格闘家⑦シルバーバックと愉快な猿たち
久しぶりにエボルのステータスが載ってます。
「ウオオオオオオオオッ!」
雄叫びを上げ、猛然とシルバーバックのみを目指して駆け出していくオレの前に、次々とウッドエイプ達が立ちはだかってくる。
1頭が前を塞ぎ、足を止めようものならばすぐさま四方八方から襲いかかってくる。もし、捕まってしまえばそのまま袋叩きにあって一巻の終わりなのは間違いない。
そうなって来ると、選択肢は大きく分けて2つ。
退けるか、退くかだ。
とはいえ、実質の選択肢は退けるの一択だけ。この数のモンスターを退けながら撤退しようと思ったら攻撃を受けるのは間違いない。そうなれば、オレの体力もHPももたない。
やるしかないんだ。
『ウホッ!』
「ぐぅぅっ!」
油断していたところにウッドエイプのパンチを受けてしまう。
重い一撃に吹き飛ばされそうになるのをなんとか堪えつつ、迎撃していく。
(思ったよりもダメージを受けた感じがしねえ。最近レベルアップしたおかげか?)
町についてから絡まれた冒険者で1つ。さらに薪割りなど、オッソロの店での1つ。合計2つレベルが上がったおかげでオレの力はそんなに伸びているのか?
・エボル Lv.17/50
種族:人間(進化種)・男 ジョブ:格闘家 ランク:中堅(G)
HP382/401up MP21/21up 体力365/379up
攻撃力332up 魔法攻撃力0 防御力241up 魔法防御力7up 知力111up 速度174up 人格50
種族特性:レベル上限・進化の可能性 ジョブ適正:格闘家(ベテラン)・魔法使い(卵) ジョブ補正:攻撃力上昇率アップ(中)
スキル:【正拳突き】・【念話】・【鑑定】・【世界の流れ】New
へぇ~。結構上がってるな。それに、スキルも変化してる【嘘泣き】がなくなって、代わりにこりゃ何だ?【世界の流れ】って……無駄に凄い名前だな。
まあ、これだけ上がってれば攻撃を受けても大丈夫だろう。
聞いてる場合じゃないんだけど、聞いておくかなぁ~。
≪スキル【嘘泣き】の消滅理由ですが、使用上限がLv.15までのために自動で消滅いたしました≫
≪スキル【世界の流れ】とは、運命力が大きく左右するスキルです。世界が望むような流れを無意識のうちに呼び寄せたり、巻き込まれたりするようになる体質へと変貌をさせます≫
久方ぶりに聞いた天の声。そこから聞こえた【世界の流れ】の説明は、よくわからない内容だった。世界が望む流れ?しかも、無意識に呼び寄せるのはまだわかるとして。
巻き込まれるってどういうこと!?
それスキルじゃねえよな?不幸体質みたいになってるんですけど!?
あまりにも残念系のスキルに思わず叫びそうになってしまった。その隙をついたウッドエイプによって当てられてしまったじゃないか!
あぁ、またHPが…。しかも、今度は20も減ってしまった。身構えてなかったから深い所にダメージが入ったのかな?
【嘘泣き】についてはそもそも使おうと思ってなかったし、どうでもいいや。
ついでに聞いておくけど、ジョブ補正が変化したのは理由があったりする?実は大体、わかってるんだけど聞いておくわ。
≪ジョブ補正はランクに応じて効果がアップする場合があります。ランクとしても実力を伴えば、効果を発揮するので頑張ってください≫
初めて天の声が私的な発言を!
いや、そんなことに驚いている場合じゃないんだけど、ちょっと現実逃避しちまったわ。
とりあえず、頑張りゃいいってことだろ?楽勝楽勝!
「さて、今の力も把握し終わったし、そろそろやるか?」
◇◆◇◆◇◆◇
「おいおい、やっとこさ片付けたと思ったのにこの数はねえだろうが!」
「うっさいわね!叫んでる暇があるならさっさと倒しなさいよ!そんなに手古摺る相手じゃないでしょ?」
男が両手に持つ手斧でウッドエイプを屠っていきながら愚痴をこぼすのに反応した女が叱りつける。女は杖を構え、その先端からは雷が迸ってはウッドエイプの行動力を奪っていく。
「だぁってろ、この役立たず魔女が!お前の魔法が使えねえから俺ら前衛職が大変なんだろうが!」
「しょうがないでしょ!私の得意系統は炎と雷なの、こんな森の中で丸焦げになりたいの?」
倒しても減らないことへの苛立ち、それに普段通りの戦いができないことへの苛立ちがぶつかり合い、一触即発の雰囲気が2人の間で渦巻いていく。
「2人とも、そこまでにしておけ!」
しかし、言い争っていた男女はその一声でビクッとなり、周囲をモンスターで囲まれているにも関わらず発生源の方へと体ごと向き直る。
「……レ、レンデル」
「すいません!リーダー」
男は気まずそうに狼狽え、女は腰を直角に折り曲げて謝罪の意を示した。ウッドエイプを軽々と倒していく2人が恐怖を示す。つまり、レンデルと呼ばれた男はそれほどまでの実力を持っているということを意味していた。
「今は依頼中だ。もちろん、お前達がこの程度でどうにかなるとは思っちゃいないが、じゃれ合うのは依頼が終わってからにしろ」
そう言って、レンデルは剣を一振りする。
『『『ォォォォボッ!?』』』
剣から放たれた衝撃は2人の間を通るようにすり抜けていき、迫っていたウッドエイプの群れを薙ぎ払っていく。地面に大きな亀裂を生じさせた斬撃はたったの一撃で100にも届こうかという数のウッドエイプの息の根を止めたのだった。
「…………」
「…………」
あまりの攻撃力に息を呑む2人。彼らが唾を飲む音が妙に周囲に響く気がしていた。
「レンデルさん!あそこを見てください!シルバーバックです!!」
そんな沈黙を打ち破るかのようにかけられる声。それにハッとなって3人が指し示す方向に視線を向けると、そこには高みの見物を決め込むかのように太い枝に座り込んでいるシルバーバックの姿があった。
「……何してんだ?」
そんな様子に疑問を持った男。魔法使いの女も声には出さないが同じことを考えているらしく、シルバーバックを凝視していた。
「まさか…!」
そんな中、最初に異変に気付いたレンデル。
「どうした?何かわかったのか?」
「…おそらく、あそこに人がいるんだ」
そう言ってレンデルはある1点を指差す。シルバーバックが見下ろしている場所。そこにはウッドエイプ達が異様に群がっていた。
「……巻き込まれた一般人ってこと?だとしたら早く助けないと!」
「いや、おそらくは違うだろう」
焦る女に、レンデルは静かに否定の言葉を発する。
おそらくと言っている割には確信しているような声音に女は眉を顰める。
「どうしてわかるの?」
「…先程までのことを思い出すんだ。僕達はシルバーバックの抜け毛が発見されたポイントに向かった。だが、そこには敵意剥き出しのウッドエイプ達。おそらく、僕達よりも先に誰か別の冒険者が来てウッドエイプと交戦になったんだ」
「なるほど!だから普段は擬態しているはずのウッドエイプが地面に降りていたんですね!」
合点したとばかりに破顔するもう1人のメンバー。この中ではおそらく最年少だと思われる人物は自分達のリーダーであるレンデルの分析に感嘆し、その凄さに傾倒していた。
「……ギルドが接触禁止令を出す前に来ていたか。不運な野郎だ」
接触禁止令。複数の冒険者が共同で参加する依頼以外は受理された依頼が完了するまでその場に近付かないようにすべしという旨の内容が発布される。これは、偶然の出来事で冒険者同士が敵対し、優秀な冒険者が迷惑を被らないようにするための措置である。
「どうして野郎だって言い切れるんですか?」
男の言葉に首を傾げる若いメンバー。それに対して、男はニッと歯を見せながらレンデルを指差した。
「そんなの決まってらぁ!レンデルが無意識に助けに行かない。それはつまり、相手が女じゃない時だ!!」
「ええぇ~~~!?そうなんですか!?」
若いメンバーは驚愕の声を上げて他の2人を見るが、女は笑いを堪えるように。そして、件のレンデルはというと苦虫を噛み潰したような顔で、この話には関わりたくないとそっぽを向いていた。
実は、若いメンバーは知らないことだが、レンデルにはスキル【女神寄せ】というものがあり、女性が困っていればすぐにわかってしまうのだった。
「そんなことより、さっさと助けるぞ!僕達の依頼に他人を巻き込んだ挙句に死なせるなんて寝覚めが悪い真似はできない!」
弛緩した空気を引き締めるように剣を抜いてウッドエイプを蹴散らしてくレンデル。それに続くように2人が続き、呆けていた若いメンバーも置いて行かれないように慌てて追従するのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「ウラアッ!」
加減なしの【正拳突き】。それによって吹っ飛んでいくウッドエイプ。
ようやく開いたウッドエイプの包囲網の穴。そこを飛び出し、一気にシルバーバックを目指す。
だが、そんなオレの前にまたもやウッドエイプが立ちはだかる。
「ったく、邪魔だって言ってんだろ!」
もうすでに10頭近くは倒したっていうのに、一向に数が減らない。経験値は溜まっているはずだから強くはなってるはずなんだが、それでもまだレベルアップには届かない。
(レベルアップを期待して、戦うことを選択したっていうのに!)
歯噛みする思いで睨みつけていると、ウッドエイプ達がビクッとその毛を震えさせた。
見上げてみると、先程までショーでも楽しむように見下ろしていたシルバーバックも遠くに視線を向けている。何かあったのは確実だが、それ以上にこれはチャンスだ。
(ボーっとしている間に、お前の首根っこへし折ってやる!)
『ウ~ホッホ、ウ~ホッホォ~』
突如、1頭が歌うかのように声を上げ始めた。そして、それに釣られるように他のウッドエイプ達もゆらゆらと身体を揺らし始める。
それはまるで音楽に合わせてステップを踏むダンスのように。
――後で知った話だが、それは「モンキーダンス」というウッドエイプのとっておきの1つだった。
ゆらゆらと揺れながら、隣の者と手を繋いだり、肩を組んだり、果てには肩車を始めるウッドエイプ達。周囲に広がっていたその動きは徐々に徐々に小さくまとまっていく。
「……おいおい、冗談だろ?」
そして、踊っていたウッドエイプ達がまるで1体の巨大な生き物のようになったのだった。それは背後にそびえ立つ巨木に届こうかというほどの大きさ。それを見て、さすがに恐怖を覚えてしまう。
だが、悪夢はそれだけでは終わらない。むしろ、それは始まりに過ぎないのだから。
『ウガッホ!』
シルバーバックがその巨群に跳び移り、もぞもぞと動いていく。やがて、胸元から出される顔。
シルバーバックが、群れのボスが操ることでこのジャイアント・ウッドエイプは完璧な強さを見せることになる。
そして、周囲からは同じような歌が聞こえてくる。
見渡せばところどころで先程と同じようにウッドエイプ達が巨大な塊になっていく。そして、その敵意がこちらに向けられる。
『ウホ』
目の前のシルバーバックが入った巨体が発したそんな短く小さな声。だが、ウッドエイプ達にはそれで十分だとばかりに意思が伝わる。
そして、そのまま戦闘になだれ込むのだった。
次回、遅ければその次ぐらいにはこの戦闘は終わらせたいです。最初の戦闘にそんなに時間をかけたくないので…。
頑張ります!明日から。