なれそめ
忍が知恵と出会ったのはちょうど一年前、去年の入学式のことだ。
入り口でつけてもらった胸元の花を風で飛ばされ、困っていたところで声をかけてもらったのが最初。自分の花を忍に渡して、颯爽と造花がひっかかる枝に颯爽とのぼって手に取ると、すぐに飛び降りた。正直に言えばそれだけでかなり格好がよくてときめいた。
クラスが決まってすぐに、名前も知らない彼女の姿を見つけて、だけど話しかけられないまま時間が過ぎた。と言っても二週間にも満たない間のことだ。
忍は究極の委員長タイプで、妙に人から頼られやすい。それは今時珍しい三編みをしていたこともあるし、ちょっとたれ目で柔らかい雰囲気をしていたのもある。
それになにより、小中と委員長と名のつくものをずっとやっていた実績があった。同じ中学出身の人が頼ると、連鎖的に他のクラスメイト達もとなり、すぐに忍はクラスの学級委員としてやたらめったら頼られるようになった。
頼られると言うと、すごく聞こえはいいが、要は体よく雑用をおしつけられているだけだ。本来係りのものがやる黒板消し、先生の教材運び、教室の後ろの花瓶の水変え、さらにノートを写させてくれ、ティッシュもってない? ボタンとれたしつけてー等と多岐にわたった。
不幸中の幸いと言うべきか、忍は嫌われて押し付けられるタイプではなく悪意的ではなかったが、微笑んで了解する様を見ていれば我も我もと頼みやすい空気になり、自然とクラスの世話役のようになっていた。
そんな立ち位置をたったの一週間少々で身に付けたのはすごいのだが、本人としては望んでやっているわけではない。どちらかと言えば世話焼きなのは自覚しているし、そもそもそれがきっかけで小学生時代は学級委員になっていた。
しかしこうにもトントン拍子に、こうにも人に頼られ過ぎると言うのは、さすがに少々キャパオーバーだ。
能力があり、普通にしていてもちょっと微笑んでいるみたいに見える顔つきから、当然のようにこなしていた雑用の数々だが、学校では常にぱたぱた動いており、放課後に残ることもあり、お疲れ気味だった。
「ねぇねぇ、佐久間さん」
「あ、な、なんですか? えっと、足立さん」
「あら、私の名前、知っててくれたのね。嬉しい」
「は、はい」
「ところで佐久間さん、最近お疲れのようだけど、大丈夫? 手に余るようなら断るべきだと思うけど」
「……ありがとうございます。でも、せっかく頼っていただいてるわけですし」
唐突に声をかけられたが、気にかけてもらってるのだとわかり、忍は嬉しくなった。確かに現在疲れ気味だ。
だけども、積極的に断るほど無茶な要求をされているわけでもない。一つ一つは大したことがなくて、手を上げるほどの内容でもない。今は少し疲れているけど、しばらくすれば落ち着くだろうと忍は考え、微笑んでそう答えた。
それに対して知恵はふーん?と目を細めてから、にんまりと楽しそうに微笑んだ。何故か忍はそれをみて、ぎくっとした。
「そうなの。余計なことを言ってごめんなさいね」
「い、いえ。お気遣いいただき、申し訳ありません」
「それで話は変わるけど、佐久間さん、あなたをこのクラスの雑用係、いえお母さん、いえ、メイドとみこんで頼みがあるのだけど、いいかしら」
「いやまあ、いいですけど。何でしょうか」
「私、部活つくるから、あなたも入って。副部長ね。はい、決定」
「ええ?」
と、強引に忍は知恵と料理部をつくらされた。
知恵からは明確に言葉にされていないが、忍の雑用生活をやめさせるためのものであることは明らかだ。
それを証明するように、知恵は忍が自分専属のメイドになったから雑用は私を通してよね!などとクラスに言ってまわり、休み時間は積極的に忍に声をかけて部活の話題をふった。悪意をもって仕事を押し付けられていたわけではないので、自然と忍の仕事は減り、学級委員としての仕事を知恵が当たり前のように手伝ってくれた。
そんな風にされて、忍が知恵のことを特別に思わない方がおかしいとすら、忍は思う。どうしたって、好きになると決まってる。
そうして忍と知恵が共に過ごすようになり、放課後には部室である第三家庭科室で料理やお菓子を作ったり、お茶をのんでのんびりしたりする日々が続き、二人は2年生へと進級する運びとなった。
そして今日へと繋がる。
○
入学式を終えた一年生たちが門を出るまでに部活のチラシ配りがされている中をすり抜け、二年生である二人は電車にのって少し離れたショッピングセンターまで行くことにした。
がたんごとんと電車が進む。
「ねぇ、しのしの。見て見て、じゃーん。こないだ言ってたゲームで、一位取っちゃった」
「ああ、数独ですね」
得意気に知恵が忍に自分のスマートフォンを示して見せる。覗きこむと確かにランキング一位で《ちえちゃん》とあった。
「ふふーん。凄いでしょ」
「凄いですけど、色んな意味で」
知恵は頭を使う数字系のゲームが得意だった。忍からすれば凄すぎるレベルだが、しかしそれでも登録者数が何万となると、一位になるには相当の時間もかかるし、上位になることすら困難だ。
そこで負けず嫌いの知恵は、難易度は普通にありつつも、登録者数の少ないマイナーなアプリを探しては一位になることを楽しんでいた。向上心があるんだかないんだか。
「しのっちは、アプリはあれから変わらず?」
「そうですね。特に他に手は出してません」
忍は基本的にゲームはしないタイプだ。唯一、試しにと知恵がいれた落ちものゲームだけがあり、時おり遊んでいるがそれくらいだ。プレイの度に順位が表示されるが、数えるのがバカらしいくらいの順位なので気にしたことはない。
「つまんないなー、もっと、アイドル育成とかにはまったりしたら面白いのに」
「自分もやらないくせに、おかしなことを言わないでください」
「私がやっても、意外でもなくない?」
「……そうですね。足立さんは、何をしていてもおかしくないですし」
「それ褒めてるのか微妙じゃない? いいけど。とりあえず着いたらだけど、服見ていい? 春だしさー」
「いいですよ。付き合います」
「ありがと」
やくたいのないことを話していると、すぐに電車は目的の駅へついた。
駅から直結しているショッピングモールへ足を進める。その中でも若者向きの婦人服売り場へ到着した。
「おっ、この服かわいー。ねぇ、しのはどう思う?」
早速ディスプレイされているマネキンの足元に配置されている、淡い色のフリルがついたカーディガンを手にとって知恵が忍を振り向く。
「いいんじゃないですか? 足立さん、試着してみます?」
「いやいや、私じゃなくて、しのっちに、よ」
「えっ。いや、そう言う可愛い系統は私には似合いませんよ。足立さんが着てください」
「何言ってるのよ。忍は可愛いんだから、似合うに決まってるじゃない。ほら、試着して」
「……はい」
当たり前みたいに可愛いと言われ、顔が熱くなってしまった忍は隠すようにうつむきながら、言われるままカーディガンを受け取って、試着室へ向かうため知恵に背中を向ける。
全く、知恵はいつもそうだ。明るくて調子がよくて、すぐに可愛い可愛い言ってるし、昨日なんか空の雲にまで可愛いと言っていた。誰にだって言ってるに決まってる。そうは頭で思うのに、頬がゆるむのをとめられない忍だった。
さて、試着してみた。制服のままだが、ブレザータイプでありブレザーさえ脱げばワンポイントのある普通のワイシャツだ。ワイシャツとカーディガンならデザインを見る程度なら問題ない。
「んー」
ふりふりして裾には花までついていて、可愛すぎると思う。忍は容姿が特別可愛い方でもないし、流行に敏感でもないから基本的に地味な格好ばかりしている。髪形だって、知恵に無理矢理変えられるまでは三編み一本だった。
ちょっとださいかもと自分でも思っていたが、じゃあどうすれば自分に似合うかわからないのでそのままだった。今では知恵に可愛い可愛いと褒められた肩までのストレートで固定している。
とにかく、忍としてはないなーと言う結論になったが、知恵にも見せないと納得しないだろう。試着室を出る。最初の入り口にはいないので、服をみているのだろう。
靴を履きながら忍が視線をさ迷わせると、すぐに知恵は見つかった。去年度同じクラスだった子と話していた。偶然あったようだ。待っていても仕方ないので近づく。
「うーん、どうかなー」
「いや、似合うわよ。ういっち可愛いから、ばっちりだって」
「ほんとにー?」
「ほんとほんと、保証するから。一回来てみたら?」
「んー。じゃ、そうしよっかな。ありがと。あ、佐久間さん戻ってきたよ」
「おっ、ほんとだ。んじゃういっちは、ばいばーい」
「おい。まあいいけど。知恵、佐久間さん、また明日ねー」
元クラスメイトの挨拶に忍は会釈してから、知恵の隣まで戻った。
「おー、しのちー、可愛いじゃん! やっぱり私の見立ては最高ね。買っちゃうー?」
「買いません」
「ほぇ、あら? なにか、怒ってます?」
「別に。全然、怒ってなんかいませんけど、何か?」
「えー」
怒ってるじゃん、と呟く知恵を無視して、忍は試着室へ戻る前からカーディガンを脱いだ。
元々似合ってないから買わないつもりだった。別に知恵が他の女の子にも可愛いと言ってるのをまの当たりにして不機嫌になったわけじゃない。とご立腹の忍だった。
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