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恋人の関係

 学校に到着した。部活動が許可されている本日は、制服であれば夕方まで自由に立ち入りができる。さすがにもう新入生たちは見えないが、グランドの方からはざわめきが聞こえる。

 真っ直ぐに第三家庭科室へ向かう。鍵は予備も含めて常に所持しているので問題ない。


 部屋に入ってドアを閉める。後ろについてきていた忍は、先程の知恵がいた窓際の席に移動し、首をかしげてドアを閉めていた知恵を振り向いた。


「足立さん? 何を忘れたんですか? 見当たりませんけど」

「あー、まあ、忘れ物っていったけど、実際のところは忘れてたこと、と言いますか」


 忍に近寄り、照れ臭さから頬をかきつつ、知恵は忍の位置から2メートルほど間をあけた、窓と窓の間の柱部分の壁の前に立った。


「しのしの、ちょっとここ立って。ここ」


 そして自分の横、壁際を指差した。


「はあ、なんですか?」


 その不審な誘導に、忍はいぶかしみつつも言われるまま、指差されるままに壁を背中に知恵を向いて立った。


「うん、で、壁にもたれかかって」

「はぁ」

「はい、かべどーん」


 壁に背中をつけた忍を挟み込むように、知恵は右手を忍の頭の正面右横について、密着するぎりぎりまで近づいた。


「忘れてたと言うか、二人きりになりたかったの。意味、わかるわよね?」


 吐息が触れあうほどの距離で、囁くように知恵はそう言った。

 突然のその近距離と、知恵の発言に忍は耳まで赤く染めた。


「はい、わかります」


 だけど本当は少し、期待していた。突然のキスと杜撰な言い訳に、知恵は少しも拒否反応をしなかったし、手を繋いでくれたから。

 だから忍は高鳴る鼓動を抑えつつ、知恵の言葉に答えながら、そっと目を閉じた。


「!」


 これに困惑したのは知恵だ。

 少しでも忍にときめいてもらって告白しようと、冗談半分で壁ドンしたら、とても従順に目を閉じたのだ。

 忍は知恵の五センチ下で、こうしてもたれかかるようになると顔は殆ど同じ高さになる。だから知恵の目のすぐ近くで忍の睫毛が震え、知恵の鼻先で忍が香り、知恵の唇のすぐそこで息がされている。


 ごくり、と唾をひとつ飲み込む。

 困惑したのは一瞬だ。忍が受け入れてくれるなら、是非もない。先程のは忍の一方的な、瞬間的なキスだった。今度はじっくりと、キスをしよう。


「……ん」


 瞳を閉じて、ほんのわずか体を前に出して、忍にキスをした。その温もりと柔らかさ、それにくわえて溢れるほどの幸福感に、時間がとまったようにすら感じられた。


「ん、はぁ」


 しかしそれも現実の時間にすれば、すぐに終わりがきた。止めっぱなしの息がもたなくて、知恵は唇を離した。

 それと同時に目を開けると、殆ど一緒に忍も目を開けた。


「……」


 赤らんだ顔の忍は、なにも言わないまま、期待をこめて知恵を見つめている。知恵ときっかり三秒見つめあってから、知恵は口を開く。


「忍……好きよ。私と恋人になりなさい」

「はい。私も、好きです。よろしくお願いします、足立さん」


 ほぼ確信していたとは言え、それでも本人の口からオーケーをもらえた喜びは格別だ。知恵は満面の笑顔になり、それからいつもみたいににやりと悪戯小僧みたいに笑う。

 そんな子供みたいな知恵のことも好きなので、忍はどきりとする。いつも調子のいいことや、からかうようなことばかり言う知恵だが、忍に対して悪意的なことを言ったことは一度もない。

 きっとまた、どきどきするようなことを言うのだろうと、はにかみながら続きを待つ。


「駄目よ、忍。忍は何もわかってないわね」

「え、な、なんでしょう?」

「知恵」

「え……」

「恋人になったんだから、名前で呼ばなきゃ、だめでしょう? ほら、言ってみなさい」

「っ……ち、ち、ちぇ、さん」

「んん? 聞こえないわねぇ」

「ち、知恵、さん」


 真っ赤な顔で、だけどちゃんと聞こえるだけの声ではっきり呼べた。ほっとする忍に、すかさず知恵は身を寄せて、ついばむように再び口付けた。

 今度は短くて、準備もなくて、呆気にとられてしまう忍に、知恵は笑みをさらに深める。


「よく出来ました。ご褒美よ」


 忍ははにかんで、知恵と恋人になれた喜びをかみしめる。言葉にできないくらい嬉しくて、もっともっと、知恵と恋人になれたことを実感したくて、だけど直接言うのは恥ずかしくて、


「知恵さん」


 ただもう一度、名前を呼んだ。

 知恵は忍の物欲しげな瞳からそれを察して、微笑んだまま応えた。


「知恵さん」


 キスをもらう度に、忍は知恵の名前を繰り返して、何度もおねだりをした。








「えへへ、ありがとうございます。その、大好きですよ」


 何度も繰り返したキスは、そろそろもういいんじゃないかしら、と恋人になった余韻もなくなってきた知恵があきれ始める頃、ようやく忍は満足して名前を呼ぶのをやめた。


「ええ、私もよ。ふふ」


 キスを受けて満足げな忍に、公園でいきなりキスしてきた時のことを思い出して、立場が逆になったなとおかしくなって、ついていた右手をどけて一歩下がり、話しやすい距離をとりながら知恵は笑う。

 当然、突然声に出して笑い出す意味がわからない忍は首をかしげる。


「? 何か、おかしいですか?」

「ええ、だって、今更だけど。忍がいきなりキスしてくるんだもの。凄く驚いたなって」

「うっ、それは、だって……ち、知恵さんが、美人過ぎるのがいけないんです!」

「あら、それなら、忍は可愛すぎるわ」


 自分でもいきなり過ぎるし、勢いで大胆なことをしてしまったと自覚している。忍は普段なら付き合っていない相手にキスしたりなんてできない。だけどあまりに知恵が綺麗で、見とれすぎて、気づいたらキスをしていたのだ。

 そう言い訳をする忍に、慌てていた知恵はどこへやら。知恵は余裕たっぷりに微笑んでそう言い返してくる。


「う……もう、からかわないでください。だいたい、知恵さんは誰にでもそうやって、甘いことばかり言うんですからっ」


 それににやけつつ誤魔化しながら、途中から怒るように、と言うか実際に怒っているトーンで文句を言う忍。思いだし怒りである。

 そんな急激な変化を見せる忍に、知恵はきょとんとしてしまう。


「え、そう、かしら? 私、別に普通のことしか言ってないと思うんだけど。いえ、忍になら、意図的に言ってたけれど。誰にでもではないわ」


 忍のことは好きだったので、知恵はいざというとき誤魔化せるように冗談混じりに聞こえるようにだが、わざと好きだなんだ割りと思わせ振りなことを言ってきた。それは自覚している。

 でも知恵としては忍はそのどれもに対してすげなく、冗談だときってすててきたし、まして他の人に口説き文句なんて言ったりしていないので、そんな風に言われても困ってしまう。


 実際は忍は知恵の言葉に逐一、一喜一憂していたのだが、からかわれているだけだと思ってスルーしてきただけだ。それになにより、他の人に言ってないなんて嘘だ。まさに今日、その場面を見たというのに。

 知恵は先程までのとろけそうな惚れ顔をいっぺんさせ、頬を膨らませて抗議する。


「嘘です。さっきだって、クラスメイトだった初浜さんに可愛いって言ってたじゃないですかっ」

「……いや、言ってたけど、それは普通の褒め言葉だし、忍にはもっとこう、愛してるとか、言ってたじゃない。そう言うことは他の人には言ってないわよ」

「嘘です。以前、君ヶ浜さんに愛してる、結婚しよって言ってました」

「えー、そ、そんなことあったかしら。記憶間違いとか、ない?」


 睨まれて、知恵は頭をかく。そう言われると、そんなこともあったかも知れないけど、覚えていない。だってそれはあくまで冗談であって、忍への言葉は気持ちがこもっていて全然違うし、と知恵としては主張したい。

 だがもちろん、どちらにも冗談っぽくおちゃらけて言っていたのだから、傍目には同じようにしか見えない。


「ありました。知恵さんのことなんですから、何だってちゃんと覚えてるに決まってるじゃないですか」


 少しばかりストーカーちっくな愛の重い発言ではあるが、恋人ほやほやの知恵にはいじましく十分に魅力的な発言として脳みそに届き、その表情をゆるませた。


「忍……わかった。わかったわよ。もう他の人には、そう言うことは言わないから」

「……本当ですか?」

「もちろん。可愛いヤキモチ焼きの彼女ができたんだから、私も態度を改めないとね」


 ウインクを決めながら言われて、見惚れると共にその調子のいい態度に一抹の不安も覚えつつ、忍ははにかんで頷いた。


「あ、ちなみに、女の子に可愛いって、言うくらいならオーケーよね? 本当に可愛いんだし」

「……」

「え、駄目? えっと、でもほら、じゃあ、女の子の顔面的なことじゃなくて、例えば身に付けてる小物とか、髪型についてはオーケーよね? だってほら、会話として言わないと不自然だし、ね?」

「まあ、はい。それは」


 忍としては念願かなって恋人になれて、知恵のことを独占したいし、はっきり言えば忍の前以外で可愛いと発音してほしくないが、しかしそれでは道端で犬猫を見かけても可愛いと言えなくなってしまう。

 それはさすがに束縛しすぎだし、それで知恵に疎まれたら本末転倒だ。知恵も譲歩してくれているのだからと、忍は不承不承頷いた。


「そう、よかった。にしても忍って、独占欲強いのね。知らなかったわ」

「う。えと、ひ、ひきました?」

「全然。私だって、忍のことは独占したいもの。もっと、色んな忍のことが知りたいわ」

「……はいっ。私も、知恵さんの、色んなことを、知りたいです」

「あら、私の色んなこと? それっていやーんな意味で? いやーん」

「……はい。そう言う意味も、あります」


 いつもの調子でからかったはずが、耳まで赤くしつつも真顔で重々しく頷く忍に、知恵も負けないくらい真っ赤になってしまう。


 そりゃあ、恋人になったし、そう言う気持ちがゼロとは言わないが、しかし、いくらなんでも、早すぎる。知恵は思わず視線をそらしてしまう。


「……も、もうちょっと、その、心の準備があるから、ま、待ってもらってもいい、かしら」

「はい。待ってます。ずっと、待ちますから」


 力強い言葉に視線を戻すと、忍はじっと知恵を見ていて、だけど少しだけ不安そうに瞳はゆれていて、ああ、その顔に弱いのだと知恵は苦笑する。

 最初に忍に惚れたのも、その不安そうな顔からの、笑顔への展開だった。


「ええ。大好きよ、忍」


 突然の誤魔化すかのような愛の告白に、忍はきょとんとしてから、だけど拒否をされていないことはわかってにっこりと、満面の笑顔で応えた。


「はい、私も大好きです」







 おしまい

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