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トモキ・10


 馬鹿な話。すごくすごく馬鹿で、雲を掴むような話。それでも、クドウは黙って全部最後まで聞いてくれた。


 「ああ、キサさんね…うん、分かるよ。しょっちゅう職員室に呼び出されていたし、まあ最近は急に大人しくなったけど…雰囲気はまあ、似てないことも、ない、かな?でも、サクのがずっと可愛い」

 「先生!」

 「ごめんごめん…そうだな、仮に君の言う仮説が全部当たってたとしよう。キサさんが、前、君の主人だった男に好き勝手されていたとしよう。君の代わりに。けど、そうなるとキサさんのメリットは何かな」

 「…え?」

 「男は君の代わりを見つけて性欲は満たされるけど、キサさんは?例えその男が好きだとしても、君の顔で、君として関係を続けることが彼女にとって意味あることかな。ただ虚しいだけだと思うよ。それにもっと言うとその男-思い出したくないだろうけど、君の話を思い出す限りでは、君に執着していた。異常なまでに。代わりがぱっと出てきたところで、顔が似てたくらいで、心変わりするかな」


 ぞくり、とサクの背中の温度設定が一気に下がる。思い出したくない、凄惨な夜。夜。夜。あの男の自分への異常な愛は、自惚れてもおつりがくるぐらいだ。


 「そ…だね…考えすぎかな…」

 「うん…まあ、違うという証拠もないけど…僕はね、サク。少し怒っているんだ。君が黙ってそういう行動したことに」

 「…ごめん…なさい…」

 「忘れないで。僕は君が好きなんだ。困ったことがあったら相談してほしい」

 「うん」


 忘れるわけがない。クドウを信じず、誰を信じていいのかなんて分からない。それでも、この体は、この卑しい体は駄目だ。肉体的繋がりがないと、性的玩具である自分は安心しない。肉体上だけでも主従関係が繋がらないと、立ち位置が定まらないと、不安で仕方がない。


 「…ごめん、色々話しすぎたかな」

 「…せん…」

 「おやすみ」


 クドウに返事も出来ず、おやすみも返せず、クドウは寝てしまった。クドウの言葉を信じていないと誤解させただろうか。違う、と言いたい。クドウが好きだと泣き叫びたい。それでも、この体は、そう思えば思うほど、クドウの肉体を求める。


 「これは恋でいいの?」


 誰も答えてくれないから、勝手に聞いて、勝手に泣く。乾くようにクドウの肉体を求める、側にいる男なら誰でもいいんじゃないか、今クドウといなかったら、もしかして自分はあの男にゆがんだ恋心を抱いていたんじゃないのか-

 分からない。分からないから、今日も、逃げるように寝る。



 警告警告。家に女がいる。警告警告。


 「…ごめんね」

 「-っ、うわっ、は、はい…いえ…っ」

 

 何緊張してるんだよ、僕の家だぞ-

 がたがた震えながら、トモキはキサに淹れる紅茶を作る。ちなみにもう三回目、先ほどから緊張しすぎて失敗ばかりしている。自分の家に、コズエ以外の女がいること事態、トモキにはイレギュラーすぎる出来事だった。おまけに相手は、元コズエのいじめっ子で、今は学校一を謡われる美少女で、更に何だかよく分からない男に追われていた。更に、理由を話す様子もない。誰かに相談したら、とらしくもなく提案したら、すごい勢いで嫌がられ、提案したことを後悔した。


 「ただい、ま…」

 「かっ」


 母さん、がびっくりして出なかった。いつもより早い時間で帰って来た母親を、トモキは慌てて廊下まで引っ張った。キサを見られた、見られたら、場所から離してももう無意味だが。


 「誰、コズエちゃんじゃないよね」

 「こず…コズエの友達なんだよ!コズエはさっき帰った!ほんとだよ!!」

 「何慌ててんの、分かってるわよ。あんな可愛い子、あんたと付き合ってくれるわけないでしょう…こんばんは、夕飯食べてく?」

 「いえ、すぐ帰りますから」

 「いいって!もう構うなって!」

 「この子、学校でちゃんとやってます?」

 「ええ、学級委員を頑張ってくれてます」

 「母さん…キサさんも!無理に褒めてくれなくていいから!!」


 

 恥ずかしい、母親MAX。出てくる出て来るお菓子お菓子またお菓子、こんな果物家にあったっけ。トモキが恥ずかしくて余計恥ずかしくなってしまった。さすがに自室へは連れていけない、しかし母親が帰ってきた為、別部屋に移動した。今は物置になっている部屋だ。


 「なんかごめんね」

 「いや、こっちこそ…ごめん。母さん五月蠅くて」

 「ううん、家族仲良くてうらやましい」

 「キサさん…家族は?」

 「勘当されちゃった」


 勘当、縁がなさすぎて外国語のように聞こえてしまった。あまりにも普通ににこにこ話すから、何だかこちらが気を使う。何か話、話-


 「あの追ってた男は?」

 「ああいうのは…別に…よくあることだし」


 嫌味もなくとれた。この顔なら、街を歩けば漫画みたいにナンパされるんだろう。妬みもそねみもなく、ただ同情した。


 「それよりも…ちょっと、えと…元彼に会いそうになって…それで遠くに逃げさせてほしかっただけ」

 

 嘘だな、トモキは直感的にそう思ったが、深くは追求しないことにした。恐らく-あの激しく愛されていた男と街とばったり会った、そんなところだろう。彼女がどういう立場でどういう男と付き合ってるのか気にならないわけではないが、ものすごく正直に言えば関わりたくない。


 「じゃあ、おじゃましてごめんね。また学校で」

 「…っ、キサさん。あの…良かったら、ほんとに、良かったらでいいんだけど」

 「………え?」


 けど想像してみた。もし彼女がコズエだったら。自分が知らない誰かに和姦され続け、更にその男とも街で会っていけないとかいうわけの分からないルールを強いられてたとしたら。


 「美味しいです」

 「うふふ、たくさん食べてねー」

 「僕、風呂に行くよ」

 「照れてるわ、あの子」

 「ふふ」


 やってろやってろ、トモキは扉を閉めて、入りたくもないのに風呂にさっさと入った。自分に出来ることは何て小さいんだろう。きっと彼女がコズエでも、こうして、母親が作る料理を出して、口が上手く回らない自分の代わりに母親に相手をしてもらうくらいだ。それでも彼女の笑い声が風呂場まで聞こえたからちょっと安心する自分は、本当に小さい。



 「はあ…」

 

 あの警察絶対にどうにかしてやる-だが今は、彼女が先だ。やっと見つけた、エミヤは彼女が映りもしない液晶画面を見つめ、ため息をつく。今もまぶたを閉じれば浮かぶ、愛しい愛しいあの子の顔。人形だが、人形だからこそ、誰よりも愛しかった。何者にも代え難かった。

 どこに、どこにいるんだ、宛てもなくまた探し出すと、後ろから気配が近づいてきた。


 「エミヤ君…?」

 「…こん、ばんは」


 急に話しかけられた為、『外』用の顔を作ったが、すぐに必要ないと片付けたので変な顔になった。くすくす笑いながら近づいてくるのはミナコ、二人は奇妙な関係で結ばれていた。


 「相変わらず素敵ね。まだ彼女を捜してるの?もったいない」

 「ということは、貴方も見つかってないんですね」


 激しく走る音が聞こえてくる、ミナコがさっとエミヤの胸板に顔を埋めてくる。とっさに恋人同士のふりをすると、警察らしい二人組はまた違う方向へ走り出した。


 「もしかして、まだ誘拐続けてるんですか」

 「止めてそんな言い方…まあ、追われてるから、犯罪者なんでしょうけど…もう駄目ね、小さい男の子を探そうとすると、きっとすぐに警察が飛んでくるわ」

 「俺も今日、つい興奮して、警察に顔を覚えられました」


 下をうつむいていた二人が、同じことをおもいついたように顔を上げ、目が合った。




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