01 菌糸の娘(マイセリアドーター)
日本、長野県某所。
一人の少女がビルの屋上を跳ねるように駆けている。
その少女は白かった。白い服に白い帽子、髪色まで全てが真っ白である。
少女の白い髪はプラチナブロンドでもなければもちろん白髪でもない。あえて言うのなら、人間離れした天使をイメージさせるような白さであった。
事実この少女は人間ではない。彼女達は自らのことを、菌糸の娘を意味するマイセリアドーター、もしくは短くマイセリアと呼称していた。
そのマイセリアの一人である少女アマニタ・ヴェルナは、人間ではありえない身体能力でビル街を飛び跳ねつつ、耳に装着するウェアラブル端末で仲間のマイセリアとやり取りをしている。
「……でも本当なのですかフリゴ? 私達の毒に対する耐性……完全無効化能力を持つ人間なんて、第七世界全土を探してもみつからなかったのですよ。……それがこの地球、第十一世界で見つかっただなんて」
「んー……そうだね。このフリゴさんも実際見たわけじゃないから断言することはできないよ。でもこれは確度の高い情報だ。ヴォルヴァタが感知したイメージをデータに直して、このフリゴさんが《菌糸回路網》で解析した結果なんだからね。あたしの《菌糸回路網》は本体の菌糸体ネットワークを利用した超巨大な有機コンピュータだ。人間が使う無機物のコンピュータなんかより性能は遥かに優秀だよ。そのフリゴ姉さんの解析結果がヴェルナには信用できないのかい?」
「あー……分かったのですよ。というかフリゴの能力が高いのは私もちゃんと理解しているのです」
「よろしい。ならフリゴさんの解析結果を信用しなさいな。それよりヴェルナ、そろそろ目標の住むアパートに近づいてるよ。いい加減地面に降りて歩いた方がいいね。ファーストコンタクトでの印象はすごく大事だ。私達は彼を第七世界に招待しようとしてるんだからさ。上の口から本音漏らしまくって台無しにしないよう注意しなよ」
「ちょ……う、うん。努力はするのですよ」
そうして少女は市街地にある一件のアパートの前へと降り立つ。
これが生まれ変わった佐藤 紳士と、アマニタ・ヴェルナが出会う約五分ほど前の出来事であった。