


「進化種…ですか?」

 ご主人様が語った秘密は、理解しがたいものでした。

「そうだ。オレはある一定まで年齢が達すると赤ん坊に戻ってさらなる強さを手に入れる。だからこそ、オレはお前が欲しかったんだ」

 ご主人様は私の胸を指差しました。

 そうですよね。この胸以外に私に価値なんてありませんよね…。今まで何人もの人間が胸に注目してきましたし、やましい気持ちで接しても来ました。

「……つまりは、私のミルクが必要だということですね?」

「ああ、そうだ。常に戻った時に用意しておけるとは限らないからな」 

 私が顔を俯かせたのに気付かず嬉々として語るご主人様。

 いいでしょう。私は所詮、奴隷。あなたの望むままに行動しましょう。


「それでは、ご主人様が必要とされる限り従わせていただきます」

 作り笑いを浮かべ、頭を下げたのでした。

ジャマンダ Age18 Lv.71

種族:人間・女 ジョブ:暗殺者 ランク:S

装備:欲血の剣


べべロト Age48 Lv.10

種族:人間・男 ジョブ:商人 ランク:なし

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ