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恋文  作者: 紀平 ゆきの
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あの日から……

 あの夏の日から、わたしたちは『親友』になった。たとえそれが表面上の事でしかないと、お互いが分かっていても、わたしにとっては、はるかの隣で笑っていられることが嬉しかった。一学期と変わらず、いや、それよりももっと長い時間を共有した。朝は一緒に本を読んで話し、お昼を二人で食べ、時折、放課後に彼女の剣さばきを見学に行ったりした。ピアノを聴かせてもらうこともあったし、部活が終わるのを待って、まるで恋人同士のように帰り道を並んで歩くこともあった。


 そうやって高校3年間を過ごしても、わたしたちの関係は『親友』のまま続いた。深夜になると涙が勝手に流れ出すことも、ずっと変わらなかった。

 

 高校3年の冬になると、進学校では大学受験のため、生徒たちは急に慌ただしくなる。学校は自由登校になり、授業も出席を取らなくなる。私立大学受験で受験科目が少ない生徒は、必要な科目だけ自習すればいいからだ。わたしは、理系の大学を目指していて、彼女は文系だったから、必然的に学校で会うことが少なくなった。

 会って話をする時間ができても、わたしたちは意図的に受験の話や志望大学の話を避けていた。もうすぐ、高校生活が終わる……それは、全体の半数ほどが県外へ進学する生徒たちにとって、別れの季節が近づいてきていることを意味していたのだ。


 大学名まで聞かなかったが、はるかは、推薦で早々と大学が決まったらしいと噂で耳にした。その頃から、学校には全く出て来なくなった。

 わたしはわたしで、8つの大学を次々に受験し、合格通知のきた3校から進学先を選ぶのを迷ったりしているうちに、忙しい日々はあっという間に過ぎていった。受験して落ちた私立大学の3次募集にも挑戦することにしたため、卒業式すら出席することができなかった。


 それっきり、はるかとの連絡は途絶えた。携帯を変えて番号もメールアドレスも変更してしまったのはわたしの方だったから、わたしが拒否したことになるのだろう。いまだにくすぶるこの想いは、思い出として昇華させなければならないものとは、十分すぎるほど分かっていた。申し訳ないと思ってもいっぱいいっぱいだった。

 引っ越しに、新しい生活に、大学生活の始まり。もう、なんだか、色んな事に疲れていた。



そして、大学2年の秋頃。

友人に付き合って少し遠出をした帰り道に、電車の中で、わたしは懐かしい顔を見つけてしまった。何の偶然だろうか? 私が乗り込んだ車両には、あの頃とほとんど変わらない容姿のはるかが座っていたのだ。


「……! はるか?」

下を向いてスマホをいじっていた彼女は、わたしの声にすぐに反応をした。

「え? メグ? メグだよね? ホントにメグだよね?」

はるかの笑顔を見て、わたしは自分の中の彼女への想いが少しも色褪せていなかったことに気がついた。複雑な気持ちに、なりかけた。

「この後、時間、ない?」

「え、だって、はるか……」

薄紅色の唇が、柔らかに微笑んで、彼女はあの台詞を口にした。

「少し、話そっか」

「……うん!」

わたしはどんな表情で、そう応えたのだろうか? こころは不思議に凪いでいた。わたしたちは、3駅先で電車を降り、静かに話ができそうな喫茶店に入った。


「あ、あの。元気にしてた?」

2年と半年以上も会っていなかったはるかに、まず何から話せばいいかわからなくなって緊張する。

「うん。今、ピアノのレッスンから帰ってきたとこ」

高校時代によく聴いた、彼女のピアノの旋律が頭の中で蘇る。

「もしかして、音大にいるの?」

「あはは。知らなかったんだ? メグらしい」

メグらしい、と言われて、わたしはちょっとふくれて見せた。笑われたせいか、緊張の糸も解ける。運ばれてきたコーヒーに少し口をつけてから、彼女は話し始めた。


「受験の時は、秋ぐらいからずっと音楽室にこもりきりだったから、あんまり会えなかったからね」

「ピアノの練習してたわけかぁ……」

「そう。今はね、個人レッスンのための先生も見つかって週に2回通ってるの。大学からも遠いけど」

「プロに、なるんだ?」

彼女はきゅっと、唇を結んでから言った。

「なれると、いいんだけど……ううん、ならなきゃ、ね」

わたしの好きな、勝気な彼女。そんなところは、全然変わっていない。


 しばらくの沈黙が流れて、わたしは迷いながら、無難な角度から切り出してみる事にした。

「大学はいって、彼氏とか……できた?」

わたしの視線が、不安げに泳いでいたからだと思う。はるかは、コーヒーカップを静かにおいて、ためらいがちに、うん、と頷いた。寂しそうな瞳は罪悪感を抱いているようにも見えた。

「今年の春ぐらいから、いるよ。付き合っている人」

こころに最初に浮かんだのは、悲しみでも喪失でもなく。わたしは意外にも、安堵の胸をなで下ろした。

「よかった……」

小首を傾げて小さく笑うわたしの様子に、彼女はとても驚いた顔をした。

「え? ……ひょっとして、メグにもいい人、できたの?」

「ううん、わたしは、まだなんだけど、さ」

一旦、言葉を切ると私は、言葉を整理するように、説明した。


「あの、昔の話で悪いんだけど、覚えてるかな? まだね、あの時の、はるかからの返事、聞いてなかったんだ……」

「メグ! ごめんなさい! まだ、苦しんでたの? ずっと辛かったの? 今でも?」

急に青ざめた彼女は、椅子から立ち上がる勢いで身を起こす。テーブルがガタン、と音を立てて周囲からちらほら視線が集まった。

「ち、ちがうの! 責めてるんじゃ、ないよ。落ち着いて」

わたしは、改めて、小声で話を続けた。

「実はわたし、先月ね、同じゼミの先輩から告られたんだ……」

「……! それ、断っちゃったの!?」

首を左右に振るわたしを見て、はるかは小さく息をつく。

「まだ、返事はしてない」


 彼女は、しばらく考えて、少しずつ、言葉を紡いだ。

「高校時代ね。あたしは、何度か、メグに……メグの気持ちを受け入れようか迷ったんだ」

「……本当、に?」

ゆっくり、彼女は頷いた。彼女の瞳は高校時代のわたしの姿を見ているようだった。

「すごく、すごく、悩んだの。あたし」

「そりゃ……」

女の子からの告白だなんて簡単に……、と、続けようとしたが。

「だって、あんな真剣な告白に、もしかしたら好きなのかも、なんて中途半端な気持ちで答えられなかったの。同情や、憐みで付き合ってもらってる? とか、メグが少しでもそう疑う事があったら、そんなひどい、そんな、失礼な事ってないでしょ? だからあたしも、自分の気持ちに正直なまま悩み続けてたの……ゴメンね……遅くなって、ゴメン」

はるかは、感情があふれ出したかのように一気に吐き出した。

「はるか……」

「もう、あたしの返事になんか縛られずに、幸せになりなよ……」

わたしの頬に、一筋、光るものが流れる。

「わたし、幸せ者だね。こんなにも、わたしの想いを大事に思ってくれる人がいるなんて……幸せだったんだ、ずっと……」

あぁ、近くに、自分を気遣うこんなにあたたかい想いがあったのを、わたしは気がついていなかった。


「泣き虫メグ。変わんないね」

わたしは少し笑って、慌てて付け加えた。

「あ! でも、はるかに彼氏ができてよかった、って思ったのは、正直な気持ちだよ? だって、はるかがわたしの影響で、男の人はちょっと、な女の子になっちゃったら責任取んなきゃって、本気で思ってたんだから」

「なにそれ。責任ってなによ。バカねぇ」

彼女はいかにも可笑しそうにクスクスと笑った。

「早く彼氏にいい返事、しなさいよ?」

わたしに向けて、下手くそなウィンクを送ってくるはるか。

「彼氏、って……まだ、あっ!」

『まだ』ってことは、わたしのこころは、もう、そういう事なんだ。はる姉はお見通しか、参ったもんだ。


 わたしたちはしばらく談笑し、それから、連絡先の交換もせず別れた。わたしたちには、すでにそれぞれに道がある。過去を振り返らないよう、その方がいいのは、お互い言わずともわかっていた。



 わたしは、その後、ゼミの先輩と付き合い、別れ、何人かの男性との出会いがあり、結婚もしたが、高校時代に抱いた、あの透明に輝くような熱い感情を、再び体験することはなかった。今では平凡な幸せにゆったりと包まれて、過ぎゆく日々を幸せに暮らしている。


こんなものを読まされても……、というのが正直な感想かもしれません。

なんだか、青臭いですが、紛れもなく、セミフィクションです。

最後まで読んでいただいた方、に感謝します。

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