魔法使い②ミルク探し
「これ、おじさんから渡しておいてって頼まれたんだー」
「……あら?そうなの?ありがとねぇ…。まったく、近頃のお客さんは。まあ、前金を貰ってるから別にいいんだけどね」
「ふっふっふ、上手くいった」
オレは背後から聞こえてくる宿屋のおかみさんの声を聞きながら、上機嫌で宿屋をあとにする。
なんとか期限ギリギリまでに魔法の習得を終え、レベルも4まで上がったのでそのまま鍵を返して宿から出ていく。荷物は持てたが、いちいち重い。
こりゃ、格闘家の時に攻撃力というか力が上がってなかったらキツかったな。
さて、まずすることは……。
◇◆◇◆◇◆◇
「失礼」
「ようこそギルド会館へ。こちらはモンヒャー支部で――もひゃあああああ!!」
受付嬢が突如として上げた奇声。ギルド会館にいたすべての人が驚いてこちらを振り返るほどの大音量で発せられた声を目の前で聞き、思わず後ずさりそうになる。
「……どうかしましたか?」
凄い声出したぞ。というか悲鳴だったけど。
「いえいえいえ!驚くでしょ!何なんですかその姿っ!」
やっぱり驚くのか。まあ、これは苦渋の策だし諦めてもらおう。
「…………ノーコメントで」
「って、そんなわけにいきますかっ!」
本当に無駄に元気な人だ。
まあ、仕方ないかもな。オレの今の姿は結構不気味で怖い。さすがにこれから行うことを考えると子供の姿というのは拙い気がしたからな。
そんなオレの格好はデカイ布が動いてるような印象を与えることだろう。
自分の伸長よりも遥かに大きいサイズのローブをすっぽりと被り、足りない手足の部分がほぼ宙に浮いてしまっているのだから。これは、苦労の果てに習得した風魔法で宙に浮き、さらに手足の部分も風魔法で操っているからに他ならない。一応、手先の部分には手袋を使用しているものの、さすがに足元は地面に接する分抜けやすいので履物はない状態だ。
(見る人によってはゴーストのような印象を与えるかもしれないな)
見えないローブの下で苦笑を浮かべてしまう。
ちなみに、これはMPを消費するわけだが意外とコストが少なく1時間にほんの少しだけ減る程度だ。
「まずはローブを脱いで顔を見せてくださいっ!」
「それはできない。そもそも、ギルドはコレで識別するものだろう?」
そう言って、取り出したギルドカードを放り投げる。
「くぅぅぅ…!」
受付嬢はそんな悔しそうな表情を浮かべ、カードとオレを交互に見比べる。しかし、オレが何も反応しないのを見ると、がっくりと大きく肩をおろし渋々カードの確認を行い始めた。
「……ええっと、エボル様。ランクはCで、最終更新地はアパレイト支部ですね」
「ああ、そうだ」
「…あれっ?エボル様、どこでジョブを変更なされたんですか?アパレイト支部では格闘家だったのに、今は魔法使いになってますよ?」
「……それが何か問題でも?」
「いえ、問題はないですけど…。でも、ジョブを変更するためにクラス・ストーンを使った形跡がありませんので…」
…何だそれは。
ローブを着ていたおかげで動揺が知られなかったのは幸いだったな。まさか、ジョブをチェンジするためにそんな物が必要だったなんて…!
「……ちょうど、知り合った人間が持っていたから貸してもらったんだ」
「……知り合い、ですか?」
うっわ~、超怪しんでるよ!
そりゃそうだよな。だってこんな怪しい見た目、しかも顔を晒そうとしない人間だし。オレでも初対面だったら信頼するところは1つもないわ。
「…………ありえなくはありませんが、クラス・ストーンは大変高価でギルド会館を除けば、王侯貴族や大手パーティー以外で持っている人は皆無だと言っても過言ではありません。失礼ですが、どなた様からお借りしたのですか?」
さて、どう答えるべきか。
この受付嬢は基本的にオレのことを疑っている。だからこそ、些細な疑問も解消しておきたいと思っている。そして、ジョブチェンジをギルド以外で行ったというのならば何かしらの理由があるのではと疑っている。それこそ、見た目から犯罪者の仲間なのではないかと疑っていてもしょうがないだろう。
だが、それで諦めるわけにはいかない。
先程得た情報から使えるかもしれない手を使う。
「……『白銀の騎士団』、第2部隊部隊長レンデルより借り受けました」
「えっ!?レンデル様からですか!」
すまんレンデル。
心の中で合掌しつつ、オレは後戻りはできないと捲し立てていく。
「ええそうです。前回の依頼で偶然にも一緒に行動する時間がありましてね。その際、彼の仲間のポー・ルゥーから魔法の指南を受け、魔法使いに変わることを決意したのです」
大手パーティーだという彼らならば持っていても不思議ではないのだろうし、ほんの少しの真実を混ぜておくことで信憑性は増すはず。
それに何より、これはギルド側への牽制という点では最も効率的な手段のはずだ。
「そう。前回の依頼ではギルド側からも大変良くしていただいたんですよ?」
これは、ギルド側の不手際によって迷惑を被った。だから、ギルドではクラス・ストーンを使わなかったという言い訳にもなるはずだ。
「…う~ん、確かに『白銀の騎士団』なら…。それも、隊長クラスなら持っていてもおかしくはないですね。ですが……」
考え込んでいるな。
もしや、ギルド間での情報はやり取りをしないのか?だったら、ギルド側の不手際もアパレイト支部だけで内々に処理されている可能性もあるな。面子のために身内の恥を晒すような真似はしない。組織ならばそんな風に考えても仕方がない。
そう考え、冷や汗が流れ落ちるのを感じていた。
「まあ、いいでしょう。そのお話を信じさせていただきます」
……へっ?
別の言い訳を考えようとしていたところに告げられる言葉。それによってオレの思考は戻されることとなった。
「『白銀の騎士団』の名を騙るということは、彼らを敵に回すということ。それぐらいは常識ですからね。人の口に戸は建てられないように、噂はどこからか漏れて彼らの耳にも入ることでしょう。その時、嘘をついていた場合は苦労するだけですから」
にこやかに辛辣なことを言ってくれるな。
まあ、いいや。関わらないようにしていれば問題ない。それに、もしもレンデル達が生きていたならば話を合わせるぐらいのことはしてくれるだろう。
お人よしとも思えるほどの誠実な騎士の顔を思い浮かべ、大丈夫だと信じそこで話を打ち切った。
◇◆◇◆◇◆◇
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ~、その…」
どうしようか?正直に言うべきか、言わざるべきか。これを正直に言うことで少々困ったことになりそうな気がするんだよな。
「実は、人材を探しているんだ」
だが、結局は考えても詮無いことだと正直に語る事にした。と言っても、最初はさすがにぼかした表現にしたわけだが。
「人材、ですか?パーティーメンバーということでしたら、募集をかけますが?」
どのような人材をお探しでしょうか?そう語る受付嬢に苦笑しつつ、首を横に振る。
「いや、そういう人材じゃないんだ。なんと言うか…そう!使用人のような者を探している」
「…使用人ですか?」
「ああ。それも旅に付いて来れる人材がいい」
「旅の同行…荷物持ちなどですか?」
「まあ、それも含まれるが、基本的にはある人物の世話係だ。その人物はまだ幼いので付いていられない時の世話を頼みたいんだ」
「……そういうことでしたら、商業部門の人材派遣サービスがご紹介できます。ただし、そういう人材は基本的に給金制ですので払えなくなった段階で契約は解除、さらにその人物の実の安全を保障する義務が発生します」
それだと面倒臭いな。契約をずっとしておかなければオレの秘密が漏れる可能性がある。その上、契約で縛ってもどこかで情報を渡す可能性がないわけでもない。
「……できれば、もう少し明確な主従関係を結べる関係が望ましいんだが。色々話されては困る情報というものもあることだし…」
「それでしたら……」
彼女はちょいちょいと手招きして顔を寄せろという仕草をしてくる。
「どうしました?」
「いえ、あまり大きな声では言い難いことですので。少し、個室に移動していただいても構いませんでしょうか?」
どういうことだろう?首を傾げつつも彼女に案内される形で個室へと入っていく。
◇◆◇◆◇◆◇
「さて、ここならば念話も封じられていますので外に情報が漏れることはございません」
案内されたのは窓もない狭い室内。あるのは光源とテーブルに椅子が2つだけ。室内は4人も入れば身動きが取れなくなるほどに狭い場所だった。
「では、エボル様のご要望の人材ですが…、あまり言いたくはありませんがそのような人材ですと契約ではなく奴隷以外にありえません」
奴隷。経緯は様々だが、自分の力では生活できなくなった者や何らかの理由で身売りされた者。
「奴隷とは、商業部門と法務部門が連携することで成立しているよく言えば人材派遣の手段とされています。ですが、世間的にはあまりいいイメージを持たれません。欲するのは絶対に裏切らない従者が欲しい訳ありの人物」
そこでオレを見るのは正しいがやめていただきいものだ。
「それに、貴族などの人を使うことが当たり前となっている人物達です。そういうちゃんとしたお金を払える身分の者ほどむしろお金を払い続けることを嫌がる傾向にあり、奴隷を購入していきます」
「雇うことよりもメリットもあるんだろ?」
じゃなきゃ買わないだろうからな。
「もちろんです。むしろ、そのメリットこそが奴隷制度が有効とされている実情です。奴隷は契約者に絶対服従。そして、契約者は奴隷の生殺与奪権も与えられます」
「つまり、逆らえば殺してもいいと?」
「最悪の場合はそういうことになります。ただし、それはあくまで最後の手段。基本的にはそういう奴隷は最初よりも遥かに劣悪な環境へ送り込まれます」
「……わかった。それでいいから紹介してくれ」
「かしこまりました」
彼女が取り出したのは数冊の黒い冊子。
「これは、カタログとなっております。店の場所や入るための条件。最低落札価格や奴隷のプロフィールなどが記載されています。もちろん、ここに載せられていない店側の秘蔵の品もありますがそういうのはかなり高価となっておりますので…」
オレでは払えないってか?
「では、見せてもらっても?」
そのカタログにはありとあらゆる種族の老若男女の姿が。安い者ではそこら辺のゴミぐらいの価値、最低通貨の鉄貨1枚。高い者では金貨50枚までいた。VIPの客にはこれ以上の上玉が贈られるのか。
ちょっとだけ見てみたい。そう思ったが、今の自分にそれほどの財力がないのは明らか。無駄なことはしない方がいいだろう。
「これは…」
そんな中見つけた人材。それには目を奪われた。そのページに記載されていたのは乳魔族と呼ばれる種族の若い女性だった。
乳魔族の説明も書かれているが、乳魔族はその名の通りミルクが出る種族。元々は牛の獣人が進化したとされる種族で女性しかいない種族。これは、オレが探していた種族そのものじゃないか!
「やはり、男の人ですね」
そんな風に凝視していたら受付嬢がボソッと呟く。
何だ?そう思ったが、オレのことをまるで汚い物でも見るかのような冷めきった視線が。
「……あの、何か?」
「別に」
そうは言うが、別にって雰囲気じゃないんだが…。
と、そこで気付いてしまった。彼女の身体の一部。そこはあまりにも…。
「何見てるんですか?」
「いやっ、別に!」
「ふんっ!私はまだまだ若いんです!そのうち成長するんですからね!」
あぁ…。怒らせてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇
「さて。頑張りますかねぇ…」
乳魔族の最低購入価格は金貨8枚。しかも、結構な年齢であと数年しかミルクが出ないという者でそれなのだ。そんなあと数年しか使えないのでは意味がないのだ。やはり若い人、つまりは高い人ということになるのだ。
「金貨50枚も稼ぐのは大変だな」
魔法使いを限界まで極めてもその間に色々不審な状況になる。1つ場所に長く留まれないのだから購入金額を貯めるまでに次のジョブへ変わらなければならない可能性が高い。ハッキリ言ってそれでは本末転倒だろう。
「とは言え、金を稼ぐことをやめるわけにはいかない」
だからこそ選んだ依頼。これはある商会に素材を届けること。つまりは討伐と納品が一緒になった依頼だった。しかも、この商会は先程見た奴隷を取り扱っている店舗でもあった。つまりは、依頼を通じてなんとか縁を繋げられないかなぁ~という甘い期待がある。
まぁ、無理なのはわかってるけど、それでも期待してしまうのが人という種族だろう。