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二人で僕の家への帰路を進む。
美雨は隣の地区の、そこそこお高いマンションに引っ越してきたばかりらしい。
あれからのことを美雨は、ぽつりぽつりと話してくれた。
僕の祖父母が死んでしまって、その上に僕が来る理由がなくなって、二重の意味でショックだったこと。どうにか親を説得して、こっちに引っ越してきたこと。
九月からは――どうやら僕と同じ高校に通うことも。
「がんばったんだから、お勉強」
そう自慢するように笑う美雨。僕が通っている学校は、ここら辺の公立校では三本の指に入る学校だった。それなりの成績がないと、入学もできないし転入もできない。
そして話は僕が彼女を拒絶した、あの瞬間にいたる。
話し始めた美雨は、途端に不機嫌になって。
「……だって、わたしをほっといてゲームばっかり」
気づかれていたらしい。
「わたしは、こんなに貴方が好きなのに。だから告白しようと思ったの」
「それが……あれ?」
「言葉で言うより、伝わると思ったの」
恥らうように頬を染める美雨。
確かに、伝わりはしたが……少々過激ではなかっただろうか。ましてや噛み付くなんてどんなプレイなのか。美雨は僕と同い年のはずなのに、何だかすごく違う感じがする。
「あれは……おまじないみたいなもの」
マーキング、と美雨は言う。確かに親にも親しいクラスメートにも、そのケガは何があったと散々質問されまくってかなり困ったが……。さすがに女の子にされました、とは言えない。
あの時は、必死に転んだと言い訳し、ただただ治るのを待っていた。
「だいじょうぶ、もうしないから。だって、もっと強力な武器があるもの」
ふふ、と笑った彼女は、僕の腕をぎゅうと抱き締める。あぁ、確かに、今の美雨には武器と言い切れるだけのものがある。わざと押し付けられるその感触に、僕は時の流れを知った。
昔はただ、儚さの漂う女の子だった。
守ってあげなければいけない、と思わせそうな感じだった。
今は……どうだろう。庇護欲を湧かせるところは変わっていないように思う。ただ、無邪気さと少しの小悪魔さが生み出され、少々タチの悪い感じになってしまったかもしれない。
もちろん、それは悪い意味ではない。しかし、美雨ほどの美少女が己の美を自覚し、それを最大限に行使すると――こうも破壊力のある武器、いや兵器になってしまうとは。
僕はそれを、身をもって体感していた。
「ここが、そうなの?」
「うん」
僕と美雨は、僕が暮らすアパートの前に来ていた。
築十年ちょっとの僕よりも若い建物は、アパートにしてはしゃれたデザインをしている。何でも町出身のデザイナーだか建築家だかに、わざわざ依頼して作ったという話だ。
マンションでも通じそうだが、中身はアパート以外の何者でもない。
「……わぁ」
しかし、美雨はうっとりとアパートを見ている。
マンションというのだから、美雨が住んでいる場所はここと比べ物にならないほど、豪華な場所だと思う。だけど彼女はまるで宝でも見つけたように、きらきらした瞳で見上げていた。
その表情を見ていると、思い出すのは端の下の秘密の場所だ。
もう無くなっているかもしれないけれど、あの場所は大切なところだった。拾い集めたいろんなモノだって、他の誰が何と言おうとも僕らにとっては全部全部宝の山だった。
互いに集めたものを披露する時。
美雨は、よくこんな表情をしていたように、僕は記憶している。
少し昔話を……と思った僕を哂うように、美雨の携帯が綺麗な音色を奏でた。曲名は分からないけれど、多分クラシックだ。テレビのCMか、音楽の授業かで、聴いた記憶がある。
「あ……パパとママが呼んでるみたい」
美雨は残念そうに呟いた。
それから、かちかちと携帯を操作して。
「私の家の住所とか、今からメールで送るね」
彼女がそう言った直後、僕の携帯が音を奏でる。先ほど、半ば強引に交換したばかりのアドレスが、そして個別に設定した着信音が、早速その役割を果たしている。
見てみて、と急かされるまま携帯を開き、届いたばかりのメールを開いた。てっきり住所だけだと思っていたのだが、そこにはマンションの外観らしき画像が添付去れていた。
確か、通学に使う電車での移動中に見えるマンションだったはずだ。ここなら大体の位置を把握しているし、最寄の駅も分かっている。おそらく地図無しでもたどり着けるだろう。
メールの本文には、そして住所と部屋の番号。
「事前に電話かメールをくれたら、下で待ってるから」
美雨は少し恥ずかしそうに、そんなことを僕の耳に囁いた。
これは……遊びに来い、ということなのだろうか。
問いかけようと僕は思ったが、美雨はただ微笑んでいるだけだ。
その微笑の奥にどんな思惑があるのか。それを僕に探る勇気は無かった。
「夏休みが終わったら、テスト前とかに一緒に勉強しようね」
これまでは夏休み限定の付き合いだった。それが、オールシーズンになった。美雨はそれが嬉しくてたまらない様子で、僕の手をしっかりと握って軽く左右に揺らす。
「そうだ、科学なら任せてね」
美雨は笑う。
「科学が得意なの。昔から理科の実験も好きだったから」
昔のように、その笑顔は無邪気だった。