トモキ・12
だん。だんだんだんだんだん。
起こらない何も起こらない、苛々しなあがらヤマトは何度も運転席を叩いていた。その隣で、気の弱い上司がまた怯えていた。
「や、ヤマト君…もう帰ろう。事件なんて起こらないよ。よくある悪戯だ」
「や、でも、俺指名だったし、おまけに警察に電話かかってきたの130回ですよ」
「ひゃっ…た、確かに悪戯にしては根気ありすぎだけど…事件が起こるか起こんないかも分かんないのに、じーっと待ってるっていうのも」
「じゃあ、あんたは帰っていいっすよ」
「いやあ…付き合うよ、君の仕事だし」
いい人だ、ヤマトはくっと笑った。今度あんパンでも奢ろう。夕方半額になったのを。いい人を無駄足で終わらせては気の毒だ、何かあってくれ、ヤマトは祈るように、じっと、指定された場所を見ていた。
大通り。時計台の下。待ち合わせ場所の定番。セールス、営業、占い、宗教関係、ナンパ、なんでもいる小さな無法地帯。暇をもてあました若者がうろうろしていると、あっという間に捕まる。
「えーーー写真?何でぇ、おばさん、スカウトって感じじゃないじゃん」
「貴方は光る原石よ。ね、一枚でいいから撮らせてちょうだい。絶対に悪用はしないから」
キサに似てるような気もしなくもない女子高生に話しかけている中年女性を見つけた。トモキが思い切り立ちふさがると、女子高生はしらけたように立ち去り、女性も何事もなかったかのようにいなくなろうとしたが、トモキがその手を止めた。
「やっと見つけましたよ。連続誘拐犯さん」
「…何のこと?僕」
「とぼけないで下さい。○○ミナコさん。今時のネットの情報網を舐めないで下さい、犯罪容疑者になったら、顔も名前も何だったら出身校ですらも、すぐに検索出来ます」
「私を捕まえる気?」
意外にあっさり認めた、しかしそれは逆に驚異でもあった。何だろう、この人、怖いというより-危うい、そうだ、危うい。今すぐ殺されても、自害しても、驚かない。そういう空気を出している。目の前にいたら、どこにでもいる、痩せ気味の中年女性なのに。
「いえ、僕に捕まえる権利はない。自首して下さい。貴方が自首して拘束されれば、とりあえず、僕の知り合い2人が助かる」
「どういう意味?」
「貴方の協力者と関係してるんです。今頃、別の場所で、貴方の息子さんとよく似た男の子を捜している。交換犯罪始めたでしょ」
「五月蠅い」
声色が変わった、怖くない怖くない、トモキは自分に言い聞かせるように自分の腕を深く深く掴んでいた。血が出るほど強く。そうでなければ震えて逃げ出してしまいそうだった。
「どうだっていいのよ…あんな男も…ただ私は…くうちゃんを…っ、息子を…返してほしかっただけなの…そっくりな人形でも…同じ年くらいの男の子でも…私の寂しさを満たしてくれればそれでいい…この世界みんなが悪いのよ。私からあの子を奪ったから!!」
トモキの父親は早くに亡くなり、ほとんど母親しか知らない。あとは数えるくらいの話す級友と、コズエくらい。狭い狭い愛情関係の中で育ったとはいえ、彼女の愛情が異常だと決めつけることくらいは、許されるだろう。犯罪を犯すことを何とも思っていない。全然関係ないコズエが殺されたっておかしくない。
これはやりたくなかったけどな、トモキは笑って、手を叩いた。ある意味、最終兵器の合図だ。
「ママっ」
「…え…?」
トモキと同じ制服を着た男子が、ミナコの腰元に抱きついた。
「久しぶり、元気だった?」
「だ…誰…?」
「酷いな、忘れちゃったの?まあ、久しぶりだもんねー…ママ、いくつになったの?しわ増えたねえ」
おどけた口調で男子がほら、と携帯電話をつきつける。鏡機能に切り替わり、ミナコは思わず自分の顔にぐしゃぐしゃに手を当てた。自分が想像していたよりも、ずっと、ずっと年を取っている。
「嘘よ…何、これ…何、これ!」
「残念ですが、貴方が探していた息子さんです。まさか、ご存じなかったんですか?もう高校生ですよ」
「嘘!」
「貴方は息子さんを失ってから時間が止まっていたようだ」
「ママ」
「ママ」
「ママ」
群がる、息子、息子、息子、また息子、震えながら、叫びながら、ミナコがやがて崩れ落ちてしまった。倒れたのを確認すると、ウィッグを取ったのは、以前コズエに告白してきた男子。更に、別の首部分をつけていたサクと、大量のマネキンだった。
「ありがと。息子の写真検索したら、君に似てたから。あと小じわアプリなんて気持ちわるいもんダウンロードさせちゃってごめん」
「全然。うけるし、これ。しばらくネタに使わせてもらうわ。あーーー、おもろ、おもろ。犯人確保に協力したとか、マジ、もてまくりルートっしょ。それより、協力したら、すげえかわいい子ちゃんとの合コンよろしくな!」
「ど、努力するよ」
少し離れたところで、サクが慌てたように、首部分を付け替えていた。人の気配がしてまさかと思って振り返ると、ほっとして同時に気持ちが悪くなった。ウサミだ。
「人間じゃないってばれたんちゃうん」
「彼は問題ありません」
「信用してるんやねえ」
「彼の中には、コズエさんしかいません」
少し前。トモキの推測は常軌を逸していたが、ウサミがずっと手を叩いて喜んでいたので、当たりだったのだろう。トモキの作戦は、あくまで心理戦だった。肉弾戦では、女にも勝てるかどうか分からないと、彼は乾いて笑った。
「どうしてトモキ君は、そこまでするの。トモキ君には関係ないのに」
「僕は僕の周りが無事なら、割と後はどうでもいいんだ」
コズエのことだと、すぐに分かった。彼は彼女に、彼女だけに恋している。例え世界中がどうにかなっても、彼はコズエを選ぶ。その潔さに惹かれて、サクも何か手伝えないかと言った。
「じゃあ、何が一番ショックか一緒に考えて。犯人を落ち込ませる方法を。僕はマイナス思考だから、いくらでも浮かぶよ」
「やあ、見事見事。犯人その1、確保やねえ」
この人まだいたのか、トモキが嫌そうにウサミを見る。情報を提供してくれたのは彼だが、例えあと100回助けられても彼は信用できないだろう。理由は上手く説明出来そうにないけど。
「やー、楽しかったわ。また、参加させて」
「こんなことしょっちゅうあったら困るんですけど」
「まあまあ、そう言わんと…もうあと聞きたいことない?僕に出来そうなことやったら今なら何でも協力したい気分やわあ」
「じゃあ、一つだけ質問を」
「何何?エロイやつ?」
「何で無理して関西弁しゃべってるんです」
しまった、空気が変わった。地雷を踏んだ、慌てて言葉を取り繕うとしたところ、瞬間、トモキの頭が爆発しそうになった。思い切り、キスされている。
「ごちそーさん」
「ちょ、待っ!」
笑いながらウサミが去っていく。通り魔があの人は、唇を盛大にぬぐいながら、トモキはあることに気づいてしまった。唾液を、盗られた。
ミナコが警察に確保された話はすぐにエミヤの元にも届いたが、彼は何事もなかったかのように携帯を閉じた。彼女の連絡先も抹消した。彼女のこともすぐ忘れたし、そして、すぐに、それ以外のこと全て、忘れてしまいそうになった。
「…っ…え?」
乾く。乾く乾く乾く。喉が渇く。どうして、天使が目の前にいるんだ。『2人』も。
よく似てるが少し違う気がする天使が、2人、倒れている。見れば見るほど混乱するほど似ている、自分が彼女を間違うわけないと思っているのに駄目だ、判断を、間違いそうになる。
震えながら、こっちだ間違いない、と手を取ると、彼女は天使の顔をして笑った。2人はいつまでもいつまでも熱い抱擁を繰り返し、もう1人が減ったことなど、気づかなかった。
「ごめん、辛い思いをさせて」
「大丈夫」
曖昧に笑うサクは、キサに似せて、キサはサクに似せて化粧をしたから、わけが分からないけど、このしゃべり方は、サクの方だ。ずっと同級生男子だと思っていた、サクの方。
彼-否、彼女は。端々ではあるが、トモキに身の上を話してくれた。クドウの家にいること、エミヤにずっと乱暴されていたこと、その男が自分に似たキサにも乱暴しているかもしれないこと。これでクドウがキサを執拗に調べていたことにも説明がついた。クドウも恐らく、その考えに至っていたのだろう。そのエミヤがもしサクを選んだら助けに入るつもりだったが、エミヤはキサを選び、そのまま行ってしまった。止められなかった。無理矢理ではなく、彼女の選択だっただろうから。
だん。だんだんだんだんだん。
起こらない何も起こらない、苛々しなあがらヤマトは何度も運転席を叩いていた。その隣で、気の弱い上司がまた怯えていた。
「や、ヤマト君…もう帰ろう。事件なんて起こらないよ。よくある悪戯だ」
「や、でも、俺指名だったし、おまけに警察に電話かかってきたの130回ですよ」
「ひゃっ…た、確かに悪戯にしては根気ありすぎだけど…事件が起こるか起こんないかも分かんないのに、じーっと待ってるっていうのも」
「じゃあ、あんたは帰っていいっすよ」
「いやあ…付き合うよ、君の仕事だし」
いい人だ、ヤマトはくっと笑った。今度あんパンでも奢ろう。夕方半額になったのを。いい人を無駄足で終わらせては気の毒だ、何かあってくれ、ヤマトは祈るように、じっと、指定された場所を見ていた。
大通り。時計台の下。待ち合わせ場所の定番。セールス、営業、占い、宗教関係、ナンパ、なんでもいる小さな無法地帯。暇をもてあました若者がうろうろしていると、あっという間に捕まる。
「えーーー写真?何でぇ、おばさん、スカウトって感じじゃないじゃん」
「貴方は光る原石よ。ね、一枚でいいから撮らせてちょうだい。絶対に悪用はしないから」
キサに似てるような気もしなくもない女子高生に話しかけている中年女性を見つけた。トモキが思い切り立ちふさがると、女子高生はしらけたように立ち去り、女性も何事もなかったかのようにいなくなろうとしたが、トモキがその手を止めた。
「やっと見つけましたよ。連続誘拐犯さん」
「…何のこと?僕」
「とぼけないで下さい。○○ミナコさん。今時のネットの情報網を舐めないで下さい、犯罪容疑者になったら、顔も名前も何だったら出身校ですらも、すぐに検索出来ます」
「私を捕まえる気?」
意外にあっさり認めた、しかしそれは逆に驚異でもあった。何だろう、この人、怖いというより-危うい、そうだ、危うい。今すぐ殺されても、自害しても、驚かない。そういう空気を出している。目の前にいたら、どこにでもいる、痩せ気味の中年女性なのに。
「いえ、僕に捕まえる権利はない。自首して下さい。貴方が自首して拘束されれば、とりあえず、僕の知り合い2人が助かる」
「どういう意味?」
「貴方の協力者と関係してるんです。今頃、別の場所で、貴方の息子さんとよく似た男の子を捜している。交換犯罪始めたでしょ」
「五月蠅い」
声色が変わった、怖くない怖くない、トモキは自分に言い聞かせるように自分の腕を深く深く掴んでいた。血が出るほど強く。そうでなければ震えて逃げ出してしまいそうだった。
「どうだっていいのよ…あんな男も…ただ私は…くうちゃんを…っ、息子を…返してほしかっただけなの…そっくりな人形でも…同じ年くらいの男の子でも…私の寂しさを満たしてくれればそれでいい…この世界みんなが悪いのよ。私からあの子を奪ったから!!」
トモキの父親は早くに亡くなり、ほとんど母親しか知らない。あとは数えるくらいの話す級友と、コズエくらい。狭い狭い愛情関係の中で育ったとはいえ、彼女の愛情が異常だと決めつけることくらいは、許されるだろう。犯罪を犯すことを何とも思っていない。全然関係ないコズエが殺されたっておかしくない。
これはやりたくなかったけどな、トモキは笑って、手を叩いた。ある意味、最終兵器の合図だ。
「ママっ」
「…え…?」
トモキと同じ制服を着た男子が、ミナコの腰元に抱きついた。
「久しぶり、元気だった?」
「だ…誰…?」
「酷いな、忘れちゃったの?まあ、久しぶりだもんねー…ママ、いくつになったの?しわ増えたねえ」
おどけた口調で男子がほら、と携帯電話をつきつける。鏡機能に切り替わり、ミナコは思わず自分の顔にぐしゃぐしゃに手を当てた。自分が想像していたよりも、ずっと、ずっと年を取っている。
「嘘よ…何、これ…何、これ!」
「残念ですが、貴方が探していた息子さんです。まさか、ご存じなかったんですか?もう高校生ですよ」
「嘘!」
「貴方は息子さんを失ってから時間が止まっていたようだ」
「ママ」
「ママ」
「ママ」
群がる、息子、息子、息子、また息子、震えながら、叫びながら、ミナコがやがて崩れ落ちてしまった。倒れたのを確認すると、ウィッグを取ったのは、以前コズエに告白してきた男子。更に、別の首部分をつけていたサクと、大量のマネキンだった。
「ありがと。息子の写真検索したら、君に似てたから。あと小じわアプリなんて気持ちわるいもんダウンロードさせちゃってごめん」
「全然。うけるし、これ。しばらくネタに使わせてもらうわ。あーーー、おもろ、おもろ。犯人確保に協力したとか、マジ、もてまくりルートっしょ。それより、協力したら、すげえかわいい子ちゃんとの合コンよろしくな!」
「ど、努力するよ」
少し離れたところで、サクが慌てたように、首部分を付け替えていた。人の気配がしてまさかと思って振り返ると、ほっとして同時に気持ちが悪くなった。ウサミだ。
「人間じゃないってばれたんちゃうん」
「彼は問題ありません」
「信用してるんやねえ」
「彼の中には、コズエさんしかいません」
少し前。トモキの推測は常軌を逸していたが、ウサミがずっと手を叩いて喜んでいたので、当たりだったのだろう。トモキの作戦は、あくまで心理戦だった。肉弾戦では、女にも勝てるかどうか分からないと、彼は乾いて笑った。
「どうしてトモキ君は、そこまでするの。トモキ君には関係ないのに」
「僕は僕の周りが無事なら、割と後はどうでもいいんだ」
コズエのことだと、すぐに分かった。彼は彼女に、彼女だけに恋している。例え世界中がどうにかなっても、彼はコズエを選ぶ。その潔さに惹かれて、サクも何か手伝えないかと言った。
「じゃあ、何が一番ショックか一緒に考えて。犯人を落ち込ませる方法を。僕はマイナス思考だから、いくらでも浮かぶよ」
「やあ、見事見事。犯人その1、確保やねえ」
この人まだいたのか、トモキが嫌そうにウサミを見る。情報を提供してくれたのは彼だが、例えあと100回助けられても彼は信用できないだろう。理由は上手く説明出来そうにないけど。
「やー、楽しかったわ。また、参加させて」
「こんなことしょっちゅうあったら困るんですけど」
「まあまあ、そう言わんと…もうあと聞きたいことない?僕に出来そうなことやったら今なら何でも協力したい気分やわあ」
「じゃあ、一つだけ質問を」
「何何?エロイやつ?」
「何で無理して関西弁しゃべってるんです」
しまった、空気が変わった。地雷を踏んだ、慌てて言葉を取り繕うとしたところ、瞬間、トモキの頭が爆発しそうになった。思い切り、キスされている。
「ごちそーさん」
「ちょ、待っ!」
笑いながらウサミが去っていく。通り魔があの人は、唇を盛大にぬぐいながら、トモキはあることに気づいてしまった。唾液を、盗られた。
ミナコが警察に確保された話はすぐにエミヤの元にも届いたが、彼は何事もなかったかのように携帯を閉じた。彼女の連絡先も抹消した。彼女のこともすぐ忘れたし、そして、すぐに、それ以外のこと全て、忘れてしまいそうになった。
「…っ…え?」
乾く。乾く乾く乾く。喉が渇く。どうして、天使が目の前にいるんだ。『2人』も。
よく似てるが少し違う気がする天使が、2人、倒れている。見れば見るほど混乱するほど似ている、自分が彼女を間違うわけないと思っているのに駄目だ、判断を、間違いそうになる。
震えながら、こっちだ間違いない、と手を取ると、彼女は天使の顔をして笑った。2人はいつまでもいつまでも熱い抱擁を繰り返し、もう1人が減ったことなど、気づかなかった。
「ごめん、辛い思いをさせて」
「大丈夫」
曖昧に笑うサクは、キサに似せて、キサはサクに似せて化粧をしたから、わけが分からないけど、このしゃべり方は、サクの方だ。ずっと同級生男子だと思っていた、サクの方。
彼-否、彼女は。端々ではあるが、トモキに身の上を話してくれた。クドウの家にいること、エミヤにずっと乱暴されていたこと、その男が自分に似たキサにも乱暴しているかもしれないこと。これでクドウがキサを執拗に調べていたことにも説明がついた。クドウも恐らく、その考えに至っていたのだろう。そのエミヤがもしサクを選んだら助けに入るつもりだったが、エミヤはキサを選び、そのまま行ってしまった。止められなかった。無理矢理ではなく、彼女の選択だっただろうから。




