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トモキ・1


 「ねえ、知ってる?人間そっくりの人形が売られてるって話」

 「は?何それ」

 「いや、マジマジ、ほんとに人間そのものなんだって。見分けなんて付かないくらい」

 「何それ、キモ。大体そんなのどうするの」

 「えっちなことするに決まっとるやないか」

 「うわ、あんたどっから出たの」

 「きも。つうか死んでいいから」

 「その人形、今もどっかで売られとるって話やで。人間に混じっておるかもなぁ」

 「聞いてないし…でも、こわー」

 「俺がその人形かもしれへんで」

 「んなわけないじゃん、でもだとしたら面白いよね」

 「私とか?」

 「「とかとか?」」

 「きゃははははは!!」




 ++++++++++




 携帯電話のアラームが鳴り響き、重い重い体をトモキは無理矢理起こす。やかましく鳴るアラームを切り、今にも割れそうな頭をそっとさすってみた。


 割れそうな頭痛。異常に重い体。原因不明の筋肉痛。目や、手の疲労。もう一ヶ月もこの調子だ。病院に行ったらただの貧血と診断され、鉄剤をずっと飲んではいるが、全く効き目がない。熱はないし腹も下さないから、もうほおっておくことにした。


 一階に下りていくと、既に母親は会社に行っていた。食パンを焼いてはみたが、食欲はない。丸めて潰して、牛乳で一気に流し込むと、身支度を済ませ、鍵を閉め、家を出た。


 門を開けると、ちょうど隣の家から、コズエが出てきた。


 「トモちゃん」

 「コズエ」


 家が隣同士の為幼なじみである2人は、どちらも学業運動供に中の下で、身長もなかなか伸びず、外見も特に秀でていないことから、地味夫婦とからかわれていた。

 それは成長しても変わらず、成績はあいかわらずどんぐりの背比べだった為、高校も一緒になった。年頃になり一層からかわれることになったが、トモキにとってコズエは空気のようなもので、くだらない冷やかし程度では離れる理由にならなかった。


 「酷い顔色…まだ頭痛いの?」

 「だ、大丈夫だよ」


 とはいえ、スカートを履かれて、胸が少しーほんの少しとはいえ膨らんでいるところを見ると、違う生き物だと見せ付けられているようで、最近では近づかれるのは少し苦手だ。


 「ねぇ、一度、大きい病院行こう」

 「大丈夫だったら」

 「トモちゃん」


 静かに、それでも確実に怒られ、ぐっと言葉に詰まったトモキは、大袈裟にため息をついた。


 「でかい病院には…行きたくないんだ」


 少し考えたコズエが、ぱっと顔を伏せた。


 「ごめんね」

 「いいよ…え、と」


 やばい落ち込んだ、コズエを元気づける手を一生懸命考えたトモキは、目についた彼女のお弁当袋をぱっと取り上げた。


 「パンしか食べてないんだ。早弁していい?」

 「だ、駄目。私の食べるのなくなっちゃう」


 2人でぱたぱたふざけて走る。コズエが笑ってくれたから、トモキも笑った。



 高校にもなって自分から委員になろうなんて物好きはそうそういない。誰も立候補しないから気が弱そうなコズエが任命されてしまい、男子が更に決まらなかった為、トモキが立候補した。


 「トモちゃん、そこの角、曲がってる」

 「ホッチキス苦手なんだけど」


 書類をまとめて、整えて、ホッチキスで留めて、繰り返し。単純作業の為、ついつい集中力が外に向いてしまう。放課後、まだ残っている女生徒たちがいるらしく、あちこちで大きく笑いながら話してる。別に聞きたいわけでもないのに、声が大きいから聞こえてしまう。バイト先の愚痴、彼氏の自慢。

 夕陽に照らされたコズエの顔をちらり、と見る。コズエは彼氏とか欲しいんだろうか。自分とばっかりいて、いいのだろうかー


 「トモちゃん?」

 「うわ、な、何っ」

 「いや、手が止まって…どうしたの?顔、赤いよ」

 「ゆ、夕陽だろっ、とにかく早く」


 ごまかすように書類を無駄に何度も畳んでいると、ふと教室のドアが開け放たれた。比較的若く顔も整っている為、女生徒に人気がある副担任のクドウだ。


 「あれ、まだ残ってた」

 「先生にこれ、頼まれちゃって」

 「ふうん…あー。あのさ。君たち口は固い方かな」


 なんだか言いづらそうにクドウに言われ、厄介な相談事だろうとは察しはついたが、好奇心の方が勝ってしまった。


 「言いふらすほど友達いません」

 

 ぷっと笑ったクドウが、それはそれは助かったと言いながら、2人の側に寄った。嫉妬心から男子には嫌われがちのクドウではあったが、この気さくな笑顔が、トモキは嫌いではなかった。


 「実はちょっと頼みがあってね」



 翌日HR。

 トモキの発表の後、教室は静まり返り、クラスの中でも気が強そうな男が睨み挙げてきた。


 「おい、もっかい言えよ、とろき」


 僕はトモキだ、言い返すのも面倒なトモキは、すうっと息を吸い、謡うように、もう一度大きな声で言った。


 「ではもう一度。入学式で校長先生から促されていたGPSが導入されている運動靴で試験登下校を開始します。まずはうちのクラスからということになりました。よろしく哀愁」


 古い上に棒読みのトモキの挨拶の直後、教室はどっと非難の嵐に沸いた。


 先月入学式の時、生徒たちは耳を疑うようなことを校長先生から言われたのだ。GPS導入の靴の購入の勧めである。姉妹校の女子高で誘拐未遂があり、過敏になりすぎた校長の考えたことがGPS導入の靴で登下校することだった。高額の上、プライバシーに反する、過剰防衛だとPTAの反応もいまいちで、校則にすることも、生徒に強制的に履かせることも叶わなかった。しかし諦めの悪い彼はそれでも一クラス分は作り、交代制で履くことを何気なく勧めてみたのだが、当然どこのクラスも立候補しなかった。


 恐怖の事件も未遂に終われば笑い話で終わり、その笑って終わっていた話が再沸すれば、更に怒りを招く。大混乱の教室の中、担任がぱんぱんと大きく両手を何度も叩いた。


 「はいはいはい静かに。静かに。信用できないでしょうが、念のため、言っておきます。先生たちは、別に君たちがどこで何をしようが関与しません。というか正直、そんな時間がありません。もう高校生なんだし、自分のことは自分で責任を取って下さい。これはあくまで、君たちに万が一何かあった時の為のものです。何かあった時に、君たちの場所を調べたいものです。分かりましたね」


 そんな時間はないということと、自分で責任を取れという言葉に、割と素直に単純に皆の言葉に響き、ぽつりぽつりと、教室の中で、肯定の返事が上がりだした。

 担任は満足そうだったが、トモキはそう上手くいくとは思えなかった。



 ほら、こうなった。

 予想通りすぎて逆に予想通りだ、トモキは下駄箱で、呆れるように級友たちを視線だけで見送った。校門から外に出ると、級友たちは我先にと靴を履き替えた。こうなることは予想がついていた。だから止めておけと言ったのにークドウのことを思いながら、ため息混じりにトモキは職員室のある方向を見た。


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