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出会いは田舎に暮らす祖父母の家。
その近所にある、緩やかな川の近くだった。
小学生の頃、僕は祖父母の家で過ごす夏休みを与えられていた。普段は都会と呼ばれる場所に住んでいるから、夏休みぐらい自然の中で過ごしなさい、という教育だったらしい。
それは、初めて祖父母のところで過ごす夏休み。
この場所には友達も何もいないけれど、どこまでも広がっていく山や森に、僕は言い様の無い興奮を感じていた。この世界のどこかには宝の山があると、結構本気で信じてもいた。
川には行かないようにと言われたけれど、そんなことを守るいい子ではない。
だから僕は、こっそりと川に遊びに行っていた。もちろん、雨が降って水かさが増している時はさすがにおとなしくしていた。子供でも、本当に怖いものは、何となくわかるものだ。
それは、田舎暮らしにも慣れてきた頃。
ここ数日の快晴で、少し水かさが減ってきた川原でのことだ。
その時、僕は見慣れないカニと格闘中。むしろカニしか見えていなかったと言える。
だから触れられるほどに近寄ってくるまで、僕は彼女の存在に気づかなかった。接近してくる存在に気づいたのは、彼女の影が僕の影と重なった、まさにその瞬間。
視線を上げた先に立っていたのは、一人の可憐な少女だった。
「あの……」
おずおず、といった様子で、彼女は僕に話しかける。
「かにさんは、いじめちゃいけないと、思う……」
そう声をかけてきた彼女は、困った顔で僕を見ていた。
僕自身に苛めているつもりはなかったけれど、傍からはそう見えるのかと思い、僕はカニと格闘するのをやめた。慌てて去っていくカニを見て、少女は少し微笑んでいるようだった。
それから彼女は少し恥ずかしそうにうつむき、僕をちらりと見て。
「ありがとう……止めてくれて。他の子は、聞いてくれないから」
消えそうなほど小さい声で、僕にそう言った。
彼女は美雨という名前だった。薄いピンクの花柄がプリントされたワンピースに、あれだけの日光の下にいてもほとんど焼けていない白い肌。肩につく程度の黒髪。
まるで、マンガやアニメから飛び出してきたような美少女だった。
思わず目を奪われて、苦しくて息ができなくなった。
彼女は地元のアパートに住んでいて、一人っ子で、おとなしすぎるせいかあまり友達はいないらしかった。一人っ子で友達が少ないあたりは、どことなく僕と似ていると思った。
「あのね……友達になってほしいの」
美雨は僕の手を握って、はにかむように笑う。
むしろぜひ仲良くなりたかった僕は、その手を優しく握り返す。
大合唱するセミの声にかき消されそうなほど小さい「ありがとう」は、僕の心にしっかりと刻み込まれた。射抜くようなその微笑と、握った手の温もりと柔らかさと共に。
それから僕と彼女は、いつも一緒に遊ぶようになった。おとなしそうな美雨は意外と行動力はある方らしく、いつもワンピース姿だったけど、僕が行くところならどこでもついて来た。
二人で手や足や顔をドロだらけにして、夕暮れになるまで遊び続けた。
時々は怒られたりもしたけれど、でも美雨との時間は他の何にも変えがたいほどに、充実していて満ち足りていて。まるで何かの中毒を起こしたように、僕は彼女と共にい続けた。
いろんな場所に行った。
いろんなものを拾って集めた。
出逢った川原のそばにある橋の下のスペースに、拾った宝物を大事に隠した。あれは僕と彼女の大事な場所だ。集めたものは、他からするとゴミだったかもしれないけど宝物だった。
僕と彼女を繋ぎ合わせる、大切なカケラの一つ一つだった。
そして夏が終わる頃に、僕はいつもの場所へ戻る。
後ろ髪を引かれながらも、僕は彼女に「またね」と告げて背を向ける。これはさよならなんかじゃない。来年も、その次も、僕はここにくるのだから。彼女の住むこの場所に。
彼女と共に過ごす夏を心待ちにしながら、僕は季節を回し続けた。