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トモキ・2



 前日、クドウの話の内容はこうだった。


 「GPS靴、って、あの?」

 「そう、あの」

 「校長…先生が提案しておおコケしたやつですか」

 「そう、それ」

 「…それを履かせてほしいと。うちのクラスに」

 「そー」

 

 「…無理だと思います」


 ずっとトモキたちの話を無言で聞いていたコズエが、少し申し訳なさそうに手を挙げてそう言うと、クドウはうん、と頷いた。


 「どうして?」

 「まあ、先生の言うことだから、一応は守ると思いますが、校門出た後に脱ぎますよ。みんながみんな妙なとこ行ってるわけじゃないと思いますが、何となく-嫌でしょ。その、居場所が先生にばれるかもしれないっていうのは」

 「そうだね、実際無理だろうね。律儀に履いてくれる子なんて、半数いたらいい方だろう、もっと少ないかな」

 「じゃあ、どうして」

 「何も理由を聞かず、じゃ駄目かな。俺の口からではなく、君たちの口から言ってほしいんだ」


 これには驚いてトモキが思わずコズエを見ると、彼女も同じように驚いてこちらを見ていた。理由はさておき、発案者のくせに、この件に関わりたくないのだ。教師と思えない言葉は、なぜか逆に惹きつけた。


 「…分かりました。まあ、言うだけ言ってみますけど。後は知りませんよ」

 「ありがとう、助かったよ。じゃあ、ね」


 そう言って満足げに帰ったクドウの嫌な笑顔が忘れられなくて、すっきりしないまま、その日はコズエと帰った。



 そして今日も、何となくコズエと帰る。分かってはいたことだが、自分の意見ではないとはいえ自分の発言が同級生たちに全く受け入れてもらえないのは少し面白くない。

 少し不機嫌そうに歩くトモキの顔色をうかがいながら、コズエが後をついてくる。


 「先生、どうしてあんなこと言ったんだろうね」

 「知らない。あー、やっぱ言うんじゃなかったかなぁ」


 「こんちは」

 「…こんにちは」


 びっくりした、気配が全くなかった。思わず反射的に挨拶を返すが、見たことない青年だった。背がやや高めの、ぞっとするくらい美形な青年で、初夏なのに手袋をしているのが印象的だった。知り合いか、とコズエで目で聞くと、彼女が小さく首を横に振った。


 「学生カップル?ええね。こっちの道、渡らん方がええよ」

 「…ども」

 

 何を言っているんだろう-こんな時間から酔っぱらいだろうか。妙な言葉だけ残して、青年はさっさと行ってしまうと、コズエがいきなりトモキの手を握ってきた。


 「な、何っ」


 思わず赤くなって手を離そうとするが、コズエの手は驚くほど冷たく、かすかに震えていた。


 「…っ、恐い…あの人…」

 「…は?やっぱり知り合い?」

 「知らない…知らないけど…何だかすごく恐い…」


 トモキが慌ててコズエの手を握り返した。照れくさがっている場合ではない。コズエは小さい頃から、妙なところで異常に勘が良い。あの男に何かあるかもしれない-もう行ってしまってから探りようがないけど。

 しばらくそうして握っていると、コズエがようやく手を離した。


 「ごめんね」

 「いや、いいよ」

 「ありがと…トモちゃん。この道、通るの?」

 「え、いいだろ別に。近道だし」

 「そうだけど…大丈夫かな…ば、爆弾とか…」

 「はは、爆弾?どーんってか?どー」


 ん。


 がらがらがらがら!!


 「わあ!!」

 「きゃあ!」

 

 格好よくコズエを抱きしめでもしてやりたかったが、現実はそうもいかない。大きな音に驚いて反射的にカバンで身を守り、音が聞こえなくなると、後ろで小さくコズエが叫んだ。恐る恐る目を開けると、爆弾よりも恐ろしいものを見た気がした。

 何、何を、やっているんだろう。

 気のせいだって、気のせいだって、誰か笑ってくれたらいいのに。裸の女の人を-トラックの中に詰め込んでる。たくさん。たくさん。動かない。死んでる?しん、でる?


 「トモちゃ、ん」

 「…っ、え?」

 「あれ…」


 コズエが指を差す方向を辿ると、力が抜けて膝をつくかと思った。人の死体でも何でもなかった。腕にはタグが貼られ、人形の関節らしきものがいくつも見えた。


 「何だマネキンか…びっくりしたぁ」

 「人間そっくりだったね、ふふ、トモちゃんすごい声出した」

 「う、うるさい」


 それにしても-よく出来た人形だったな-

 何となく去っていくトラックを目で追うと、トラックの右下に、『幸福創造委員会』と記してあった。



 体は変わらずものすごくだるいが、眠れない。トモキはずっとネットサーフィンしていた。ゲームのネタバレとお勧め漫画特集を何となく見て睡魔が訪れるのを待っていると、ふと、今日のマネキンを思い出した。

 幸福創造委員会、と検索をかけたが、引っかからなかった。

 あれ、とトモキが呟く。まあ一目見ただけだったから、文字が足りないとか、多いとか、ちょっと違うとか、そんな感じだろう。元々ただの暇つぶしだ。

 まあいいや、とトモキはいつものように、自身が作った掲示板に、今日あったことを適当に書いた。

 時間を逆算しても、そろそろ寝ないとまずい。トモキはパソコンの電源を切り、無理矢理目を閉じた。



 本当に毎日毎日、律儀に体が重い。

 「はぁ…」

 本当に一体、どうしたというのだろう。夏バテにしては早すぎるし、睡眠時間が少ないわけでもない。むしろ体がだるすぎるから、早く寝過ぎたくらいなのに。

 頭痛はなんとなく分かるとして-この腕の痛みと足の痛みは何だ。どうしてこんな筋肉痛みたいな痛みなんだ。自分の痛みに自分で腹を立てながら起き上がると、パソコンの赤いランプが付いたままだった。主電源を落とすのを忘れてしまっていたようだ。完全に切ろうとすると、間違ってもう一度機動させてしまった。

 あら、と呟くと、自身の掲示板も閉じ忘れていた。閉じようとしたところで、指が止まった。返信がある、一晩で反響があるなんて、始めてのことだ。トモキは学校に行かなければいけない朝ということも忘れ、返信確認ボタンを押した。


 『はじめまして。掲示板興味深く拝見させていだたきました。そのトラックは、いつ頃、どこで見られたのか教えていただけませんか? MS』

 トモキは特に不審には思わず、大体の時間、大体の場所を書いた。すると、驚くほど早く返信が来た。もしかしてずっと張り付いていたのではないかと思うくらいに。

 『ありがとうございます、助かりました。 MS』

 いいえ、と返そうかどうか迷ったが、よく分からない恐怖でトモキはパソコンの電源を今度こそ本当に切った。教えてよかったんだろうか、なぜかそんな罪悪感が芽生えた。そしてまるでそれから逃げるように、急いで学校へ行った。



 いつもだるい授業ではあるが、今日はいつも以上に身が入らなかった。掲示板のこと、幸福創造委員会のことが気になって仕方がなかった。

 黒板に字を連ねていく先生の目を盗み、携帯から自身の掲示板へログインすると、驚いた。また書き込みがあった。


 『今日はトラックを目当てに、あなたが教えてくれた道でずっと待っていようと思います。もし違う道で見つけたら教えていただけませんか?謝礼はいくらでも差し上げます 090-○○△△-□□◇○ MS』


 気がつけば、細々と一年続けていた掲示板を、元から削除していた。手はかすかに震えていた。昨日の道はもう通らないだろう、電話なんてもちろんかけない、そもそも記録していないしまさか覚えてもいない。

 悪戯だ、そうだ悪戯に決まっている。電話だってきっと、風俗か何かに繋がるオチだ。そうだ、そうに決まっている。そう思って、トモキは目を閉じた。蕩けるように眠れた。



 「寝過ぎ」

 コズエに軽く小突かれ、トモキは目を覚めた。重い頭を上げ顔を上げると、驚いた。授業が終わるまで、丸丸寝ていたようだ。コズエの呆れたような笑顔に、笑い返すしかなかった。

 「ごめん」

 「やっぱり夜、寝れないの?」

 「うん、そうみたいだ」

 少し軽くなった頭で、コズエと笑う。もう掲示板のことなど、忘れていた。



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