こたえを、きかせて?
空色の便せんに書いた、ラブレター。所々涙で字が滲んだ、わたしの初めてのラブレターは、夏休みの最後の日までには彼女の元へ届くはずだ。はるかは読んでくれるだろうか? そして、何を思うだろうか?
新学期の始まりの朝、わたしは、かなり早めの時間に教室に入った。一学期中、一日も欠かさず一番乗りで教室にきていた彼女の姿は、そこにはなく。その原因が、わたしの書いた手紙である事は、明らかだった。8時を過ぎて、今日は学校を休むのだろうか、と不安になった頃になって彼女はやっと教室に現れた。
わたしを見つけると、少しだけ寂しそうな目で微笑んで、
「おはよう」
と、言ってくれた。彼女の覇気のない声に、無性に悲しくなって、わたしは下を向いてただ、
「……うん」
と、だけ返した。
お互いに、言いたい事が上手く言えない雰囲気のまま、放課後になってしまった。頭の中の渦が止まらない状態のまま、帰り支度をしていると、はるかが後ろから肩を叩いてきた。
「少し、話そっか。」
わたしは、無言で頷いて、彼女の後をついていった。わたしたちは、誰もいない中庭のベンチに並んで腰掛けた。遠くから部活の号令が聞こえる。空が、高い。
「メグ」
「今日は、部活行かなくていいの?」
「それより、大事な事があるから」
「……そう」
もう、逃げられない。はるかが不意に、わたしの右腕をぐいっと掴まえた。
「メグ」
彼女は、もう一度、はっきりと私のわたしを呼んだ。振り向くと、その瞳には怯えた表情のわたしが映っている。
「メグ、手紙、ありがとう」
「あ…あぁ」
曖昧な相槌しか打てない自分が、歯がゆかった。こころがざわついた。嫌われた、と、思っていたから。彼女は急に強く、わたしの腕に力を込めた。
「あんなに、一生懸命に伝えてくれたのに、まだ逃げるの? 怖いの?」
……怖い。怖いに、決まってる。でも……?
はるかの口元がふっ、と緩み、綺麗に微笑むのを見て、頬がかっと熱くなる。
「……あたしね、……嬉しかった」
「……えっ」
「初めて、ラブレターもらっちゃった」
「うん……」
「……ごめんね」
彼女は、ぽつりと、呟いて、言葉を切った。
ほら、やっぱり、ね。一瞬でもときめいた自分が恥ずかしくなる。わたしは、いいの、とだけ言ってその場を去ろうとした。が。ベンチから腰を浮かせた時、わたしの右腕は、痛いくらいに握り締められて引き戻された。彼女の様子が何かおかしいと感じ、恐る恐る顔を覗き込むと、彼女は、涙をこぼしていた。彼女が泣くのを見るのは、初めてだ。
「はるか………どうし、……」
「メグは!」
わたしの言葉をさえぎって大声を出す。びくっ、と体が震えた。
「弱くなんてない! メグは、全然、弱くなんて、ないよ……」
そしてまた、彼女は、涙を流す。意味が分からずに、私は隣で、おろおろしているばかりだった。
「……あたしは、多分、メグが気づくずっと前から、メグの気持ちに気がついてたの」
彼女が、一生懸命、言葉を探しているのが分かった。
「手紙に書いてあった、あの時のこと。メグが、男子に声かけられてて、あたしが思わず、『あたしのメグに…』って、言っちゃったの、あたしも、ずっと、覚えてるよ」
わたしは、手に汗をかいてるのを気にしながら、言った。
「あ、ありがとうね、あの時は」
彼女は、真剣な表情で、わたしと向き合った。試しに聞いてみた。
「あの後さ、はるか、バッサリ髪切っちゃったよね……」
「うん……」
「あれってさ、どうしてだったの?」
まだ目尻に光っていた涙を、彼女は乱暴に手の甲で拭う。
「強く、なりたかったから」
意外な答えに、わたしは、えっ? と、聞き返した。剣道の事かな? とも思った。
「ちゃんとメグを守れるくらいに、強くなりたいって思ったんだ。あれは自分に気合入れるため」
わたしを、守れるくらい?
正面から、わたしの顔を見て、彼女は哀しく笑った。
「あたしにとって、メグは特別、なんだ……でも……」
ごくりと、喉が鳴る。答えが出るまでの数秒が永遠のように長く感じられた。
「好き、なのかどうか、メグと本当に同じ気持ちなのかどうかは、分からない。自分でも、分からないの……」
これは本当の、気持ちなんだ。はるかのこころのまっすぐな真実。自分の目にも、涙がこみ上げてきて、少し日焼けした頬を伝った。この、気持ちが知れただけで、十分だ。
「……ありがとう。もう、悩まなくって、いいから、ね? この事は忘れちゃっていいから。だから、特別だなんて……」
「特別だよ! メグのこんな、真剣な想い、忘れる事なんかできない。なかったことにしちゃ、ダメでしょ!」
気がつくと、わたしたちはめちゃくちゃに泣き崩れていた。
「いつか、ちゃんと、好きになるかもしれない。でも、恋愛感情にならないままかも知れない。どんなに考えても、分かんない……」
「……分かんなくっても、嬉しいから」
「待って! メグ! あたしが、ちゃんと答えを出せるまで。もしかしたら、今までよりもっと、辛い思いさせるかもしれないけど、待ってて欲しいの!」
わたしは、はるかがずっと離さなかった手に、自分の左手を重ねた。
「分かった。待ってる。ずっと、待ってるから」
その夜。わたしは、久しぶりに枕を濡らさずに眠りにつくことができた。