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紡がれる冒険譚  作者: 七櫛
第一章
9/59

続きです。

よろしくお願いします。

 リチャード、ノーブル、澄の3人がシーフォンスの町に戻ってきたのはオーク退治の依頼を受けてから3日後の夕方のことだった。


 彼らの居なかったその3日間で、この町で噂されるようになった話がある。

 北方の貴族が、シーフォンスの町を治める領主と会談を行った、というものだ。

 詳細は不明だが、その後も北方から来ている貿易船舶が出港する様子が無いため、この町の住人はこの貿易船舶に不信感を持つと同時に、この話に尾ひれをつけて噂していた。


 すなわち、最初に聖堂に来たのは聖堂の長モンタナ師に何かを打診するためであり、その後領主と会談するもかんばしい成果が得られなかったため、北方の本国に戻れずにいるのではなかろうか、というものである。



 この噂は比較的信憑性の高いものであった。



 シーフォンスの町を治める領主はグラード卿という。

 グラード卿は温厚な人となりで、町の人々からは穏公と呼ばれるほどの存在だ。

 通常の貴族は平民を使役して税を課し、私欲の為に財を為すのが一般的と言われている。

 しかし、穏公は国庫に納める費用、町を警護する人員等を養うことなどに使用される費用、そして彼の家族が生活する最低限(貴族の生活であるため平民とは桁が違うが)の費用のみを税として課していることがこの町では広く知られているのだ。

 彼の生活が、通常の貴族の生活にしては質素なのである。

 町の規模に比較した場合、これは異常でもある。




 その穏公が怒鳴り声をあげて北方から来た貴族を追い返したらしい、というのが噂の信憑性を高めている根拠だった。




 一般的に軍事力に秀でた王家が乱立する北方の貴族を、西域の、しかも一介の領主が怒鳴って追い返す等通常考えられない。

 従って、この明らかな異常性の介在する話は、あくまでも噂話となっていた。




 町へ戻ってきたリチャード達は、まず聖堂へ向かった。

 道中、澄がリチャードに対して治癒の魔法を使ったが、全く効果がなかったためである。

 魔法が通じないとは聞いていたが、まさか治癒魔法まで効かないリチャードの体質に澄は茫然とした。

 ノーブルは苦笑いをしながら澄を慰めた。


 荷車を曳くノーブルと荷車に乗せられたリチャード、それに続いて歩く澄が聖堂の門をくぐると、日没を知らせる鐘が鳴り響いた。

 荷車を引いたまま聖堂の広間に入ると、広間の燭台に火を灯して回る清潔そうな服を着た者達が目に入った。

 続いて火を灯して回っている者達と同じ服を着た者達が、具合の悪そうな者達の目の前にしゃがみ込んでは話しかけ、症状を聴き取りながら、患部に手をあてて呪文を唱えている様子等も目に入る。

 清潔そうな服装の者達は聖堂で働いている人のようだ。


 そして、澄はここが病院であると理解した。

 リチャードとノーブルが「聖堂で看てもらうしかないな。」と話していた理由がわかった。

 聖堂がこの世界における病院ということを知らなかったため、実際のところなぜ聖堂に行くのかわかっていなかったのだ。


 荷車を曳いてきたノーブルが目に入ったのか、清潔そうな服を着た青年が駆け寄ってくる。


 「けが人ですか?」


 「・・・ああ。」


 「けが人は荷台に乗せられた方ですか?」


 「・・・ああ。」


 ノーブルは無表情でリチャードの当て木の処置を施した左足を指す。


 「・・・左足を負傷している。」


 青年はリチャードに近づくと、


 「まだ痛みますか?」


右手で応急処置の施された左足をさすった。

 リチャードはやや苦悶の表情を浮かべる。


 「ああ、まだ痛む。」


 それを聞いた青年が呪文を唱える。


 「・・・無駄だ。」


 ノーブルが告げる。


 「え?」


 青年はノーブルとリチャードを不思議そうに見た後、澄に視線を移した。

 そしてその表情が驚きへと変わっていく。


 「え?え?え?」


 青年は一目で澄が魔術師とわかった。

 これは魔法の素質を持つ者のみが判別出来る、いわゆる魔力感知の限定的なものである。

 さらに青年を驚かせたのは、確かに治癒の魔法を使ったにも関わらずまだ治癒された様子の無いリチャードだ。


 「え?呪いですか?」


 青年がそう言ったのも無理はない。

 リチャードの体質は極めて異例だからである。


 「体質なんだよねー。魔法は受け付けないんだ。」


 リチャードが肩をすくめながら言うと、青年は目を白黒させながら、


 「じ、自分には手に負えないので別の人を呼んできます。」


慌てたふうで、ここでお待ちくださいと言い残し、立去って行った。

 澄が周りを見ると、そこで聖堂の人間がちらちらと自分を見ていることに気付いた。

 その目には驚き、尊敬、畏怖等の感情が読み取れる。

 フードを目深に被ったままなので、こちらの表情は読み取られていないだろうが、居心地の悪さは抜群である。


 澄が居心地の悪さを感じていると、先ほどの青年に連れられ、老人が話かけてきた。


 「この方です。」


 青年がリチャードを老人に示す。

 老人が青年に頷くと、澄に目を向ける。

 やや目が見開いたように見えたが、その目の奥には慈しみの感情しか見えない。

 澄は老人に好意を抱いた。


 次いで、その老人はリチャードの左足を持ち上げたり、引っ張ったりし始めた。


 「いででででででで!」


 リチャードの悲鳴に近い声が聖堂に響き渡る。


 「骨折じゃの。」


 老人はリチャードにそう告げると、青年に何やら持ってくるように指示を出した。

 それを聞いた青年はまた走り去っていく。

 老人はリチャードに話しかける。


 「何をしたんじゃ?」


 「オークリーダーとやりあって、殴られた。」


 「ふぉ、面白い坊主じゃの。」


 「坊主じゃないですよ。」


 「そりゃすまなんだ。そのオークリーダーは西の集落の奴かのう?」


 「そうですよ。」


 老人はやや目を細めると、リチャードに礼を述べる。


 「ありがたいことじゃ。おぬしらのような若者が命をかけているからこそ、平和が保たれておる。礼を言わせてくれ。」


 そういう老人に驚くリチャード。


 「それくらいしか取り柄がありませんから。よしてください。」


 「じゃが、無理はいかん。命は投げだすためのものではないからの。」


 「・・・はい。」


 珍しく素直に諭されるリチャードを見て、澄はクスリと笑った。


 「そちらは魔術師だのう。相当な力を持たれておるのがわかる。」


 笑った澄を眩しそうに見る老人。

 驚いた澄だが、その老人に対してずっと思っていた疑問を口にする。


 「私は魔術師なのでしょうか。」


 老人は驚いたように言う。


 「わしを見てどうじゃ?」


 澄は一目で老人が魔法を使えるということが分かっていた。

 しかも先ほどの青年よりも上である。


 「先ほどの方よりも力は上と思います。」


 「ふむ。そのわしよりも上の力を持っておるのが貴方じゃ。」


 「すると、あなたは魔道士?」


 「ふぉっふぉっふぉっ。久しぶりに言われたがの。確かにわしは魔道士よ。」


 老人は屈託のない笑顔で笑う。

 その時、青年が袋を持ってきた。


 「はい、御師。もってきました。」


 「ご苦労じゃの。では、こういう方に対する処方を見ていなさい。」


 老人は慣れた手つきでリチャードの左足から添えられた木を取り、素足の状態にする。

 そして青年の持ってきた袋を荷台に置くと、ひっくり返した。

 袋の中からは土が出てくる。

 澄は首をひねった。


 老人はリチャードの足に土をかけていく。

 そしておもむろに呪文を唱えた。

 澄は老人の唱えた呪文が”土変化”とわかった。

 ”土変化”はある程度形状を決めた土を、さらに自分の思い通りの姿形に変化させる魔法だ。


 見るとリチャードの足にかけられた土が左足を覆っていく。

 土が左足を覆ったのを確認した老人は、さらに呪文を唱えた。

 澄は老人の唱えた呪文が”土を石”とわかった。

 ”土を石”は文字通り土を石に変化させる魔法である。


 澄は老人が何をしたのかわかった。

 老人はリチャードの足に石のギプスを作ったのである。


 「魔法の要訣は想像力とその活用方法なのじゃ。覚えておきなさい。」


 老人が青年に向けて話す。

 しかし、澄には老人が自分に向けて話しかけているように感じた。


 「はい!御師、勉強になりました!」


 青年の瞳は輝いている。

 フードの奥で澄の瞳も輝いている。魔法の可能性を垣間見たからだ。

 ノーブルが荷物の中から銀貨2枚を取り出し青年に手渡す。


 「あ、これは多すぎます。」


 青年はそういうと銀貨1枚をノーブルに返した。

 老人はリチャードに対し、


 「石にしとるが、割れるかもしれんでの。割れたらまたおいでなさい。」


 「わかりました。」


丁寧な老人の対応にリチャードは素直にそう言うとお辞儀をした。

 老人は愉快そうに笑いながら、じゃあのう、と言って立ち去っていった。


 このとき、澄は魔法の可能性について考えていた。

 魔法について後日また話す機会が欲しい、そう思った澄は老人の名前を聞くため我に返って声を出す。


 「あ、あの、お名前を聞かせて頂けませんか・・・?」


 「え?僕のですか?」


 澄は青年の間の抜けた返事を聞く羽目になった。










 青年から老人が聖堂の長モンタナ師であることを聞き、リチャードを看てくれたことと老人の名前を教えてくれたことに対して礼を告げた。

 青年は元気よく「また!」と言って走り去っていった。


 リチャードは荷車の上でギプスで補強された左足をあげたりさげたりしていた。

 澄はリチャードの行動が子供じみていたのでクスリと笑うと、ふと彼が自力で移動できるよう、松葉杖を作ってあげようと思い、ノーブルに松葉杖の形状を説明してから手頃な木片が無いか聞いてみた。

 するとノーブルも荷車を曳かなくて済むならと手頃な木材が無いか、聖堂の人間に聞いて回る。


 「自分で歩けるようにしてくれると助かるな。」


 リチャードは嬉しそうに言う。


 ノーブルが木片を持って戻ってきた。

 そして、自分の荷物から金槌と釘、そして縄を取り出すと、器用に松葉杖を2本作り上げた。

 モンタナ師の処置が終わり、松葉杖を作る作業をしている間も、聖堂の広間には具合の悪そうな人たちがポツポツと訪れていた。


 その時、カチャン、と金属の器が落ちる音がした。


 何事かとノーブルが音のする方を凝視する。

 聖堂で働く女性が金属の器を落としたようだが、その女性は手で口を押さえて怯えた目で一点を見つめている。

 ほかの者も、同じ方向に視線を送っている。


 ノーブルと澄が皆の視線の先を見て、息を飲んだ。


 先ほどリチャードに処置を施したモンタナ師が黒ずくめの男達に囲まれていた。

 男達の手には剣が握られている。


 「大人しく来てもらおうか。」


 黒ずくめの男達がモンタナ師を恫喝している。

 その数4人。

 澄はノーブルが音も無く移動していくのがわかった。


 密かに”韋駄天”の魔法を集中し、ノーブルにかける。

 ”韋駄天”は移動速度を上昇させる魔法で、移動系の魔法だ。

 移動速度が上昇するので、回避能力も上がる。

 ノーブルに対しては、器用さを上昇させる”すばやさ”よりも”韋駄天”を使った方が効果が高いということを先日のオーク退治で感じていたためだ。


 続いて、澄はノーブルに”ぼやけ”の魔法をかけるため魔法の準備をした。

 ”ぼやけ”は光・魔法系の魔法である。

 効果は目標を見えにくくする効果があり、目標に対する攻撃を命中させづらくする。


 澄は状況から見て、時間的猶予がほとんど無く、速攻が求められると判断し、ノーブルの移動力を上昇させようと考えた。

 また、何があっても聖堂内では武器を抜かないようにとリチャードに強く言われたため、ノーブルの身を守ることも優先した結果の判断だった。


 移動速度が上昇したノーブルはいつもより体が軽く動くのを感じた。

 この感覚は澄の魔法によるものと直感し、より速く黒ずくめの男達へ音も立てずに忍び寄る。

 聖堂で聖堂の者以外の刃物使用は厳禁であるため武器は抜けない。

 抜いてしまえば、今後、聖堂へ出入りする際に支障が出るためだ。


 黒ずくめの男達はノーブルの接近に気付かなかった。


 「げぼっ!」


 完全な不意打ちで、モンタナ師の胴体に剣を突き付けていた男の体がくの字に折れ曲がった。

 黒ずくめの男達が何事が起きたかと見ると、ややぼやけた鋭い目を光らせる男の右腕が仲間の胴体にめり込んでいる。

 胴体を強打されたその男がその場に崩れ落ちた。


 「き、貴様!」


 「よくも!」


 「うるああああ!」


 男達は口々に怒号を挙げながらノーブルに剣を振るう。

 それを遠目で見ていたリチャードは口の端に笑みを浮かべた。


 「無駄なことを・・・。」


 ノーブルに襲い掛かる者達の対処状況を見て、負けるはずが無いと確信したのだ。


 「ぶべらっ!」


 1人の男は顔面にノーブルのパンチを受けて大きくのけぞる。


 「この野郎!」


 別の男がノーブルに切りかかるが、その太刀筋を完全に見切ったノーブルが攻撃を避けながら踏み込む。

 そして膝を男の股間に叩き込んだ。


 「っっっ!!!!!」


 声にならない叫び。


 それを見た澄は(痛そ・・・。)と、思わず目を閉じて顔をそむける。




 澄は、父親が見ていたプロ野球のテレビ中継で、ピッチャーの投げた球がワンバウンドしてキャッチャーの股間にあたるのを見たことがある。

 ゲームが停止するほどの騒ぎになっていた。

 「これは痛い。まさに痛恨の一撃です。」と実況しているのが耳に入った。

 それよりもキャッチャーの苦悶に歪む顔と間抜けな四つん這い姿は今でも澄の記憶に鮮明に、かつ、哀愁漂う風情を呈して記憶されていた。




 澄が再び目を開けると、股間に膝を入れられた男が四つん這いになって地に這っているのが目に入り、(ああ、こっちの人たちも同じなんだ。)などと妙に感心してしまった。


 最後の1人は一瞬で3人がやられてしまったため、剣をがむしゃらに振り回しながら


 「ち、近寄るな!ひ、引け、引け!」


と言って逃げ出した。

 それを聞いたほかの男達も殴られた箇所を手で押さえながら、「覚えてろ!」などと捨て台詞をはき、聖堂の人混みをすり抜けていく。

 股間を押さえてほかの人よりもやや高く飛び跳ねながら移動していく黒ずくめの男もその後に続いた。

 澄は股間に膝を入れられた男に哀愁を感じ”べたべた”の魔法で動きを止めようとしたのをやめた。


 ノーブルは追いかけようと駆け出そうとしたが、


 「またれよ。良い。犯人の目星はついておるでの。」


剣を突き付けられた本人であるモンタナ師がその動きを静止させる。

 ノーブルは聖堂から出ていく黒ずくめの男達を鋭い目つきで追っていたが、やがてその姿が見えなくなるとモンタナ師に軽く頭を下げた。


 「助けてもらって悪いんじゃが、お主達を巻き込んでしまったかもしれんのう。」


 モンタナ師がノーブルに声をかける。

 ノーブルは首を傾げた。


 「・・・目星?巻き込む?」


 「うむ。北方の貿易船をしっとるかの?」


 澄が歩み寄り、答える。


 「港に来ている船でしょうか。」


 モンタナ師は澄に頷く。


 「そうじゃ。あれに乗っとるルドラナとかいう貴族じゃろ。」


 澄は入港するや、聖堂に北方の貴族が押しかけたという話を思い出した。


 「押しかけた件ですか?」


 「おう。そうじゃったな、お主らオーク退治から帰ってきたばかりじゃったな。」


 「違うのですか?」


 「発端はそこじゃが、今はより根が深いのう。お主らを厄介ごとに巻き込んだ手前もあるでな、ちょいと聖堂で寝泊まりせんか?」


 これを聞いたリチャードが松葉杖をついて近づくと、声をあげる。


 「役立たずも寝泊まり?」


 モンタナ師はリチャードを見て唸る。


 「うーむ、お主もおったの。じゃが仕方なかろうて、しばらく聖堂で泊まっていってくれ。」


 ふとモンタナ師の目がリチャードのついている松葉杖に止まる。


 「んむう?お主なんで歩けるんじゃ?それはなんじゃ?」


 ノーブルが澄を指さし答えた。


 「・・・澄が考えた。」


 モンタナ師はノーブル、澄、リチャードと視線を移していき、最後に松葉杖をしげしげと眺めている。


 「こりゃあ、凄いもんじゃのう。ほうほう、これなら骨折しとっても歩けるわい。」


 しかし、と。


 「無理はいかん。」


 「・・・はい。」


 シュンとなるリチャードを見て澄は堪えきれず笑い出した。


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