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トモキ・13


 「さあ、帰ろう。俺たちの家に。早く体を洗って、可愛い服を着よう」

 「…」

 「どうした?また設定が飛んだのか?」


 仕方がないな、エミヤが首元を触るが、ボタンなどなく、そこにあるのは人間の温かみと、それから、大嫌いな香水の匂いと、キサの涙だった。


 「…ごめん、なさい…」

 「外で話しかけるなと言ったはずだ」

 「待って!」

 

 エミヤは振り返らず歩き続ける、泣きながら叫んでも、彼は止まる気配がない。


 「これ以上ついてくると、お前と俺がやってたことを学校にばらすぞ」

 「ばらすんなら、ばらせばいい。私は貴方がいればいい」

 「人のこと言えないけど、お前も大概だな。俺が好きなのはお前じゃない」

 「私も、私が好きなのは貴方じゃない」

 「シュウちゃんか?」

 「違う」


 疼く。疼く疼く疼く。激しく、塞いでほしくてたまらない。


 「私…っ…おかしいの。生まれつき。エッチしないと死にそうなの」

 「それはそれは」

 「顔だけは恵まれてたから…ちょっと化粧してれば寄ってくる男いくらでもいたけど…どいつもこいつも下手くそで…全然満足しなくて…そんなとき…あのサイト、見つけたの…シュウちゃん。人形だけど、彼との夜は最高だった。でも、親にばれて…勘当されちゃって…」

 「打倒だな」

 「そんなとき…あんたに、おか、されて…まだシュウちゃんが一番だったから…嫌だったけど…すごく、好きになってた…好きになってた…」

 「体だけか」

 「あんたも顔だけでしょ」

 

 エミヤが声を出して笑う。体がぞくぞくしてくる。早くこんな風に、笑われながら、犯されたくて堪らない。早く早く、手を伸ばすと、エミヤも抱き返した。


 「好きだよ」

 「私も」


 ああ警察がうろうろしてる、私はこんな町中だって、人前だって、犯されたって構わないのに。この国はあまりにも意地悪、だから早く部屋に帰る。2人だけの部屋に、帰る。



 悔しいわけない、悲しいわけない、なのに、どうして、どうして涙が止まらないの。


 「どうしたの?泣いてるの?」

 「…っ、先生…」


 クドウ。クドウクドウクドウクドウクドウ。クドウ先生。いつもは抱きつきたくてたまらないのに、今日は、なぜかそうはいかなかった。


 「先生は…キサさんが…あの男と…私を買った男と関係してること…知ってたんじゃないですか?」

 「…まあ、予想だったけどね」

 「どうして、教えてくれなかったんですか?そしたら」

 「そしたら?君が彼女を助けて、君がまた戻ってた?」


 殴りたいような、キスをしたいような、妙な感覚だった。どちらも出来ずサクが震えていると、ごめん、と謝りながらクドウが空を仰いだ。


 「俺は君が好きで堪らないんだ。それこそ、君を買った男と独占欲が張るかもしれない。君は優しいから、あの男をどこかで憎みきれないのが分かってた。それから、なかなか手を出さない僕にやきもきしてることも」

 「そこまで…分かってるなら、どうして…何も…」

 「だって可愛かったから」

 「…は?」


 空気が割れた音、聞こえるはずのない音、ないはずの音が聞こえてきた気がした。


 「懸命に誘惑して、それに混乱して照れながら、それでも求める君が可愛くて可笑しくて-だから。しばらく何もしないで放置プレイにしようかと思ったけど」

 「せんせ…?」

 「でも、もう無理だ。限界みたいです」

 「ちょ…」

 きゃあああああああああ!!



 「くうちゃん…くう、ちゃ…いつの間に…こんなに大きくなったの…?」

 「おい、何だこのおばさん」

 「もう行こうぜ、いつまで写メってんだよ」

 「あー、おったおった。こんなところにおったんかいな」


 や、とウサミが手を挙げるが、ミナコは何もなかったかのようにそのまま立ち去り、また男子高生の集団に近づいていき、彼がその肩を止めた。細い、人形のようだ。ぞくり、と笑いながら、ウサミがミナコを見た。


 「せっかく警察から逃がしたんに、あまり目立つ行動止めてや。また捕まるやろ?」

 「くうちゃん」

 「おっと、今度は俺がくうちゃんかい」


 顔を抱き寄せ近づいてきたミナコに口づけを交わそうとするが、おっと、と思い出したようにウサミが離れた。口内には大事な『サンプル』があることを忘れていた。


 「キスはまた今度な…連れてけ」


 無言で頷いた配達業者の格好をした男たちが、ふらつくミナコとウサミが口内から吐き出したものをワゴンに乗せ、走り出した。ワゴンの後ろにはローマ字で、幸福想像委員会と記してあった。


 「あれ、あれれのれ?正義の味方やないの」

 「………え?」


 話しかけられたトモキが足を止める。そうだ、どうしてこんなところにいるんだろ。家に帰る方向とは全くの逆方向なのに。


 「もう夢遊病ほぼ完治したみたいやけど、足は覚えとるんやろうね」

 「…むゆ…僕が?」

 「ああそうそう、これ、頂いた写真返しとくわ。もう要らんみたいやしな」

 「写真?」

 

 どくん、と骨の中が鳴った。ウサミが封筒から取り出したのは、大量のキサの写真。夜ごと別の男と関係するべく色んな場所へ行っているキサの写真。


 「これ…全部…僕が?」

 「そやで。これで、この女を脅してほしいって…らりっとったさかい、怪しいなあと思って何もせんかったけど…やっぱ無意識やったんやなあ」

 「何でっ」

 「その子に恨みでもあったんちゃうん」

 「恨み…」

 

 コズエが いじめ られていた。


 「そんなに好きなのに、なんで告白せんの」


 冷たい汗が、あっという間に蒸発した。首まで赤くなったトモキの正面で、ウサミがわざとらしく高笑いした。


 「告白したら完全に夢遊病も治るんやない?トモキ君」

 「あっ」


 何で名前、つっこむ前にもう消えていた。もう今更、名前、スリーサイズだって知られていたって驚かない。寝不足の謎は解けた、今日から両手両足縛って寝よう。それから、それから-




 それから。何が変わったわけではない。朝は来て、学校が始まって、つまらない授業が始まる。あえて変わったことといえば、派手な友達が一人増えた。コズエに告白してきた、事件解決の協力者。今更知った名前は、ミキオ。

 

 「おはよう、聞いてくれトモキ!なんと!キサさんと合コン出来ましたぁ!」

 「よかったね」

 「ああもうありがとう、愛してる。けどキサさんには超イケメンの芸能人みたいな彼氏がいました。何これどういうこと聞いてないよ、愛してない、メロンチーズパン奢って」

 「やだよ」


 どっちにしてもあの女は止めとけ、ミキオにも、もちろんトモキにも身が重すぎる。もうさすがに嫌いになるにも恐れ多いけど、色んな意味で尊敬している。今日もエミヤとデートなのだと、嬉々として聞いてもないのに教えてくれた。


 「あ、そだ。席、一個空いたな」

 「…そうだね」


 それから。友達になれそうな級友が一人減った。

 送別会も、挨拶もなく、ただ突然に。クドウが別の学校に異動になり騒然となるクラスの中、サクもまた、ひっそりと転校の手続きを出していた。最後に、トモキにだけ挨拶に来た。髪を切った、ますます、キサに似ている。


 「本当に色々ありがとう」

 「いや、僕はほとんど何も…転校、しちゃうんだね」

 「髪切っちゃったし…先生も承諾してくれたから…まさか、先生まで異動願いを出すなんて思ってなかったけど」

 「愛されてるね」


 茶化すつもりで言ったつもりが、真っ赤になってしまい、トモキもつられた。サクの一晩中愛されたであろう形跡に気づいてしまったのだ。元々男子だと思っていた相手に照れてどうする、トモキは努めて笑った。


 「また、会えるかな」

 「うん、僕でよかったら」

 「ありがとう」



 自慢ではないが、転校していく友達に、再会したことも、手紙を送ったことも一度もない。そういうものだと思っていたけど、ただ漠然と、サクとはまた会えるような気がしていた。


 「トモちゃん、ご飯食べよう」

 「う、うん」


 急にコズエに呼ばれ、トモキは緊張気味に前に座った。もう完全に自分の中で認めてしまった。ただの幼なじみでも、妹のような存在でもなくなった。


 「いただきます」

 「いただきます」


 それでもやっぱり、こんなことしか言えない。こりゃ一生言えないな、悔しさを噛みしめながら、トモキは卵焼きを丸呑みした。



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