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09 マイセリアの真の力

 隊列を突破したランケルウスの首を切り飛ばしたのは、肩口まである真っ赤な髪を持つ一人の少女だった。


 ちょっと太眉で意思の強そうな少女だ。オレンジ色のワンピースに、同色の小さなマントを羽織っている。手首には金の腕輪、銅の部分にも金色のコルセットを巻いていた。


 白系の鎧を着る他の兵士達と比べ、あきらかな異彩を放つ少女だ。真っ赤な髪もオレンジ色の服も戦場において他とは違う華がある。一人だけ貴族の令嬢でも混ざっているのかと思っていたのだが。


「……彼女が私達の仲間の一人。タマゴタケのマイセリアドーター……タマゴっちなのです」


「マゴイデスだよヴェルナっ!」


 名前の所で羊子ちゃんに訂正されていた。


「……そうとも言うのです。アマニタ・マゴイデス。私はタマゴっちとしか呼びませんが、彼女も私達の仲間の一人なのですよ」


 アマニタ・マゴイデス。五人目のマイセリアドーターか。地球で聞いた話だと、マイセリア達は人間との接し方を知るために俺を呼んだはずだったのだが。普通に人間の中に混ざっているマイセリアもいるのか。ん? ってことは……。


「あのマゴイデスって娘、食菌ベースのマイセリアなのか?」


「そうですっ! よく分かりましたね。マゴイデスも僕と同じ食べられるキノコのマイセリアなんですよっ」


 羊子ちゃんが元気に答えてくれた。


「僕のベースになっているシロカノシタも、地球で言えばフランス辺りかな? その辺ではピエ・ド・ムトン(羊の足)って呼ばれてて輸出もされてるおいしいキノコなんですけど、マゴイデスのベースになってるタマゴタケも旨味があってすっごくおいしいんだよ!」


 キノコのおいしさを力説されてしまった。だが、俺は羊子ちゃんがマイセリアの種類について語ってくれた言葉を思い出す。


 ヴェルナみたいな猛毒菌ベースのマイセリアはとてつもなく強いが、羊子ちゃんみたいな食菌ベースのマイセリアはそこまで強くはないと羊子ちゃんは言っていた。


「あのタマゴっち……マゴイデスって娘はランケルウスより強いのか?」


 俺は心配になって尋ねる。この質問にはヴェルナの方が答えた。


「食菌にしては……タマゴっちは強い部類に入るのですよ。今も一撃でランケルウスの首を落とした通りなのです」


 確かにタマゴっち……アマニタ・マゴイデスは強かった。普通の兵士が五人がかりで抑えるランケルウスを一撃か二撃で倒している。


「……陣形もよく考えられているのです。先程から一体ずつ魔物が隊列を突破していますが、あれはわざと突破させているのですよ。……元々あの人数でランケルウスを完全に留めるのは不可能なのです。だからわざと隙を見せ……そこに来た魔物をタマゴっちが狩る戦術をとっているのですよ」


 改めて様子を眺めると、隊列を突破され続けている兵士達に動揺するような気配はなかった。彼らの指揮そのものもマゴイデスがとっているようで、魔物の攻撃が厳しい所はわざと抜かせ、マゴイデス自身がそこに先回りして手際よく魔物を倒している。だが……。


「……あの戦術も、いつまでも持つものではないですけどね」


 ヴェルナが言うように、しばらくしてこの戦いの均衡は崩れる。最初は上手く一体ずつ抜かせることに成功していたが、四体目を倒した後にランケルウスが二体同時に隊列を突破したのだ。


「……あれならまだ処理できるはずですが」


 一体の魔物はマゴイデスが相手をし、もう一体は予備の兵士が十名がかりで動きを封じる。すぐに一体をマゴイデスが倒し、残る一体へと斬りかかった。だが、マゴイデスが二体目を倒し終える前に、さらに三体目が隊列を突破してしまう。


「やっぱり……どうしても人数が足りていないのですよ」


 陣形は崩れ始めていた。最初は百人の兵士を二つにわけ、半分が戦い、残り半分は予備として穴を埋める役割をしていた。だがここに来て、百人全員が同時に魔物と戦う状態へと移行しようとしている。


 決定的に隊列が崩れるのは、もう時間の問題だった。


「ヴェルナ」


 俺はヴェルナの目を真っ直ぐ見て話しかける。


「俺はここを降りるぜ。この城も遅くはないが、俺達なら降りて走った方が早い。ここから戦場までは平原で障害物もないしな。お前が行かないってんなら、俺は一人でもあいつらを助けに行くぜ」


 俺はヴェルナの目を見て意思を伝える。だが、ヴェルナは俺の提案には同意しなかった。


「今の珍菌さん……ちょっとだけ格好良いのです。……あの中に飛び込もうっていう珍菌さんの勇気には感心してしまうのですよ。……でも、わざわざ地面に降りる必要はないのです」


「マゴイデス達は本当に良く頑張ってくれたよね。ヴェルナ、そろそろいける?」


「うん、そろそろいい距離なのですよ。羊子……発煙弾を撃って下さいなのです」


「うん分かった!」


 そういうと羊子ちゃんは腰に下げていた大き目の銃を取り出し、兵士達が戦う方へとめがけて撃った。飛び出した弾丸から赤い煙が大量に吹き出し、空に一筋の線を描く。


 そうしてしばらく、こちらの合図に答えるように戦場から白い狼煙があげられた。状況が分からないままとなっている俺に羊子ちゃんが説明をしてくれる。


「赤色の煙は攻撃開始の合図なんですよ。ヴェルナがいきなり攻撃しちゃうと人間さん達も危ないですからね。でもこれで準備はオッケー」


 羊子ちゃんに言われてもピンとこないでいた俺に、ヴェルナが追加で説明を加えた。


「視界内は全て私の射程内なのです。……なんて言うのは大袈裟でしたが、もうあの魔物さん達も私の射程に入るのですよ。私の《胞子の煙(スポアスモーク)》の射程は約十キロ。この城は五百メートルほど上空に浮いてはいますが……そんなもの私の射程から見れば誤差みたいなものなのです」


 そう言って、ヴェルナは帽子の口から大量の煙を空へと吐き出す。


「だから、降りる必要はないのですよ。これから直接……あの魔物さん達への攻撃を開始するのです」


 そう言って、ヴェルナは帽子の口からあふれる胞子を戦場へと飛ばす。真っ白な煙が一直線に大空を切り裂き、百体近いランケルウスの群れへと襲い掛かった。


 その後は……もう圧巻の一言だ。


 ヴェルナの超長距離攻撃は確実に魔物の体をとらえ、一撃でその命を刈り取る。そのまま煙は向き変え、まるで生きているかのように次々と魔物達へと襲い掛かった。


 胞子で形づくられた死神の腕が、逃れ得ぬ死を次々に魔物達へと与えていく。正に圧倒的で……一方的な戦いだった。



 ランケルウスという魔物は強かった。巨大な体と鋭い大きな角を持ち、人間を一撃で吹き飛ばすほどの力を持つ。


 そのランケルウスと戦っていた兵士達も優秀だ。自分達より力の勝る魔物に対し、戦術によって互角に渡り合っていた。


 そしてアマニタ・マゴイデス。兵士達を指揮しつつ、本人はマイセリアの持つ高い身体能力によりランケルウスを圧倒する戦いを見せていた。



 だがそれらの全てを……ヴェルナの煙は一瞬で凌駕した。



 ヴェルナは百体近い強大な魔物を、高度五百メートルの城塞から地面に降り立つことすらなく、圧倒的かつ一方的に倒し尽くしたのだ。


 これがマイセリアドーター。

 猛毒キノコをベースとするマイセリアの、真の実力だった。


 ヴェルナはニグリカと戦う前、視界さえ拓けていれば負けることはないと言っていた。あの言葉の本当の意味を、俺はこの時初めて理解することになったのである。


 ヴェルナちゃんマジ強い。

 俺は心の底からそう思った。


「……胞子に包まれ、土に還るがいいのです」


 ヴェルナはニグリカと戦った時よりも余裕の表情で、戦いの終わりを告げた。


 正確にはランケルウスはまだ五体ほど生き残っている。だが後はマゴイデスと兵士たちの手で倒せるだろう。これらは人間との距離が近すぎてヴェルナが攻撃できなかった、ただの残りだ。



「うーん。これでひとまず安心できるよ。戦いが終わったってヴィロサ様に報告しなきゃね!」


「そうですね。……珍菌さんも会わせなきゃだし、ヴィロサ姉様の所にいきましょうか」


 そう言って羊子ちゃんとヴェルナは城の中へと歩き出す。もちろん俺も付いていくが、ふと気になって俺は再び地上を見下ろした。


 残りのランケルウスも既に倒され、兵士たちは生き残った喜びを皆で分かち合っている。


 だがその中でただ一人、マゴイデスというマイセリアの少女だけが、じっとこの城を見上げていた。


 魔物達を倒したのは、マゴイデスと同じマイセリアの仲間のヴェルナだ。だからマゴイデスこそ、この勝利を一番素直に喜べばいいようにも思える。


 だが城を見上げる彼女の顔には、喜び以外の、くやしさにも似た感情がにじみ出ているように俺は感じた。


「……何してるのです珍菌さん。私に付いて来るのですよ」


「おう、わりい」


 ヴェルナに急かされ、俺も城の中へと入る。



 だが俺の脳裏には、真っ直ぐにこちらを見つめるマゴイデスの姿が印象的に残っていた。


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