婚約破棄代行会社の営業です。なお、冤罪断罪プランは承っておりません
「今夜、婚約破棄をしたい」
王太子殿下は、弊社応接室の椅子にふんぞり返ってそう言った。
私は営業用の笑顔を浮かべ、料金表を一枚差し出す。
「では、まず着手金をお支払いください。公開断罪型婚約破棄は前金制でございます」
「成功報酬ではないのか?」
「成功率が低いので」
殿下の眉がぴくりと動いた。
「低い? 私の婚約破棄が失敗するとでも?」
「公開断罪型婚約破棄の成功率は、王都貴族社会における直近三年の統計で十二パーセントです」
「十二パーセント」
「はい。証拠なし、根回しなし、相手方家格確認なし、王命婚約確認なし、真実の愛の相手同意なしで夜会に突撃される方が多いものですから」
私は資料の二枚目をめくった。
「殿下がご希望なのは、円満協議型、慰謝料調整型、家同士合意型、公開断罪型のどちらでしょうか」
「もちろん公開断罪型だ」
ですよね。
私は営業用の笑顔を少しだけ深くした。
「承知しました。では、まず断罪理由をお聞かせください」
「婚約者であるエルミナが、私の愛するシェリナに嫌がらせをしている」
「証拠はございますか」
「シェリナが泣いていた」
「他には」
「シェリナが震えていた」
「他には」
「シェリナが、エルミナ様が怖いと」
「物証、証人、記録、医師の診断書、侍女の証言、監視魔道具の映像、いずれかはございますか」
殿下は少し黙った。
「シェリナが泣いていた」
「先ほど伺いました」
私は資料に小さく丸をつける。
嫌な丸である。
「では、真実の愛の相手であるシェリナ様は、殿下との婚姻に同意されていますか」
「当然だ。彼女は私を愛している」
「書面での同意は」
「ない」
「ご家族の同意は」
「ない」
「本人から、婚約者になりたいとの明言は」
殿下は視線をそらした。
「……恥ずかしがっている」
私は資料に二つ目の丸をつけた。
本当に嫌な丸である。
「殿下。大変申し上げにくいのですが」
「なんだ」
「現時点で弊社が代行できるのは、婚約破棄ではなく、自爆でございます」
殿下は目を見開いた。
「無礼だぞ!」
「失礼いたしました。高貴なる自爆でございます」
隣で記録係のミーナが咳き込んだ。
笑ったな。
あとでお茶菓子を没収する。
「そもそも、婚約は王命ですか」
「父上が決めた」
「国王陛下の裁可あり、と」
「そうだ」
「では殿下個人の判断で破棄すると、王命違反、相手方公爵家への侮辱、式典妨害、名誉毀損、慰謝料、場合によっては廃嫡審査まで発展いたします」
「なぜだ!」
「婚約破棄とは、婚約を破棄することだからです」
「そんなことは分かっている!」
「分かっている方は、弊社に前日依頼をなさいません」
殿下は顔を赤くした。
「では、冤罪を用意しろ。そういう仕事だろう」
私は笑顔を消した。
「弊社では、冤罪断罪プランは承っておりません」
「婚約破棄代行会社なのにか?」
「婚約破棄を代行しております。犯罪は代行しておりません」
「融通が利かん!」
「よく言われます。そのおかげで創業以来、廃業せずに済んでおります」
私は料金表をしまい、代わりに別の書類を出した。
「殿下のご依頼は、現時点では受注不可です」
「王太子の依頼を断るのか」
「はい。王太子殿下だからこそ、証拠のない公開断罪はおすすめいたしません」
「ならば他社へ行く」
「どうぞ。ただし、先月『真実の愛総合演出社』が一件炎上しまして」
「炎上?」
「王子様が断罪した令嬢が、実は王妃陛下の密命で不正調査をしていた件です。王子様は廃嫡、演出社は営業停止、担当者は辺境支店へ異動となりました」
「辺境支店があるのか」
「弊社にはございません。弊社は健全経営ですので」
その時、応接室の扉が叩かれた。
「失礼いたします」
入ってきたのは、白銀の髪をきっちり結った令嬢だった。
エルミナ・フォン・レイヴァース公爵令嬢。
つまり、殿下が今夜断罪する予定だった婚約者である。
殿下が椅子から半分立ち上がった。
「エルミナ! なぜここに」
「婚約破棄代行会社に相談へ参りました」
エルミナ様は静かに微笑む。
「王太子殿下が今夜、証拠のない公開断罪をなさる予定だと伺いましたので。反撃代行プランをお願いしたく」
私は即座に資料棚から金色のファイルを取り出した。
「ありがとうございます。反撃代行プランは現在キャンペーン中でございます」
「キャンペーン?」
殿下の声が裏返る。
私は営業用の笑顔を戻した。
「公開断罪を未然に防いだ場合、慰謝料請求書作成補助が無料でつきます」
エルミナ様は優雅に頷いた。
「では、それで」
「承りました。着手金は前金でお願いいたします」
「もちろんです」
エルミナ様は迷いなく小切手を差し出した。
良い顧客である。
殿下が震える指で私を指した。
「おい。私はどうなる」
私は少し考えた。
営業として、誠実な回答を心がけるべきである。
「殿下は、顧客候補から案件対象者へ変更となりました」
「案件対象者」
「はい。なお、廃嫡の代行は弊社業務外です」
「ではこれは何だ!」
「自然発生でございます」
ミーナが今度こそ吹き出した。
私はお茶菓子没収を諦めた。
今日も仕事が多い。
婚約破棄代行会社の営業は、繁忙期になると本当に笑いが止まらない。
ただし、笑ってよいのは応接室の外に出てからである。




