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トモキ・6


 悲鳴が聞こえる。いきなり道の真ん中で女が奇声を上げ、通行人たちが一瞬足を止めたり振り返ったりするが、一分と経たないうちに、何事もなかったかのように立ち去っていった。


 「どうして…どうしてよ!やっと見つけたのに…くーちゃん!!」


 泣き叫びながらミナコは、胸ポケットに入れている可愛らしい男の子の写真を見る。涙と握りすぎで写真はぼろぼろだったが、彼女の目には少年の笑顔が、耳には少年の声が届いていた。


 「待っててね…ママ頑張るから!絶対、あなたを取り戻すからね!」


 ミナコが宛てもなく走り出す。今日も彼女がトラックに追いつけることはなかった。



 「…モちゃ…トモちゃんっ」

 「-っ、あっ」


 現実に引き戻され、ごめんごめん、とごまかすようにトモキが笑う。

 

 「大丈夫?まだ眠れてないの?」

 「んー、こうなったら、ギネスでも目指すか」

 「もう、呑気なことばっかり言って…」 

 「冗談冗談」


 コズエと普通に一緒に帰れることに安堵しながらも、トモキはどこか落ち着かずにいた。コズエへのラブレターの一件がどうなったのか気になってしかたがないのだ。

 てっきり自分から話してくれるものだと思っていたが、コズエは何も言わなかった為、余計トモキを不安にさせた。聞こうかどうしようか本気で迷いながら歩いていた為、思い切り誰かとぶつかってしまった。


 「-、す、すいません!」

 「いや、こちらこそ」


 トモキは思わず息を飲んだ。モデルみたいな高い身長。整った顔立ち。まだ30前だろうが落ち着いた雰囲。新品のような背広。トモキでも知っている有名企業の封筒。

 彼は大きな手で、トモキを経たせてくれると、綺麗に会釈をして、立ち去っていった。完璧とはああいった男を言うのだろう、芸能人か何かか、トモキがコズエの反応が気になり振り返ると、大丈夫、と聞いてきただけでほっとした。

 小さい。身長もそうだが、人間性も小さい。


 「芸能人みたいだったな、今の人」

 「ほんとだね…あれ、どうしたの?」

 「いや、手…」


 先ほど起こしてもらったときに触れた手から、かすかに残る香水の匂い。男から匂っても嫌味じゃないってすごいな-我ながらよく分からない関心をしながら、トモキは、あれ、と呟いた。

 この匂い、知ってる気がする。


 「…どうしたの?」

 「あ、いや、ほら香水の匂い。イケメンは違うな」

 「わ、ほんと。トモちゃんには似合わないね」

 「悪かったな」

 「トモちゃんは石けんの匂いがする」

 「なんだそれ」


 色気の欠片もないじゃないか-笑ったトモキは気づかないふりをした。胸の高鳴りが何かを教えてくれそうだったが、絶対に知ってはいけない気がした。



 コズエと今日の小テストについて話しながら歩いていると、向こうで明かに待ち伏せをしている男子生徒を見つけた。気にせず通り過ぎようとすると、コズエが止まったのに気づいた。

 まさか-


 「よう、コズエちゃん。待ってたよ」


 今日は自分は冴えすぎてるな、苦笑さえしながら、トモキはコズエの前に立った。彼女が止めないから、立ち続けた。間違いなく、コズエに告白してきた男子だろう。


 「一緒に帰ろうって言ったのに、酷いなあ」

 「わ、私は…トモ、ちゃん、と、あの…それに、彼女とか彼氏とかよく…っ」

 「聞こえないな。いいから、一緒に帰ろうって」


 男子が無理矢理コズエの手を引こうとして、トモキは思い切り息を吸い込んで叫んだ。


 「止めろよ!」


 怒声が寝不足の頭に響く。大声は人目を惹きつけるが、男子は怯まなかった。むしろ馬鹿にしたように笑っている。作戦失敗、トモキは自棄気味に少し笑った。


 「おー、お前がとろきか。噂通りちっちぇな。コズエとあんまり変わらないじゃん」

 「トモちゃんを悪く言わないで!」

 「はは、でかい声出るじゃんコズエちゃん。まあ、胸もでかいけど」


 コズエが半泣きで真っ赤になってしまい、トモキの頭に一気に血が上った。


 「こいつ、全然胸ないぞ」

 「と、トモちゃん…っ」

 「ほら、帰るぞコズエ」

 

 格好良く手を引いて、逃げる。


 「おらあ!」

 「…っ、トモちゃん!!」


 何て出来たら、俺はとろきなんて呼ばれてない。

 いてて、思い切り突き飛ばされて横転してしまったトモキが立ち上がるが、嘘だろう、と呟いた。男子は泣いたコズエの手を引いたまま、もう随分遠くまでいってしまっていた。


 「-っ、コズエ!!」

 「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃ~ん」


 いきなり呼んでもないのに現れたのは、よりによってウサミだった。いきなりの登場にトモキが声も出せないでいると、そんな彼に、にいっと笑いかけ、ウサミはすごい速さで男子に追いついた。


 「ほいっ」

 「えっ」


 嘘だろう、人って、吹っ飛ぶんだ。

 早過ぎて何があったか分からなかった。何となく、情けなくも予想ではあるが分かったのは、ウサミが男子を蹴りとばしたらしいということだ。

 ウサミは何事もなかったかのようにコズエの腕を引き、トモキの元まで連れてきた。


 「離したらあかんよ」

 「…っ、トモちゃん!」

 「わ、わああ!!」


 悔しいがウサミに礼を言おうか考える間もなく、トモキはそれどころではなくなってしまった。コズエが思い切りトモキに抱きついてきたのだ。


 「こ、こずっ、えっ」


 わたわたとトモキが行き場のない手をばたつかせ、ふと、自分の胸に当たったコズエの胸の感触に集中がいく。

 ほんとにでかくなったな―じゃ、なくて。トモキがぶんぶんと首を横に振りながら、コズエを離すと、彼女は子供の頃のように泣いていた。


 「トモちゃん、トモちゃん」

 「ああもう泣くなって…ほら、大丈夫だから。な」


 肩を抱くことも、まさか手を握ってやることも出来なかったが、頭をどうにか撫でることは出来た。あと10センチ高ければな―なんて、思わず思ってしまった。


 「青春やね」

 「わああ!」


 あんたまだいたのか、何だかすごい恥ずかしい現場を見られた気がして、トモキが慌てるが、その向かいで、コズエは冷静に素早くトモキの後ろに移動した。そういえばコズエはウサミが怖いのだ。トモキも不自然でない程度にコズエをかばいながら、ウサミを見据えた。


 「あの…ありがとうございました。助かりました」

 「ああ、ええよ。暇やったし、それに君に聞きたいことあったんよ」

 「俺に?」


 「君たち、止まれ」


 凛とした声で呼ばれ、トモキは反射的にふり返った。高い身長に加えて、整ってはいるが暗殺者のような目つきで男の後ろには、見間違えでなければパトカーが止まっていた。

 今日は一体何の日だ。トモキが変わらずコズエをかばいながら立っていると、ウサミが一歩前に出た。


 「何かあったんですか?」

 「いや、さっき、通行人にいきなり吹っ飛ばされたと男子学生が逃げ込んできてな…君たちと同じ制服だったんだが…証言通りならこのあたりだ。何か知らないか?」


 あの男子警察にチクったのか―行動早過ぎ!

 何かしゃべるとばれる、トモキが必死で首を横に振ると、ウサミがにこにこ笑いながら口を開いた。


 「知りませんねえ。僕はずっと、この子たちと話してたさかい」

 「…お前。どっかで会ったことないか?」

 「あら嫌やな、新手のナンパ?」


 刑事らしい男は盛大な舌打ち一つ、パトカーに戻ると、暴走族のようなスピードで駆け抜けていった。柄が悪過ぎて逆に関心する。取り残された後輩刑事らしき男が申し訳程度にウサミに事情聴取を始めた為、その隙に、今度こそトモキはコズエの手を引いて帰り始めた。


 「これでもう、あの男、来ないと思うよ」

 「うん、ありがとう…あ、そうだ。パトカーにヤマトって書いてあったね」

 「え、見てなかった。戦艦かよ」


 笑う。笑う。

 トモキは上機嫌で歩く。コズエが断ったことが、踊ってしまいそうなほどに嬉しかったのだ。ここぞとばかりに、見せつけて手を繋いで歩く。結局恥ずかしくて、次の曲がり角には離してしまったけど。



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