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紡がれる冒険譚  作者: 七櫛
第一章
6/59

続きです。

よろしくおねがいします。

 「おや、澄さんじゃないか。こんなところに珍しいね。」


 依頼をチェックしに情報屋に来た。

 どうやら澄は情報屋には顔を出したことがなかったらしく、情報屋の親父とは顔を合わせたことがある程度のようだった。

 しかし、情報屋の親父は澄をよく知っている様子だった。


 一緒に入ってきた私達の方を見て、妙に納得したような顔になった。

 この村の人々は澄を冒険者として最初から認識しているような節がある。


 「そうか、冒険者の仲間が出来たんだね。」


 そして、親父は、ん?と私達をよく観察するような目つきになった。


 「失礼だが、君たちはリチャードとノーブルかい?」


 どうやら私達の事を知っているようだ。


 「そうですよ。僕達の事を知っているんですか?」


 「そりゃ有名人だからね。知ってるさ。そうか、澄さんも良い仲間を見つけたもんだな。」


 親父は妙に満足そうな顔をして、カウンターの脇に置いていた紙を引っ張り出した。


 「リチャード達が一緒なら、こういう依頼はどうかな?」


 そういうと、その紙を手渡してくる。

 内容を見てみると、森に現れた熊を退治してほしいというものだった。

 澄は、行商人が森で熊に襲われたという話を聞いたと言う。


 報酬は100ゴルド。

 熊の毛皮は防寒着にも利用されるから、高く売れる。

 食べたことはないが、手も美味だそうだ。


 いきなりの素人がやるには難易度の高い依頼だが、私達がいるなら問題はないだろう。

 そう思い、ノーブルを見ると任せる、といった体で無表情のままだった。

 やれやれ、と肩をすくめて澄に最初の仕事としては難易度は高めだが、自分達が居るから大丈夫だろうと告げると頷いていた。


 「それじゃ親父さん、その依頼を受けるよ。」


 「ああ、気を付けてな。」


 そういってノーブルが情報屋の親父に1ゴルドを手渡すのを見て、情報屋を出た。




 村で熊を見かけたポイントを聞いて回ったあと、村を出発することにした。

 森に差し掛かる前、澄が情報屋でなぜ1ゴルドを渡したのか聞いてくる。


 そうか、説明していなかったな。

 情報屋の稼ぎは達成された報酬の一部と、情報提供料だ。

 そう告げると、なるほど、と言っていた。


 本当に賢い子だ。


 情報屋の仕事は信用が第一だから無茶な手数料はとらないのが常識だ。

 仕事に見合った報酬の5%から10%が情報屋の取り分である。

 そして情報屋で渡す情報提供料は1から5ゴルド程が相場となっている。

 依頼を指定して情報提供料を支払うということは、その依頼を受けたということの証にもなる。

 なお、提示されている報酬は、情報屋の取り分が引かれた金額だ。


 達成してもしなくても、情報屋にはお金が入るようになっているのがこの世界の常識となっている。

 ただし、情報提供料を支払わずに依頼を達成してしまった場合、報酬の大半を情報屋にとられてしまう。


 これは情報屋が依頼を達成したと見なされる行為に該当するからだ。

 情報をただ見した罰なんだと、昔しこたま怒られたことがあった。


 あんな悲しい思いは二度とごめんだ。

 先日アイアンゴーレムを退治した際、ノーブルがその情報料も払っていたため正規の報酬を受け取ることが出来たが、本当に危うくただ働きをしてしまうところだった。


 情報提供料は高価なわけでもないし、この世界のルールではそうなっている、と澄に言うと頷いていた。


 ここでただし、と注意しておく。

 冒険者の世界も信用が第一だから、なんでもかんでも依頼を受けて、それを達成できない、となると信用を失うことを説明する。

 そういった者は情報屋のネットワークにはすぐに流れるので、仕事がやりづらくなってしまう。

 澄は少し考えてから、そうして仕事が達成できなかった人はどうなるの?と聞いてきた。


 依頼を受けれなくなったら冒険者稼業は終わりだよ、と肩をすくめながら答えた。


 本当はそのあと、たいていそういった者は性格的に難のある者が多いので、盗賊や山賊になるのがオチなのだが、別にそこまで説明する必要はないだろう。

 澄は神妙な顔で私達の話を聞いていた。




 森に入り、熊に襲われた現場近くへと向かう。

 行商人は隣村からの近道である、この森を歩いている時に熊に襲われたそうだ。

 あわてた行商人は持っていた荷物を放り捨て、命からがら逃げだしてきたのだという。


 現場に着くと、荒らされた荷物を見つけた。

 爪痕が残っており、ノーブルはそれを見て、熊の爪だ、とつぶやいた。


 食べ物は一切なくなっており、そのほかの荷物は周囲に散乱しているが、多少の汚れがついている程度で、ほとんどが無事のようだった。

 ノーブルは手早く落ちていた荷物を拾い、まとめ上げた。

 周辺の様子をうかがうが、ここにはどうやら熊は潜んでいなさそうだった。



 しばらく周辺を探索していると、斜面に穴らしきものがあるのを遠目で確認した。

 あそこだろうな、長年の勘がそう告げる。

 この熊の行動は、冬眠前の荒食いなのだろう。

 熊は、本来もっと山奥の方に生息しているはずの生物である。人里近くの森に来るのは稀なケースなのだ。


 簡単に打ち合わせをする。

 穴には高確率で熊がいる。

 まずはノーブルが熊を穴からおびき出す。

 穴から出てきた熊の気を私が引き、そのあとは正攻法に持ち込む。

 もし可能なら、澄にも魔法で援護をしてほしいと頼んだ。


 この打ち合わせ時に、澄が熊さんってかわいい?と聞いてきた。

 あれは猛獣だ、かわいいはずがないと答えると、そっか、そうだよね、などと言っていた。


 注意事項として、熊は人の体重より遥かに重いため、体当たりを受けて押し倒されると、大変危険であることを説明した。

 このあたりは、大型の生き物を相手にする時の基本的な知識だ。


 打ち合わせが終わると、私と澄はゆっくりと穴に向かう。

 ノーブルは身軽に穴の方へと向かっていった。


 穴から20メートル程離れたところに、開けた手頃な場所を見つけた。

 ここにおびき出そう。

 戦う場所を決めると、私はノーブルに合図をした。

 ノーブルはおびき出すためにたいまつに火をつけ、それを穴の中に放り込んだ。


 少しの間があって獣の咆哮が周囲に響き渡る。


 この咆哮を聞いた澄は頭と肩をすくめ、怯えた様子になった。

 彼女に大丈夫だ、と頭を撫でてやり、少し離れるよう伝え、盾を構え、剣を抜刀してから穴の方を向く。


 その時、穴からものすごい勢いで飛び出してくる巨体を認めた。


 熊だ。


 あれは、まぎれもなく熊だ。

 ノーブルは熊の突進を避けると後ろからナイフを投げつける。

 熊の背中にノーブルの投げたナイフが突き刺さる。

 それに熊は怒り狂ったように、さらに咆哮を挙げてノーブルに突進していく。

 ノーブルはそれを見ると巧みに突進の方向を私の居る方向に切り替え、そして避けた。


 相棒の間合いの図り方にはいつも感心する。

 熊は私の傍を突き抜けるような針路をとっていた。

 そして、熊が私の傍に来た瞬間、狙いを澄ましてバスタードソードを振るった。

 私のバスタードソードは熊の脇腹を深く穿った。


 一撃で倒せるとカッコいいんだろうけど、この世界はそんなに甘くない。

 見たところ、熊の種類はヒグマのようだ。

 熊の生命力は高いため、この一撃で倒れるようなことはない。


 ノーブルに穴を追い立てられたうえに、私に一太刀を入れられた熊は、怒りの頂点に達しているようだ。

 走り抜けた先で二足で立ち上がると、振り返りながら両手を振り上げている。


 そして、私を見るなり、牙をむき出しにして咆哮した。


 普通の人間なら、この時点で恐怖にすくむだろう。

 しかし私は場数を踏んだ冒険者の端くれだ。

 ずいと熊に向けて突進すると、今度は刺突を送り込む。

 バスタードソードは熊の胴体に深々と突き立てられたが、私はすぐにそれを抜きさり、次の行動をとれるよう態勢を整えた。

 熊はさらに怒りをあらわらにして、私に腕を振るって攻撃をしてきたが、その攻撃を盾で受け流す。


 その頃になると、ノーブルが熊の背後に忍び寄っていた。

 熊の首にノーブルの大型ナイフが突き立てられると、熊は大きな咆哮を上げ、私に倒れ掛かるように突進してきた。


 私は熊の突進を受け止めることが出来ず、思わず避ける。

 避ける間際、熊の突進する先を見ると澄が目に入った。

 大きく目を見開き、熊を注視している。


 まずい、と、声を上げた次の瞬間ーー。


 澄が手をかざしたかと思うと、その手から猛烈な火炎が噴射された。


 その火炎に熊は突進を中断し、その場でもがいている。

 私とノーブルはあっけにとられた。


 澄のかざした手から火炎が止まると、熊は、ズン、とその場に倒れた。

 周囲に肉と毛の焼けた臭いが立ち込めている。

 大地に伏した熊は暫く痙攣していたが、やがて動かなくなった。


 澄は大地に伏した熊を見つめている。


 「ごめんね。」


 その目は潤んでいた。


 「ごめんね。」


 澄は、熊にごめんねを何度もつぶやいていた。




 澄の魔法は強烈だった。


 熊は火炎でとどめをさされたものの、背中部分の毛皮は使える状態だった。

 ノーブルが器用に毛皮をはぎ取っている。

 澄は初めて動物を殺めたのだろう、ノーブルの作業中もずっとうつむいていた。

 これから、こういうことが多々ある。

 冒険者には命のやり取りがつきものだからだ。


 うつむいた澄の目を見たとき、後ろ向きな人間の目には感じなかった。


 私はこの子が本当の意味で強いと感心した。




 その後、情報屋に戻ったのは夕刻を過ぎたころだった。

 親父に依頼達成を告げて、熊の毛皮も買い取ってくれるよう頼んだ。

 熊の毛皮は大型だったため、200ゴルドで買い取ってやると告げられた。

 この依頼で、私達は合計300ゴルドの報酬を得た。


 1人100ゴルドと言って澄に渡そうとしたが、澄はその報酬をノーブルに手渡していた。

 当初ノーブルは、正当な報酬を受け取るのは冒険者として当たり前のこと、と説明していたが、


 「ちゃ、ちゃんと預かっててよね!」


と真っ赤な顔で言う澄に押し切られ、ため息をつきながら自身の荷物の中にしまいこんでいた。

 宿屋に向かい、部屋を取る。

 当然別々の部屋だが、食事は一緒にとることにした。

 食事中、澄は今後について話を聞いてきた。

 私は、スワンの村に顔見知りが多いのでやりづらいのだろうと勝手に思い、ここから3日程移動したところにあるシーフォンスの町に行くことを提案した。


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