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恋文  作者: 紀平 ゆきの
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わたしの想い

 わたしは、今年の春から隣町の高校に通っている一年生、藤野 恵(とうの めぐみ )

 夏休みの終わりに、とんでもない事に気がついてしまった……。


 始まりは、入学式の次の日だったっけ。

HRで、委員や係を決めていた時、女子の応援団員だけが決まらずに、(誰でもいいから誰かやってよ……)という気まずい雰囲気が流れていた。

委員会も係活動もまだ担当していない女子はみんな、自分が推薦されないようにビクビクと下を向いていた。


 HR終了のチャイムが鳴ると、特に男子が露骨にイライラしだして。その時、すっと高く手を挙げた女子がいた。

「あたし、やります。兼任でも問題ないですよね?先生。」

先生は助かった、という顔はしていたがそれ以上に、驚いていたと思う。

「ええと、文化祭実行委員と兼任?それは、いいけど……」

「じゃ、やります」

口ごもる先生に、潔く平然と言ってのけた彼女は…カッコよかった。

その時からすでに、彼女はクラスメイトから一目置かれる存在になっていたかも知れない。

 

 彼女の名前は、寺崎(てらさき) はるか。

何故か同じ中学校だった生徒はみんな、彼女の事を「はる姉」と呼んでいた。

彼女のことを、少しずつ知っていくうちに、その理由はなんとなく分かるようになっていった。


 彼女は毎朝、クラスで一番早く教室に来て窓を開け、窓辺の席で腰まである長い黒髪を風に泳がせて、いつも何かしら珍しい本を読んでいた。クラスメイトが登校してくると、男女関係なく全員に微笑んで、「おはよう!」と声をかけるのだ。無視されても、荒れてる男子に睨みつけられても、姉御肌の彼女の日課である「おはよう!」は誰に対しても変わらずに続いた。


 うちの高校は、部活動は必須で、4月、5月中に所属する部を決めることになっていた。

 何回でも見学や仮入部をしていいことになっていたが、5歳から竹刀を握っていたという彼女は、「他の部活に興味はないの」と言い、入学早々に剣道部に入ってしまった。二段だという。わたしは、いろんな部を転々とし、5月の最後の週になってようやく、合唱部に落ち着いた。

 そんな彼女が、わたしと友達になってくれたのは、単に、席順が近かったからだろう。


 しかし、引っ込み思案なわたしが、女子の中で仲間はずれになった頃から、彼女はわたしとだけ一緒に過ごすようになっていた。彼女と二人でお弁当を食べていると、わざと聞こえるような声で、女子達がわたしの悪口を言うこともあった。そんな時も彼女は、超然としていて、

「何か用なら、直接言いに来たらいいじゃない?」

と、女子集団を一瞥し、何事もなかったかのようにわたしに笑いかけるのだった。少しだけ、恥ずかしくて、そして、誇らしく思った。


 彼女には、剣道以外にも特技があった。それは、ピアノの演奏。

 わたしはある日、彼女に譜めくり(ピアノを弾く人の横に立ち、楽譜をめくる役)を頼まれて、一緒に昼休みの音楽室に忍び込んだ。彼女は、楽譜もろくに読めない私に、めくってほしい時合図するから、と言って、ピアノを弾き始めた。

 竹刀を握る指とは思えない長く細い指が、鍵盤の上をなめらかに、自由自在に流れていくのを、私は、感嘆のあまり息をするのも忘れて見入っていた。

 彼女が軽く頷いて、わたしは、ハッとして自分の役目を思い出し、楽譜のページをめくった。奏でられる至福の調べ。こんなに近くでプロ級のピアノ演奏を聴くのは、初めての出来事だった。彼女のために楽譜をめくる仕事は、これから先はいつも自分を指名して欲しいと思うほどに楽しかった。



 決定的だったのはあの日……。部活がテスト前で休みの日だった。

 わたしは放課後の教室でひとり、数学の課題をやっていた。そこへ来たクラスの男子が、

「真面目だなー。ちょっとノート写させてよ。」

と言って、わたしのノートを無理やり取り上げようとしたのだ。その男子というのもあまり素行のいいほうじゃない生徒だったから慌ててしまった。

「今、使ってるから、返して!」

と、怖くなって半泣きでもみ合いになっていた時に、ものすごいタイミングで、

「何してんの!!」

って、彼女の怒声が飛んできた。教室の入り口からつかつかと彼女が向かってきて。借りるだけだって……、と、悪びれず呟く男子に、彼女は、こう言ったのだ。


「あたしのメグに、何すんの!?」

と。


 あの日の夜から、わたしは、毎夜泣いている。


 次の日、教室に入った瞬間、わたしは彼女の姿に驚愕した。

彼女はあの風にそよぐ綺麗な長い黒髪をバッサリと切り、襟足を少し刈り上げたくらいのベリーショートになっていた。なんだか、理由を聞いてはいけない気がした。

「ずいぶん、思い切り短くなったね。」

とだけ言うと、

「そろそろ夏だし。頭、凉いよー。」

と彼女は笑った。いつものように。


 その日の夜も、その次の日の夜も、わたしは声を殺して泣いていた。

次から次へとあふれる涙の訳は……。あの時は、まだ、分からなかった。


 夏休みに入って、部活が忙しい彼女とは、全く会えない日が続いた。

わたしはというと、休み中は部活がなかったから、自分の部屋に引きこもってゴロゴロしていた。

 夜、目を閉じると、まぶたの裏に浮かぶのは彼女の姿ばかりで。彼女の笑顔を想うと、息が苦しくて、切なくて、熱い涙が頬を伝った。泣いて、泣いて、泣き疲れなければ、眠ることすらできなくなった。わたしの胸を痛めつける、この感情が、自分でもよく分からなくて、それが、辛かった。

 お盆を過ぎた頃、妙にリアルな夢の中で、わたしはいつかの、彼女の声を聞いた。


  「……あたしのメグに!」


 一瞬で目が覚めて、飛び起きた。

 あぁ、やっぱり、そうだったんだ……。

 気がついてしまった。背中に、冷たい汗が流れた。


 今まで、もやがかかってよく見えなかった自分の思考回路が、急にクリアになった。わたしの中にばらばらに散らばっていたパズルのピースは、次々に形を成していき、わたしは、わたし自身の心に棲む感情の正体を、はっきりと自覚したのだった。



 彼女が、……はるかが、『好き』……。



 自分の気持ちがよく分からなくて、辛かったのに。

分かってしまってからは、それまでの何倍も辛かった。この想いをどうしようか?隠してしまえるものなら、良かったのに。だけどそれは、水底に風船を沈めようとするのに似ていた。わたしの心の奥底に、沈めようとすればするほど『好き』という感情は強い力で浮かび上がってくる。

 身を切られるような切なさに、頬を拭うこともせず、ただ溢れ出る熱い雫を、流した。流し続けた。


 そういえば、わたしは、昔から、隠し事なんてできない性格だったんだ。


 わたしは夏の終わりに、決意をした。

彼女に、手紙を書こう。ただ素直に、わたしの想いを綴ろう。

 その後、どうするかなんて、考えられないまま、わたしは、思いの丈を込めて、手紙を書いた。



なんと、元の作品と結末が変わってます。

「事実は小説より奇なり」ほぼ、ノンフィクション作品となりました。

ガールズラブをこれからどんどん書いていこうと考えていますが、

このお話は、1話目としてどうしても書いておきたかった作品です。


まぁ、エンタメ要素がほとんどないので、つまらないといえば、

つまらないのですが、青春の甘酸っぱく、そしてほろ苦い話も、

いいんじゃない?と思ってくれる方がいらっしゃったら、幸いです。

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