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07 第七世界

「ヒャッハー。起きやがれこの珍菌野郎。ここはもう第七世界なんだぜー!」


 口の悪い軽快な声によって俺は意識を取り戻した。目を開けるとそこにはヴェルナが立っている。そしてヴェルナの被る帽子が大きく口を開いており、軽快な声はそこから響いてくるものだった。


「なんだヴェルナだったのか。急に帽子の方でしゃべり出すから一瞬誰かと思ったぜ。なんだかご機嫌みたいだけど、こっちの世界に戻って安心でもしたか?」


「……ちょっと」


 帽子のテンションが高かったので嬉しいのか聞いてみると、ヴェルナは普通に下の口の方で返事をしてきた。その後追加で帽子の方も話し出す。


「ってゆうかフリゴにしゃべるなって止められてたんだよ俺様はよぉ! ファーストコンタクトでの印象は大事だのなんだの言いやがって。でもここまで来ればこっちのもんだからな! ぐへへ、お前もう自力じゃ元の世界には帰れねぇぜ! つまりお前は、もはやこの世界で生きざるを得ないってわけだ。てなわけでこれからどうぞよろしくなぁ!」


「おうよろしくな」


 返事を返しつつ、俺は軽快に話すヴェルナの帽子をなでなでしてやる。


「なっ……い、いきなりなでなでとかすんじゃねぇよ……誘ってんのかぁ?」


「誘ってんのさぁ」


 さらに追加でなでなでしてやった。この帽子、口は悪いが性格はそこまで悪くもなさそうだ。……っていうかこの帽子もヴェルナの体の一部なんだよな。


 少し不安になったので俺はヴェルナに尋ねてみる。


「なあヴェルナ。この帽子……お前の体の一部なんだよな? つまりその、帽子がしゃべってることもお前の言葉でいいんだよなってことなんだが」


 尋ねると、ヴェルナは少し間を置いた後に下の口の方で返事をした。


「……そうですね、体の一部ではあるのです。ただし人格は別です。……嘘じゃないですよ」


「へー、そうなのか。俺はてっきり帽子の方が本心とかそんな感じかと思ったけど」


「なっ……なんで分かったんだよコノヤロー!」


 少しカマをかけて見たら帽子の方が食いついた。……やっぱり帽子の言葉の方が本心らしい。ま、本心かそうじゃないかなんてのはいいんだが、帽子もヴェルナの体の一部と確認できて俺は少し安心する。



 安心ついでに周りを見渡してみると、ここは洋風な感じの古城の中だった。いかにもファンタジーな石造りの部屋だ。


 その部屋の中央にある、いかにもな魔方陣の中に俺はいた。


「くっくっくっ。この城は元々魔王、魔物共の親玉が使っていた要塞なんだぜぇ。それを接収して今は俺様達が使ってるってわけだな。この部屋はその中の、何かやばそうなのとか召喚してたっぽい部屋を改造したもんなんだぜぇ」


 ヴェルナの帽子が絶好調である。だが何にせよ、俺はしっかりとヴェルナの世界に来られたようである。


「まずは珍菌さんを……ヴィロサ姉様に会わせるのです。失礼のないようお願いするのですよ」


 今度は下の口でしゃべってきたヴェルナの後に続き、俺は召喚部屋を後にした。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「そう言えば、フリゴとニグリカの姿が見えないな。二人は先にどっか行っちまったのか?」


 今更ながらフリゴとニグリカがいないのに気付いた俺はヴェルナに尋ねる。するとヴェルナは不思議そうな顔で返事を返してきた。


「二人は来ないのですよ? フリゴとニグリカはどちらも第十一世界……地球を拠点にしているマイセリアですから」


「そうだったのか。それはちょっと寂しいな」


「でもこの世界には……もっとたくさんのマイセリア達がいるのです。まだ各世界から集結中で数は三桁にも達していませんが、五十人以上のマイセリア達がすでにこの世界で暮らしているのですよ。珍菌さんにはその全員と会ってもらう予定ですので、これからどんどん忙しくなるのです」


「五十人以上か……それはまた大変そうだな。でも楽しみでもあるか。まだヴェルナ合わせて三人しか見ていないが、みんな可愛い女の子だったしな。ひょっとしてマイセリアって全員美少女だったりするのか?」


「そうですね……美少女かどうかは個人の趣向にもよるので分からないですけど、私達のこの子実体しじつたいは人間の女性をイメージして作っていますからね。これは人間と共生する上で便利だろうというのが主な理由ですが。同じ理由で美人の方が都合もいいので、基本的にはみんな美人さんなのですよ。……珍菌さんの趣味に合うかは別ですけどね」


「なるほどな。良くは分かんねぇがみんな綺麗だってんなら少し期待しちまおうかな。少なくとも、俺から見てもヴェルナはびっくりするほど可愛いしな」


「なっ……そ、そうですか。……ならいいのですが」


「てめぇ誘ってんのかぁ」


「誘ってんのさぁ」


 そう言って俺はヴェルナの帽子を撫でつつ古城の中を歩く。



 召喚部屋の外も、見た感じ古風な西洋風の建物だった。石造りの廊下に、ガラスのない穴が開いているだけの窓。そこから入る光が廊下を明るく照らしている。


「正に古城って感じだな。なんとなくファンタジーっぽい感じはするけど、これなら地球にもありそうな感じだ」


「くっくっ……内観だけならなぁ」


 俺が城の感想を言うとヴィルナに何か引っかかったようだ。ヴェルナは見せたいのがあると俺を城のバルコニーへと連れ出す。


 そしてバルコニーから外の景色を眺めて……俺は前言を撤回した。


「ははっ……マジでここ異世界なんだな。……地球にもありそうって言ったのは撤回するわ」


 城の外、バルコニーから眺めた先には、どこまでも続く大空が広がっていた。この城……空に浮いてやがる。


「ハッハー! この城は魔物共が使っていた元空中要塞。高度数百メートルの上空だぜぇ! この要塞落とすのには多少手間がかかったが、今はこうして住居として使わせてもらってるって寸法さ!」


 俺は本当に異世界へ来たのだという実感と共に、マイセリア達の力の凄さをあらためて感じていた。少なくとも数百メートルの上空に浮く要塞を落として、自分たちの物にしてしまうだけの力はあるわけだ。


「……普段は空中にただ浮いてるだけなんですけどね。人里に魔物が出た時なんかは、この城ごと移動して人間さん達を助けに行ったりもするのですよ」


「なるほどな。なんつうかスケールのでかい話で……」


 と言った所で、俺はこの城が動いているのに気付く。ゆっくりと流れる数百メートル下の景色を眺めながら俺はヴェルナに尋ねた。


「……なあヴェルナ。この城、今動いてるよな?」


「そうですね。……魔物さん達が人里に出ているかも知れないのです」


 どうやら人里に魔物が出ることは、この世界ではそれほど珍しいことでもないらしい。



 そうして俺とヴェルナが眼下の景色を眺めていると、一人の少女が俺達へと向かって声をあげてきた。


「あ、ヴェルナ! 丁度帰ってきた所だったんだね。良かったよー」


 そう言って廊下をこちらへと走ってくる少女は、すごく特徴的な外見をしている。


 髪はかすかに卵黄色を帯びた白色のショートカット。そしてその頭から鹿の角みたいな物が飛び出していた。


 服は薄茶色から白にグラデーションのかかったスーツを着ておりなんとなく執事っぽい。だがそれよりスカート? の方が目に付くな。すごくモコモコした素材で出来ており、腰回りがヒツジの着ぐるみでも着ているようになっている。


 全体的な印象としては、腰から上がシカ、下がヒツジのコスプレ娘とでも言えばいいか。いやここは異世界だから本当にシカの魔物娘という可能性もあるが。


「あれは鹿ノ舌(かのした) 羊子ようこ。マイセリアの一人ですね。……ちなみに頭のアレはただのコスプレなのですよ」


 やっぱりただのコスプレ娘だったようだ。……鹿ノ舌 羊子。顔つきは小動物っぽい感じで愛着を感じさせる娘なんだがな。


 そんな感じで眺めている間に羊子は俺達のいるバルコニーへとやってくる。その羊子にヴェルナが質問を投げかけた。


「その慌てぶり……やっぱり魔物でも出てるのですか?」


「うん。今から数時間くらい前にね。救援要請があってマゴイデスと人間の兵士は既に現場に向かっているよ。でもマゴイデス達だけじゃ多分村を守りきれない」


 羊子ちゃんの顔はとても不安げだった。その羊子ちゃんの表情を見てヴェルナが尋ねる。


「……魔物、多いのですか?」


「うん。正確な数は分からないけど、ランケルウスが百体近く山を出たって報告がきてるよ」


「それは……少し大変そうなのです」


「そのランケルウスって魔物は強いのか?」


「えっ? あ、はい強いです」


 俺が話に加わると羊子ちゃんが驚いていた。初対面でまだ挨拶もしてないからな。だが今はそういうことをしている状況でもない。


「……ランケルウスというのは、この世界に住む鹿みたいな魔物さんなのです。倒すには一体につき、人間の兵士が十人くらいは必要なのですよ。魔物としては一般的な強さですが……百体はちょっと多いのです」


「単純計算だと倒すには千人の兵士が必要と言うわけか」


「そうですね。……羊子、タマゴっちが連れてる兵はどれくらいの数いるのです?」


「兵士の数も百人くらいって言ってたよ。精鋭部隊とは言ってたけど」


「……あきらかに足りてないのです」


「うん。だからこうやって城を動かして、救援に向かってる所だったんだよ。でもヴェルナが間に合ってくれて良かったよー」


「うん。私がいれば鹿さんの百体くらい……一瞬で一網打尽なのですよ」



 どうやら異世界へと来て早々に、魔物との戦闘が始まるようだ。俺はかすかな緊張を感じつつ、流れる下の景色を眺めていた。


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