格闘家⑧VSシルバーバック
いつもよりほんの少しだけ長めです。
『ウ~ボォォォォ!!』
離れた場所で上がる咆哮。そこに現れた巨大な猿。
「……ヤバいぜ。モンキーダンスが始まりやがった!!」
仲間の声を合図にするかのように僕達を取り囲んでいたウッドエイプ達が一斉に踊り始め、そして肥大な1頭の巨猿へと姿を変える。
ジャイアント・ウッドエイプが少なく見積もっても7体。負けることはないが、相手取ると少々厄介な相手でもある。こいつらは核となる部分にいる1頭を倒さなければ止まらないのだ。
「全員、油断せず――」
「あー!!」
命令を発しようとした言葉は、ある1人の声によって掻き消されてしまった。
「どうした?ギオ」
ギオ――最も若いメンバーに声をかける。
こいつだってCランク以上の実力を持っている。いくらまだ候補とは言え、僕らの騎士団に所属しようという人間がこの程度で危機を感じるはずがない。そもそも、先程の声には驚愕は含まれていたが、悲壮感は微塵も感じられなかった。
ギオは、僕の声が耳に入っていないかのようにぷるぷると震えながら、正面を見据えていた。
ギオが見ている方角は最初に巨猿が現れた場所。
そこでは――
「あいつ…、俺達の獲物を横取りする気か!」
そこには1人の冒険者がジャイアント・ウッドエイプと対峙していた。しかも、そのジャイアント・ウッドエイプの胸元には1点だけ、白い部分が…。
「…シルバーバック。あそこにいたのか」
やはり、予想通り僕達よりも先にこの場に来ている冒険者がいた。
その冒険者は兜で顔を隠しているが、その他の装備は軽装であり腰に剣を差しているものの抜く気配が見られないことから近接格闘系のジョブだろう。
1人でやるには相手が悪い。
「クソッ、ここまで来て横取りされて堪るか!!」
「ギオッ!待て、1人で先行するな!!」
僕の制止を聞かずに飛び出していくギオ。他のジャイアント・ウッドエイプに邪魔される背中を眺めていると声をかけられた。
「…で、どうすんだ?あのまま1人で行かせてもいいのかよ」
「……いいわけないだろう」
適性を見抜くための試験。軽い気持ちで来たことがこうも悪い方向へ動くなんて…。
「そうですね。ギオ1人でもさして問題はないでしょうけど…」
「ああ。冒険者たるもの、他人の獲物を横取りしちゃいけねえわ」
ここで言う横取りする者はギオだ。いくら相手が劣勢だとは言え、戦闘状況に入っている冒険者とモンスターの間に入るのは冒険者の流儀には反する。それが例え自分達が受けた依頼であってもだ。
何より、そんな真似をする奴が我が騎士団にいてはならんのだ!
「2人とも、状況を開始せよ」
低い声で命令を下す。
「「かしこまりました。隊長!」」
2人も心得ているとばかりに獲物に向かうギオを追いかけていく。
「…いいか。第1目標はギオの制止。第2目標は周りのジャイアント・ウッドエイプの殲滅だ。決して、ギオにかの冒険者の邪魔をさせるな!
我ら『白銀の騎士団』の誇りと栄誉のため、その身を猛進させよ!!」
◇◆◇◆◇◆◇
『ウ~ボォォォォ!!』
「…ったく、うるせえな」
大地を震撼させるような大声に耳が痛くなりながらも、目の前の巨体を見据える。
パッと見た限りではただウッドエイプが塊になっただけに見える。だが、おそらくは違う。思い出されるのは森に入った時の光景。
あの時、ウッドエイプはオレの攻撃を受け、その勢いを仲間と連携することで消滅。さらには利用してきた。今回もそれと同様のことが起こるに違いない。
「つまり、圧倒的な防御力を持っている相手ってことか…」
せっかくだし、アレを使ってみるか。
そうして、眼に魔力を集中させ【鑑定】を発動させる。
・ウッドエイプ Lv.11
種族:モンスター ランク:E
HP108/108 MP20/20 体力1000/1000
攻撃力252 魔法攻撃力0 防御力330 魔法防御力0 知力89 速度140 人格-200
種族特性:体力維持
【鑑定】の結果、群がったウッドエイプ達の平均はこんな感じ。大体レベル10前後だった。
ただ、シルバーバック。こいつだけはやはり他とは違う。
・シルバーバック Lv.23
種族:モンスター ランク:D
ここで鑑定が阻害されてしまう。
つまり、自分よりも高位の相手に関してはほとんど何もわからないということか。
まあ、レベルがわかるだけでもありがたい。
「って言っても、レベルがオレより6つも上とは…。まいったねこりゃ」
正攻法で勝てる相手か?勝てないとなると逃げざるを得ないが、周りも巨大な猿たちで囲まれてる。目の前のこいつの攻撃を避けつつ、周りの猿達の攻撃も避けつつ森を抜ける?無理だろう。
森は奴らのテリトリーだ。追い駆けっこで勝てるわけがない。
「……はぁ。いっつもこんな感じだな。これが【世界の流れ】の効果だとしたらふざけろとしか言えん」
腹を括るしかないようだな。
まあ、なるようになるだろう。不思議とそんな気がする。
(それにしても、さっきから後ろが少し静かになった気がするのは……気のせいか?)
◇◆◇◆◇◆◇
「待てって言ってんだろうが!ギオ」
「そうですよ。止まらないとそこの筋肉達磨と一緒に丸焦げにしますよ!!」
「おいぃぃぃ!それは俺のことかあぁあああ!」
「他に誰がいるんですか!」
「……はぁ、やっぱり確実な依頼にしておけばよかったかな?」
仲間達がこんなに盛大に言い争っているというのに、ギオは自分の世界に陶酔してしまっているのかこちらに振り向きもしない。
僕はリーダー失格だ。
◇◆◇◆◇◆◇
「思い付いた!」
そうだ。こんな簡単な方法があったんだ!
「ただ、これを試すにはオレの体力が持つかどうかが問題になってくるな…」
そんな先のことを気にしててもしょうがない。これ以外の方法は思いつかないしな。
「いっちょ、やるか!」
『ウゴオオオ!』
ウッドエイプ達が密集した巨大な腕が振るわれる。
「甘い!」
それを躱しつつ、ジッと場所を探す。
(あの場所さえ、見つけられれば…)
何度か攻撃を躱していくうちに見えてくるものがあった。基本的に、この巨体は普通のウッドエイプと変わらない構造をしているがわかった。
だったら、密集して補うべきは各関節部分!
「そこだっ!」
地面にめり込んだ腕を引き抜く瞬間――無防備な親指の関節部分に【正拳突き】を放つ。
『ウギィッ』
上手く関節部分に入った拳は2頭のウッドエイプを巨体から引き剥がすことに成功した。
『『ウッヒー!!』』
「やられるかよ!」
跳びかかってくるウッドエイプ達を殴り倒す。
やはり単体だとそこまで強いわけじゃない。これなら、狙い通りいけるはずだ!
オレが考えた戦法。デカい図体に惑われず、単体撃破していくこと。
(身包みを剥いで、鎧を薄くする。無防備になったところを仕留めればいい!)
だが、当然今の状況ではシルバーバックと戦って勝てるかどうかは怪しい。
――そう。今の状況では。
(今のままでは足りないなら進化すればいい!オレはそういう存在なんだろう?)
≪おめでとうございます。Lv.18にアップいたしました≫
ウッドエイプを狩っていくと聞こえてくる声。
狙い通りだ。
そう、こうやってレベルを上げていけば…。確実に奴に届く!
幸いにもオレのレベルとシルバーバックのレベル差は大きくない。【鑑定】で相手のレベルが判明したからこそ思い浮かんだ戦法。
そのためには狩って、狩って、狩りまくる!
「さあ、かかってこいやぁあああああ!」
◇◆◇◆◇◆◇
≪おめでとうございます。Lv.20にアップいたしました≫
ウッドエイプを狩り続けること数分。とうとう20にまで到達した。レベルが上がるごとに倒さなければいけない数も増えてはいるが、それ以上にこちらの地力も上がっている分楽に倒せる。
もはや、ジャイアント・ウッドエイプは右腕を失い、左足も半分ほど失っている。これでも立てているのはやはり、集合体だからだろう。普通の生物だったらあの巨体を支えきれるはずがない。
「……だけど。お前、焦ってるだろう?」
挑発するようにシルバーバックを睨みつける。すると、また単調な動きで攻撃してくるのでそれを避けてからつなぎ目を外していく。戦闘を続けていくうちにどこを狙えば確実に外せるのかが大体つかめてきた。そして、それは相手もわかってるはずだ。伊達に知力が高いモンスターじゃないんだからな。
それでも、シルバーバックがこの攻撃を続ける理由――それは傲慢と無関心だ。
シルバーバックにとってウッドエイプは自分の道具にしか過ぎない。この技に対する自信もあるのだろうが、それ以上に破られ部下であるウッドエイプ達が死んだとしてもどうでもいい。そう考え得ているからこその行動だ。
「それに従ってるだけのお前達はもっと悪いがな…」
ただ追従していくだけで生きていると言えるのか?
それが本当に胸を張った生き方か?
「それでいいと思ってんならそのまま死ね」
生きようとしない。自分達の可能性に縋りつこうともしないような奴らにかけてやる情けは持ち合わせちゃいないんだよ。
「悪いな。所詮、この世は弱肉強食。強い者こそが己の殻を破って進化する。…そして、生きていく世界だ」
もはや攻撃手段を放てる腕も足もない。
そんな木偶の坊になった巨体――その中央で踏ん反り返っているシルバーバックの真下に放たれた拳は巨体を崩れ落ちさせた。
『ウガッ!』
地面に落ちて呻き声を上げるシルバーバック。
最後までパーツとして残っていたウッドエイプ達は地面に落ちた状態でこちらをジッと見つめている。
「さあ、立てよ」
お前の戦いぶりを部下達も見たいって言ってるぜ?
お前が本当に群れを率いるに相応しいか見極めるってよ。
『ウガアアアアアアアアッ!』
ビリビリと震撼する空気。
そうだ。それでいい。やっと本気でやり合える。強者との戦闘こそが、オレをさらに強く進化させるんだ。
「今のところ、レベルの差は3つ。そこまで差があるわけじゃない」
勝てるかどうかは積み上げてきた経験値が決めること。
それに、今のオレは負ける気がしない。
◇◆◇◆◇◆◇
「ひゅ~。意外とやるぜあいつ!」
「……本当に。驚いたわ」
「…………」
確かに、驚くべき事態だ。まさか、圧倒的に実力が不足していると思われていた相手がシルバーバックの喉元に喰らい付こうとする光景を見ることになるなんて…。
「……あの冒険者は一体?」
近接格闘系。それもまだまだ未熟な身でそこまで名を上げた人物を知らない。今の段階ではまだまだ実力が足りてないが、将来性は十分すぎるほどに見せてもらった。
「レンデル!どうだ?」
仲間が問いかけてくる。もう1人も同様にこちらを見てくる。ギオは……放っておこう。
「……言いたいことはわかる。だが、本人に確認もしていない以上僕は意見を言う立場にはない。それに、まだまだ未熟な身であることも間違いはないのだから」
だけど、シルバーバックをこのまま倒すことができれば。
そうだな、名前を覚えておくぐらいの価値はあるかもしれない。
「絶対にギオに邪魔をさせるな。これは戦士として命を懸けて戦う戦士への礼儀として心得よ!」
ギオ、もしもこのまま乱入するというのなら……わかってるだろうな?
◇◆◇◆◇◆◇
『ウホイ!』
「くっ!!」
シルバーバックの突きを躱すが、ウッドエイプ達に比べて遥かに速く、そして重い。
「がはっ!」
何だっ!?
背中に突如走った衝撃。確実に攻撃は避けたはずなのに…!
「まさかっ!」
そこで見たのは白い体毛が束になり、オレの体にめり込んでいる場面だった。
ウッドエイプとシルバーバック。このモンスター達には尻尾がない。いや、正確にはあるのだが短くてほとんど尻尾としての機能は果たしていない。
だが、シルバーバックはそれを補うように長い長い体毛を束ねていた。尻尾がないからこそシルバーバックの背後などには注意を払っていなかった。
それを瞬時に見抜いてフェイントに拳を放ったというのか!?
モンスター風情が考えるじゃねえか!
「……しかも、ウッドエイプよりも遥かに攻撃力は上みたいだな」
オレもレベルが上がったことで防御力は上昇しているはず。それなのに、先程のウッドエイプ達の攻撃よりも遥かに身体の芯にまだダメージが届いた。
・エボル Lv.20/50
種族:人間(進化種)・男 ジョブ:格闘家 ランク:中堅(G)
HP205/430up MP21/21up 体力200/400up
攻撃力421up 魔法攻撃力0 防御力270up 魔法防御力7 知力140up 速度208up 人格50
種族特性:レベル上限・進化の可能性 ジョブ適正:格闘家(ベテラン)・魔法使い(卵) ジョブ補正:攻撃力上昇率アップ(中)
スキル:【正拳突き】・【念話】・【鑑定】・【世界の流れ】・【一点集中】New
やっぱり、HPが半分まで減ってる。ついでに新しいスキルも出てるが。
このまま攻撃を喰らい続ければ、負けるな。基本的にこいつの攻撃は避けるようにしないと。
とはいえ、避けるべきはあの束ねられた体毛だけじゃない。もちろん太い腕もだし、凶悪な牙のある口もそうだ。それ以外にも手段を隠し持っている可能性もあるし、何よりも周りのウッドエイプ達がこのまま動かないという保証はない。
早々に始末をつける必要があるだろう。
体力を消耗しすぎるかもしれないが……、残り一撃で決める。
◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ~」
精神を統一させていく。おそらくは新しいスキル【一点集中】のおかげだろうが、シルバーバックだけを注視することが出来てきた。というよりも他の物が視界から掻き消えていくような感覚なんだが。
この感覚はあれだ。オッソロの店での薪割りが原因かもな。
薪割りは割る箇所を外してしまうと上手くいかない。素手でやろうとするとどうしても集中力を養う必要があったのだ。
「――ようやく追いついたぞ!おい貴様!」
「やめろって言ってんだろうが!」
「そうですよ!彼は今集中してるんですから、邪魔しちゃいけません!」
「放してください!あいつのような奴に誇りある騎士団の栄光を汚させるわけにはいかないんです!」
「「お前の行動の方が栄光を汚してるのがわからないのか!!」」
なんか…。騒がしい?
いや、猿達の喚き声か。
それもすぐに消える。もはや、視界にはシルバーバック以外映らない。
「……そこか」
シルバーバックの一部が赤く点滅し始める。
まるでそこを狙えと言われているようだ。
「もうそろそろ体力がもたなくなってきた…」
消耗が激しいのか視界がぶれてくる。
あと少し。あとほんの少しだけ待ってくれ。
絶対に決める!
『ウガッ、ウガッ、ウガァアアアア!!』
「チッ!シルバーバックの奴、とうとう自棄になりやがった」
「プライドを捨てたモンスターは本当に醜い」
「2人とも、僕がウッドエイプ達を抑える!決してギオを放すなよ!」
「了解。まったく、モンスターの大群が迫って来てるのに応戦も出来ないとか…」
「本当に。足手まといは1人だけにしてほしいわ…」
「おい?それは俺に言ってるのか?それとも、ギオに言ってるのか?」
「…………」
「何とか言えよ!」
「……想像に任せる」
◇◆◇◆◇◆◇
「これが最後だ!」
【正拳突き】の集中一撃。
この一撃はお前の心臓を正確に打ち貫く!
『ウホオオオオオ!!』
今更向かって来てももう遅い。
「一撃必殺!心中貫き!!」
今までの最高の一撃だと確信する拳が寸分の狂いもなくシルバーバックの胸部――その中心にある心臓部を捕らえた。
『ウゴッ!』
深く腰を落とし、そして体重と魂を拳に乗せる!
音を立ててめり込んでいく拳。集中が切れて来たのか徐々に視界がクリアになっていく。
それでもまだシルバーバックから視点が外れることはない。最後の悪あがきに拳を振り上げているのも鮮明に見えている。
だが、それは通らない。
スローで見える拳が振り下ろされるより前。
オレの拳はシルバーバックの胸を貫いたのだった。




