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コズエの章・9

 「あーーー空気が美味い!!」

 「朝っぱらから元気だな、お前」


 久々にキサにしごかれた―性的に。

 だからそんなに若くないんだって、大あくびしながらエミヤが新聞を見る。連日大きく報道してる、連続ひき逃げ誘拐の末路。全員が死体として見つかる最悪な結果となった。

 記事を注意深く読んでも、幸福の名前は全く出てこない。何も関係なかったか、まあ、そんなもんだろうとエミヤが新聞を置こうとすると、半裸のキサが思い切り乗っかってきた。

 

 「おもい!」

 「ねえ、ねえ、ねーーえ」

 「もう、しねえぞ、おっさん疲れた」

 「じゃあ、キスだけ」

 

 してして、強請るキサに、触れるようにキスをして、笑いあって転がりあった。もう何を調べていたか忘れていた。どうして忘れるか、二人はまだ知らない。もう、知らなくてもいいのだけれど。



 「いやああああああ、大手柄だよヤマト君」 

 「ははは、ありがとうございます」


 生きた証拠は出てこなかったが、トラックと死体が手にあれば、あとはこちらのものだった。幸福製造委員会はあっという間に関係者全員確保できた。

 もちろんほぼヤマトの手柄ということになり、今日は警視庁長官から直々に花束と症状を贈られている。その横で一人拍手するのは、いつもヤマトに泣かされている上司だ。


 「大出世だろうなあ、いつか私の直属の部下になる日を楽しみにしてるよ」

 「じゃあ、あんたの席、今すぐ変わって下さい」

 「………なんだって?」


 上司の笑顔が、凍る。


 「俺、やってみたいんすよね。そこの席で、偉そうにふんぞり返って婦人警官ばっかりガン見してるだけで給金もらう仕事」

 「やああああああまあああああああとおおおおおおおお君!!!!」



 「ははははは」

 「はははじゃないよ!もう、ヤマト君、全くもう!」


 泣きながらパトカーを運転する上司の横で、ヤマトはずっと棒読みで笑う。今回の手柄がなければ間違いなくクビになっていただろう。喜んでいた彼には申し訳がないが、自分は出世なんて全く興味なかった。


 「いいじゃないっすか、特別賞与は取り上げられなかったんだから」

 「良くない!何もよくないよヤマト君!僕の寿命がいくらあっても」 

 「はい」


 賞与からはちょっとだけ抜いて、あとのほとんどは上司に渡した。


 「…え?」

 「これで、お嬢さんに靴でも買ってやって下さいよ。誕生日でしょ」

 「や、ヤマト君…!」


 涙ぐんだ上司の笑顔がすぐに凍りつく。

 

 「…ちょ、ちょっと待って。なんで娘の誕生日知ってるの」

 「ははは」

 「ヤマト君!!」



 「…楽しそ」

 

 ええな、また屋上から下を覗いていたウサミが新聞記事を丸めて捨てた。しょせんこの程度か、もっと面白いことが色々分かると思ったのに。


 「ウサミさん!」

 「…お」


 若い男が走ってくる。怒りで顔が真っ赤だ。彼は確か、ミナコの面倒を見させていた一人だ。最近はますます精神状態が不安定になり、自分を子供だと思い込んでいる。


 「何を…考えてるんですか!ミナコさん、裸で、泣きながら、僕のところに…あなたに変なことされたって」

 「はは、変って。精神年齢、いくつやったっけ。おばはんの部分がのこっとるんちゃうん」

 「何やってんですか!今、心は子供なのに!」

 「せやかてしゃあないやろ。おじさんおじさん、と甘えてきて、ついむらむら~っと…って。ずいぶん怒っとるな。何、君、もしかして、彼女のこと好きなん?」


 がん!!


 「もう二度としないで下さい」

 「…はーい」


 やる気なく返事すると、怒りにまかせたまま自分の腕にナイフをつきつけた男が降りていく。義手でよかった、安いものだ、また恋する馬鹿が生まれてくれた。社内で。

 

 「青春やねえ…」


 さて、あっちの馬鹿はどうなったかな、ウサミがにっと笑った。


 

 「へっくしょい!!」


 大げさにくしゃみをしたクドウが、サクに甘えてみせる。


 「ねえねえ、風邪ひいちゃったみたい。抱きしめていい?」

 「駄目です、今、洗濯もの畳んでるんです」


 冷たい―それにどこかそわそわしてる。電話があっただけで過敏に反応している。クドウはその理由を知っていた。黙っていようかとも思ったが―


 「ヤマトに告白されたんだって?」 

 「ひゃい!?」


 ああ好反応―自分も、もっと、好きだのそうじゃないだの、きゃきゃあははうふふみたいな思い出をたくさん作って手を出せば良かった。真っ赤になったサクをクドウが面白そうに眺める。

 

 「な、なんで…あ、あれ、ていうか先生…怒らないんですか?」

 「どうして?」


 ちょっと拍子抜けしたように、落ち込んで、無理やり笑うサクを見て、もうそれだけで十分だ。お腹一杯だ。


 「そ、そうですね…ヤマトさん、からかっただけですし」

 「うん、そうだね。よし、晴れたし出かけようか」

 「え、嬉しい。どこに行くんですか?」

 「ヤマトをぶっ殺しに」

 「先生!?」


 嬉しい。自分の彼女が、あんな男に恋心なんて可愛いものを抱かせるとんでもない女で嬉しい。自分もやはり『変』なのだと、慌てるサクを思い切り抱きしめた。



 目を覚まして、時間と、日にちと、自分が生きてることを確認して、大きく息を吐いた。三日も寝ていたようだ。

 病室だ。見覚えのある病院、トモキのお父さんが亡くなった病院だ。ここはいわゆる『そういうところ』なんだろう。厄介な患者ばかり来るところ。


 「トモちゃん」


 きっと傍にいてくれてる、そう思って名前を呼ぶと、そのトモキから思い切り枕で何度も叩かれた。


 「いたっ」

 「この馬鹿!バカバカバカバカバカバカ!」

 「と、トモちゃん…」

 「心配、した」


 トモキが抱きしめてきて、ああ、泣いてくれてる、そう思って、コズエも少し泣いた。少し、いや、かなり惜しかったが、トモキの腕を離すように叩いた。病室の外は、ミキオが申し訳なさそうに立っていた。


 「お、お邪魔かなあ」

 「邪魔じゃない!何もしてない!」

 「トモちゃん、声が大きい…ありがとう、ミキオ君。お見舞いに来てくれて」

 「いや、来るでしょ、そりゃ。コズエっちが大変だったときに、トモキを連れまわして遊んでたの俺だもの」

 「余計なこと言わなくていい!」


 そうか―ミキオと遊んでいたんだ。私の電話に気付かないくらい。

 

 「…ご、ごめんな、コズエ」

 「うんうん、大丈夫だよ。大丈夫だったよ」


 不思議だ、前みたいに妬いたり妬んだりすることがない。きっと、自分の中の、どうしようもない大きな思いに気づいてしまったからなんだろう。いや、再確認といったほうがいいか。


 「…トモちゃん、私ね…」


 ふ、と、ミキオが席をはずす。彼は本当にかしこいと思う。こちらが大事な話しをしようとしたのが分かったのだ。


 「さ、て、俺はナースのスカートめくりの世界更新を朝鮮!」

 「は、ば、ばかかお前!!」

 

 高笑いしながらミキオが行ってしまい、すぐ看護婦さんの怒声が聞こえた。コズエが笑い、トモキが脱力したようにため息をついた。

 

 「小学生か、あいつは…で、何だっけ?」

 「うん…私ね。人間じゃないの」


 する、と、思ってたより簡単に言えた。トモキは笑いもせず、黙って聞いてくれている。


 「私のお父さんとお母さんね、人工の臓器を作る仕事をしていたの。唯一の成功した心臓が、私の中に入ってるの思いだしたの。心臓だけじゃない、もしかして、他の臓器もそうかもしれない。トモちゃんと違う生き物なの。トモちゃんみたいに死ねないかもしれないし…もしかして、急に、ロボットみたいに止まっちゃうかも」

 

 言いながら、やっぱり怖くなって、泣いてしまった。やはりトモキに知らせるべきじゃなかったかもしれない。泣いたかな、困ったかな、呆れたかな、涙が引いて顔を上げると、トモキは驚くくらい、いつも通りの顔だった。


 「なんだ、そんなことか」

 「…え…」

 「だから、なんだよ。僕に今までと違う態度をとってほしいのか?それとも、コズエが豹変するのか?明日死ぬかもしれないのは、僕も一緒だ。どう死ぬかなんて、誰にも分かんないだろ」


 冷静に、聞いてくれてる。冷静に、言ってくれてる。私の考えを待ってくれてる。ただ、ただ、泣けてきた。私は自分の好きな人を馬鹿にしていた。


 「ううん…今までと、一緒がいい…ううん…嘘…彼女…彼女が、いい…」

 「なんだ、そんなことか…なんだったら、今すぐ、嫁に来てもいいぞ。母さん大喜びするし」

 「         」


 泣いて、泣いて、また、泥のように眠った。今度はすぐに起きよう。トモキの恋人としての日々が、もったいない。



 真っ赤な顔してコズエの布団を着させなおしていたトモキが、起こさないように病室からそっと出ていくと、ミキオがにやにや立っていた。こいつ、聞いてたな。


 「言うなよ」 

 「言わない言わない。トモキがコズエっちとキスしてたこと」

 「してない!」

 「うそ、あれだけ盛り上がって!?」

 「ずっと聞いてたのかお前は!」


 コズエの秘密を自分だけのものにしたい、なんてロマンチックなことは考えない。自分は打算的だ。もしものときに、味方は多い方がいい。


 「トモキの彼女かっちょいいなあ、宇宙人でも倒せるんじゃね?いーなあ」

 「倒せるかよ。あいつは、どじで、のろまで、ぐずだ」


 そう、何も変わらない。コズエが例え宇宙人でも、自分はずっとコズエが、コズエだけが好きだろう。自分も『変』だとトモキが自分で笑う。何はともあれ勉強だ、自分が老けてもコズエは若いままかもしれない、稼げる大人になろう、トモキは教科書を持ってミキオを図書館へ引っ張っていった。



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