欲求不満の夢
とある街角で古い飲み友達と会った。
どうやら待ち合わせをしていたらしい。
夕焼けが路面を照らし、私はいつもの言葉を彼女へ向ける。
「やっぱ日本酒だよね」
「うん」
「当てはある?」
「わかんない」
「私もこの辺りはわかんないんだよね」
言いながらマップを立ち上げ『日本酒 おすすめ』と入力する。
「おっ! 50m先に酒屋がある。 ちょっと行って聞いてみよう!」
行ってみると住居兼店舗の古めかしい酒屋で屋根には色褪せた『優等清酒』の看板が掲げられている。
年季の入った引き戸をガラガラと開けると中は宝の山だった!
そこにはかつて彼女と二人で飲み倒した銘柄の数々が陳列されている。
うおおおお!
この店は当たりだ!
私はどこか見覚えのある店主に声を掛ける。
「このお店で今、注目してる地酒の銘柄はなんですか?」
「『すいげい』一択ですね」
「えーっ?! 酔鯨ってあの? 有名な?」
「いえいえ、土佐の酔鯨ではないです」
「私が推しているのはこちらです」
と冷蔵ケースから水色のラベルの4合瓶を取り出して見せてくれた。
「『水迎』と言うんです」
「へえ~綺麗なラベルですね。試飲できますか?」と飲み友が身を乗り出す。
「すみません。もう試飲分は無くなってしまって……」
「じゃあこの近くで飲めるお店はありますか? そこで期待通りでしたら後で、こちらを買わせていただきます。 あと、あちらの而今の純米大吟醸 白鶴錦も……」
「それはありがとうございます。 水迎なら踏切を渡った先の『まる』と言う居酒屋に卸していますよ」
さっそく飲みに行こうと二人して踏切を渡ると目的の居酒屋はすぐそこだった。
ところがその対面も居酒屋で飲み友がそのメニューボードに反応する。
「こっち、今日『黒龍 火いら寿』があるってさ!」
「えっ?!」
「どうする? これも惹かれるよね」
「う、うん……」
「『水迎』がどれほどのもんか分かんないし……」
私は一瞬めちゃめちゃ逡巡したが
「いや、『まる』で『水迎』を飲もう! もし、外れだったら、『火いら寿』を飲みにくればいいじゃん! 『水迎』を飲んだくらいでヘタる様な私達じゃないでしょ!」
「そりゃそうだね!」
と飲み友は『〇』と描かれた暖簾をさっさと潜り、私も慌てて後を追う。
暖簾を潜った先の右壁には下駄箱があり、パンプスを脱いだ私はひんやりする式台を伝って下駄箱にパンプスを納めて蓋を閉め、木の札を抜く。
式板からの廊下も木の床で……急こう配の黒光りする木の階段へと繋がっている。
どうやら座敷は2階らしく階段の途中まで受付待ちの列が出来ている。
階段の踏み台にストッキングのつま先を掛けるとヌメッとした感じで飲兵衛達の足跡を感じてしまう。見上げると……飲み友はもう中へ入った様だ。
ようやく番が来てオッサンの前に立つと
「ご注文は?」と聞かれる。
木のカウンターの前は幅の狭い台になっていて、そこには空の小さなグラスがずらりと並んでいる。
「これはどういう意味だ?」と戸惑いながらも
「『水迎』のあらばしりを」と注文してもオッサンは動かない。
「やっぱりこの空のグラスを渡すのだろうか」と手に取ると
オッサンは
「いいです! こちらでやります!」とトゲのある口調でカウンターの中からグラスを出し、湯気が立つ酒を注ぎ込んだ。
「えっ?! “あらばしり”を熱燗にするの?!!」
と驚いたところで目が覚めた。
今、この現実は……“アラームで起こされる事の無い”土曜日の朝。
ガッツリ独り寝の布団は私の体温だけで蒸されていて少々暑っぽい。
布団ごと身を起こした私は、夜着にしているTシャツの襟首に人差し指を引っ掛けてパタパタする。
もう会えない友ともう飲めない酒を飲みに行く夢を見るなんて……
なんて事だ!
ああ、確かにあの頃の金曜の夜は……
夜が更けるのも気にせず
飲み歩いていたよなあ……
夢の中の私は
その頃の私だったのだろうか?
少なくとも
夢の中の彼女は
その時の彼女で……
元気に満ち溢れていた。
それを想うと
やっぱりため息が出て……
これじゃダメだとカーテンを押しやって鍵を外し窓を開けると、網戸を通してでも朝の涼やかな空気がドッと流れ込んで来る。
今日は風が強いらしい。
でも、土曜日だから……
どこかでブランチでも食べようと
ササッと身支度を整えて街へ出た。
ぶらぶらと店を探していると、リカーショップが目に留まった。
つい、昔の癖で……入口近くの冷蔵ケースの日本酒などを覗いてみるがピンとは来ない。
「どうせ飲めないしなあ」なんて店の奥へ足を進めると
棚を何段も使ってズラリ! とミニチュアボトルが並んでいる。
「へええ~こういうコンセントの店なんだ」
なんて思いながら端から端まで見ている内に目に留まった1本
それは
愛しのジェムソンくんのミニチュアボトル!
思わず衝動買い!
今は飲めない私だから
これはお守りにしよう!
『夜中に不意に飲みたくなった時の為』にね!
という事で
おしまい!
◇◇◇◇◇◇
〇 『水迎』という銘柄は架空の物です。
〇 あらばしりとは
日本酒を搾る工程で一番最初に出てくるお酒のことです。
発酵時の炭酸ガスがわずかに残っており、微炭酸のようなシュワシュワとした
口当たりとフルーティーな香りが楽しめます。




