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30☆

祥子に行ってらっしゃいと送り出されて、途中で祐二郎と合流した


「それ、何?」


祐二郎が僕が持っている紙袋を指差した


「ああ、これ?祥子が作ったマドレーヌ。3人で食べてって持たせてくれた」

「へえ……」

「緊張してるのか?」

「しない方がおかしくないか?」

「まあ、そうだな……」


2人でそれっきり無言のまま、母の家に着くまで何も喋らなかった

母のアパートに着き、部屋の前でチャイムを押すのを2人で躊躇っていると、中からドアが開いた


そこには、母がいた

当たり前だけど、自分の記憶より年をとっている母が

昔から綺麗な人だったが、年を重ねても綺麗なままの母がいた


母が涙を堪えているのが分かった

自分も泣きそうになったから、誤魔化すように言った


「久しぶり。チャイムまだ鳴らしてないのに、どうして出てくるかな……」

「足音が聞こえたから、待ちきれなくて……本当に2人とも、大きくなって……」


母は右手で祐二郎、左手で僕の頬に手を当てた


「ごめんねぇ……」


そう言って、母は泣いた

僕達も泣いた


母のその一言で、もういいと思った

僕も祐二郎も色々思うこともあったけど、多分、母も苦しんで悩んであれから生きてきたんだろうと思うと、もういいと……



「母さん、いい加減中に入れてくんないかな?玄関先で大の大人が3人で泣いてんの、恥ずかしいんだけど……なあ?兄貴」

「そうだよ、母さん。上がってもいい?」

「あ、ごめんね。お母さん、嬉しくて……どうぞ、狭いけど上がってちょうだい」



家に上がると、リビングには母の手料理が並んでいた

それは、僕達が子供の頃大好物だったものばかり


「うわ、すげえ……って誰がこんなに食うの?いくらなんでも作りすぎじゃね?」

「おい、祐……」

「あら、そう?あなた達大きくなったから、いっぱい食べるかな?と思って……余ったら持って帰ってね」

「本当?やった!」


皿を並べている母に、紙袋を差し出した


「母さんこれ、妻が……祥子が作ったマドレーヌ。後で食べよう」

「まあ、ありがとう。博太郎さんから聞いてるわ。祥子さん、とってもいいお嫁さんなんですってね。料理も上手だって。博太郎さん、慎くんが結婚したとき、本当に嬉しそうだった」

「……祥子も母さんに会いたいって言ってた。今度、会ってくれる?」

「……いいの?お母さん、慎くんのお嫁さんに会っても……いいの?」



母はまた泣きそうになったので、苦笑しながら答えた


「そんなの当たり前。祥子も喜ぶから、会ってやって?」


母は泣きながら頷いた


「もう!泣くのは後にして、早く食べようぜ。俺、腹減ったんだけど」

「そうね。早く食べようね。祐くん」



こんな会話、昔もしてたなと思いつつ3人揃って、いただきますをして、母の手料理を食べた

本当に、20数年ぶりに……



食事をしている間、僕達は他愛もない会話をしていた

20数年も会っていなかったなんて思えないほど、自然な会話

祐二郎がふざけているのを、僕がたしなめて、それを見て母は笑っている

まるで、母が出ていく前のように会話が弾んだ



粗方食事が済んだ時、母が口を開いた


「慎くん、祐くん。2人とも、何も聞かないの?」


下を向いてそう言う母を見て、僕達は顔を見合わせた


色々聞こうと思っていたし、言いたいこともあったのに、母を目の前にすると、何も言えなかった



「何でも言っていいのよ?お母さん、覚悟は出来てるから……」



顔を上げた母は、本当に覚悟を決めた顔だった



「じゃ、聞くけど……なんで離婚するようなことしたの?」


口を開いたのは、祐二郎

母を見ると自嘲気味に笑って、こう言った


「ちゃんと話すわね。最初から……」


そして母は話し始めた



父と母は高校時代の同級生で、大学時代に再会して、それから付き合いが始まったらしい


「お父さん、格好よかったのよ?生徒会長なんかもしててね。みんな憧れてたわ……だから余計に不安だったの。何でお父さんみたいな人がお母さんを好きになってくれたんだろうって……」


その不安がずっと消えなかったらしい


父が自分を大事にしてくれてるのは分かる

好きだと思ってくれているのも分かる

でも、その不安は結婚しても、僕達が産まれても、決して消えることはなかった


「そして、あの人に会ったの……」


母の浮気相手、父の部下だった人に会ったのは、両親が2人で出掛けていたときに偶然会ったらしい

その時は、ただ挨拶しただけで、母も気にも止めなかったと


でも、何かにつけてその人から電話がかかってくるようになり、会いたいと言われるようになった


いつも父が仕事に、僕達が学校に行っている時間を見計らって、連絡があったので、僕達はもちろん、父も気づくことがなかったのだろう


母も始めは相手にはしていなかったが、相手は諦めなくてしつこく言い寄ってきたらしい


「お母さんよりも若い人だった。お父さんは……とても穏やかで静かに愛してくれる人だったけど、あの人は対照的に情熱的で……あんなに誰かに向かってこられた事もなかった。ずっと不安を抱えていたのもあって、その情熱に負けてしまった。それで……1度だけ、関係を……」



それから母はその相手とは絶対に会わなかった

いくら言い寄られても絶対に……


「罪悪感しか残らなかった……博太郎さんと、あなた達に対して……」



父は、そんな母に気付かない訳がなく、母を問いただした

そして……母は全部父に話した


後は、僕達が知っている通り母は家を出ていった


「でも、あなた達に会いたくて会いたくて……我慢出来なくて、博太郎さんに手紙を書いた。何度も何度も……私の事は許してくれなくていい。恨んでもいい。虫がいいことを言ってるのも分かってる。でも、お願いだからあなた達に会わせて下さいって……そしたら博太郎さん、あなた達の写真を送ってくれるようになった……」



そう言って、母はアルバムを出してきた

アルバムを開くと、そこには僕達の写真が大切に保管されていた


「嬉しかった……会えないのは自業自得だから、もうこれ以上望むのはやめようと思った。会えなくても、こうして写真であなた達の成長が見れるんなら、それでいいって……でも……」


そう言って、母は言葉を詰まらせた


「この写真を送ってくれてた博太郎さんは、どんな気持ちだったのかって思わないことはなかった。私は、博太郎さんを裏切ったのに……」


それなら僕にも分かる

多分、父は母との繋がりを絶ちたくなかったんだ


母さんを愛してるんだ……


「兄貴……」


祐二郎が僕の脇腹を肘でつついた

祐二郎も僕と同じことを思ったんだろう


「どうしたの?2人とも」


不思議そうに僕達を見る母に、何でもないと首を振った


「父さんとは、連絡取り合ってたの?」


そうねえと笑って言った


「写真を送ってくれるときに手紙も一緒に……あとは電話も時々してくれてた。会ったのは、慎くんが結婚したあとだけよ。結婚式の写真を見せたいからって、アルバムをそのまま持って来てくれた。重たかったでしょ?って言ったら、そんなことないよって、笑ってた……」


そして母は、悲しそうに笑った


「そんなに、優しくしてもらう資格なんてないのにね……」


多分、母は父の気持ちに気づいてる


「母さん、もういいよ」

「……慎くん?」

「もう、いいから……僕達は母さんの事を恨んでないから。な?祐二郎」


祐二郎は力強く頷いた


「恨んでたら、会おうなんて思わないよ」

「……祐くん」


涙を流しながら僕達に言った


「なんで、あなた達……お母さん、あなた達を……」


僕は首を振った


「確かに、母さんが出て行った直後は恨んだよ。父さんを裏切って、僕達は捨てられたんだって」

「俺もそう思ってた」


母は溜め息をついて俯いた


「でもね、今日母さんに会ったら……そんなこと、どうでもいいやって思った」

「俺も、色々言いたいことあったけど、どうでもよくなった」

「あなた達……」


信じられないという顔をして僕達を見る


「だから、そんなに自分を責めないで。これからは、ちゃんと親子として生きて行こうよ、母さん」

「俺も、兄貴と同じ気持ちだよ?母さん」


母は顔を覆って泣いている


でも、これだけは言わないと……


「母さん、父さんと出会ってくれて、僕達を産んでくれて、ありがとう」



母はとうとう号泣してしまった



父さん、これでいいよね?


祥子、背中を押してくれてありがとう

君と結婚して、本当に良かった


読んで下さってありがとうございました

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