格闘家⑩星空の誓い
今回、主人公はほぼ空気です。やはり、レンデルは駄目だ!あいつは主人公性が強すぎる。あいつがいると、エボルが、エボルが食われてしまう!
こうなったら、赤ん坊に返すしか…。
「……エボルは部屋に入ったか?」
「ええ、大丈夫みたいよ」
「そんなに気にするなって!俺達がいて、万が一なんて起こさせねえよ」
エボルと共に宿屋に入り、今は3人で話し合っている。
「…できれば、彼には抑えてもらいたいものだけど」
仮にも、騎士団に入団を希望していた人物だ。そんな浅はかな真似をしない人間であると信じたいのだが…。
「「いや、それは無理だろ(でしょ)」」
そんな淡い期待は2人にあっさりと崩されてしまった。
まあ、疑いが向けられなければこうして話し合う必要もないんだけどさ。それでも、改めて現実を突きつけられると凹むよ。
「ただでさえ、あいつはエボルのことを憎んでた。自分が獲物を横取りしたのではなく、エボルが横取りしたと思いこんでるんだぜ?」
「…そう。しかも、私達の制止を聞かずに彼を攻撃までしようしていた。リーダーが信じたい気持ちはわかるけど、対応はきちんとしておかなきゃ」
「わかってる」
そう。わかってはいるんだ。
もしここで希望的観測でエボルから目を離し、それで襲われるようなことがあれば『白銀の騎士団』の名声は地に落ちることになる。仲間たちが必死で築き上げた物が一瞬で瓦解するのだ。
「…………」
「…………」
「…………」
室内に重々しい沈黙が流れる。
「まっ、俺はエボルがそう簡単にやられるとは思ってねえがな!」
そんな空気を払うようにガンガルは明るい声を上げる。彼は一見粗雑に見えるが、こういう空気の時には率先して話題を逸らすムードメーカー的な役割をしている。
「……賛成したくないけど、私も同感ね。何も起こってないうちから気にし過ぎていても碌なことにならないと思うもの」
「だろ?それよりも俺が気になるのは、エボルのことだよ!」
「……エボルのこと?何がそんなに気になるんだ?」
特におかしなことはなかったと思うんだけど…。
「おいおい、気になる事なんてたくさんあるだろ!むしろ、あり過ぎるぐらいじゃないか?」
「例えば?」
「そりゃ、お前から魔導書を借りたところだろ」
そう言えば、部屋に入る前にポー・ルゥーから何か借りてたみたいだけど…。魔導書だったんだ。
「あいつは格闘家だって言ってただろ?格闘家が魔導書なんて必要にするのか?」
「あら、彼は魔法の才能もあるみたいだから可能性は高いと思うわよ。渡したのだって私が専門としている攻撃魔法系の黒魔法ではなく、白魔法の本だったし」
「…何でお前が白魔法の本なんて持ってるんだ?」
「師匠の教えでね。基本的に自分の得意とする魔法を磨くのは大事だが、他の魔法についても一通りの知識と技は持っておくべきだって」
「ポー・ルゥーの師匠はスパルタだからね…」
僕も知ってるというか、騎士団で魔法を使える人間は大抵がその人のことを知っている。騎士団の前身だったパーティーの魔法指南役で、今でもたまに団員達に魔法を教えてる人だし。
ただ、彼女のように本格的に弟子入りしている人は少ないけど。
「……あぁ。あの人か。おっかなそうだもんな」
ガルガンは魔法を使えないけど、言われて思い当たるぐらいには知っているらしく珍しく表情を歪めている。
「でもよ!お前らだってあの兜はさすがに気になるだろ?」
くじけないなぁ~。
「…確かにね。宿に入ってからも一切外そうとしなかったし…」
そう。僕達は未だにエボルの素顔を知らないんだ。親しみにくい性格をしているわけでもなく、普通に接することが出来るのに、素顔だけは晒そうとしなかった。
「あの仮面の下にはどんな顔があるのか…。興味が尽きないぜ」
「……まあ、少なくともあなたよりは美形でしょうね」
「なんだとっ!」
「まあまあ、2人とも落ち着いて」
いつものように始まった喧嘩を止めつつ、何事も起きないことを祈っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ~む……使えん」
ポー・ルゥーから借りた白の魔導書を読み耽ってみたが、書いてある魔法を使えるようにはならん。これはMPが足りないのか、それともジョブのせいか…。オレに才能がないってことではないと思いたいんだが。
「白系統の魔法は風や水、それに光。傷を癒したり、守りの魔法が多いな」
そういう魔法だからか、僧侶に至るために必須の魔法と記載されている。ってことは、白魔法を覚えれば僧侶になるってことなのか?
進化の可能性としては高いな。
「とりあえず、必要なところだけは書き写しておこう」
その前に、いい加減窮屈だから兜は外しておくか。レンデル達が来たら、着ければいいだけだし。まさか、扉を突き破って入って来るなんて無作法な真似はしないだろう。
この短い間でも、レンデルが紳士的な性格をしていることは把握した。
「ガンガルは……、微妙かな?」
粗雑だけど、決して乱暴者というわけではない。騎士団に所属しているだけあって野性味の中に理性と知性を感じさせる。
ポー・ルゥーはそんな2人のまとめ役を自称するだけあって落ち着いた雰囲気だったしな。まぁ、ガンガルに対しては結構辛辣だったけど。
「さて…」
兜を外し、いざ移し始めようとペンを手に持った時。それは訪れた。
◇◆◇◆◇◆◇
「何だっ!?」
隣――エボルの部屋から聞こえたガラスが割れるような音。その音を聞きつけ、すぐさま装備を手に取ってエボルの部屋に向かう。
「クソッ!全然気付かなかったぞ!」
「ありえないわ。彼にそこまでの隠密性はないはず…!」
そうだ。あいつは目立つことを好む。確かに僕達がいるというのに、襲う行為は目立つだろうが…。それでも僕達に気付かせないように動くことができるとは思えない。
「――予想外の出来事が起きているみたいだ。状況がわからないうちは迂闊に仕掛けられない」
「だが、見捨てることもできん!」
「それはもちろんだ。僕達の対応が悪かった可能性もある。それに、もしも彼――ギオが犯人なのだとしたら僕達がけじめをつけなければならない」
それだけは譲れない。
「ひとまず、エボルを助けるのが先よ」
「わかってる」
「…ったく、どうなってんだ!」
「じゃあ、行くぞ!不測の事態に注意しろ!」
2人に注意を促し、扉を破っていった。
◇◆◇◆◇◆◇
「エボルッ!無事か!?」
レンデル!?
まさか、お前が扉を破って入って来るなんてな…。こんなことなら外すべきじゃなかった。
オレは床に組み敷かれながらもそんなことを考え、悪態を吐く。
「――――」
突如として乱入してきたレンデル達に襲撃者の意識が奪われた。
(今だ!)
力の限り襲撃者を押し返す。油断していたところを襲われ、即座に離れていく襲撃者。そのまま窓際まで後退すると、油断なく刃物を抜いて警戒を露にする。
上から退いたことでようやく全身を確認できたが、上から下まで全身夜に溶け込むような黒い衣装に身を包んでいた。顔も布で覆われており、表情を窺うことはできないが、雰囲気から焦りを感じさせる。おそらく、こいつにとってもレンデル達の乱入は予想外だったのだろう。
「何者だ?僕達は『白銀の騎士団』第2部隊。君が僕達の友人であるエボルを襲撃するというのなら、僕達は友を守るために騎士としての力を十全に発揮すると知れ!」
言い放ち剣を構えるレンデル。その背後ではガンガルとポー・ルゥーもそれぞれ武器と杖を構えていた。その姿は少しでも怪しい行動を取れば、即座に動くという意志の表れだった。
「…………」
それに対し、襲撃者はだんまり。
撤退する方法でも考えているのか、それとも実力差を図ってでもいるのか。室内には不気味なほどの静けさが漂っていた。
それに痺れを切らしたのはガンガルだった。
「おいおい、黙ってても意味ねえぞ?いくら裏稼業の人間っていっても、俺達に一切関知されずに部屋に飛び込むほどの実力者。しかも、その姿から察するにジョブは忍者だろ?」
「…でしたら、探すのは簡単とは言いませんがそう難しくもありません。仕事柄裏稼業の人間とのパイプも持っていますから」
「それとも、あのバカに肩入れして身を滅ぼすか?」
「……ふぅ。しょうがないか」
諦めたように武器を下す襲撃者。誰もが、観念したかに見えた。
「だが、ここで捕まるつもりもない」
来た時と同じように窓から素早く出ていく。
「待て!」
「レンデル、お前は残れ!俺が行く」
駆け出そうとしたらレンデルの肩を掴んで室内に戻すと、ガンガルはその巨体を乗り出し外へ追いかけていった。
「やれやれ、陽動にも手練れが必要とは…」
「まったく、面倒臭いことこの上ない」
「「「なっ!?」」」
突如として出現した人影。
彼らは共にレンデルとポー・ルゥーの背後に立っていた。
「人の背後に立つ時は気を付けるんだな」
瞬時に反応し、薙ぎ払うように剣を振るうレンデル。ポー・ルゥーも遅れて魔法を発動し、目の前の人物の動きを封じていく。
「……愚か」
しかし、レンデルの方は剣を止められ、ポー・ルゥーは魔法を無意味とばかりにすり抜けていく。
「……その動き、裏ギルドの連中だな?目的は何だ?」
「目的?そんなの言わずともわかるだろう?そこにいるエボルとかいう小僧の抹殺。それに、お前達『白銀の騎士団』の妨害だよ」
「裏とは仲が悪いが、ここまでの手練れを送って来るとは…」
「運が悪かったと諦めるんだな。ヘルミックの小僧は金払いがよかったのだ」
「依頼人の名を明かしてもいいのか?」
「関係ない。そもそも、あいつが失敗した段階で我々が足止めし――」
「――そして、俺は堂々とそいつを殺す手はずになっているのですからね」
裏ギルドの人間の言葉を継ぐように現れたのは、シルバーバック討伐の時に絡んできてレンデルの怒りを買ったギオ・ヘルミックだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「……ギオ」
信じたくはないが、目の前にいるのは紛れもなくギオだった。
「やあ、レンデルさん。あなたが俺を騎士団に入れてくれないのは、実力がわからなかったからですよね?」
ギオは睨みつける僕達を余所に、誰かに言い聞かせるように語り出す。
「…そりゃあ、そうでしょうとも。シルバーバックの討伐という機会を奪われ、倒したのは格下のウッドエイプだけ。それでは、いくら俺が優秀とは言え、高名な騎士団に入れていいものか迷うのは仕方ありません」
「……こいつ、頭大丈夫?」
油断なく目の前の相手と対峙しながらポー・ルゥーが言った言葉に賛成だ。こいつは頭がおかしい。
「それもこれも、貴様のせいだ!!」
声を荒げて自慢のランスをエボルに突きつけるギオ。
それには思わず剣に力が入ってしまう。
「ギオ!!やめるんだっ!」
そんなことをしても意味はない。
「――だが、原因があるのならば簡単なことでした。その原因よりも俺が優れていることを証明すればいい。たったそれだけのことなのですから」
駄目だ。僕の声はギオには届かない。
「そうですよ。この俺が、ヘルミックの名を持つ俺が!名を上げるためだけに入団を希望した騎士団に落とされるわけがない!いや、そんなことはあってはならない!!」
入団を希望していた当時は、あんなにも騎士団への憧れを口にしていたのに…。
「…坊ちゃん、あまりこいつを挑発するような発言は避けていただけませんかね?抑える方としては大変なもんで」
(どこがだ!)
目の前で剣を止めている相手にはまだまだ余裕がある。それはこちらも同じことだが、それでもこいつを倒してからエボルを助けに行くのでは間に合いそうにない。
「金を貰っている分際で俺に意見か?」
「……おっと。勘違いしちゃいけませんね。金を払ったのはヘルミック家であって、坊ちゃんじゃない。あまりおいたが過ぎると……」
怒気と共に膨れ上がる殺気。尋常ならざるその力は、彼我の実力差を痛感させられる。
(…倒すだって?自惚れてた。こいつは今の僕よりも強い)
こいつ以外なら倒せないことはないが、目の前の相手だけはどうすることもできない。おそらく、こいつが動かないのは、立場を考えてのこと。
いくら裏の人間でも、『白銀の騎士団』――いや、シーラ姉さんを相手取ると相当の深傷を負い、組織としての損耗が激しい。だからこそ、生かされているだけだったんだ。
だが、ここで引くわけにはいかない!
「エボル!!逃げろっ!この町を去るんだ!」
「はぁ?何を言っ――」
僕の言葉――【聖言】を聞き、瞬時に窓から飛び出していくエボル。【聖言】には聞いた者の身体能力の限界を超越させ、こちらの思い通りに動けるように力を与える効果もある。今のエボルの速度は僕が考えうる限りの最速の動き。
あまりの速さに気を抜いていたギオが追い付けるはずもなく、気付いた時には逃げられた後だった。
「クソッ!お前ら、あいつを追え!追って俺の前に引き摺って来い!!」
「へいへい。そういうわけだ。すまねえが――」
「ウオオオオッ!!」
やらせるかあああ!
剣に光が集まり、眩い光が爆発的に室内を埋め尽くしていく。
「ぬううっ!」
「ギャアアアアッ!!目がぁああああああああ」
スキル【ホーリー・レイ】。負の人格、つまりは人格の値がマイナスの者の視界を奪う魔法だ。これを喰らって動けるのは正義の心を持つ者だけ!
「――ギオ、残念だよ」
「へっ――?」
僕は瞬時に移動してギオの首を胴体から切り離した。
床に落ち、転がった首は襲撃者の足元へと転がっていく。
「…………」
「もう依頼は意味をなさないんじゃないか?とっと帰れ」
「「……………」」
襲撃者たちはもう目が見えるようになったのか、互いに視線を合わせ、そして足元に転がったギオの首へと視線を落とす。
(頼む。引き揚げてくれ!)
願うような思いを抱きながらも相手に悟られないように毅然とした態度で見据える。
時間にして10数秒だが、その何倍にも感じる時間が過ぎた後男は口を開いた。
「……確かに、お前の言う通りだな。我々の依頼はギオ・ヘルミックが1対1でエボルという冒険者と戦える状況を作り出すこと。また、負けそうになった時にはエボルを殺すことだ」
「つまり、ギオ・ヘルミックが死んだ時点で依頼は終了。一応、この遺体は依頼主に届けるとしよう」
「はぁ……。助かった」
襲撃者達がギオの遺体を持って行き、姿を消したことでようやく気が抜けた。というか気が抜けすぎて腰まで抜けた。
「……お疲れ様」
労いの言葉をかけてくれるポー・ルゥーも疲労の色が濃い。
「いや、今回はたまたま逃げてくれたから助かったけど…」
もしも狙いがエボルではなく、僕達だったら…。そう思うとゾッとする。その場合、転がったのはギオの首ではなく僕達の首だったのだろうから。
『白銀の騎士団』第2部隊隊長。そんな肩書きを手に入れたことでどこか慢心していたのだろうか?僕はエボルが消えた窓を見つめながら、己の無力さを感じるしかなかった。
「……これ」
その時、床に転がっていた兜が視界に入る。
「そう言えば、エボル君あんな顔だったんだね」
思ったよりも大人びてた、そう語る彼女に僕も同意する。まだまだ子供だと思っていたが、兜の下にあった顔……その見た目だけだと僕と同い年ぐらいに見えた。
「また、いつか…」
「ええ。きっと会えるわ。その時には私達が巻き込んでしまった分を返せるように強くなりましょう」
窓から差し込む星空の明かり。
それを眺めながら、僕とポー・ルゥーは強くなることを誓い合った。当然、帰ってきたガルガンとも同じ誓いをするのだが、実際に無力を痛感した彼女との方がより強い絆を結べた気がする。
というわけで読んでいただいた通り、今回エボル君はほぼ何もしてません。戦闘に至っては戦ってすらいません。しかも、今回で格闘家は終了となります。次回は再び赤ちゃんになったエボルに会えますよ。
ちなみに、エボルは兜以外はすべて持って行ってます。そう、ポー・ルゥーの魔導書も含めて。
追伸
お気づきかもしれませんが、タグに「3回OVL大賞応募作」が追加されてます。締め切りまでに10万字いきそうだったので、追加してみました。よければ応援よろしくお願いします。