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序章・前編




 拾った財布を中身も見ずに交番に届けたところ、ありえないほどの謝礼をもらった。さすがに受け取れないと断ったが、中身を見なかった財布からは、脂ぎった手から溢れそうな札束とキャバクラのサービス券でひしめきあっていた。


 どうせ突き返したところで、ドブに捨てたような使い方をされるんだろう。それならこちらもドブに捨てるような使い方をしてやろう、ありがたく受けとった。



 さて、何を買おう、とりあえずネット検索を開始した。

 一人暮らしである。面倒を乗り越えてまで引っ越したくはない。今、特別欲しい家具はない。大きいテレビが何となく欲しいような気もするが、それほど欲しいかと問われれば疑問だ。買ったら後悔することが予想できる。

 貢ぎべく彼女もいない。洋服も、時計も、靴も全くこだわりがない。出不精の為、旅行にも行きたくない。最新携帯機種も特に惹かれない。パソコンもまだ買い替え時期でもない。これといった趣味もない。賭け事も気が進まない。


 八方塞がりだ。それでも時間だけはあるもので、価格だけで永遠ネット検索をかけていると、ふと、妙なサイトに辿りついた。有料請求されるーと慌てて閉じようとしたが、指が魔法にかかってように動かなくなった。


 風俗関係のサイトかと思ったら違った。そこは人形が売られているサイトだった。いわゆる性的目的の。そこに表示されている商品一覧に目が釘付けになった。人間と見分けがつかないほど精巧で、細部まで信じられないくらい緻密に作られている。学生の時、友人とふざけて見ていたビニール人形とはわけが違う。頭の先から足のつま先まで一気に衝撃が走り、その興奮のまま、震える指でクリックを進めた。どうせ法外な値段だろうと思っていたが、今なら手が届く。


 その人形たちは上から下まで自分好みに設定できる、ほぼオーダーメイドで、極端な話、乳児から老婆まで作れそうだ。高鳴る心臓を押さえながら、クリックを進めると希望商品詳細設定まで進んだ。


 性別から始まり、髪の長さ、前髪の有無、顔の大きさ、目の大きさ、鼻の大きさ高さ、口の大きさ形、首筋まで、顔周辺だけでもういいというくらいに設定させられた。

 休憩を挟みながらどうにか選び続けていると、ようやく最後の選択肢まで進んだ。


 『年齢を設定して下さい』


 設定した瞬間、ずん、と何か大きく重いもので殴られた気分だった。やはりこういうことはいけないー慌ててサイトを閉じようとするが、マウスが動かない。固まってしまったように動かない。ただパソコンが動かなくなっただけなのに異常に怖くなり、慌てて強制終了をした。


 真っ暗が画面がパソコンに広がると、急に落ち着いた。冷静に考えたら、支払方法も選択していないし、メールアドレスはもちろん住所も連絡先も登録していない。

 注文したことにはならないだろう、もうこんなことは忘れて寝ることにした。疲れた。




 翌朝、会社は休みの為、いつもより遅くまで寝ていると、チャイムで起こされた。宅配業者のようだ。どうせおふくろがまた要らない野菜でも送ってきたんだろうと、渋々受け取った。

 そういえば金はどうするかー両親に送ったら気持ち悪がられるだろうかーなどと考えながら箱を玄関に下ろす。それにしても何をそんなにたくさん入れたんだ、重すぎる。


 会社の女子にでも配るかな、と呟きながら箱を開けていくと、思わず「うわっ」と声を上げてしりもちをついた。死体かと思ったら、パックに包まれた体の上に、説明書があり、そこには人形取り扱い説明書と書いてあった。


 寝ぼけていた頭が一気に覚醒した。恐る恐る中を覗き込んでみると、昨日設定した通りの人形が折り曲げられていた。それほど暑くもないのに汗が吹き出てきた。

 届いた。届いた届いた届いた届いた届いた。


 注文したはずはない、慌ててパソコンを起動させた。ネットの履歴を辿ってみたが、ページが見つかりません、の表示が続く。通販用に使うメールボックスにも、まさかの携帯電話にも、注文完了したようなメールは届いていない。何にしたって早すぎる。

 もしやと思い、慌てて机の中を、ひっくり返すと、束になった謝礼は無事だった。財布の中も、貯金も、寂しいながらに無事だ。

 後日高額請求されても面倒だ、箱に書いてある送り主の蘭を見る。明らかに偽造名のような社名だったが、一応、電話番号は書いてある。急いで電話してみると、繋がらなかった。舌打ち混じりに携帯電話を投げ捨て、人形説明書を広げた。


 電源は耳の後ろ、電池は太陽光電池、不要になった際は廃棄方法にご注意して下さい本当の死体に間違えられる可能性があります、と笑えない注意書きまで書いてあるのに、肝心のクーリングオフの方法が書いていない。


 返品しよう、偽造名だろうが住所は書いてある、とにかく返品しよう。駄目だ、駄目だ、こんなものを置いては。


 返品なんてしたことがないから手段はよく分からないが、そのままにしておかなければ駄目だろう、説明書を体の上に投げ込むと、何か妙な音がした。何かの電子音だった。


 「ご主人様」


 裸の人形が立ち上がる。その人形は、こちらの望む顔で、こちらの望む声で、こちらが望む顔をしていた。


 「ご主人様、寒い」


 胸中が心臓になったんじゃないかと錯覚するくらい、心臓が五月蝿い。目の前にいたのは、小柄の、まだ発育がろくに進んでいない少女の人形。


 駄目だ、と自身に言い聞かせる度、指が勝手に動く。そっと押し倒すと、彼女がぽっと赤くなった。そういえば体温設定もしたが、肌質はよく出来ているが人形だし、当然体臭もなかった。

 そうだ、これは人形なんだ、と思うと、なけなしの道徳心がどこかへいき、恥ずかしがり、嫌がる彼女の両足をこじ開けた。


 「エッチなことするの?」

 「黙って」

 「やだ…やだぁ…っ…」


 その日、狂ったように彼女を一日抱き続けた。人間を止めた気分だったが、こんなに夢中になったセックスは初めてだった。恋さえ、覚えた気分だった。




 小学校、中学校はそうでもなかったが、高校くらいになると自分の異常さを自覚した。同級生女子や、友人が広げる本に映る豊満な女性にまったく欲情しないのだ。丸みのある体、体毛、香水臭い体、やかましい笑い声、吐き気がしそうだった。

 ロリータコンプレックス。熟女好きより変態扱いされるこの性癖は厄介で、治る兆しがまったく見えなかった。高校の頃は、中学生を見ている分にはあまり問題を感じなかったが、これが大学生、社会人になると、見ているだけで犯罪者と罵られる気分だった。

 彼女でも出来たら何か変わるかと思い、合コンで知り合った女と付き合えることは付き合えた。明かりを暗くし見えなくしたら勃つことは勃ったが、不完全燃焼がぬぐえず、結局別れていった。幼女もののエロゲーをやりながら一人で抜いている方が、よほど良かった。


 そんな自分にとって、彼女は正に天使のような存在だった。


 「お帰りなさい」

 「ただいま…寂しかっただろう」

 「大丈夫だよ、一人でちゃんとお留守番でき…っ、あ、やっ止めてよ」

 「いいからおいで」

 「止めて…っ」


 彼女は甘えてほしい時だけに甘え、嫌がる時は本気で嫌がり、こちらを上手く誘惑し続けた。さすがに毎日最後まではいかなかったが、それでも二日と開けず、時間の許す限り触り続けた。


 服を着せるとますます人間の少女のようだったが、なけなしの道徳心などもうあったことすら忘れていた。テレビの幼児性的虐待ニュースや、小さい子連れの家族から無言で責められている気分だったが、鼻で笑って返してやった。やがて老いていくものを愛している方が、よほど滑稽ではないか。


 望まない限り、わがままを言わない。おねだりもない。外に出さず家に軟禁したままでも、何も文句は言わない。邪魔な時は電源を消して転がしておけばいい。何より成長しないことが、何よりも素晴らしい。ずっと少女のままだ。


 彼女を綺麗に洗うのが俺の日課だ。


 「ご主人様、私、自分で洗えるよ」

 「俺が洗いたいんだよ」

 「やだ、変なところまで洗わないで…や、そんなとこ駄目っ」 

 「じゃあ、どこならいいの」

 「いや、あっ、ああっ…」


 彼女の服と特別洗剤で、いつかの金は底を付いた。これだけ役に立っているんだ、謝礼までつけて金を払いたい気分だったが、あいかわらず電話も通じない。彼女がやってきてくれて一週間が経とうとしているが、何も催促がない。どこかに問い合わせたら分かったかもしれないが、ものがものなので、あまり無茶は出来なかった。


 「眠れないの?」

 「うん」

 「お話してあげようか」

 「うんっ」


 本当は毎日一日中一緒にいたかったが、いつか法外の値段を請求されても笑って払えるように、仕事は辞めず、真面目に働いた。彼女が待ってくれていると思えば、いくらでも頑張れた。


 可愛い可愛い彼女。神々しすぎて名づけることも出来ない俺だけの天使。彼女がいれば何でも出来る。何にでも、なれる。



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