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紡がれる冒険譚  作者: 七櫛
第一章
8/59

引き続き宜しくお願いします。

 シーフォンスの町に北方からの貿易船が入港して1週間が過ぎた。


 その貿易船が入港するや、北方の貴族と名乗る者が聖堂に押し掛けたという噂話も、その後何の動きも見られないため人々の記憶から忘れ去られようとしている。


 この日、ノーブルは情報屋で依頼の確認を行っていた。


 居所では、リチャードと澄が剣の稽古を行っている。

 ここ数日の澄の進捗状況には目を見張るものがあった。

 日々の自己練習が実を結んだのか、突きと受けに関してはリチャードにやや劣る程度のものとなっている。


 予定通りであれば、今頃足さばきについて教えている頃だろう。

 それが済めば、リチャードの教えれる技術の全てを伝えることになる。

 あとは本人が努力して精度を高めていくしかない。



 ここまで伝えれば、あとは実技での試験だ。



 そういった理由からノーブルは手ごろな依頼を探しにきていた。

 剣の実技試験であれば、魔物退治が良いだろう。

 そういった理由から依頼の用紙を確認するノーブルの目には気合いがこもっていた。



 情報屋の主人は鋭い目つきで依頼の紙を見るノーブルに声をかけた。


 「ノーブル、仕事を探しているのか?」


 ノーブルは依頼から目を逸らさずに軽く頷いた。


 掲載されている依頼は交易を中心とした町だけあって、護衛のものが多い。というか護衛しかない。

 小規模でも十数人で荷物を運搬して町や村へと渡り歩く旅の商人は、魔物等に遭遇した際の保険として冒険者を雇うことが多い。

 だが、護衛の依頼は魔物等に遭遇することが無いことも多々あり、剣の実技試験には向かない。


 「今は護衛ばかりだな。こないだ北方の貿易船が持ち込んだ商品を各地へ売りに回るんだろう。」


 そう言った情報屋の主人は、カウンターの内側からゴソゴソと依頼の用紙を取りだした。


 「どうやら護衛の依頼が目的じゃないみたいだな。これなんかどうだ?」


 ノーブルは主人が取り出した依頼の用紙を受け取った。

 報酬が目に入る。800ゴルド・・・ノーブルの表情が曇る。報酬としては高額であり、手ごろな依頼では無い。

 しかし、稀に内容と報酬が釣り合っていないこともあるため、内容を確認すると


   オーク退治


と書かれてあった。




 オークはゴブリンと同様に集団で部族を構成する魔物だ。

 食料を得るため、人間の集落や旅の者を襲撃したり、野生の動物を狩るなどして生活している。

 ゴブリンとオークで大きく異なるのは、その個体差に激しい能力の差があることである。


 能力に個人差があるという意味では人間と似かよっているのだが、オークは魔物としての本能が強く残っており、等しく好戦的で残忍な存在であるため、人間に歩み寄る事は無い。

 能力による個体差が激しいため、オークの部族には必ずリーダーが存在している。

 その個体は通常オークリーダーと呼ばれ、ひときわ大きな体格をしているのが特徴である。


 オークの部族は、リーダーさえ倒せばその場から散り散りに逃げてしまうことが多いため、オーク退治とはオークリーダーの討伐が最終目的となっている。

 当然オークリーダーを倒すまでに、その取り巻きとの戦闘は避けて通れない。





 依頼書によると、この依頼はシーフォンスの町から西方約20キロ程離れた農村がオークの襲撃を受け、大きな損害を負ったのだという。

 人的な被害は無かったものの、畑や収穫前の穀物が強奪された。

 そしてその地を治める貴族が依頼を発出したのだ。


 いつもの典型的な魔物退治の依頼である。

 オークの個体数にもよるが、受けれない内容では無い。

 この依頼について情報屋に詳細を聞くと、襲撃時に目撃されている個体数は20体はいたらしい。

 通常のオークの部族としては多めに感じるが、いざとなればリチャードとノーブルだけで20体の相手は可能だ。


 ほかに手ごろな依頼を見つける事の出来なかったノーブルは、情報屋の主人にオーク退治の情報提供料を支払い情報屋を後にした。




▼▼▼▼▼▼▼▼▼




 ノーブルが帰宅したころ、リチャードがやや焦りの見せる顔で、額に汗をかきながらバスタードソードを振るっていた。

 おや?と思う。

 対峙しているのは澄だ。

 澄もいつものように額から大汗をかいている。見た目が美しいと流れる汗も美しい。

 ノーブルは世の中は不公平なものだ、と密かにため息をついた。

 ため息をつきながら、2人の攻防を見る。

 次いで、ノーブルの瞳が驚きで見開かれた。


 澄は前後左右にステップを踏みながら、華麗にレイピアを繰り出す。

 昨日までとはまるで別人の動きだ。

 リチャードは澄の動きを予測しながら、突きだされたレイピアを受け流し、返す一手を澄に繰り出す。

 澄はやや斜め後方にステップを踏みながら、突きだされたバスタードソードをレイピアで受け流した。

 そのレベルの高い攻防は、昨日までのものでは無い。

 ノーブルは思わず「・・・ほう。」と感嘆した。


 数合互いに武器をまじえたところで、リチャードが制止の声をあげる。


 「おっけ。今日はここまでにしよう。」


 2人とも汗をかいている。

 リチャードは額の汗を手ぬぐいでぬぐうと、ノーブルに


 「おつかれさん。いいのあったか?」


と声をかけてきた。

 澄はいつものようにへたり込んだまま手ぬぐいで汗を拭きとり、水を飲んでいる。


 「・・・ああ。」


 「そっか、ちょっと落ち着いたら話を聞こう。」


 リチャードはそういうと手のひらをパタパタと団扇のように使った。


 「・・・長剣。」


 「ん?ああ、澄の飲みこみが早すぎてな。もうレイピア同士じゃ練習相手にならなくなったんだよ。」


 そういうとバスタードソードを引きよせて、苦笑いをする。


 「足さばき教えた途端、コツを飲み込んだみたいでな。嘘みたいな話だぜ。」


 肩をすくめてリチャードは笑う。


 「・・・そうか。」


 「思わず焦ってしまったよ。」


 その言葉を聞き、ノーブルはリチャードが冷や汗をかいていた、ということに気付く。

 澄に怪我をさせないように稽古をしているのだが、突然の上達に力の入れ具合というか、手加減の具合の感覚が狂ったのだろう。

 先ほどの攻防でバスタードソードが危うく澄の下腹部へ吸い込まれそうになる危険な瞬間があったのである。

 その直後に制止の声があがっていたのをノーブルは見逃していなかった。


 だが、とノーブルは思う。

 先ほどの澄の動きを見て、受けてきた依頼を十分達成出来ると思った。


 そこで、2人の息が整い始めた頃を見計らって依頼の内容について話し始めた。






 「オークか・・・。」


 リチャードはやや不安そうな声を出した。

 オークは徒党を組んでいる。

 そしてゴブリンと違って強さに個体差があるため、稀に手ごわいオークだけが群れている場合もあるのだ。

 言い換えればレベル差の激しい魔物なのである。

 澄はその話を聞き、


 「魔物側から見たら冒険者たちも同じようなものじゃないの?」


と首をかしげた。

 リチャードとノーブルは思わず顔を見合わせ笑った。


 「あっははは。たしかにね。」


 「くくっ。・・・なるほど。」


 「なによ。」


 笑われるような事を言ったつもりじゃなかった澄は少し不満そうな言葉をあげる。

 すまんすまん、とリチャードは澄に謝り、そして続ける。


 「しかし襲撃が20体となると、最悪30体は居ると考えた方がいいな。」


 「・・・だな。」


 リチャードは経験則で話す。

 ノーブルもおおよそ同じ考えのようだった。


 「そうなの?」


 澄が聞くと


 「・・・オークは部族全員で襲撃はしない。全体の数は襲撃時よりも多いのが普通だ。」


腕を組み、壁に寄り掛かっていたノーブルが珍しく流暢に話す。

 リチャードは少し迷っているようだったが、私を見て


 「ノーブルなりの試験、ってわけだな。」


テーブルから水の入ったコップを口元に運びながら言う。


 「・・・ん。」


 「まぁ大丈夫かな。澄さん、行けるかい?」


 澄はコクンと頷く。


 「ほいじゃ、準備出来次第向かいますか。」


 リチャードがそう言い、その場を解散した。


 澄の部屋は二階の一室。

 澄は柔軟な革製の胸当て、小手、股当て、膝当てを装着し、その上から深緑色のローブに袖を通す。

 その後、旅用の革のブーツに履き替えてから腰にレイピアを帯びる。

 そして、自ら作成したパワーストーンの指輪2個を左右の人差し指に付ける。

 最後に手荷物のチェックを済ませ、部屋を出た。


 澄の準備が終わり、一階に降りると簡易な食事を荷物に積み込むノーブルを見つける。

 ノーブルはいつでも同じ格好であるため、準備を必要としない。

 澄は水袋6個に水を入れ、荷物に積み込む。

 その頃、奥側からガシャ、ガシャという音と共にリチャードが現れた。


 「あっちゃー、やっぱり最後だったか。」


 背中に盾と弓矢を背負い、腰にバスタードソードを帯びている。

 重厚な戦士というよりは重装の騎士といった出で立ちである。

 実際リチャードの鎧は騎士の家系に代々伝わってきた逸品でもある。

 全身金属鎧であるため、装備するのに時間がかかるのは仕方ない。


 「リチャード、準備できたわよ。」


 澄が声をかけると、リチャードは頭をポリポリとかきながら、いつものようにノーブルと澄が準備した荷物を担ぎ、


 「んじゃ、行こうか。」


玄関の扉を開ける。


 「・・・ああ。」


 「うん。」


 この日、3人は西の集落へと旅立った。





▼▼▼▼▼▼▼▼▼







 西の集落は名もなき農村であったため、そこへと向かう道は人一人がやっと通れるような獣道。

 さらに、道中は湿地帯でもあり、迂闊に道をそれるとぬかるみにはまってしまう。

 そのため手ごろな野宿する地点が無く、探しているうちに夜になってしまった。


 さらに野宿地点を探しながら進むも、深夜を過ぎたあたりで眠気の限界を迎えた澄がうつらうつらとし始めた。

 倒れかかった澄を支えたのはノーブルだった。

 そこで已む無く獣道上において野宿をすることとなった。


 湿地帯であったため、焚き木となるものが無い。

 一般的に獣は火を恐れるため、野宿では火の番を行うことで獣の襲撃を避ける側面がある。


 火が無いためリチャードとノーブルは獣の襲撃に備え、交代で見張りをすることにした。

 野宿することとなった時間は深夜2時を回った頃であっただろうか。

 先に見張りに立つのはリチャード。

 バスタードソードを杖代わりに、両手を柄の端に添えて立つ。


 眼下には寝袋にくるまってすやすやと眠る澄がいる。


 恐ろしいまでの魔力を有しながら、その体力は並の女の子以下。

 センスが良いと言えばいいのだろうか、剣の腕前の上達ぶりには驚かされる。

 自分が教え上手の人から剣術を学んだとしても、ゼロから1ヶ月であそこまで上達するだろうか?


 いや、しない。


 断言出来る。

 魔物に出くわせば首をひっこめて怯える普通の女の子。

 彼女はアンバランスで未完成だ。

 澄から視線を逸らし、リチャードは空を見上げた。

 今日は月が美しい。


 その後、リチャードはノーブルと見張りを交代して仮眠をとると、夜明けとともに目を覚ます。

 リチャードとノーブルが起きて間もなく、澄も寝ぼけまなこのまま「おはよ。」といって起きてきた。

 朝食は簡易な携帯食料である干し肉と、堅パンであった。

 いずれも澄の手作りだ。

 売られているものとは根本的に味付けが違うため、リチャードもノーブルもお気に入りの品である。




 腹を満たした一行が、西の集落に到着したのは、次の日の昼前ころだった。

 湿地帯が続いていたかと思うと、突然田園風景が広がり、その先に10軒に満たない民家が見えたのである。

 田園の一部に何者かによって荒らされた形跡を確認する。

 オークの仕業だろう。


 民家に着くと、依頼を受けてオーク討伐に来たことを告げた。

 話を聞いた集落の男は大喜びで、オークがどの方向から来たかを説明してくれた。


 その他、数人から話を聞いた。

 その結果、オークの群れはこの集落からさらに西の方面から現れたことが分かった。

 襲撃は日没後に行われたといい、襲撃は5日前の事だったという。


 オーク達がやってきたという西の方面を見ると高い山がいくつも連なっており、その山々は全て木で覆われている。

 森に入っての捜索は時間がかかりそうだった。


 3人で話したところ、森に入って捜索するのは効率が悪いと言う結論に達した。

 ではどうするか?

 襲撃に成功して味をしめたオークは再びやってくる可能性が高い。

 しかも襲撃から5日が経過しているため、来るなら近日中だろう。


 「襲撃に来るのを待つのが、早いかもしれない。」


 「それだと集落が被害を被る可能性があるわ。」


 「他におびき出す策があればいいんだけどなぁ。」


 「・・・エサは食糧。」


 「まんまだな。オークにとってはそのとおりだが。」


 「それじゃいち早く襲撃を感知するしかないわね。」


 リチャードとノーブルは澄を注視する。

 澄は魔術師である。


 「うまく行くかどうかわからないけど、ちょっと試してみますね。」


 そういって目を閉じて神経を集中させる澄。

 やがて、フード付のローブが風も無いのに揺れる。

 澄から送られてきた風がリチャードとノーブルの傍を通り抜けたような気がした。

 揺れの収まったフードの奥で、目を開いた澄が言う。


 「半径200メートルの警戒の魔法を張りました。これ疲れますね。」


 リチャードは襲撃のポイントさえわかれば早期に撃退出来るため、非常に有利だとしか考えつかなかった。

 魔法使いが聞けば、その魔法の範囲に驚愕の顔を浮かべ、次いで信じようとはしないだろう。

 ただ、そんなことは知らないリチャードとノーブルは、魔法は便利だなぁくらいにしか考えず、


 「ほいじゃ、まぁ、2日程粘ってみましょうかね。」


などと言う。

 リチャードのこの発言は、粘った後は西の山へ向かうことを示唆していた。





 その日の夕方、民間で休んでいた澄は警戒の魔法にかかる複数の動きを感じた。

 西の山方面である。


 澄が横にいるリチャードとノーブルに告げようとすると、ノーブルが


 「・・・西から不審な感じがする。」


と言った。

 ノーブル凄い、と思いつつも澄は魔法で感知した状況を伝える。


 「私の魔法でも西の方向から複数の何かが侵入したのを感知したわ。」


 ノーブルはその話に頷き、リチャードを見る。

 オーク達は陽が落ちた直後に襲撃をかけてくるのだろう。

 手短に、リチャードは指示を出す。


 「襲撃してきたら、私と澄さんで遠隔から攻撃を行いましょう。その後ある程度のところで私とノーブルで突出します。相手の数を見て澄さんも戦線に加わるか魔法での支援をお願いします。」


 頷く2人。


 「数匹は手傷を負わせて逃がしましょう。」


 「・・・わかった。」


 「道案内?」


 澄にリチャードが頷く。


 「それじゃ、行きましょうか。」


 森の広がる西の山。

 民家から表に出たリチャードはしゃがみ込んで、弓矢の準備をし始める。

 ノーブルと澄は無言で控えている。


 やがて太陽が山に完全に隠れ、周囲が暗くなり始める。

 その時、西の方面から獣の咆哮のような声が聞こえ、少なくとも10人以上が走ってくるような足音が響いてきた。

 その声に驚いたのか、森からは何百もの鳥の奇声と鳥の翔び立つ音が重なる。


 西方を見ると、醜悪な顔をし、手に武器を持ったオークが10体以上、民家に向けて走ってくる。

 その距離約100メートル。


 リチャードはつがえた矢を一体に向けて射た。

 矢は狙いたがわず、オークに突き刺さり、そのオークはそのまま倒れて動かなくなる。

 さらにリチャードは矢をつがえ射る。

 遠くで矢がオークに突き刺さり、またバタリとオークが倒れて動かなくなる。

 澄も魔法で作り上げた石弾をオークへと射出する。

 石弾の大きさは拳大ものであるが、勢いがすさまじいためオークの体を貫いた後、大地を大きく穿つ。

 石弾が大地を大きく穿つころに、石弾に貫かれたオークが倒れる。


 オークが3人の10メートル手前まで近づいてくるまでに、リチャードは6体ものオークを射殺していた。

 澄も魔法で4体を倒している。

 しかし、それでも迫るオークの数は10体を数える。

 3人の姿を認めたオークは、黄色い牙を剥き出しに、醜悪な顔で威嚇してきた。


 澄は一瞬「ひっ。」っと首をすくめた。

 その瞬間、威嚇したオークの首にナイフが突き刺さり、オークはその場で倒れ動かなくなる。


 ノーブルはナイフを投げた後、すぐに大型ナイフを抜刀し、オークの群れへと音も無く疾走する。

 そのノーブルに対して、澄がすばやさの魔法をかける。

 ノーブルが疾走するのを見たリチャードは、弓を背中にしまうと、左足に立てかけていた盾を左手で持ち、右手でバスタードソードを抜刀すると、ノーブルとは反対側からオークに向けて突進を開始した。


 オーク達は左右からノーブル、リチャードに挟まれる。

 オーク達は散開して2人に襲いかかる。


 「はっ!」


 リチャードのバスタードソードがオークに突き立てられる。

 オークの振るう槌の攻撃を盾で受ける。

 再びバスタードソードを振るう。

 リチャードはオークから多少の攻撃を受けながらも勇猛果敢に着実に1体ずつ仕留めていく。


 一方、ノーブルは軽快な動きでオークの攻撃を避けながら、攻撃を加えている。

 オークの武器を持つ手を切り裂き、顔に大型ナイフを突き立て、心臓を一突きするなど全て狙い澄ました辛辣な攻撃である。

 ノーブルはオークからの攻撃を完全に避けながら、オークの戦闘能力を殺いで行く。


 その時、リチャードとノーブルの2人から攻撃を逃れた一体が澄に突進する。


 今度はリチャードも驚かない。

 澄がレイピアを抜いているのを見ているからだ。


 オークは奇声をあげながら澄へと向かう。


 リチャード相手以外では初めてレイピアを振るうことになる澄は内心怯えている。

 オークは魔物だ。

 そのオークが自分に向ってくる。

 リチャードとノーブルはそれぞれオークと向き合っていて、こちらの手助けには間に合いそうにない。


 やや怯えた心を奮い立たせ、いつものようにレイピアを構える。

 次いでオークの動きを注視する。

 はてな?オークの動きが単調で隙だらけに見えた。

 リチャードの隙の無い構えを思い出す。

 次の瞬間、オークが澄の脇をすり抜けたように見えた。

 リチャードの口の端が笑みでわずかに吊りあがる。


 まさかここまで成長していたとは。

 すり抜けたように見えたのは、澄が踏み込んだからだ。

 澄の脇を過ぎたオークは糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


 リチャードは澄の一撃を見逃さなかった。

 すり抜ける間際、澄の一撃はオークの心臓を正確に貫いたのである。

 その精密さはノーブルに迫るものがある。


 近接戦闘に持ち込んでから澄が1体を倒し、既にリチャードは3体、ノーブルも3体倒した。残るオークには手傷を負わせている。

 残ったオーク3体は奇声をあげて逃げ始めた。


 ノーブルがリチャードに視線を送る。

 リチャードがノーブルに軽く頷く。


 オーク3体は背を見せ逃げている。

 2人はわざと追撃の手を緩めると、ノーブルが音も無くオークを追跡していく。


 リチャードは澄に近付いた。


 澄は自身が倒したオークを食い入るように見つめていた。

 手に持った武器で初めて命を奪った。自責の念か、後悔の念か、いずれにせよ後戻りはできない。

 リチャードは澄の頭をフードごしになでる。


 「さ、行こう。」


 リチャードは澄にそういうと、ノーブルの入って行った西の森へと歩を進める。

 やや遅れて、サクリと澄が歩いてくる音がした。





 逃げるオーク3体は追手が居ないかを確認するかのように、時折後方を振り返りながら森を進む。

 そのオークの後方からは送り狼のノーブルが音も無く追跡している。


 後から来るリチャードと澄にわかるよう、千切った白い布を木の枝に刺していく。


 追跡を続ける事30分、山の中腹を流れる川の傍で、茂みに入っていくオーク達を認めた。

 ノーブルが目を凝らすと、茂みは山の斜面一体に広がっているようだ。

 よく見なければ、茂みにある僅かな隙間を発見する事は出来なかっただろう。

 ノーブルは周囲に注意を払いながら、リチャード達の到着を待つ事にした。




 リチャード達が到着したのはそれから15分程経過したころか。

 空には雲が無く、月が辺りを照らしている。ノーブルは見ぶりでオークが茂みの中に入っていった事を説明した。


 それから一体も出て来ていない事も伝える。

 リチャードは軽く頷くと、少し悩んだ。

 この茂みの奥に何体のオークが隠れ潜んでいるか分からない。

 オークリーダーはリチャードが相手にするとして、残りをノーブルと澄に任せる事が出来るだろうか。


 やや考えたリチャードは、何故か出来ると言う考えにしか到達しないことに苦笑した。


 「澄さん、あの茂みの中に火球打ち込める?」


 「え?うん。」


 「じゃ、打ち込んで。」


 そういうとリチャードは静かに弓を準備し、矢をつがえた。

 ノーブルは懐から投擲用のナイフを取り出す。

 リチャードが澄に頷く。


 澄は精神を集中させると、今迄で最も大きい火球を創り出す。

 その火球を茂みの方へ射出する。

 茂みの中に吸い込まれた火球は、やや間をおいて強烈な炸裂音を響かせた。


  ドドドドゥゥン!!


 その爆裂音の直後、強烈な熱風が茂みの奥から吹いてくる。

 その熱風により茂みが吹き飛んだため、3人は山の斜面にあらわれた洞窟を目にする。

 そして、その洞窟の奥から怒号と共にオークが姿を現した。


 現れたオークにリチャードは矢を射る。


 トンッ!


 オークの眉間に矢が刺さり、倒れる。

 その後ろから現れたオークにもリチャードが矢を射る。

 胸に深々と矢が刺さり、そのオークも倒れる。

 その脇からオークが複数出てくる。

 澄は、石弾をオークに向け射出した。

 石弾を受けたオークは深手を負ったようだった。


 その直後、洞窟の奥から一際大きな咆哮が響いてきた。

 それを聞いたリチャードは、盾とバスタードソードを持って洞窟に向かう。

 歩いてくるリチャードを見たオーク達は、一斉にリチャードに向け襲いかかってきた。


 リチャードに向かうオークの一体が、横から飛んできたナイフを首に受け、倒れる。

 動揺したオークに対し、さらにノーブルはナイフを投げつけ、大型ナイフを抜刀するや襲いかかった。

 突然現れたノーブルに気をとられている隙に、リチャードが洞窟へと向かう。


 洞窟の入口には、巨体のオークが居た。


 その大きさは、普通のオークの1.5倍はあろうか。

 頭ひとつ抜けているでは済まない程の大きさだ。

 通常のオークは澄よりも小さいが、現れたオークは、リチャードを超え、既にオーガクラスの大きさである。

 だが、リチャードに怯んだ様子は無い。

 オークリーダーは、歩いてくるリチャードに強烈な攻撃を繰り出した。



 洞窟から出てきた通常のオークは10匹だった。

 3匹は出てきたところを弓矢と魔法で射抜かれ、2匹はノーブルに早々と始末されている。

 現在ノーブルと対峙している数は5匹。


 澄はレイピアを抜くと、ノーブルに襲いかかるオークに猛然と突きかかった。



 ノーブルと澄が同時に1体ずつを仕留めたころ、オークリーダーとリチャードの戦いはますます熾烈さを増していた。

 オークリーダーの用いる武器は両手斧。

 その両手斧が振り回される怪音が響くや、リチャードの盾がその攻撃を封じる。

 リチャードが攻撃を繰り出すと、オークリーダーの両手斧が跳ね上がり、バスタードソードが弾かれる。


 正攻法では時間がかかりそうだ。


 そう思ったリチャードはフェイントを織り交ぜる。

 オークリーダーはリチャードのフェイントにかかった。

 リチャードに対して両手斧を真上から振り下ろしたが、大地を攻撃してしまう。

 大振りであったため、両手斧の先端は大地に深く突き刺さっていた。

 その瞬間を見逃すリチャードでは無い。


 オークリーダーの右手に鋭い刺突を見舞う。

 リチャードのバスタードソードがオークリーダーの右手を貫いた。

 そして、リチャードはフェイントを織り交ぜ、左手を貫く。


 リチャードがオークリーダーに対して優勢となった時、ノーブルと澄は他のオークを掃討しつつあった。

 澄のかざした左手から猛烈な火炎が噴出される。

 その火炎にさらされたオークは断末魔を挙げて倒れる。

 電光石火の早業で繰り出された大型ナイフがオークの右目に突き立てられる。

 ノーブルは大型ナイフを抜きながら、次のオークへと標的を変えた。

 最後に残ったオークはノーブルと澄に挟まれ、前後からの攻撃を受けてあえなく絶命した。


 ノーブルと澄がリチャードの方を見ると、オークリーダーの手が血まみれで武器を握れていなかった。

 体格の良いオークリーダーとは云え、完全武装のリチャードと武器を持たず戦うのは無謀と言わざるを得ない。

 ノーブルは密かに、終わった、と思った。


 しかし、次の瞬間、オークリーダーは武器を持てないとわかると、怒りの形相でほとんど動いていない手でパンチを繰り出してきた。

 この一手はリチャードにとっては予想内ではあったものの、タイミングはリチャードの虚をついていた。



 バキッ



 鈍い音が響く。

 リチャードの足にオークリーダーのパンチがあたったのだ。

 それが鎧の装甲で鳴った音だったのか、それはわからない。

 しかし、オークリーダーの攻撃がリチャードにあたったのを見た澄がオークリーダーに対して疾駆した。


 オークリーダーも駆けてくる澄を認めた。


 苦痛に顔をゆがめるリチャードと出遅れたノーブルが「あっ。」と声を挙げた。

 オークリーダーのパンチが駆けてくる澄に襲いかかる。

 オークリーダーの攻撃が当たるその刹那、澄の姿が忽然と消え失せた。


 リチャードとノーブルは目を見開き驚愕する。

 それよりも驚愕したのはオークリーダーだった。

 パンチは迫り来る人間の女にあたった、はずだったが、その女が忽然と消えている。

 そして、何が起きたかわからないまま、オークリーダーの視界に自分の眉間から突き出てきたとしか思えないレイピアの剣先が伸びていくのが目に入ると、意識は混濁とした闇へ堕ちていった・・・。




 澄のレイピアが、オークリーダーの後頭部から眉間に突きぬけている。




 澄は咄嗟の事に何をしたかはほとんど覚えていない。

 が、目の前の光景は紛れも無く自分がオークリーダーに止めをさしていることはわかった。

 リチャードとノーブルは驚きを隠せない。


 「リチャード、大丈夫?」


 澄がそう言ってオークリーダーからレイピアを引きぬく。

 やや涙目になっている。

 我に返ったリチャードは立ちあがりながら、攻撃を受けた足を地面にコンコンと泥を払うようにすると、苦笑いしながら澄に言う。


 「あ、ああ。軽傷のようだから大丈夫だよ。」


 「よかった、リチャード。よかった。」


 ぶるぶると震えている澄。


 「まぁ、こういうこともある。それよりもさっきのは?」


 その会話の合間にノーブルがオークリーダーの首から何かの歯らしきものを連ねた首飾りを奪っている。


 「・・・わからないの。リチャードが危ないって思ったらカッとなって・・・。」


 ゾクッとするリチャード。

 (こ、これはいわゆる、キレた、ってやつだ。)とリチャードは思う。

 あの瞬間の澄は無表情でオークリーダーの背後からレイピアを突きいれていた。


 躊躇ちゅうちょなど何もない。明確にして確実な殺意。

 あの技を使われたらリチャードでは防ぐ事は難しいだろう。

 ノーブルの危機感知能力はずば抜けているので、もしかしたら避けるかもしれないが・・・。

 しかし、リチャードはこの話はこれ以上触れないようにしようと考えた。

 澄の性格からして突き詰めると悩ませてしまうと直感したからだ。


 「そっか。澄さんのお陰でオークリーダーも倒せたし、依頼はこれで達成だな!」


 「・・・証拠もある。」


 「お、牙飾りやっぱ持ってたか。」


 「・・・ああ。」


 ノーブルは先ほどオークリーダーから奪った歯を連ねた首飾りを2人に見せると、それを袋に入れリチャードの荷物の中にしまい込んだ。


 「・・・戻ろう。」


 「んー、そうしたいんだが、ちょい、やせ我慢したな。」


 「・・・?」


 「ノーブル、肩貸してくれや。」


 やれやれ、と肩を貸すノーブルと、必死な顔でもう片方から支えてくる澄の介護を受けながら、この日リチャード達はオーク退治を達成し、西の集落へと戻って行った。

 そして、次の日の早朝、集落で荷台を購入すると、リチャードを荷台に乗せ、シーフォンスの町へと引き返して行った。



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