一 にほんご、ひらがな。
「日本語って難しいよね」
今まで何人の外国の人に言われたか知れない。実際日本語は難しい。五段活用とか、中学生の頃に習ったがあれを考え出した人物を呪いたくなった。いや、私が言いたいのはそれ以前の問題で、まず文字が三種類もある。二十六個で構成されるアルファベットや三十数個で構成されるキリル文字などに比べ、格段に多い。これを覚えなければならない、いや、まずこのことを理解しなければならない。それだけでも、「日本語難しい」だろう。
でも私、日本語ってきれいだと思う。聞くのでも響きが柔らかくて、上品。特に、ひらがなが好き。ひらがなとは漢字を崩してできた文字だというのは、皆さんご存知であろう。並べてみると結構似ているのもあって、おもしろい。「加」と「か」とか、「世」と「せ」とか。漢字とひらがなとは、いうなれば親子のようなものなのだと思うけど、私はひらがなの方が漢字より好きだ。
ひらがなは、やさしい。
今「優しい」と聞いてどの字を思い浮かべただろう。もちろん、ひらがなは「易しい」。私たちが一番はじめに習うのはひらがなで、小さな子も読めるし書けるだろう。もちろんそれもそうなんだけど、ひらがなって「優しい」。漢字やカタカナに比べて柔らかい。
文字を書いているときにもたびたび思う。漢字やカタカナが、カクッと折れ曲がったりまっすぐに伸びたりしているのに対し、ひらがなは全体的に字の形がまるくて柔らかい。漢字ばかりの漢文を書いているときよりも、ひらがなも入った詩を書いている方がなんだか優しい気持ちになるのだ。
読んでいるときもそう。幼い子がひらがなを使うからかどうか、よくわからないけど、ひらがなって可愛らしい。幼い子供が読んでいるような可愛らしさといじらしさがあるように思う。
ぱっと見ただけでも、ひらがなって素朴で柔らかくて優しい感じ。友達や知り合いで、名前がひらがなの女の子がいると可愛いなあと思う。ノートとかに自分の名前を書くとき、私が自分の下の名前の漢字が好きじゃないのもあるのだけど、下の名前をひらがなで書いたりする。親には内緒だけれど。自分の名前の感じは好きじゃないけど響きは好きだし、それに名前をひらがなにするだけで可愛らしさや女性らしさが出るような気がするから。将来、私が女の子の子供を持つようになったら、きっとひらがなの名前をつける。
このエッセイの題名だってそう。まだ書き始めたばかりだけど、前も書いたようにこれには日本の日本らしいことを詰めていくつもり。エッセイなのだから、わたしが思ったことを包み隠さず綴りたい。「oriental」はなんだかお洒落すぎる。日本のことを書くには、英語のタイトルはなんとなく向かない気がする。「オリエンタル」もだめ。かたくるしくて、可愛らしさや柔らかさが足りない。だから、「おりえんたる」。
それにひらがなはおもしろい。さっきの「やさしい」が良い例だけど、何通りにも解釈できる。それは時には不便であり、時にはおもしろくもある。私たちの脳は大したもので、耳で聞いたり目で見たりして文脈などからすぐにそれを変換しているのだけど、その不便さもおもしろいと思う。
昔、ブラジルに住んでいたときに、帰る前にある若い女の先生にカードをもらった。その女の先生は、幼く人見知りな私にいつも気を配ってくれた。優しくてきれいで、私はあの先生が大好きだった。先生はハチドリの描かれたカードをくれた。カードには、幼い子が書くようなあまり上手じゃない、でも勢いのあるひらがなで、大きく「ありがとう」と書かれていた。わたしは今でもしまってあるそのカードを見ながら、ブラジルで過ごした平和な日と日本語の美しさ、そして一生懸命書いてくれた先生に思いを馳せる。
先生、お元気ですか。
カタカナの話は、マタイツカ。
お粗末さまでした。
詠都